グー版・迷子の古事記

古事記の世界をあっちへふらふらこっちへふらふら
気になったことだけ勝手に想像して勝手に納得しています

鳴らない電話(7)

2013年12月30日 | 落書き帖
「明日香!」

僕は電話に出ると大声で叫んでいた。
受話器からは彼女の声が…

こういち こういち! こ・う・い・ち!!

???あれ?
何か違うぞ?

僕は敷布団の端をつかんだ母ちゃんに布団の外まで投げ出されてしまった。

「目覚まし時計がさっきから鳴ってるのに何時まで寝てるんだい。学校に遅刻するよ、早く起きなさい!」

やばい!時計を見るともう八時を過ぎている。

「ホントにこの子は汚い子だね、涙と鼻水で顔中ぐちゃぐちゃじゃないかい。」

母ちゃんが情け無さそうな顔で見てくる。
手を顔に当てると本当にグチャグチャだ。

「その手を布団で拭かない!早く顔洗ってきなさい!」
「何でもっと早く起こしてくれないんだよ。」
「あんたが、明日香ちゃん明日香ちゃんって言いながら泣いてるのを見ると面白くてね。そんな顔じゃ明日香ちゃんも振り向いてくれないよ。そんな事はいいから早く顔洗って支度しなさい。」

そう言うと母ちゃんは面白そうに僕の顔をじろじろ見だした。
あーあ、これで今晩の夕食のおかずにされてしまいそうだ。
みんなの前で得意げに話すんだろうな…。

「ぼけーっとしない!」

僕は顔を洗い身支度を整えると台所へ行き、食パンを口に押し込むと牛乳を流し込んだ。
母ちゃんは相変わらずニヤニヤしながら先ほどの事を思い出し、夕食の時僕をどのようにいじってやろうか考えてるようだ。
そうだ今はそれどころではない、はやくしないと学校に間に合わない。
急いで口の中の物を飲み込むとカバンを取り玄関へ急いだ。

「ちょっと待ちなさい!」

急いでいるのに母ちゃんが呼び止めてくる。
後ろを振り返ると、台所からニヤけた顔を出し携帯電話を投げてよこして来た。

「ほら、鳴らない電話。」
「何すんだよ、携帯落として壊れたらどうすんだよ。」
「何言ってんだい、どうせ女の子から電話もかかって来ないくせに。あんたには宝の持ち腐れ。あんたが携帯持つなんて猫に小判って言うんだよ。」
「うるせークソババー!」

僕は急いで玄関を出ると当て付けに思いっきり扉を閉めた。

「このクソガキ!! #%"&$"#$……」

書くに耐えない言葉が玄関の扉を揺らし町内に響き渡った。

おしまい

(迷子の古事記 2013.12.2)

鳴らない電話(6)

2013年12月28日 | 落書き帖
田舎へ戻って今年で10年になる。
東京での思い出全ては忘れようとした。
そして日々の生活の中で忘れていった。
忘れたつもりだった。

ついさっき部屋でゴロゴロしていると、高校の同級生から電話がかかってきた。
年末に同窓会をするのから連絡係になってくれ。
そんな内容だった。
僕は押入れの奥から昔使っていた携帯電話を出すと充電を始めた。
今は連絡を取ってない同級生の電話番号が携帯のメモリーに控えてあるからだ。

東京で使っていた携帯電話だ。
自然彼女の事も思い出されてくる。
そして意外な事に気がついた。
今使っている携帯電話の呼び出し音は明日香が好きだった曲なのだ。
スキータ・デイヴィスの「The End of the World」。
東京での事はすっかり忘れたつもりで居たのに…。
切ない気持ちが溢れそうになってくる。

リーン

懐かしい音だ。

リーン

東京で使っていた携帯電話が鳴っているのか?

リーン

いや、そんなはずはない。もう契約は切ってある。鳴る筈の無い電話だ。

リーン

疑いながらも古い携帯をつかみ液晶画面を確認した。

リーン

液晶には明日香の名前がある。

リーン

電話の向こうは彼女なのか?

リーン

通話ボタンの上に右手の親指を軽くかけると、押していい物かどうか迷った。
彼女からの電話である筈が無い。

リーン

いやもしかすると本当に彼女かもしれない。
声を聞きたい、でももしこのボタンを押してしまうと…
目の前に広がるかもしれない闇の様な物に恐怖した。

リーン

彼女の声を聞くなら早く押さなければ彼女ならば10回で電話を切るかもしれない。
彼女との決め事が背中を押そうする。

リー

10回目だ。
僕は親指に力を込めた。

つづく

(迷子の古事記 2013.12.1)

鳴らない電話(5)

2013年12月27日 | 落書き帖
今考えてみると彼女の言った言葉がその後僕たち二人の間に起こる事柄を暗示していたように思う。
彼女はいつも無口な僕を少しでも楽しませようと彼女なりに面白い話を考え出しては話しかけてきた。

「私のお母さんも携帯電話を持ってるんだけど誰からも電話がかかって来ないの。鳴らない電話なのにいつも大事そうに持ってるのよ。」

幸せだった日々も少しずつ陰りが見え始めていた。
彼女の仕事が忙しくなったらしく電話も徐々に少なくなっていった。
そして最後の電話はその年の初雪が降った日の事だった。
大した内容のある電話でも無い。他愛も無い話を少し交わしていると彼女を呼ぶ声が受話器から聞こえ、「また電話するね。」と言うと切れてしまった。

彼女の仕事と言う物を薄々は感じていた。
そしてそれが間違いでは無い事が、電話が来なくなって一ヶ月後明らかになった。
仕事の休憩中ウェイター仲間が読んでいた雑誌にモデルとして出ていたのだ。
それから東京ローカルの番組にも少しずつ姿を見せるようになった。

僕は鳴らない電話を眺めながら、寂しさと嬉しさと言う相反する様な気持ちを感じていた。
彼女はもう手に届かない所に行ってしまったのかもしれないが、成功しつつある彼女を見る事は僕にとっても嬉しかった。

当時僕の周りにいる同年代の人間には、大きく分けて二種類いたと思う。
僕の様にただ漫然と日々を過ごす者と、彼女の様にチャンスをつかもうとする者。
店を訪れる若い客・バンドメンバーそして同じウェイター仲間でさえその半分は、暇を見つけては映画の端役やエキストラのオーディションを受けていた。
彼女はそんな中から確実にチャンスをつかもうとしていた。

ところがその日は突然来た。
運命の皮肉とは良く言った物である。
今一歩目の階段を登り始めたばかりの彼女を許さない者でも居たのだろうか。
頭痛を訴えた彼女は病院に運ばれ一週間も持たずに事切れてしまった。
脳腫瘍だったらしい。

僕が人づてにその事を知ったのは彼女の死後一ヶ月程経ってからだった。
あまりの事に信じられない僕は初めて彼女の携帯へ電話していた。
嘘であってくれ…。

「お客さまのおかけになった電話番号は現在使われておりません。番号をお確かめになってもう一度おかけ直し下さい。お客様のおかけに……」

願いも虚しく同じアナウンスが繰り返される。
もう彼女の電話が鳴る事は無いのだ。
目の前を闇が包みこもうとする。
もう仕事は手につかない。
僕にはもう東京に居る意味さえ無い様な気がした。
そしてその月の仕事が終わると僕は田舎へ帰って行った。

つづく

(迷子の古事記 2013.11.29)

鳴らない電話(4)

2013年12月26日 | 落書き帖
約束の日は少し曇っていた。
僕は新宿東口を出るとアルタ前へ向かった。
普段夜の仕事をしている田舎者にとっては昼間の新宿駅前の人波には圧倒されてしまう。
田舎ではファッション雑誌でしか見ないような男と女が右を見ても左を見ても思い思いの方向に歩いている。
人の波のほんの一跳ねに過ぎない自分を誰も気にしていないだろう事は分かっている物の、自分のみっともない格好に恥ずかしくなりながらアルタ前で明日香を待った。

今考えても、よくもあんな格好で行った物だと思う。
上は出掛けに外の寒さに気付き思わず着た灰色一色の毛糸のカーデガン、下はただ着古しただけの元は青いジーパン。
来る途中にショーウィンドウに映った自分の姿を見て、まるで老人ようだ、と思った。

ある意味場違いな格好がかえって目立ったのかもしれない。
明日香は待ち合わせの時間少し前にアルタ前へ来ると、迷いもせずに僕をすぐに見つけ出した。
最初驚いたようだったが、すぐに面白いものでも見つけたかの様な目をし、最後には楽しそうな顔で近づいてきた。
僕は彼女ががっかりしなかった事にほっとし、新宿コマ前の広場へ向け歩き始めた。

それからも何度か新宿コマ周辺にある映画館へ二人で行った。
他に幾らでもデートする場所はあったのだろうが、昼間外に出ることの無い田舎者には映画館以外適当な場所は思い付かなかった。
彼女も行き先は僕へ任せきりで、いつも代わり映えのしない映画館なのに楽しそうだった。

そうやって何度も彼女と会っていたのだが、実は彼女の素性については全くといっていいほど知らなかった。
金曜日に付き添っていた男性が会社の上司らしい事だけは分かったのだが、それ以外は彼女がどう言った仕事をしているのか、何処に住んでいるのか、口下手な僕はまるで聞き出せないでいた。
何やら僕の知らない事情を持っていそうな事は感じていたのだが…。

僕たちは一つだけ決め事をしていた。
電話の呼び出しは10回までと。
それがお互いの事情を深く詮索しない事の様にも思われた。
そして彼女の事情を深く知る事を恐れていた僕は、自分からは一度も電話をかけずただひたすら彼女からの電話を待っていた。

つづく

(迷子の古事記 2013.11.28)

鳴らない電話(3)

2013年12月25日 | 落書き帖
その後、明日香と連れの男性の二人は毎週金曜日になると店に現れた。
時間を見計らったようにバンドの演奏が始まる前にはいつもテーブル席に座りバンドの演奏が終わると席を立ち店の外へと出て行った。
仕事柄全ての客席の状況を隈なくチェックしていたが、彼女のテーブルをチェックする時には彼女の視線とぶつかる事がよくあった気がする。
それでも2回目に来店した時の様に僕のとなりに来てバンドの演奏を聴いていることは無かった。
僕は彼女の呪縛に囚われる事も無く、日が経つにつれいつもの自分を取り戻していった。

季節は秋になり夜外を歩くのも肌寒くなった頃、彼女は初めて一人で店に現れカウンター席に案内されていた。
カウンターはバーテンの持ち場なので僕たちウェイターはあまり気にする必要は無い。
普段通りの仕事をし、そしてバンドの演奏が始まった。

店内の照明は暗くなり、僕はいつも通り壁に寄りかかるとバンドの演奏をぼんやり眺めていた。
すると隣で壁に寄りかかる人の気配がする。
誰だろう?
ふと横を見ると明日香がバンドの演奏を眺めている。
僕は彼女が初めて来店した時の事を思い出し緊張していた。

もしかして好意を持ってくれているのだろうか?
しかしどう見ても僕よりも見た目がいい奴は周りに溢れている。
大体店に来る女性客はバンドメンバーの方に興味を持っているのだ。
彼女がいつも一緒に居る男性はどうなのだろう?
今日は一緒に居ないがどう言う関係かも分からない。

あれこれ考えても答えは出ず時間ばかりが過ぎてしまいそうだ。
僕は思い切って声を掛けてみる事にした。
鋭い目線の男性が彼女を見張ってないから声を掛けたのかもしれない。

「今度映画でも見に行かない?」

何を話しかけて良いか分からなかった僕はいきなりデートに誘っていた。
何言ってんだ…
自分で言った事に気付くなり僕の精一杯作っていた笑顔は歪み出した。
しかし側でバンドの演奏を見ていた彼女はこちらを見ると、少し驚いたような顔はした物の嬉しそうに微笑んだ。

川に流されそうになった所をすんでで救われたような気持ちがした。
ほっとした僕の胸の音は外まで聞こえたかもしれない。

そして僕たちは待ち合わせの日時を決めると携帯電話の番号を交換した。

つづく

(迷子の古事記 2013.11.27)