グー版・迷子の古事記

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「チ」目に見える神霊

2013年10月20日 | 古事記
神霊を表す「チ」という言葉を、チの神霊チ(乳・祖・地)の神霊で考察してきました。
しかし今までの考察結果から出した結論では、うまく説明出来ない事に突き当たってしまい、もう一度最初から考え直してみようと思いました

  《ハハとチチ》

古語拾遺には、「古語に大蛇、之をハバといふ」とあります。
太古の神様を考える上で「ハバ」は重要なキーワードの一つです。
また「ハバ」は「ハハ」と音が通じます。
「ハバ」を考えるには「ハハ」は避けて通れない道のような気がするのです

前回までの、太古からの暗号太古からの暗号②「キ」太古からの暗号③クチを考える過程で太古の人達は、人間と木の関係性を重要視していた事を発見しました。
縄文時代を含むそれ以前の日本では、「木(キ)」は最高神だったとも考えられるかもしれません。

そこで「母(ハハ)」と言う言葉の成り立ちも、「目(メ)」「口(クチ)」「鼻(ハナ)」「耳(ミミ)」と同様に、木のパーツから名づけられたのではないか?
「母(ハハ)」もまた、その構成分子である「ハ」は「葉(ハ)」ではないか、と思ったのです。

「母(ハハ)」とは?またその特徴とは何でしょう?
その一番の特徴とは女性と言う事ではないでしょうか。

口が、(太古からの暗号③クチ)で示したように太古において「ハ(葉)」と呼ばれていたとするならば、女性である「母(ハハ)」の生殖器もまた、「葉」に模して「ハ(葉)」と名づけられた事は想像に難くありません。
二つの「ハ(葉)」を持つ人間という意味で「ハハ」となったのか、或いは特有の生殖器を示す「ハ」を重ねて「ハハ」と呼んだのでしょう。

そこで、今回の問題になってくる「チ」に突き当たりました。
「チチ(父)」の「チ」は、以前の考察で「乳(チ)」の派生語と結論付けましたが、「ハハ」が「木(キ)」のパーツを模して名付けられたとすれば、「チチ(父)」と「ハハ(母)」の言葉の成り立ちの過程に、かなりの相違が出てきます。
そこで、もう一度「チ」について考えてみようと思いました

  《チ》

以前の考察では、チの初めを「乳(チ)」としました。
しかしよくよく考えてみると、「血」も「チ」です。
そして、男性器が「チ○コ」です

そう考えてくると、太古において「チ」は体液である可能性が出てきます。
「チ」が体液であるため、男性器の名前も上記のようになると考えられます。

それでは、「チ」は元々体液に名付けられた名前だったのでしょうか?
そうではないと思います。
体液が何故「チ」と呼ばれたか、考えて見ましょう。

「血(チ)」は、怪我をすると出てきます。当たり前ですよね
では大怪我をするとどうなるでしょう?
「血(チ)」は止まらなくなり、ついには死んでしまいます

この事を思いつき私は、ハッとしました。
「血(チ)」が体内から大量に出てきて、体から失せると死ぬのです。
太古の人々は、体から霊魂が離れると死ぬと考えていました。
太古の人達は、「血(チ)」を霊魂・霊だったと考えていたのでしょう。
だから霊を表す言葉「チ」を使ったのだと思いました。

しかしここで一つの疑問が生じてきます。
「霊・霊魂」とは、見えないものではないのか?
いやしかし、この疑問はそもそも現代人であるが故の疑問だったのかもしれません。
「霊・霊魂」が見えないものだと言うのは、現代人である私が勝手に想像した事に過ぎないのです。
太古の人々は目に見える「霊・霊魂」の存在を感じ、
その目に見える「霊・霊魂」に「チ」と名付けたのだと思います

それでは太古の人達は、「血(チ)」以外の体液に霊力を感じていたのでしょうか?
感じていたと思います

「乳(チ)」は赤ちゃんを育む魔法の液体です。
大国主が死んだ時には、キサガヒヒメとウムギヒメが貝殻を削った粉を水にとかし「乳」をつくり大国主の体に塗ると、大国主は生き返ります。
この話は「乳(チ)」の話ですが、大国主が新しく生まれ変わる事を考えると、男性器から出てくる体液である「チ」であると考える事も出来るかもしれません。

また排泄物である小便の「チ」にも霊力を感じていたと思います。
ホノカグツチを産んだイザナミは、女陰(ホト)に火傷を負い死んでしまいます。
その死の間際に尿をし、そこからミツハノメと言う耕地を灌漑する水の神様が生まれます。
ミツハノメは水神様として祭られていますが、少し考察するだけで違う姿も現れてきます。また日を改めて書いてみたいと思います。

ここまでで、「チ」は目に見える霊・霊魂だとしましたが、これだけでは不十分かもしれません。
最後に実際の神様でそのことを検証してみましょう

  《チの神霊》

イカヅチ(雷槌)…雷の神霊です。稲光を表していると思います。

ホノカグツチ(火之迦具土)…火の輝きの神霊です。炎を表していると思います。

アシナヅチ・テナヅチ(脚摩・手摩)…育成途中の稲籾の中にある乳状の液体を表していると思います。

タケミカヅチ(武甕槌)…雷神・剣神ですが、元々はその名前の示すとおり「甕(ミカ)の神」であったと思われます。「甕(ミカ)の神」とは水鏡・鏡の神様です。太古の人達は水鏡が映し出す姿に神様を見ていたのだと思います。タケミカヅチに関しては当ブログで過去に考察しています。一度ご覧下さい

主な「チ」の神霊を上げてみました。
他にも「チ」のつく神霊はありますが、蛇など目に見えるものだと思います。
「チ」は目に見える「霊・霊魂」と考えて問題ないと思います

今回は思いがけずも個人的に大収穫だった気がします
これで「チ」の神霊に関しては、もう考察することもないのではないだろうか?
それともあるのかな?
「チ」は目に見える「霊・霊魂」で間違いないと思います

今日のまとめ
「チ」は人間の体液でもありますよね。
そうすると「父(チチ)」ってもしかして…
「チンチン」と同じだったりするのか


太古からの暗号③クチ

2013年10月18日 | 古事記
今回は、太古からの暗号で最後に提示した「木(キ)の霊力」である「口(クチ)」について考えてみたいと思います

顔のパーツは、木(キ)のパーツを模して名づけられています。

芽(メ) → 目(メ)
花(ハナ) → 鼻(ハナ)
実(ミ) → 耳(ミミ)
葉(ハ) → 歯(ハ)

これ程までに、木(キ)のパーツとの関連が明らかになると、舌(シタ)は羊歯(シダ)の葉を意味しているような気もしてきますが、これは確信が持てません。
羊歯(シダ)は木の下の暗い所に生息している事から考えると、口の中の暗い所にある舌(シタ)を羊歯(シダ)に見立てたのかもしれません。
形も似ているし…
「舌(シタ)」は「羊歯(シダ)」から名づけたと考えていいかな

さてここで「口(クチ)」ですが、木(キ)のパーツとしては「?」って感じです。
「口(クチ)」と言う名称は、「口」に「木(キ)の霊力」を感じ始めた後に付けられた名称だと思います。
太古の人達が人間と「木(キ)」に関連性を感じ、その後に「木(キ)」を霊的存在と捉え、またその後に人間に備わる「木(キ)の霊力」を掌るパーツに命名したものが「口(クチ)」だと思います。

それでは、口が「口(クチ)」と命名される前は、なんと呼ばれていたのでしょうか?
実はこれもある程度推測できるのです

結論を先に言うと…
太古において、口は「ハ(葉)」と呼ばれていた

口を閉じて唇の形を見てみてください…
赤い紅葉のように見えませんか?
閉じた唇の真ん中には葉脈も見えてきます。

別の方向からも、この事を少しづつ説明していきましょう

古代において、口から物を出す行動を表現する言葉に次のようなものがあります。

唾く(ツク・ハク)
吐く(ハク・ツク)

「ハク」は、現在でも使われますよね
ゲロを吐く…

「ツク」は、あまり使われませんけど…
嘘をつく…

「ハク」も「ツク」もどちらも、口から物を出す行為に使われます。
「ツク」は「吐」の文字の音読み「ツ」から派生した言葉と考えられると思います。
と言うことは…
「ツク」と言う言葉は、弥生時代に日本に渡ってきた渡来人により使われ始めた言葉の可能性が高いと思います。

「ハク」は?と言うと…
私は、弥生以前の縄文時代或いは縄文よりももっと前の太古から使われていた言葉ではないか、と思います。
「ハク」の「ハ」は「口」「葉」を表していると思うのです。
口から物を出すので「ハ」に助動詞「ク」をつけて、「ハク」と言うことです。

ではこれ以外の言葉で、口を「ハ」と表していた事が窺える言葉はあるでしょうか?
あるんです

「話す(ハナス)」

人間と「木(キ)」に関連性を感じていた太古の人達は、口を「ハ」と考え、口より発せられた言を作る行動を…

(ハ)(ナス) = (葉)(成す)

と考えたのでしょう。
見ることが出来る「口」である「ハ(葉)」から生まれるのは、見ることが出来ない「コト」の「ハ(葉)」なのです。
そしてそれが「コトバ(言葉)」です。

  《口(クチ)に木(キ)の霊力を感じるきっかけ》

「口」から発する「コトノハ」に、名称を与えた段階において、言葉にある程度霊的存在を感じていただろう事は想像できます。
「コトノハ」は、目に見えず、手に捉える事もできません。
このような「気(キ)」とも言える気配を生成する「口」に霊力を感じる事は、至極自然な成り行きだと思います。

それでは太古の人達は、「口」が発する霊力の源をどの様に考えていたのでしょうか?
そこには、ある自然の事象が関係してくると思います。

山で大声を出すと、木霊(コダマ)が返ってきます。
日本の山は木に恵まれている為、山の木霊(コダマ)は木(キ)の神霊の成す業だと思ったのでしょう。
「コダマ」は「木霊(コダマ)」と表現されます。

実はこの木霊(コダマ)を成す木(キ)もある程度推測できるのです。
この話は、少し長くなるのでまたの機会に回したいと思います。

ここまで読んでいただければ、「口」が発する霊力の源が何か、もうお分かりだと思います。
「口」が発する霊力の源は、「木(キ)」に起因していたのです

これで「口(クチ)」は、「木(キ)の霊力」とした意味が理解していただけると思います
「口(クチ)」は「木(キ)」のパーツの一部であり、「木(キ)の霊力」が顕現するパーツだったのです。

言葉の神霊は「言霊(コトダマ)」と言います。
今回考察してきた事を踏まえ考えてみると…
「木霊(コダマ)」と「言霊(コトダマ)」は成立段階において同じ神霊を表していたのかもしれません。
或いは、人間が発する言葉を「言霊(コトダマ)」、木の神霊が発する言葉を「木霊(コダマ)」と初期の段階ではっきり区別していたのだろうか?

「木霊(コダマ)」が先か?「言霊(コトダマ)」が先か?或いは同時に成立したのか?

この問題が解決出来れば、新しい真実が見えてくるのです
今は考えが及びませんが、そのうち考えてみたいと思います
つづくかな


太古からの暗号②「キ」

2013年10月17日 | 古事記
前回、太古からの暗号の最後で「口(クチ)」は「木(キ)の霊力」だと言う事を提示しました。
まず「口(クチ)」について説明する前に、「口(クチ)」の「ク」の部分の元となる「キ」について面白いことに気付いたので、今回は「キ」について考えてみたいと思います


前回、太古からの暗号を書いた後、もう一度、「キ」について考えていました。

その時に…
「そう言えば、「危」も「キ」と発音するよなぁ。」

そして、「危」と「キ」を結ぶある事に気付きました。
私は頭の中である映像を思い浮かべていました。

草原で暮らすプレーリードッグの家族。
そこへ家族を狙う大型の鳥類が、上空に姿を現します。
鳥に気付いた家族の中の一匹が、甲高い声で家族に危険を知らせます。

プレーリードッグの甲高い声が、具体的にどの様な声だったか覚えていませんが、「黄()色い声」だった事は間違いないと思います。

そして今度は、我々の祖先である霊長類の場合はどうだったのか、考えてみました。
霊長類が危険に遭遇した時、家族に危険を知らせる声は…
これはもう間違いないでしょう…

キィーーー

もし疑う方がいるなら動物園で検証してみてください
きっと飼育員に怒られます

もしかすると…
「キ」と言う音は、まだ発声器官の発達していなかった時代から使われていた一つの言葉ではなかったのだろうか?
そんな疑問から、漢和辞典を片手に「キ」と発音する文字をリストアップしていきました。
そして、面白いことに気付きました。
「キ」には三つの感情に起因されると思われる言葉が幾つも見受けられるのです。

①恐怖を表現する「危(キ)」
②空腹を表現する「飢(キ)」
③喜びを表現する「喜・嬉(キ)」

人間の感情は、よく喜怒哀楽と表現されます。
しかし、喜怒哀楽の中には恐怖を表す「危(キ)」と空腹を表す「飢(キ)」は含まれていません。
また①②③の「キ」には「怒」「哀」は含まれていません。

ここで一つ疑問が浮かびました。
「キ」が「キィーーー」と言うほどの激しい感情だとしたら、「キ」に「怒」と「哀」も含まれるべきだと思ったのです。

何故、「怒」と「哀」は「キ」に含まれなかったのか?
その答えは①②③の「キ」に含まれているように感じました。

原始的な社会を想像してみてください。
原始的であれば、原始的であるほどいいかもしれません。
原始的生物は、栄養を体内に取り入れ成長し、細胞分裂で子孫を残します。

そうです原始的欲求とは…

④栄養を補給する事
⑤子孫を残す事

この二つに帰結すると思います。
そして、④の栄養を取ることは、また逆に栄養として捕食される事も示唆しています。

⑥栄養として捕食される恐怖

①②③の「キ」が表す感情とは、④⑤の原始的欲求と④に起因する⑥の捕食される事への恐怖だったのです。

①②③の「危(キ)」「飢(キ)」「喜(キ)」は、人間の最も根源的な感情だったのです
これで「怒」「哀」が「キ」に含まれなかった理由は説明できたと思います

「キ」は人間の最も根源的な感情「キィーーー」から発生した物だと思います

「キ」と発音する言葉には、①の恐怖を起源としたと思われる物が沢山あります。

  《恐怖を表現する「危(キ)」》

「帰(キ)」…捕食者から逃げるため巣へ帰る行動を表したと思います。霊長類は木の上へ逃げ帰ります。
「起(キ)」…走っている状態から立ち止まると言う意味です。恐怖に対する注意を表していると思います。
「鬼(キ)」…元々は死者と言う意味です。恐ろしい存在です。
「忌(キ)」…忌み嫌う事です。

恐怖を表す「キ」は後に、目に見える恐怖から目に見えない恐怖へも応用され「鬼(キ)」に使われています。
そして目に見えない恐怖は、「恐れるべき物」「恐き(かしこき)」存在としての神様も意味するようになってきます。

「気(キ)」…気配。目に見えない何かです。
「亀(キ)」…神獣です。
「希・稀(キ)」…めったに起こらないまれな事です。神意を感じる言葉です。
「奇(キ)」…あやしい。まれ。不思議な事です。

ここまで「キ」の音について説明してきました。
ある程度納得して貰えていたら嬉しい所です
しかしここで一つ、重要な事があります。

今まで提示してきた「キ」は、全て漢字の音読みの「キ」なのです。
何が言いたいかと言うと…
今まで提示してきた「キ」は、日本に渡来してきた新モンゴロイドである弥生系の人々に由来する所が大きいのです。

   《木・月・黄》

「木」「月」「黄」の「キ」は、今まで提示したきた「キ」と違い訓読みで「キ」と読みます。
「月」に関しては、月神で示したように、太古において「キ」の一音で発音したのではないか、と思っています。
「木(キ)」に関しては前回、太古からの暗号で示したように、太古の人達は祖神と思っていたと考えられます。

「木(キ)」「月(キ)」は神様であることから考えても、①の恐怖を表す「キ」から派生された「キ」である可能性は高そうです。
また霊長類は危険に際し、「木(キ)」の上へ逃げ帰ります。
「木(キ)」はこちらからの派生かもしれません。

敵が来た~木(キ)へ逃げろ~

このように考えてくると…
弥生系の新モンゴロイドと縄文以前から日本に住み着いていた旧モンゴロイドは、原始時代に、同じ「キ」と言う言葉を共有していた。
そして、日本に渡った旧モンゴロイドの人達は、独自に「木(キ)」「月(キ)」と言う言葉を生み出した…
と言えそうです。

「黄(キ)」は、「木(キ)」或いは「月(キ)」の色を表したのでしょう。
私は、「黄(キ)」は月の色を表した物だと思います。

黄色い声は、甲高い声を表す事から考えると、原始時代の「キィーーー」に由来している気がします。
この事は、新モンゴロイドと旧モンゴロイドが、同じ「キ」の音を共有していた事を示唆する物ともなりそうです。

また、信号機の黄色が注意を表す事も、太古からの記憶である「キ」の表れなのかもしれません



お盆

2013年10月16日 | 落書き帖
昼下がりタバコを買いに外へ出た。
玄関を出ると室内の快適さが身にしみて、思わず後悔さえ感じてきた。
暦の上ではもう秋だというのにアスファルトの上は揺らいで見える。
湿気を伴った火の気は、行く所が無いとでも言うようにいつまでも留まって去ろうとしない。

下り坂に差し掛かり下を見ると、三十メートル程ある坂の終わり、通りと交差する所にある民家の角の軒先に小学校に上がる前くらいの幼い女の子が座っていた。
厳しい太陽の日差しを避けるように膝を抱え通りを往来する人達をぼんやりと眺めている。
そのうちこちらに気付いたようで、坂を下ってくる大人に興味深そうな視線を注ぎ始めた。

……知っている子供だろうか?

側を通る時、少し顔を見てみたが心当たりは無い。
彼女の興味は相変わらず私に向いているようだ。
少し気になったので通り過ぎた後、右を見る振りをして視界の隅で彼女を追ってみたが、まだこちらを見ているようだった。

コンビニでタバコだけ買いすぐ家路に着いた。
通りに出てみると、女の子はまだ先ほどと同じ場所で通りを往来する人達をぼんやりと眺めている。
彼女のいる方向へ歩いていくと、今度は意を決したかのように近づいてきた。

「こんにちは。」
「こんにちは。」

私は周りの人に、独り言でも言ってるかのように見られているのでは無いか、と少し心配になった。
彼女の方は子供独特のなれなれしさで話しかけてくる。

「そこの神社にお墓があるって聞いたんだけど本当かな?」

通りの反対側の小高い丘の上にある神社のことを聞いてきた。
道は既に家へ向かう登り坂へ差し掛かっている。

「どうだろう?おじさんは知らないけど、もしかしたらあるのかもしれないね。」
「ふーん。」

……知らない子供だし家まで来られたら困るなぁ

「おじさんは今から家に帰るから、遊んであげられないよ。」
「大丈夫、私のうちもこっちにあるから。」

あらかじめ私の言う事を知っていたとでも言うかの様に、話し終わるか終わらないかのうちに応えてきた。

……賢い子供だったんだろうなぁ

坂を上りきり既に分かれ道の無い所まで来ていた。
彼女は、以前は上の集落への階段があった突き当りへ向かい歩いていく。
楽しそうに、ふわふわ… ゆらゆら… 。

まだ若い葉が一片あるかないかの風に舞った。

我照らし
影に一葉(いちまい)
黄緑か
戯れ風へ
真白に踊る



太古からの暗号

2013年10月15日 | 古事記
人間は何から生まれたのだろうか?
そんな疑問に太古の日本人はある答えを出していました。
その太古の記憶が、顔のパーツの名称から覗き見えるかもしれません

  《顔のパーツ》

顔のパーツには、「目」「鼻」「口」「耳」があります。
これって植物のパーツと同じですよね

①顔
「目(メ)」「鼻(ハナ)」「耳(ミミ)」

②植物
「芽(メ)」「花(ハナ)」「実(ミ)」

「口(クチ)」については後ほど説明します。

私はこの事に気付いて、古代の人々は人間と植物に関連性を見出していたのだろうと思いました。
顔のパーツを模して植物のパーツの名称を考えたのか、或いは植物のパーツを模して顔のパーツの名称を考えたのか?

私は植物のパーツの名前を模して顔のパーツの名称を考えたのだろうと思いました。
何故その様に考えたかと言うと、「口(クチ)」と言う言葉の成り立ちを考えた場合、その方がうまく説明できるのです。

しかしここで一つの疑問にぶつかりました。
人間の顔のパーツと植物のパーツを比べた場合、古代において本当に植物のパーツの方が人間の顔のパーツよりも先に命名されることがあるのだろうか?
人間の顔のパーツより植物のパーツの方が優先されるなんて本当にあるのだろうか?
人間にとって、植物より人間そのものの方がより身近な存在ではなかろうか?

この問題を解決しないと、これ以上の論理付けは無意味な物となってしまいます
この事をしばらく悩みました。
そして一つの事に思い至ったのです。

古代ではなく原始・太古において考えたら解決出来るのではないかと思いました。
ある程度文明の進んだ古代において考えていたから解決出来なかったのです

人間を含む霊長類は、太古より森で暮らしていました。
近代の考古学・遺伝子研究でも明らかなように、人間はチンパンジーと祖先を同じくしています。
人間も太古において森で暮らし、主に木の上を生活の基盤としていました。
木の上で木の実をとり食事とし、木の上で眠り、木の上で育児をし、そして木の上は太古の人間にとって地上の大型哺乳類から命を守ってくれます。
木は守り神の様な存在だったのです。

人間の祖先が地上に降りて間もない頃でも、木は守り神の様な存在だった事に変わりなかったでしょう。
人間は地上におりても、四足歩行の哺乳類にはそのスピードでかないません。
初めは森の近くで暮らし、危険が迫った時には木の助けを借りた事でしょう。

また地上では安全に育児できなかった事も間違い無いでしょう。
カニやカエルが祖先の基盤である水辺で産卵し、またペンギンが祖先の基盤である陸上で育児をするように、太古の人間もまた祖先の霊長類が住処としていた安全な木の上で育児をしていたであろう事は容易に想像がつきます。
木や森が人間の営みに欠かせない最重要の存在だった事実は、もしかすると、人間が道具や火を使い始める頃まで続いたのかもしれません。

この様に考えてみると、植物のパーツが人間の顔のパーツより命名において優先されたとしても何の不思議も無い事が明らかになってくると思います。
そして私は、人間の顔のパーツの名称は植物のパーツの名称を模して命名されたものだと考える事としました。

ここで話を少し戻します。
「目(メ)」「鼻(ハナ)」「耳(ミミ)」は植物のパーツから名づけられたとして、果たして「口(クチ)」はどうなのでしょうか?

「口(クチ)」もまた植物である木から名づけたと考えられます。
「木(キ)」は古代においても同じく「キ」ですが、「キ」の後に音が続くと「ク」となります。

クチ=(ク)(チ)

と分解すると、「木(キ)の神霊」或いは「木(キ)の霊力」の様な意味になると思います。
「口(クチ)」は「木(キ)の霊力を持つ」パーツだったのです。
この「木(キ)の霊力」については日を改めて説明したいと思います。

チョット長くなってきたので今日はそろそろまとめに入りたいと思います
「口(クチ)」の中には「歯(ハ)」もあります。
「歯(ハ)」もまた植物の「葉(ハ)」を模して命名されたものと思います。
「鼻(花)」と「歯(葉)」の位置関係を考えてみてください。
そして鼻と口の間には人中(じんちゅう)と言う2本の線があります。

「鼻(花)」--人中(茎の様な2本の線)--「歯(葉)」

葉(歯)の先に咲く花(鼻)が浮かび上がってきます
ここからも太古の人達が、人間の顔に植物をイメージしていた事が窺えます。
太古の日本人の祖先たちはきっと、自分達の祖先を木だと思っていたのだろうと思います
つづく