珍友*ダイアリー

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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第十六話

2006-09-29 16:46:17 | 第三章 手ぬぐいと明かり
「あ?」
「ひどいよ。おれ達、まだ練習途中だったのにー」 
 ふてくされて、おれの足元を指差す。
「あ」
 見ると、たくさんの靴の跡が、砂の上の漢字を踏み荒らして、消してしまっていた。ラウを追いかけるのに夢中で、気がつかなかった。
「悪(ワリ)ィ、悪ィ。…あ。おれのとっておきのやつ教えてやるから許してくれよ」 
 ピン、と思いついて言った。
「なになにっ?どんなの?」 
 子供たちが目を輝かせて見上げる。
「ちょっと貸して」
 おれは彼らの1人から小枝を借りて、砂の上に漢字を1つ書いた。
「ほら、これ。何て読むか分かるか?」
「えー。分かんなーい」
「何、鮫(サメ)、とか?」
 おれの手元をのぞきこんでいた子供たちが、口々に言った。
「ふっ、これはなー、『鮭』って読むんだぞ」
 ちょっと得意げに言った。
「へーーっ」 
 子供たちが感心する。が、
「そんな漢字、ないわよ」
 と、頭上から、せいあの冷ややかな声が降りかかった。
「へ?んなことねーだろ」
「ちょっと貸して」
 せいあは、おれのすぐ側にしゃがんで、手から小枝を取ると、鮭と書いた。
「みんな、こっちが本当の『鮭』だからね」
「あー、そうなんだぁ」
「どこが違うんだよ。…あ」
 二つの字を見比べて、違いに気づいた。おれの字は、鮭ではなく、『魚王』と書いてある。ヤベ、恥ず。
「バカじゃないの、あんた」 
 せいあがからかう。
「…」
 本当(ホント)、バカ、おれ。

 漢字の練習をおひらきにして、おれ達は波打ち際に座った。
「お前、いつもここであいつらに漢字教えてんの?…あ、昨日、樹里が言ってた用事ってこれか」
「そうだよ、いつもってわけじゃないけど」 
 傍らで、せいあが答えた。
「漢字、どこで習ったんだ?」
「…小さい頃、学校に通った」
「え。じゃ、お前、中央から来たの?」
 中央とは、この街の真ん中にある都市である。周りを川に囲まれ、中洲のように孤立して存在しているため、おれたちは、そう呼んでいる。地図上では、同じ1つの街として記されるのだが、実質的には、別の街も同然である。高層ビルやマンションが立ち並び、役所もある、その「街」は、会社員や政治家の家庭が暮らしていて、この「街」とは、全体的に雰囲気が違う。だが、この街に、夜毎(よごと)、娼婦を求めてやってくる人間のほとんどが、その街に住む男達だ。
 この街には学校がない。いや、正確に言えば、個人が開いている、小さな塾のような、簡単な読み書きや計算を教える場所が、あるにはあるが。
「…うん」
 せいあは、ぎこちなく答えた。その様子に、おれはなんだか、聞いてはいけないことを聞いてしまった気になった。
 黙っていると、彼女は気を取り直すように言った。
「あの子ね、将来、医者になりたいんだって。友達がずっと病気で苦しんでるから、自分が治してあげたいって」
 少し離れた場所で、ラウと遊んでいる子供たちのうちの1人を見て、彼女は微笑んだ。髪が少し、潮風に揺れる。
 なんだ、こいつ、結構カワイーとこあんじゃん。 
 おれも彼らの方を見た。その子は、皆の中で、ひときわ元気にはしゃぐ、悪ガキっぽい少年だった。



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