†紋楼の桃色番外地†

MONNLOW主義+大画面では正しく表示されません+about必読+

♪Ane Brun - Daring To Love (Official Video HD)

2015年09月19日 | ■MUSIC

Ane Brun - Daring To Love (Official Video HD)

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♪Daughter - Medicine

2015年09月19日 | ■MUSIC

Daughter - Medicine

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♪Anaal Nathrakh - The One Thing Needful

2015年09月13日 | ■MUSIC

この曲聴いてたらなんて前向きな気持ちになるだろ。
ほんと何もかもが最高な気持ちになる

Anaal Nathrakh - The One Thing Needful

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クッキングパパの展示

2015年09月13日 | ■BOOK

クッキングパパの漫画大好き。

そもそも漫画あんまり読まない。

面倒くさいのと興味も殆どない。
でもクッキングパパは昔から好き!!

美味しそうだし
ジンとする話だし
時間を忘れて読んでしまう。

そんなクッキングパパの
展示があるらしいと
今日の昼ごろ情報を得て
その直後、向かいました。



大々的な展示会場ではなく
駅地下の隅っこでひっそりやってるけど
お客さんはぼちぼちやって来てた。

もう入ったら出たくない。
ここから出たくないって言ってた。

1話の原画が全て展示されていたのは
感動だった。
これまでの全ての漫画の単行本の表紙が
ずらーーと並んであって
登場人物のパネルとかあるわけ。



そんで、食品も売ってあって
それらはほぼ沖縄のお菓子などだった。
マコトが、今沖縄にいるらしくて、
沖縄の特集になってるようだ。
マコトって言うのは、クッキングパパの息子。

芸人がテレビで、クッキングパパの料理を実際に作ってる映像や
クッキングパパのアニメが放映された。

立ち読みもオッケーで
ちょっと新しい巻を手にとってみた。
最初の話で泣きそうになったわー。

田中はクッキングパパの勤める同じ会社の人で
クッキングパパによく怒られてる人だが
彼の子供もむっちゃ大きくなってるし。

まだ、新しいところまで読んでないから
びっくり!

クッキングパパは100巻超えてて
あたしはコツコツと集め中。

アキラとクッキングパパは売れないわ。
ちなみにアキラはtapiのだけど!笑

いやー行って良かったわ!!!
楽しかったー!

あそうそう、クッキングパパとコラボで
駅前のお店が限定メニューを出してる。
何店か出してて、monnlowの好きなカレー屋さん
Mr.ポルコンも、出してるんだけど

お昼食べた後家から出たため食べれず。

個数も限定らしい。

イベントは、明日までのよう。

詳細は

http://himeji-festa.com/event/cookingpapa
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こんなヤツにはこの英語!

2015年09月11日 | ■BOOK

『デイビッド・セインのこんなヤツにはこの英語! 相手によって使いわける上品な英語・下品な英語』

/デイビッド・セイン

*ネタバレって言うのも変な気がするが
内容に触れるので一応ネタバレ。未読の方は注意*

この本は、状況に合わせた英語を、
丁寧な感じ、普通な感じ、下品な感じと
三通りに分けて、ひたすら紹介している内容となっている。

とにかく最初からマジで笑ってしまう。

電車で携帯はだめよ!と言うコーナーでは
『▶︎大変失礼ですが、ここでは携帯は使わないでいただけませんか?』

と、まず丁寧な英語から紹介されているが(全体が、丁寧→普通な感じ→下品の順になっている)
この本では、丁寧すぎるかもしれない人のキャラクター設定が説明されてあり、下品な英語を使う人にもやはり設定が捕捉される。

英語の文章
『▶︎I'm terribly sorry to be a bother,
but could I ask you not to use your mobile phone here?』

キャラ説明
『ペースメーカーをつけている老婦人が、携帯でメールを打っているコギャルに』

(『』こんなヤツにはこの英語より)

こんな具合なので、下品な英語だけじゃなく丁寧な英語もまた可笑しかったりする。

じゃあこの英語の下品なバージョンはと言うと、こんな具合である。

『▷携帯をしまえ!さもないとお前のケツにぶち込むぞ!』
『ヤクザ風の男が、コギャルに向かってドスの利いた声で』
『▷Put that phone away if you don't want me to shove it up your ass.』

(『』同書より)

もうほんまに可笑しい。

エレベーターなどで、と言うコーナーでは
『早く乗れ、このブタ野郎!』とか
誰かがつまみ食い!のコーナーの下品な言葉では
『俺のパンケーキ食いやがったな。ぶっ殺してやる』など、ちょっとパンケーキっていうのが可愛いが(笑)
とにかくこういう具合で続いていくわけです。

特にいい天気だねのところでは、
『かなりいいお日よりではありませんかな?』
『初老の紳士。散歩の途中で知人に向かって』
(『』同書より)

ほんま何気に可愛かったり、
突然の毒舌に出会ったり
しかしよくそんな皮肉が思いつくなあっていうものなどなど
ずっと笑ってしまう本だ。

fuckin、asshole、
shit、motherfucker などなど
もれなく登場。
あっという間に読んでしまった。

あーー可笑しい!!
この本最高に面白い。

しかも、その言葉を言ってる人を
ちょっと想像してしまう(笑)

他にも色んな丁寧さ、下品さがあるんだろう。

色々知りたいな!!

この本はとにかく最高だった!
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安保賛成も反対も説得力がない

2015年09月09日 | ■TV、NEWS■
本当に安保反対の人は、賛成の立場がどうしてそうかを理解しようとしているのかな?
安保賛成の立場の人は、反対の立場が抱える不安を理解しようとしているのかな?
どっちも、お互いの話を聞かないで自分が正しいと主張しすぎでは?うんうん安部首相は自ら人心を離れさせるような態度をするから、あたしも不信感がある。確かに説明が足りなさ過ぎている。ただ、お互いが自分こそ正しいとする主張は、物事の本質を見えなくさせ問題がすり替えられたり嘘が入り込んでくる。安保に反対の人も賛成の人も互いの話を聞けないのでは、どちらも大人の対応ではない。偏る事や簡単に納得いくような説明や話は大抵本当の事を伝えていない。戦争法案という呼び方も言いたい気持ちは分かるが、その名前で訴えられても話を聞く気にはならないし中国が脅威云々という煽りも何ら納得する答えではない。戦争がダメなのは当たり前だろう。その上で戦争と名付けるなら今起きている争いの本質を理解しようとしているのか。中国が脅威だとか言うが、どうすれば本当に平和主義を貫けるか考えようとしているのか。もっと自分と違う意見の人と話しながら考えて考えて考え抜かない限り、ただのその場のノリとしか受け止められない。まるで反抗期の子供のように言葉尻捕まえて不真面目な議論をするのは迷惑すぎる。産経新聞のネットの記事は、総理を呼び捨てにした人を、その行為は「ヘイトスピーチ」だなどといった。ヘイトスピーチと呼び捨ては全く違う。こういう風なふざけた議論、反対者から出てくる安部首相への個人的なただの悪口は公で訴えるものではない。個人的なと言うのは例えば、前にツイッターであったような死ねとか。そういうのは、批判にすらならないし、何しにそこで訴えているのか?なんのために何をしようとしているのかがわからない。態度が気に入らないとか、そういう悪口ならともかく自由として、死ねなどの悪口すらでもない暴言を言えば、もう人間性が疑われ訴えなど聞いてもらえるわけがない。批判するべき事を批判し会話を重ねて自分で考えるべき。
そうでないと、真面目に考える人間にとってどちらも邪魔になる。

安保賛成とか反対とか、ただ言うだけの退屈な自己主張を誰が聞きたいだろうか。
自分と反対の意見の人と、話を聞く気もする気も無いその態度で、国のためにとでも言うのだろうか?

何を求めて政治を国会を反対デモをやっているのか?全然何一つ伝わってこない。一方向の議論しかない。
どれも安部首相の勝手な態度と同じ。
番組で一総理ともあろう人が逆ギレするようなとかさ。

理解してもらおうとする誠意が
どちらからも伝わらないし感じられない。

声を上げるのはとても良い事だ。
色んな意見があることも。
ただしそれには反対の意見を聞き話すだけの真面目さがあってこそ。

政治家は不信感持たれて当然な事をやってきてるのだから、誠意をもっと示すべきだし。

安保をきちんと知りたくても、知れる環境にない。

反対賛成言うだけで、中身のない話が飛び交い、時間だけ進んでいくのだ。

本気で考えているならば余計に、会話をしようとする努力が伝わってくるはずだ。どちらにも説得力のある形で議論を進めて欲しい。
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検証「イスラム国」人質事件

2015年09月09日 | ■BOOK

検証
「イスラム国」人質事件

/朝日新聞取材班

ネタバレ*未読の方注意*

朝日新聞っていう名前を聞くと
ああーあの捏造した新聞かと思う。
それは仕方がない。
やった事はやった事。
吉田証言と言うのは専門家の間でも
信頼される資料ではなかったそうだ。

企業が市民の信頼を失うと、回復するのに時間がかかる。

新聞に、思想があるならの話だが
朝日新聞は左と言われる事が多い。

では、それらを踏まえた上で読もう。

どんな本だろうと書き手が、どんな思想かは読むまで分からない。思想が全面に出てくるようなニュースや新聞は、そうであるなら、情報を頼らない方が賢いのではと思う。

一社の新聞、一冊の本では何も分からないのだし、自分と同じ考えの意見ばかり幾つも見たって無意味。

朝日新聞が左と言われるのなら真ん中も右も、その他の意見も確かめ自ら判断する他ないのだろう。
だがそもそも、真ん中と言うものはないと思う。自称はあっても、全体から見ると寄ってる。

さて、この本は、思いっきり左かというと、それほどでもない普通の本だった。
ところどころで政府の対応を疑問視しているが、それは当たり前。「検証」なのだから。

自民党の人間が自ら口にしたように、自分達の考えと違うやつは全部左翼と言いたい主張もある。これは完全に間違えている。(その男が言うには、自民党の憲法改正案を理解出来んやつは左翼どもと言うことらしい)

なので、政府への疑問視を朝日新聞だから、という目で見るのもまた危険だ。

本は事件を丁寧に追っていき、専門家のインタビューも掲載している。

笑ってしまったのが、

『朝日新聞の一連の検証紙面は、日本政府内でもかなり取りざたされました。紙面を読んだある政府高官は、周囲にこう怒りをあらわにしたそうです。
「喋った奴がいる。これは安倍政権を倒そうという奴の陰謀だ」』
(検証「イスラム国」人質事件より)

この話が本当かどうか調べようがないけれど、
もし本当なら、すごいセリフ。
漫画か(笑) しかも陰謀と言うあたりが気持ち悪と思うし、本当でなければいいがとも思う。こんな事いう人に政治されたくないし。

人質事件について、あたしと全然違う考えを言ってた人、ハサン・アブハニヤ氏の発言も掲載されていて、こちらは興味深く読んだ。
彼はイスラム過激派の研究活動を行い、アラブ圏では著名なヨルダン人の専門家だと紹介されていた。
カイロでの安倍首相の演説を、彼なら、イスラム国をあまり挑発しないように助言していた、と言っている。
また、身代金を払えばイスラム国の組織拡大につながり再び日本人が狙われるおそれもあるが、それでも払うべきだったと考えるのかと尋ねる記者に、「私は払うべきだったと思う」とアブハニヤ氏は言っている。その理由は、イスラム国が理解するのは民主主義的な外交ではなく、金と取引の言葉だけで、テロ組織との交渉に選択肢は多くないと言う。「国民を救うために金を払うか、断って殺されるかだ。現にISは映像公開前に後藤さんの妻に(身代金を求める)連絡をとっていた。政府が金を払って人質を救出することもできたのではないか」
(「」検証「イスラム国」人質事件より)

一連の流れからは、イスラム国は、日本の人質を元から返すつもりのないような行動だったと思うし、公開前に政府が交渉するのは可能だったけれど、日本はテロ組織と交渉しないのだから、何もしなかったということになる。情報を追っている程度で。

ただ、莫大な身代金を実際に外国は払っている。

イスラム国についての本も書いているジャーナリストのロレッタ・ナポリオー二氏は対テロ専門家。
日本政府の対応についてのインタビューに彼女は、ジェームス・フォーリーさんの母親が言っていたが、「我々が文明社会の一員であり、なおかつ身代金を払いたくないというのであれば、人質が殺されるのを防ぐ方法が必要でした」(検証「イスラム国」人質事件より)と答えていた。

全くその通り。アメリカは失敗したものの人質救出作戦をとった。こういう軍事的な行為が無理なら他を考えなければならないと思う。

彼女は今後何百人もの日本人が同じように斬首されても、日本国民は身代金を払わず交渉に応じないと言う政府の対応を受け入れられるのかと問うている。

さらに、二億ドルの拠出を表明したことを疑問視していて、専門家でないあたしとは違う考えをされているので、とても考えさえられる。
なぜ疑問視かというと、日本政府は後藤さんの妻とイスラム国のメールのやりとりを知っていて、日本人が人質として拘束されていることを認識していたはずだ。なのにIS対策に二億ドルの表明は大きな政治的過失であり、まずい助言を受けてミスを犯してしまったように見えると本で答えていた。

人道支援を本当にするなら、シリア難民の受け入れなど他の道があるという。あの今のエジプト政権の前で二億ドルの拠出を表明する必要がなかったとロレッタ氏の発言。

今のエジプト政権というのを補足すると、エジプトの今の政権は前回の選挙(アラブの春が起き民主的な選挙が行われた)で選ばれた大統領(*ミスで首相と書いてました訂正)をクーデターで引きずりおろし、その大統領の支持者たちムスリム同胞団を次から次へと死刑宣告している。はたから見て異常な政府とうつるが、実際おろされた大統領は国民から反感を買っていたし、憲法改正で自分の立場を強めようともしていた。それにアラブの春の抗議運動の際には、自分たちは選挙に出ないと始めは言っていた。今の軍事政権の(エジプトは過去にもムスリム同胞団を弾圧してきた)ムスリム同胞団に対する弾圧行為は問題だが、支持されているかどうかは国民でなければわからない面もあるだろう。

さてロレッタ氏は、ISは挑発し、挑発された日本政府にできることは何もなく、また最初から殺す目的だったと言っている。

現実的に日本は中東で力を持っていないのに、なぜ安倍首相があのような発言をしたのかを疑問に思っているという。

ロレッタ氏の話だけをただ信じるわけにいかないだろうが、説得力はかなりある。

どこに説得力を感じたかというと、本当に人道支援をするならという点だ。
そもそも人道支援と軍事支援をどう区別するのかと彼女は言う。
日本に来ていたシリアの難民の方が受け入れてもらえていなかった。

二億ドルが本当に難民支援に使われるなら、使って欲しいと思う、ただ、それがどのように使われたのかを、あたしたちには知るすべもない。

今ヨーロッパに難民が移動している。ドイツはかなりの経済を負担することにもなる。ドイツに人道支援の寄付を難民受け入れてない国とかはやっていいのではとも思う。

ただ、結局いくら何をやろうと、難民になっている人達が祖国で暮らせるようにならなければ解決しない。

また、ロレッタ氏が言うように、政府は日本人が人質になっていることを認識して、中東訪問をした。
あたしが最初から疑問の点、政府はわかって行ってるのだから、イスラム国が、それに反応するかもしれないという予測は出来てたんでは?
この疑問について、本では、そこまで考えていなかったと紹介されている。
こんなに腑に落ちる話もない。
まさか考えてなかった、納得してしまう。事実はどうだろうか。

イスラム研究の第一人者と言う宮田律氏は、こんな印象的なことをインタビューに答えていた。
「政府が映像公開時点までISだと知らなかったということを事実上、追認する有識者も、いったい何なんだろうと思います」(検証「イスラム国」人質事件より)

言えてる!

知らなかったと言うのは信じられないし誰も信じない。

こうした疑問点を検証していく作業を続けて欲しいと思う。

あたしは、首相が中東で二億ドルの拠出を表明したことを、特にいけなかったとは思えない。ただしその二億ドルが本当に人道支援に使われるならば。確かに中東に何の力も無い上エジプト政府はクーデターで政権を取ってる。だが、イスラム国対策の人道支援と言っても、そこまで失敗なのだろうか。むしろ、シリアなどの難民の人道支援と言うべきだっただろうか。

ここは意見の別れるところなのかも。
もっともっと、それが失敗という人そうでないという人の意見を聞いてみないとわからない。

で、二億ドルはどう使われたかを取材して欲しいな。日本はそれを知るべき立場だ。うたがうわけではなくて、どのように二億ドルで支援されているかを知ることによって、あたし達日本人はもっと困っている人達のことにも目を向けるだろう。そういう良いきっかけにもなる。

アルジェリアの事件などのように、もうイスラム国の人質事件は忘れられそうになっている。

もうちょっと検証は続けていかなければならないと思う。
日本人が検証しなければ、不幸にも次にまた似たような事件があれば、一人一人に何の考えもなく同じことを繰り返すだろう。同じことをと言うのは、また「自己責任」と文句だけ言ってれば良いと言うような無責任で無知な対応だ。

政府自身、国民に忘れてもらい、また「国に迷惑かけるな」と言うような意見がたくさん出てきて、政府を責められずにラッキーな展開に向かえば良いと思うだろう。確かにこの事件であったように、イスラム国に言われ、政府を責めるというのは論外。
しかし、本当にこの事件で政府がどうだった?っていう点は検証され続けなければ、人質になって殺されてしまった方へも失礼だろう。

はっきり知りたいのは、政府がイスラム国が反応したらどういう行動に出て、どうやって人命救出に力を注いでいたか、さらには二億ドルの使われ方だ。

政府はあの事件の時とにかくオロオロしており、それぞれに人質解放を願って働き尽くしていた。休む間もなく大変な日々だったはずだ。

その苦労を考えても、やはり検証され続けることは必要だろう。

本では最後に、公表された政府の検証報告は具体的な経緯や詳細が明らかにされていない点やその状態で情報収集体制の強化や危険地域への邦人の渡航抑制などが提言されていて、そのまま受け止めていいものかどうかの判断がつきかねるとある。

今後のことも考え、日本の弱点をさらけ出す必要はないが、そうでない部分があるならそこは公表するべきだろう。
検証するという姿勢は当たり前なのかもしれないが、正しいことをやっているのだからだ。

情報収集体制の強化については、国民にも直接関わってくるかどうかをちゃんと判断し問題ならば反対されるべきだ。

渡航抑制は随分馬鹿な話で、こんな案を考えて、本当に愚かとしか思えない。
あたしたち日本人は、外国人記者から情報を得ないといけないのか。国民には情報が入ってこなくていいと言うのだろうか。そもそも、危険地域へ行くなと言うなら台風の中の取材なんかも充分危険だろうに。

そこに疑問を持つ会社があって、良かったと思わざるを得ない。

まだまだ検証を続けて欲しい。
人質の一人はジャーナリストだったのだ。

中東を取材する外国人のジャーナリストはたくさんいるだろうし今回の事件の事もいやでもポロポロ出てきそうに思う。今すぐでなくとも。
まだまだ色んな意見を知りたい。
事件当時は、日本の研究者が多くメディアで発言した。今度は外国人記者からの意見を知りたいなと思う。
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カブールの本屋

2015年09月08日 | ■BOOK

『学校が春に再開されても、まともな教科書がない。ムジャヒッディーンの政府やタリバンが作った教科書は使えない。なにしろ、これまでは一年生にこんな調子でアルファベットを教えていたのだ。

「Iは我らが敵イスラエルのI。Jは我らが生きる目的ジハードのJ。KはカラシニコフのK。中略。Mは我らがヒーロー、ムジャヒッディーンのM。......TはタリバンのT......」

算数の教科書も、軍事色が濃厚だった。
タリバンは中略。
「オマル少年はカラシニコフ銃一丁と弾倉三つを持っています。一つの弾倉に入っている弾は二〇発です。オマル君は弾の三分の二を使って、六〇人の異教徒を殺します。一発で何人殺せるでしょう」』

「カブールの本屋」
アスネ・セイエルスタッドより

アフガニスタンの軍事色が濃い教科書の話は、他の本でも見たが印象的。

またしても、アフガニスタンのアフガニスタン国民による
祖国愛を見た。

『カブールの本屋』

*完全ネタバレ*

まず、はじめに、今回はこういうところから書きたい。

アフガニスタンでよく見かける女性の全身を覆う青っぽい紫っぽいブルカと言う服。
よく敬虔なイスラム教徒の方や、もしくはサウジアラビアの女性の方が着ているような真っ黒でシスターみたいな服をイメージされると思う。それらは目が確認できる服だ。
これらの服は実はニカブやヒジャブなどいろいろ種類があり、アフガニスタンの女性としてメディアなどでよく見かける服は顔も全体をすっぽりと覆い隠すブルカ。目の部分はメッシュになっている。

これは本の表紙だが、ここに写ってる服がブルカ。

イスラム教徒の服と言うイメージがあるが、実際にはイスラム教以前から、こういう服はあった服だとも言われているようだ。

過去にフランスでは、学校へはスカーフ着用禁止になった。公共の場所に宗教は関係ないと言う考え方なのだろうけど、着たいと思ってる人の自由は無視されている。

イスラム教に限らず、何教徒だろうと無神論者だろうと、田舎や、教育の行き届かぬ地域では保守的で女性を抑圧する人たちもいる。

西洋では、タリバンなどの悪いイメージもあってか、女性がその服を「着せられている」と抑圧の対象としてみている事もあるようだ。それも全てとは言えないけれど。

日本人には馴染みがなさ過ぎて、また中東の争いが印象づいてるせいか、全身を覆う格好は怖いと思う人もいるみたいだ。

この服には、実際に「タリバンなどの過激派から無理矢理着せられている」面と、その地域では元々昔から女性が着用するのが普通だった場合と、自らそれを選んで着る場合などがある。

なので、この服は怖いと思うような対象ではない。
言ってみれば服装と言うだけだ。

むしろ怖いのは、女性が着たくなくても着なくてはならない場合の環境にあるとも言える。

あたしは、これを怖いと思った事は一度もなく、むしろ着てみたいと思った事はある。世界中の民族に関わる地域に関わる衣装はどれも一度は着てみたいなと言う考えなので、そういう風に感じるのだが、怖いと感じる人も実際にいるようなので説明しておきたかった。(あんまちゃんとした説明ではないが)

ただ、怖いと思った事は、仕方がない。知らなかっただけなのだから。知ったら怖いと思わないと思う。

アフガニスタンには、女性が西洋の格好をする時代もあった。

タリバンは、アフガニスタンの政権となり国民を抑圧し、女性には、ブルカ着用を義務付け、働くことを禁止し、もしブルカの下から素足の足首が見えたならムチ打ちを行ったりした。
他にも、子供のオモチャを没収し破壊し、市民に愛されていた動物園を閉鎖し中の動物を殺しまくり、博物館などの貴重な遺産を破壊しまくり、アフガニスタンに残る巨大な仏像をダイナマイトで破壊し、音楽を禁止しダンスを禁止し子供たちが遊んでいたサッカー場を公開処刑の場にしたりと、最悪な独裁を行った。

本に登場するのは、カブールで本屋を営む主人だ。タリバン政権時代には本を燃やされ、それより前の時代には共産党時代などいろいろな時代があったが、様々な時代で営業を邪魔された。何より内戦が長く続いたりして、苦労の連続の中でパキスタンに一時期避難しながらも、ひたすら本屋をやり続けてきた人だ。

彼は、アフガニスタンが、もっと近代的な国家として発展していかねばならないと言う強い思いを抱いている人だ。

本に登場するのは、彼と彼の家族たちがメインになっている。

この強い祖国への思いを持つ主人は、まず物乞いがいても助けない。まず自分と自分の周りの世話が大切だと考えるから。
巡礼に行く相手に、こう言う。
「祈れば状況がよくなるとでも思ってるのか」「自分の名のもとで叫んだり、わめいたり、祈ったりしているのを聞いたら、預言者ムハンマドは嘆くだろうよ。いくら頭を地面に打ち付けて祈ったって、国にはなんの役にも立ちゃしない。アフガン人が知っているのは、わめいて、祈って、戦うことだけじゃないか。自分で働かないで、祈っても意味がない。漫然と神のお慈悲を待っているだけじゃダメなんだ」「皆がメッカに行くとしても」「それは巡礼をするのにふさわしい人間になってからだ。その時には、祈りに行くんじゃない。感謝を捧げに行くんだ」(「」カブールの本屋より)

これがこの主人の性格をとても表している気がするのだ。

イスラム教の巡礼に対する意識が、どういうものかは、あたしには分からない。
ただ、すがるだけの祈りに意味はないとあたしも思う。

主人は、とても現実主義とも言える。
本屋の経営は息子に任せる。他人を信用しないのだ。まだ小さな息子の方は学校へ行きたいのに将来のためにと屋台をさせられてすごく不満だ。
ある日、主人が頼んだ大工が本屋で売る絵葉書を盗んだ。アフガニスタンでは中産階級の主人の一家と違い、大工の一家は、明日の飯も無い状態で大家族、その上、病気の子供もいる。
結局、大工は別の男に頼まれて盗んだと分かる。大工の家族は毎日主人の家にやってきて許しを請う。
主人の家族は、同情し、許してやりたいと思う。主人にも許すよう言うのだが、主人は許さない。大工は刑務所に入れられた。

父親の権限が絶対的な社会で、主人は近代的な国家の発展を思う面を持ちながら、家族に対しては保守的な面も持ちあわせている。

なので、主人の家族はそれぞれに不満がありながらも生きている。

ライラは、この家族の中で最も低い身分と位置付けられている。家族の料理は彼女が全部やり、自分は残り物を食べる。家事が上手い女性で、寝るのは一番最後、起きるのは一番先だ。主人の母親の娘で、主人の一番下の兄妹だ。こういう年齢のことや女性というのもあるのだろう。性格もあるような気がするが。

ライラと兄に当たる本屋の主人、主人の母親、主人の妻二人、息子たちなどが一緒に暮らしている。

ライラは、主人の息子が不機嫌な時はやつ当たられ、自分は奴隷のような生活から抜け出したいと願っている。
思いを寄せてくれる男もいたが、中途半端に身を引かれたし、どちらにせよライラが好きと思う人がいようがなんだろうが、結婚相手は親が決めてしまうためどうする事も出来ない。

妻は妻で、新しい若い妻がやってきた事で、今では、その若妻と夫が寝室にこもることを我慢しなければならない生活だ。一夫多妻制は、すべての妻に差別なく接していかないといけないのだが、この主人ははっきりと差別している。

息子の一人マンスールは、アリ廟に巡礼へ行き、間近でカルザイ大統領を見る。カルザイは演説で言う。「私たちが平和を守り、国を発展させるのです。今、私たちは世界中からの支援を受けています。でも、いつか、いつの日か、私たちが世界を助けるように、なろうではありませんか」(「」カブールの本屋より)

そしてマンスールは祈る。『いつの日か、アフガン人であることを誇りに思えますように。いつの日か、自分と祖国に誇りを持てますように。アフガニスタンが世界から尊敬される国になりますように』(『』カブールの本屋より)

本屋の主人の家族への一面は疑問もあるが、彼の国を発展させたい思いや、マンスールの純粋な祈りは、素晴らしい祖国への愛だ。

現実にアフガニスタンでは国を思う人がたくさんいる。いるからこそタリバンの殺害予告を受けながらも選挙へ行った。それだけではない。いろんな人が国のために何かできないかを考え行動している。

今はイスラム国までがアフガニスタンを苦しめている。

タリバンらだけでなく、本には、地元を支配し権力を持ちたいがために争いを起こし、市民を殺しても平気な男も出てくる。

政治はともかくとして、国を発展させたい思いを持つ多くの人がいるアフガニスタンは十分に尊敬される国だ。まだ世界中から尊敬されているわけでないとしても。

命懸けにならずとも行ける選挙へ、行かない人が多くいるこの国に住むあたしからはなおのことだ。

本では、ライラの運命にイライラしながら読み進める事になる。

なぜかこの社会ではレイプされた女性は、黙っているほかない。不倫はもちろん命懸けだ。何故なら悪いのは女だからで、女性は男性より罪が重くなる。石打ちの刑なんて、聖書の中で見るような古い刑で女性を殺したりする事もタリバンの時代にあったというが、アフガニスタンに限らず耳にする。

それに、女性は働けるように、またなったとはいえ、家では、夫が絶対的権威で、夫の意見には絶対に逆らえない。

ただし全てがそうでもない。
たとえば本には、母親がすごく力を持った家族も紹介されいる。

この本に出てくる一家は中産階級なので、食べ物にも困ってないし比較的良い生活を送っている。
だが、犠牲にするものは家族にとって大きい。

訳者が書いてた。この本を読んだ本屋の主人は、この本が本当のことを伝えていないと抗議したそうだ。

本当に、本当のことを伝えていないのならば、それが良い意味でなら、それはそれでいいと思う。
真実かどうかは分からない。これは本だから。

マスードが至る所で市民から英雄視されている様子が出てくる。
マスードが死んだ後の評価が見れて興味深い反面、迷惑な市民もいるだろうなと想像する。

ライラのハッピーエンドはこの本には出てこない。ちょっとでも彼女が望むものを手にしてほしいと思わずにいられないのだが、現実はこうだ。
不幸というのではない。
彼女が彼女の思う幸せな生活を送ることを、読んだ人は願うと思う。

ただもっともっと苦しい想いをしている女性も多くいて、自分で道を切り開くため戦ってる女性もいる。主人の家族の一人は結婚して幸せになっている。

アフガニスタンが日本を震災の時に助けてくれたことをあたしはずっと覚えている。あたしは被災者ではないけど。世界でも貧しい国に位置しながら、助けてくれた。

貧しい国に位置しながら、人々はなんと純粋に崇高な行動をしていることだろう。
だからこそ、発展しないはずがないと思う。確かに国内に難しい問題はいっぱいあるだろう。でももっともっと世界から尊敬される国になるだろう。そのためには、アフガニスタン一国では難しい。国際社会がどう支援するかだ。
無人機でテロリストを殺しても、ピンポイントで爆弾を落としても、関係のない人が死ぬ。過激派の中には、過激派をやめる人もいる。過激派に法など無視して殺害するやり方は、アメリカという国がより強固な敵を作るだけだろう。

暴力をもってして押さえつけた後で何が起きたでしょう?って聞かなきゃダメなのかな。アメリカが起こした原因もあるというのに。

イスラム国より酷いのが現れたらどうする気だろうか?

アフガニスタンで、人々が人々の自由に平和な素晴らしい国を発展させていく、ほんのちょっとでも、お手伝いとなるような支援が必要だと思う。

そこで過激派が必要とされない社会を作るように。

ただ兵器だけで解決できるような問題など、アフガニスタンにも、世界のどこにも存在しない。

振り返らずともソ連とアフガニスタンの戦争の時のアメリカの罪は誰だって思い出すだろう。

関わり方を間違えている。

宗教に対して特にイスラム教というものに対して、恐ろしいイメージを持つ人もいるのではないだろうか。
でも日本人が人質にされた事件では、彼らが救出されるよう祈っていたイスラム教徒たちがいたことを思い出すと、イメージはイメージだとわかると思う。イスラム教徒ではないから、宗教の教義などはあたしは分からない。分かるのは、イスラム教が怖い宗教なら今頃世界三大宗教と言われるほどの信者は、一体なぜテロを起こしていないのかということだ。平和を願っている多くの人たち、難民にならざるを得なかった人たち、この人たちは怖いのだろうか。

イスラム教徒でもないあたしは、まずイスラム教を怖いなどと思う資格すらない。
宗教というものが、どういうものか、など、そもそもそんなことを信者でもない人が言えるわけがない。

何より、争いを宗教のせいにすると、全てを見誤る事になると思う。とても安易だ。
結局のところ、宗教と言うものをひとくくりにした偏見に他ならない。
宗教が人を殺すのではなく、人間が殺すのだ。

本屋の主人が、本の市場で掘り出し物を見つけたりするのが、すごく楽しそうだなあと思う。

こんな風に、アフガニスタンの一家を中心にした本が、たくさんあったらなと思う。

つい最近、ドイツでは難民を市民が歓迎して迎えた。心から尊敬する。
でももっといいのはアフガニスタン、アフリカ、シリアやイラクの中東、などから難民が出ないようになるのが一番の願いだ。

本は興味深く読めた。
作者のジャーナリストは、コソボ紛争やイラク戦争も取材しているそう。
他の本も読んでみたい。
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サンバ

2015年09月05日 | ■MOVIE

サンバ

*完全ネタバレ*注意



サンバという男性はアフリカ出身のフランス移民で、移民として認められず国外退去を命じられている。その中で、移民局のボランティアで働く女性アリスと出会う。職場を休職し、精神的な病を乗り越えようとしているアリスは、サンバの存在により、生活が楽しくなり、笑顔も増えていく。二人は純粋な絆を紡いでいき恋人同士となるが、サンバが事件に巻き込まれ祖国へ帰る展開になる。

サンバは同じ移民のコンゴ出身の男性から自分の婚約者を探してほしいと頼まれていた。フランスのどこかで美容師として働いているはずのその女性を何とか探し出し、男性からの伝言を伝えるはずが、その女性と関係を持ってしまう。
一夜限りの関係だったが、心底悔いて、その男性を避けるサンバだった。ある時、男性が会いに来る。そして自分の女と寝ただろうと暴力をふるい出し、通り掛かりの警察が何事だと、喧嘩する二人の元へ駆けつける。サンバは違法に滞在している身で、警察に捕まるわけにはいかない。その場から逃げ出すも、男性と警察の両方に追われる。結果的にその男性とサンバは急激な流れの川のような所に落ちて流される。
男は死に、サンバは家に帰ってくる。

帰国する直前に、アリスは、サンバが、死んだ男の身分証を、服を交換した時に持ったままだった事に気付いて、それをサンバに使えという。
サンバは、その男の身分証(政治的難民か何かで10年滞在出来る許可)を自分のものにしてフランスに滞在する。

そんな感じのストーリー。

サンバの仲間は中東からやってきて、ブラジル人になりすましている男だが、彼がまた陽気で面白い。

アリスが勤める移民局のスタッフたちも温かく、個性的で、移民たちとスタッフの関わりは和むシーンが多い。

その日暮らし、警察から逃げる、などの大変な生活を精一杯明るく過ごすサンバとその友人の様子は作品を重たくしない。

移民の苦労を描いてる割にそこまで暗くはない。要所要所でサンバの心情が、周りの風景とともに見られ、考えさせる場面がメリハリをきかす。

バスで、彼をじろじろ見る乗客ら。本当にそうなのか、サンバの見え方なのか。
息苦しく、窮屈な世界で暮らす孤独が感じられる。

もちろん現実では、フランスが保守的な傾向があろうと、移民のために力を貸すフランス人達、心を寄せる人たちもたくさんいる。

ただ、サンバのような息苦しくさを感じて生活する移民も多い事だろう。
それはフランスに限ったことではないと思う。

作品はハッピーエンドだ、死んだ男になりすますのは違法だとしてもだ。
映画を観た人間としてはそれで良かったが、実際には移民はどんな生活を送ってるだろうと思わずにいられない。

ここ最近、まるで急に起きた問題かのように、急に思い出したかのように、難民の問題がクローズアップされている。

そういうニュースに興味のない人も、何の問題意識が無くても、この作品を映画鑑賞として観るのはいいと思う。映画自体いい作品だ。

アリスは、サンバとの出会いによって、精神的にちょっとづつ癒されていく。
最後には職場に復帰。彼女の自然な笑みが素敵だ。

サンバの仲間の男性は、自分をブラジル出身と偽るが、それは、その方が仕事に就きやすいからだという。

これについて、世界中にある過去から現在までの問題の、たった一つの例でも思い出さずにはいられない。

狭い社会の中で、そこにもとから住む人は、後からやって来たものに対し、何かしらの敵意を持って接する場合がある。大抵の場合、ただの迫害。自分が正しいと言い訳しなければ、弱いものいじめが出来ないと思うのか、何かしらの理由を主張する。例えば、その移民らが、全員悪人で、その国に大変なことを仕出かすと言うならば当たらない。一部に犯罪者がいる事はある。が、全員犯罪者と言う事はない。

迫害するものらは、何を求めているのだろうか?
本当に移民が出て行く事を望んでいるのだろうか。それはちょっと信じられない。

なぜなら彼らは自分らの生活の不満のはけ口を探し、奴当たっていると言う事を無意識のうちに主張してしまっている。
強そうなものには何のアクションも起こせないので、とりあえず弱いものに奴当たろうと言う根性のようにしか映らないのだ。

そして、何もこのような活動をする人たちだけが、そういう悪意を持っているのではなく、実はその辺にいる普通の市民の中に、あり得ないほどの悪意が充満している事もある。

例えば日本で暮らすあたしは、ファミレスでたまたま近い席にいたおばさんの集団の会話から、など、身近な世界から、差別は聞こえてくる。

おそらく世界中のありとあらゆる普通の景色の普通の人の中に漂っていて、堂々と差別行為を行う人間達が現れる事を許容する下地がある。

テロリスト達は、活動出来る下地がなければ行動できず、実際に戦闘行為に関わらずに資金をサポートする人たちが影にいる。資金を援助する人間は、自分ではテロが出来ないが、やる人たちを応援したいのだろう。

あたし達は不思議に思う。なんでテロリストなんかを応援したいのだろう?と。

表立って迫害する人間を、心で応援したい人たちがいる。彼らは自分では表立って活動出来ないから、やる人を応援するのだろう。資金を援助するかは別として、移民らの排斥を心の中で喜んでいるのだ。
こういうことは全く不思議ではない。
なぜなら身近な存在の中に、これらを許容する悪意が存在しているからだ。
排斥行為に賛同するのは、こうした身近な世界に住む普通の市民だったりする。

こう考えると、不思議に思うテロリストのサポートにしても、排斥の賛同にしても、どちらも実に異常な事だと改めて思う。

どちらも思想云々宗教云々はあろうが、自分が不幸なのは人のせいと言うような安易な被害妄想としての一面では同じ根を持つ。

被害妄想の中の被害者意識で見れば、自分はなんてかわいそうだろうか。
同情されるべきであろうか。皆んなに構ってもらわなければならないだろうか。

当然だが、自分に無いものを数える人は不幸だ。自分にあるものに感謝をしないからで、自己中なあたしを含め、感謝の念を人は忘れっぽい。

だから 人は多分いつだって、迫害する側に回りかねない。

あたしだったら、サンバの友人のような場合、ブラジル出身と名乗るだろうか?
名乗ったなら、自分の国を否定されているような気持ちにならないだろうか?

日本人として、海外へ行った先で、日本人である事を否定されたら、どう感じるだろう?
ムカつくだろうし、お前は何様だと思うだろう。

社会の中に普通の人の口から、普通に出てくる差別意識は、その人の無知も問題だが、許される環境こそ怖い。

サンバ達は不法滞在だ。法に触れることは悪いことだろう。

だが不法だ、では終わらない。
本当の問題は何だろう。
移民にならなければならないのは、どうしてだろう。

ヨーロッパに難民がやってくる。
シリアで起きてる問題を解決の方向へ導けるような国は世界にたったひとつも存在しないのだろうか?世界の国々は、解決したくないのだろうか。

サンバが、本当の意味で、幸せになるにはどうしたら良いのだろう。彼がどうすれば良いのだろう。

いろいろ考えさせる映画だったが、良い作品だった。


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