苦しい時も元気な時も

2018年10月19日 | ■病気に関すること■

今日は体がめっちゃ痛い。
一日中、体中がいたくて、足の裏とかさ、
とにかく意味の分からんところ痛くて吐きそう。息苦しいし。

最近精神状態がひどい。でも今日は精神が安定しているから
全部体に出たみたいだ。

身体が痛くなったり息苦しいのは鬱が体に出ていると病院で言われた。

精神のほうは、どうやらあたしの日々や
イベントを台無しにしたいみたいなのだが
あたしも無駄に抵抗するから攻防戦が続くわけだ。

しかも、これが発生すると毎日がけっこうきつい。
生きているということが精いっぱいというか?
病気は外に見えないから説明も難しく人にも伝わらない。

医者でさえ多分通じていないのではないだろうかと思う。
でもなってみなきゃ分からないのだから誰にもわかるはずはない。

ところで、こんな風だから一日一日がすごく大変だったりする。
一日の大半が気が狂いそうになっているか
もしくは身体が痛くて倒れているかのどっちかだ。
だけど大丈夫な時間もあって、そういうスキには
結婚の準備に動いたり病院行ったりしている。

ネガティブな感じであふれている病気だが
こういう病気になると一日生きている価値がすごいと思う。
普通に楽しく過ごしているときのあたしの何億倍も
価値ある一瞬一瞬を体験しているに違いない。

苦しいということは、イコール前に進んでいるからで
良い方へ向かっていないのに苦しくなるわけもない。
目に見えないし 遅くて分からないだけで
確実に前に向かっている証拠だと思う。

数年前はもっとひどかったのだし。
今はあそこまでひどくなることはない。

たとえば死にたくないのに死にたいとか消えたいとか
苦しいとかつらいとか、そういう時の自分に、
厳しくしたり、そんな気持ちでいたらあかんとか
負けたらあかんとか、ぶつかっていきすぎてたり、
しすぎなのかもしれない。

だって別に苦しい時のあたしを誰かに見られたところで?

かまわんし、つらくなってもいいわけだし
苦しくてもいいわけだし。

ただ世の中、前向きにとか、薄っぺらな明るさ、ポジティブさ
追求しすぎていて、吐き出す居場所って見つけにくい。
でも人間の心って意味の分からんもんがあって、
正直、人間はみんな病気やと思うわ。
だから普段病気の自覚症状ない人は、仕事とかで疲れてて
ネガティブなものを遠ざけたくなるんかもしれんし。
前向きなエネルギーを補充したくなるんかもしれん。

こういうネガティブなこと、あたしも書きたくないし言いたくないけど
病気ってこと言わないと困ることが多くなって、言うしかなくなった。

こういうこと聞かされても相手も困るやろ。
申し訳ないなーと思って自分責めるから厄介やけど。
だから余計に話しにくいことやと思ってしまう。

けど、こういう病気になった以上
やっぱり開きなおったほうがええなと思う。
だって、あたしに「絶対にこうです」って誰が言えるん。
「絶対前向きじゃないと人間はダメです」と言って
病気でネガティブな状態なってる人を 責めるやつってなに?
そういう人のほうが、むしろやばいやん。下手したら相手死んでまうで。

苦しい時のあたしは、苦しい時のあたしやし
元気な時のあたしは、元気な時のあたしやし
全部、まるっとあたしやから。開き直って生きるほかない。


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