グー版・迷子の古事記

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太古からの暗号

2013年10月15日 | 古事記
人間は何から生まれたのだろうか?
そんな疑問に太古の日本人はある答えを出していました。
その太古の記憶が、顔のパーツの名称から覗き見えるかもしれません

  《顔のパーツ》

顔のパーツには、「目」「鼻」「口」「耳」があります。
これって植物のパーツと同じですよね

①顔
「目(メ)」「鼻(ハナ)」「耳(ミミ)」

②植物
「芽(メ)」「花(ハナ)」「実(ミ)」

「口(クチ)」については後ほど説明します。

私はこの事に気付いて、古代の人々は人間と植物に関連性を見出していたのだろうと思いました。
顔のパーツを模して植物のパーツの名称を考えたのか、或いは植物のパーツを模して顔のパーツの名称を考えたのか?

私は植物のパーツの名前を模して顔のパーツの名称を考えたのだろうと思いました。
何故その様に考えたかと言うと、「口(クチ)」と言う言葉の成り立ちを考えた場合、その方がうまく説明できるのです。

しかしここで一つの疑問にぶつかりました。
人間の顔のパーツと植物のパーツを比べた場合、古代において本当に植物のパーツの方が人間の顔のパーツよりも先に命名されることがあるのだろうか?
人間の顔のパーツより植物のパーツの方が優先されるなんて本当にあるのだろうか?
人間にとって、植物より人間そのものの方がより身近な存在ではなかろうか?

この問題を解決しないと、これ以上の論理付けは無意味な物となってしまいます
この事をしばらく悩みました。
そして一つの事に思い至ったのです。

古代ではなく原始・太古において考えたら解決出来るのではないかと思いました。
ある程度文明の進んだ古代において考えていたから解決出来なかったのです

人間を含む霊長類は、太古より森で暮らしていました。
近代の考古学・遺伝子研究でも明らかなように、人間はチンパンジーと祖先を同じくしています。
人間も太古において森で暮らし、主に木の上を生活の基盤としていました。
木の上で木の実をとり食事とし、木の上で眠り、木の上で育児をし、そして木の上は太古の人間にとって地上の大型哺乳類から命を守ってくれます。
木は守り神の様な存在だったのです。

人間の祖先が地上に降りて間もない頃でも、木は守り神の様な存在だった事に変わりなかったでしょう。
人間は地上におりても、四足歩行の哺乳類にはそのスピードでかないません。
初めは森の近くで暮らし、危険が迫った時には木の助けを借りた事でしょう。

また地上では安全に育児できなかった事も間違い無いでしょう。
カニやカエルが祖先の基盤である水辺で産卵し、またペンギンが祖先の基盤である陸上で育児をするように、太古の人間もまた祖先の霊長類が住処としていた安全な木の上で育児をしていたであろう事は容易に想像がつきます。
木や森が人間の営みに欠かせない最重要の存在だった事実は、もしかすると、人間が道具や火を使い始める頃まで続いたのかもしれません。

この様に考えてみると、植物のパーツが人間の顔のパーツより命名において優先されたとしても何の不思議も無い事が明らかになってくると思います。
そして私は、人間の顔のパーツの名称は植物のパーツの名称を模して命名されたものだと考える事としました。

ここで話を少し戻します。
「目(メ)」「鼻(ハナ)」「耳(ミミ)」は植物のパーツから名づけられたとして、果たして「口(クチ)」はどうなのでしょうか?

「口(クチ)」もまた植物である木から名づけたと考えられます。
「木(キ)」は古代においても同じく「キ」ですが、「キ」の後に音が続くと「ク」となります。

クチ=(ク)(チ)

と分解すると、「木(キ)の神霊」或いは「木(キ)の霊力」の様な意味になると思います。
「口(クチ)」は「木(キ)の霊力を持つ」パーツだったのです。
この「木(キ)の霊力」については日を改めて説明したいと思います。

チョット長くなってきたので今日はそろそろまとめに入りたいと思います
「口(クチ)」の中には「歯(ハ)」もあります。
「歯(ハ)」もまた植物の「葉(ハ)」を模して命名されたものと思います。
「鼻(花)」と「歯(葉)」の位置関係を考えてみてください。
そして鼻と口の間には人中(じんちゅう)と言う2本の線があります。

「鼻(花)」--人中(茎の様な2本の線)--「歯(葉)」

葉(歯)の先に咲く花(鼻)が浮かび上がってきます
ここからも太古の人達が、人間の顔に植物をイメージしていた事が窺えます。
太古の日本人の祖先たちはきっと、自分達の祖先を木だと思っていたのだろうと思います
つづく