グー版・迷子の古事記

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中山最終レース(3)

2013年12月21日 | 落書き帖
「あちゃー、またあの軽四かよ。」

中山のレースが今からクライマックスを迎えようとしている時に何と言うゲンの悪さだろう。
男のトラックが軽四の後ろまで追いついた時には、道は急な坂に差し掛かっていた。
高速道路の片側二車線だった道路は、この坂で登坂車線が左に増え、片側三車線となっている。
老人の乗った白い軽四は左側の登坂車線へ入った。
白い軽四の前を走っていた鋼材を積んだ新型の四菱トレーラーは、そのまま真ん中の走行車線を白い軽四と並んで走っている。
男はゲンの悪さを振り払うように右の追い越し車線へ出て、この動きの悪そうな二台の車を追い越しにかかった。

「ナイスシャワーが上がってきた、ナイスシャワーが上がってきた、さあ4コーナーを回って最後の直線。心臓破りの中山の坂。先頭はシロパーマ、シロパーマ。ヒシトレーラーはまだ粘っている。おっとここで最内を通ってマチカネタスットコドッコイ、マチカネタスットコドッコイ。ナイスシャワーが内へよれた。マチカネタスットコドッコイは体勢を崩し後方へ下がっていく…。」

男のトラックは白い軽四と四菱トレーラーに並んだ。
しかし荷を積んだ男のトラックもこの急な坂で減速してしまっている。
登坂車線・走行車線・追い越し車線は、白い軽四と四菱トレーラーそして男のトラックの三台により通せんぼのような格好になってしまった。
後ろから追いついてきた車の群れは、追い越し車線を走る男のトラックに向かってクラクションを鳴らし道を空けるよう促し始めた。
男もこの状況を何とかしようと、ギアを落としアクセルをべた踏みするがどうしようもない。
ここでアクセルから力を抜こう物なら、力の無くなったトラックは追い越し車線に、より一層の渋滞を与えてしまう。
となりのトレーラーは鋼材を積んでいるのだ。
もう少し頑張ればトレーラーのスピードが落ちてくるだろう。
もうここはアクセルペダルを踏み続けるしかない。

「ナイスシャワーにムチが入る。シロパーマ・ナイスシャワーがほぼ一線に並んだ。シロパーマ粘る、シロパーマ粘る、蘇れシロパーマ。ヒシトレーラーは力尽きたか。先頭はシロパーマ、シロパーマ、勝ったのはシロパーマ、シロパーマ一年半ぶりの復活です。」

「じぇじぇじぇじぇー!!百倍返しだ!!」

レースは男の予想通りに3‐8で決まっていた。
走行車線を走っていた四菱のトレーラーも男の思惑通り急な坂道に力を失い後方へ下がっている。
男はその空いた走行車線へトラックを移動させた。
しかしやはり目の前にはまた、白髪にパーマをかけた老人が乗るあの白い軽四がいるではないか。
坂が終わり白い軽四も登坂車線から走行車線へと戻ってきていたのだ。

「お知らせいたします。中山競馬最終レースは審議を致します。上位に入賞した馬が審議の対象ですので、お手持ちの勝ち馬投票権はお捨てにならないようお願い致します。」

まさか!!

男は目の前の白い軽四と3‐8で確定なら万馬券であるはずの勝ち馬投票権を見比べ言いようも無い不安な気持ちを拭い去る事ができなかった。

「お待たせいたしました。中山競馬最終レースは審議を致しましたが、4コーナー出口で8番ナイスシャワーが内側に斜行し10番マチカネタスットコドッコイの走路を妨害した事により、8番ナイスシャワーは降着と致します。」

男は血の気が引き、目の前の視界が暗くなってくるのを感じた。
そこへ目の覚めるような携帯の着信音が鳴り、今までの夢が覚めたかの様に現実に引き戻された。
男の妻からの電話である。

「あんたー、銀行の貯金なくなってるけど、どーなってんのー?」

男は仕出かしてしまった事を思い出しながら今更ながらに後悔し、言い訳の出来ないこの状況をどの様に妻に説明したら好い物か考えも及ばなかった。

「黙ってたら分からんやろ、何とか言ったらどうなんや、その口は何のためについとんじゃ。」
「ごめん、かあちゃん。競馬でスッテしもうた。」
「はあ?もういっぺん言ってみぃ。」
「競馬で無くなってしまいました。」
「このアホー、本気で言ってんのか?前々からおかしいおかしいとは思ってたけど、この#$%&”%&$」
「ごめん、電波悪いみたいで最後まで良く聞こえんかった。」

「ろ・く・で・な・し、ろくでなし!!」

男は「ごめんよ、かあちゃん。」と言いながら滝川クリステルの様に合掌していた。

おしまい

(迷子の古事記 2013.11.22)