珍友*ダイアリー

管理人・珍友の書(描)いた詩や日記、絵や小説をご紹介☆

『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第六話

2006-09-29 16:34:14 | 第二章 月の雫
2. 月の雫

「…ってわけでさぁ」
 皿に盛ってあった煎餅を、1枚取って、バリッとかじる。お、コレ、結構美味い。
「バカだねぇ、せがれってのは、息子って意味だよ」
 サラ婆も煎餅をバリバリかじっている。
「あ、そーなんだ」
 おれは、やっと納得して、ポケットから出したタバコに火を点けた。
「あんまタバコや酒ばっかやってんじゃないよ。いくら強いからって、お前、このままだと20(はたち)になる前に、肺も肝臓もやられちまうよ」
 刺青を見た時の、昨日の店長みたいな顔で、サラ婆が言った。昔から言われ慣れてることだけど。
「うっせーなぁ。あー、のど渇いた。サラ婆、あれちょーだい」
 おれは座敷に座ったままで、表にあるラムネのガラスケースを指差した。
「あ、おれも」
 おれの側で扇風機に顔を近づけていた太一(たいち)が、振り向いて言った。
「自分らでとっといで。金はそこに入れんだよ」
 彼女は昔と変わらず、金はきっちりとる。
「ハイハイ。分かってますって」
 笑いながら、まだ長いタバコを灰皿に押しつけて、おれは太一と表まで歩いていった。奥にある座敷から、いきなり表に近づくと、外の日差しに目が眩む。
 サラ婆の家は昔から、1階の表で駄菓子屋をやっている。安価なので、ガキの頃は、みんなしてよくここで菓子を買っては、奥の座敷に上がり込んでいた。
 今でもアイスのケースの上に、天井から半円型の竹カゴがぶら下げられていて、そこに金を入れるようになっている。おれ達は横のケースからラムネを1本ずつ取り出して、慣れた手つきで竹カゴに小銭を放りこんだ。
「うめーーーっ」
 久々に飲んだラムネは、冷たい泡が口の中ではじけて気持ちがいい。「のんきだね、お前らは」と、サラ婆が苦笑しながら言った。



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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第七話

2006-09-29 16:33:47 | 第二章 月の雫
「で?今夜は『自分ち』で寝れそうかい?」 
 座敷に戻ると、彼女が言った。顔はニヤニヤしている。
「ああ、夜までには完成すると思う」
「しかしお前ら、信じらんないね。本気でバスん中住もうとするなんて」
「しょーがねーだろ、金ねぇんだから。まぁ、住むっつったって、そんな大したことできないけど」
 かつての遊び仲間で、2つ年下の太一が、「家がねぇ、金がねぇ」と、ほざくおれに、「いいもんがありますよ」と、そのバスを紹介してくれたのが今朝のことだ。最初こそ、ふざけんな、と思ったおれだったが、今朝から太一と、他に呼んだ仲間2人と、4人でそのバスを洗ったり、周りの草を刈ったりしているうちに、案外住めるかも、と思ってきたのである。ここからほど近い海辺に最近乗り捨てられたという、もう動かないそのバスは、もともと運転席以外に座席のない、立ち乗りのバスだった。潮風や雨の影響をまださほど受けておらず、割かしちゃんとした形で残っていた。
「金がないなら、『ガーリック』で働いたらどうだい。昨日マスターが、お前を雇ってもいいと言ってたぞ」
 サラ婆が『ガーリック』に酒を飲みにいくのは、この家の少女たちを仕事に送り出した後である。おれが京一の家に泊まった昨夜は、おれたちが出てった後、ちょうど入れ違いに店に来たようだ。
「悪いけど、おれ、バーテンには向いてないわ。工事現場とかのが性にあってる」
「まあ、お前、体力だけはあるからな」
「うっす」
 わざとごつい声で言って、ふざけて、日に焼けた筋肉質の腕を突き出した。その時、壁の時計が目に入った。
「あ、そろそろ行くわ」
 休憩時間がそろそろ終わる。
「ああ、ま、ぶっ倒れねぇ程度にがんばんな」
「おう。じゃあな、また遊びに来る」
 そう言うと、おれと太一は、サラ婆の家を出ていった。



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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第八話

2006-09-29 16:33:18 | 第二章 月の雫
 少し歩くと、こちらに向かって歩いてくる2人の少女と出会った。
「あっ、武蔵ーーー!」
「空音、樹里」
 2人は嬉しそうに、おれ達のところにかけ寄ってきた。
「やー、久しぶりー、生きてたんだぁ」 
 空音がはしゃぐ。
「お前ら、元気そうだな」
「元気ぃ。武蔵もね。刺青、似合うー」
 もう。相変わらず、調子いいんだから。
「マサキたちから聞いたけど、あんたホントに、あんなトコ住む気なの?タフだよねー、相変わらず」 
 樹里が呆れたように言った。
「マサキたち、もう戻ってんの?ヤベ、早く行かねーと」
 ちょっと慌てた。別のところで休憩していたマサキと刃(ジン)が、もうバスの所に戻っているらしい。
「あ。そーいえば、今日は、せいあちゃん、一緒じゃないの?」 
 ふと思い出して聞いた。
「なんであんたが、せいあのこと知ってんの!」
 空音が、ぶーぶー言った。あたしらの友達に手―出すなってか。
「今は一緒じゃないよ。なんか用事あるって」
 樹里は冷静である。この2人って、昔から対照的。
「そっか、残念」 
 うむ、実に残念。
「やめてよねー、武蔵、せいあにまで手―出すの」
「ま」
 …皆(みな)、おれがよほどの女好きだと思っている。その通りだけど。



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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第九話

2006-09-29 16:32:54 | 第二章 月の雫
「なに、せいあちゃん、彼氏いんの」
「今はいないけど。前は太一とつき合ってたよねー」
 へっ? 傍らの太一を見る。
「太一、おめ、そんなこと一つも言ってなかったじゃねーか」
「やっ、だいぶ前の話だし、それにちょっとの間だけっすよ。今はもう友達だし」
 彼が少し慌てて、かわいらしく(キモチワル)、きまり悪そうに笑う。と、
「あーーっ、おれ、マナんとこ行かねーと。最近、顔出してなかったから」 
 思い出したように声をあげた。
「おい、家作りどうすんだよ」
「いや、これホント、マジなんすよ。あいつ最近、元気ないみたいで。おれ、ここんとこ忙しくて、ほとんど顔出してやれてなくって。すんません」
 マナとは、太一の5つ違いの妹である。心臓の病気で、幼い頃から何度となく入退院を繰り返していた。おれが3年前にこの街を出てった時には、退院して、だいぶ元気になっていたのに、1年前に病状が悪化して、また入院してしまっていた。 太一の表情は真剣だった。おれも心配になる。
「そうか…。せっかく今日仕事休みなのに悪かったな。おれも近いうちに見舞いに行くよ。マナちゃんによろしく言っといてくれ」
「すんません。武蔵さんが来てくれたら、あいつ、きっと喜びます」
 そう言うと、彼はペコッと頭を下げて、病院に向かった。
 おれも空音たちと別れて、マサキたちの所へ急いだ。

 日の沈む頃に、おれの『家』は完成した。サラ婆に宣言した通り、かなり縦長な『部屋』に、ベッドを無理矢理押し込んで、その前に小さなテーブルを置いただけの、いたって簡素な家である。当たり前だけど、扉は手動。だが、ちゃんと扉がついているだけでもありがたい。窓ガラスの割れているところや、床の、穴が開いている部分には、大工見習いの刃が、仕事場からタダでもらってきてくれた板きれを打ちつけた。テーブルは、その余りの板で作ったものである。ベッドは、夕方、3人でマサキの実家に行き、今は使っていないのを譲ってもらって、マサキのトラックに乗せて運んできた。安い、電池式の、小さなランプを買い、テーブルの上に置いた。
「なんか秘密基地みたいっすね」
 自分たちの仕事ぶりと、家の仕上がり具合に、満足げにマサキが言った。



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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第十話

2006-09-29 16:32:26 | 第二章 月の雫
 マサキたちに、家作りの礼として、晩飯を奢った帰り道、1人で歩いていると、「仕事」中の空音たちを見かけた。待ち合わせをしているのか、道を歩く男達を誘おうとしているのか、彼女たちはお互いに、少し離れた場所に立っている。彼女たちはこれから、東の空が白み始める頃まで、多い時には、1人で1日2~3人の男達の器(い)れ物になるのだ。
 樹里に、40歳ぐらいの気弱そうな男が近づいて、親しげに話しはじめた。彼女の表情は、昼間会った時のそれとは違う、娼婦としての微笑みを湛(たた)えていた。
 ふと彼女の横を見ると、少し離れた所に、月明かりに照らされて佇む、見慣れない少女がいた。黒いキャミソールに、白いスカート。何故か左の二の腕に、青い布のようなものを巻いている。シンプルな服装だが、遠目にも分かる。スタイルがいい。おれは、引き寄せられるように、彼女に近づいていった。
「あんた、せいあちゃん?」 
 彼女の横に立ち、ナンパのつもりで声をかけた。
「そうだけど」
 顔を上げて、彼女は答えた。長く、キレイなストレートの髪に、くっきりとした二重の、吸い込まれそうなほど大きな目。「顔は確かに美人だが、そんなに皆が言うほどか?」と、思った第一印象は、クール、つーより無愛想。
 思案していると、彼女が先に口を開いた。
「行く?」
「え?」
「アナタの家でも、ホテルでも」
 マジで?仕事ほっぽりだして、おれと遊んでくれるわけ?



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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第十一話

2006-09-29 16:32:00 | 第二章 月の雫
 ホテルに行く金などないので、おれの家に行くことにした。並んで歩き出すと、彼女が聞いてきた。
「おじさん、見かけない顔だね。仕事何してる人?」
 …。ちょっと、待て。老けてるのは言われ慣れてることだけど、そんなさらりと何の悪意もなく、おじさんなんて言われると、さすがに、ちょっとヘコむ。
「おれ、まだ18なんだけど」
 朝剃ったとしても、夕方には生え揃う、驚異的な不精ヒゲが恨めしい。コレさえなければ、もっと若く…見られないかも、やっぱ。
「は?うそっ!!」
 せいあは目を丸くした。初めて、少しとっつきやすい表情になった。どうやら本気で驚いているようだ。
「うそじゃねぇよ」 
 少し、ぶすっとして言った。
「じゃあ、あたしと3歳(つ)しか違わないんだ」
「お前、21?」
 年上とは思わなかった。どう見たって、おれと同い年か、1つ下あたり。でも、見ようと思えば21に見えるかも。
「15だよ」
「はっ?うそっ!」
 先ほどの彼女と同じセリフを、思わず叫んだ。驚きだ。
「うそじゃねーよ」
 彼女もおれと同じセリフを、声をわざと太くして、おれに似せて言った。顔は笑っている。
「老けてるね、おにーさん。よく言われない?」
「言われる。つか、お前も。人のこと言えねー」
「あ、ひどい」
「どっちが。てゆうか、おれ、武蔵。昔の武士の名前」
「そんぐらい知ってるよ」
 …冷たい。

 そんなことを話しているうちに、おれの家に着いた。バスを指差す。
「着いたよ。コレ、おれの家」
「…冗談でしょ?」
 マジっす。



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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第十二話

2006-09-29 16:31:26 | 第二章 月の雫
「今日、ダチと一緒に作って。お前、ここ入った初めての女の子」
 部屋に入って、ランプをつけながら言った。
「ふうん」
 せいあは、何の興味もなさそうにそう言って、ベッドの前に立って、足元の、修理した床を、なんとなくって感じで見ている。
「ま、座れば?なんもないけど」
 床に直に座って、声をかけた。彼女も床に座る。
「なぁ。『せいあ』って、珍しー名前だけど、本名?漢字で書けんの?」
 ふと思いついて聞いた。おれの名前も人のこと言えないけど。
 彼女は、こくんとうなずいた。
「書けるよ。“せい”は、あの夜空の『星(ほし)』って書くの“あ”は……心もない悪魔」
 テーブルに頬づえをついて、ニヤッと笑っておれを見る。
「ぶっ、なんだソレ。わけわかんねぇ」
 笑いながらも、ちょっと考えてみた。悪魔?ココロがない?なぞなぞを解いている気分だ。
 しばらくして、
「あ、分かった」
 ぱっと答えが閃(ひらめ)いて、横のカバンから紙とペンを取り出した。それに『星亜』と書いて、彼女に見せる。
「こう書くんだろ」
「きったない字」 
 彼女は紙を見るなりズバッと言った。
「ほっとけ。合ってるか合ってないかだけ教えろよ」
「大正解。でも意外―。あんた、漢字書けるんだ」
「失礼な」
 ひょっとして、こいつ性格悪い?こんぐらいなら、おれだって書ける。
「でも、なんかコレって固いよなー。四角ばっかで。星亜。せいあ。うん。やっぱ、おれ、ひらがなのつもりで、お前呼ぶわ」
 彼女の顔と紙とを見比べながら言った。
「何よ、それ。まー、好きにしたら」 
 呆れたように、彼女が笑った。
「そうします」
 おれも笑った。『せいあ』の方が、なんとなくしっくりくる。



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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第十三話

2006-09-29 16:31:00 | 第二章 月の雫
「…せいあ」
 彼女に体を近づけて、声をつくって、そっとその名前を呼んでみた。なんて。あらたまったような声が笑える。
 顔を上げて、目が合うと、何も言わずにキスをした。 
 彼女が、おれの首に腕をまわす。おれはそのまま、彼女を押し倒した。
 なるほどね。 
 極限まで近づいて、納得した。 
 こいつ、やっぱ皆が言う通り。しぐさも表情も、まるで15歳とは思えないほど色っぽい。
 キャミソールの細い肩ひもに手をかけると、彼女がおれの肩に軽く手を置いてきて、止めた。
「ベッド行こ」
 そうだな、すぐ側だし。 
 おれは彼女をひょいっと抱えて、ベッドに降ろした。
 するとすぐに、彼女が、おれの半ソデの上着とタンクトップとの間に、滑りこませるようにして手を入れてきた。ひんやりとした心地よい指の感触が、肌の上に広がる。
 が、すぐにその手の動きが止まった。不審に思って彼女の顔を見ると、その目は、おれの体の一点を凝視して動かない。動揺しているというより、何かとてつもなく恐ろしいものを見るように、顔がこわばっている。明らかに様子がおかしい。
「どうした」
「いやぁぁぁーーーーーーーっ!!」
 おれの声に被さって、彼女は、いきなり大きな悲鳴を出すと、おれを思いきり突き飛ばした。
「でっ」
 テーブルで思いきり背中を打ち、派手に床に転んだ。イテー、舌噛んだ。



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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第十四話

2006-09-29 16:30:26 | 第二章 月の雫
「何すんだよ!」
 ベッドの上の彼女を睨むと、起き上がった彼女は、先ほどと同じ表情で、体と唇をガタガタ震わせていた。目は見開いたままで、顔は真っ青だった。
 こいつ、一体どこ見てんだ?
 おれの声と視線に、僅(わず)かにビクッとした彼女は、シーツをぎゅっと掴んで、体を支えるようにした。体はさらに大きく震え、唇をさらにわななかせる。立ち上がろうとは、しない。
「おい、どうしたんだよ…」
 呆気にとられて、恐る恐る、彼女に手をのばした。
「やーーーーーーーーっ!!」
 おれの手を払いのけて、激しく拒絶する。
「や……や……」 
 その目からは、とうとう涙が溢れだした。
「だいじょ…」 
 震える彼女の肩を掴むと、彼女の体がビクンとはねた。その体は、びっくりするほど冷たかった。
「や…いやぁぁーーーーー!!」
 彼女の悲鳴が空気を切り裂く。頭を激しく左右に振り、おれの手をなぎ払う。そしてそのまま気を失い、ベッドにバタッと倒れ込んだ。
 部屋の中は、一瞬にして静まりかえった。
 おれは呆然として、動けずに、ベッドの上の彼女を見ていた。
 しばらくして、ふと彼女の左腕に目がいった。巻いてある青いバンダナが少しズレて、ほどけかかっている。
 近づいて、そっとはずしてみた。
「な…んだよ、コレ…」
 ぎょっとして、思わず息を呑んだ。 
 バンダナの下の腕には、ケロイドのような、赤黒い、無数の傷痕(きずあと)があった。 
 目を動かすことができなくて、じっと見つめていると、なんだか気分が悪くなってきた。と同時に、彼女に突き飛ばされた時の痛みが、今頃背中に広がった。
「なんなんだよ、コイツ…」
 背中をさすりながら、ようやく彼女の腕から、顔に目を逸らして、吐き捨てた。
 彼女は、死んだように眠っていた。
「……………」
 寝顔、けっこーカワイーけど。
 って、ヘンタイじゃん、コレじゃ。
 苦笑しながら、彼女を枕の所に移動させ、布団をかけてやった。

 それから、だいぶ時間が経(た)った。
 ベッドにもたれかかって座っていると、だんだん眠くなってきた。
 欠伸(あくび)をしかけた時、
「ん…」
 と、後ろで小さな声がした。振り向いて見ると、彼女が布団の中で、もぞもぞ動いている。どうやら目が覚めたようだ。
「気がついた?」
「あれ、なんで…」
 ゆっくり起き上がった彼女は、ぼーっとした顔で、おれを見た。
「お前、今まで寝てたんだよ」 
 苦笑して言った。
「ふーん…」
 ふーんて。おい。あ、やべー、おれ、バンダナかわいく結びすぎ。無理矢理ちょうちょ結びなんて、何。最初あんなじゃなかったよなー。後で絶対気づくぞ、あれ。
 そんなことをぼんやり考えていると、せいあが髪を掻き上げながら言った。
「あたし、先にイッちゃったみたいね。んー、じゃ、1万でいいわ」
 おれに向かって、掌(てのひら)を差し出す。 
 いや、イッちゃったも何も、そっちが勝手に叫んで暴れて気絶したんですけど。
 憶(おぼ)えてないのか?こいつ。…つーか、
「何、1万て!」 
 思わず叫んでいた。すると彼女は、
「今夜のお金。仕事中の娼婦に声かけといて、遊びもくそもないんじゃないの」
 睨まれた。
「マジかよ…」
 そうかも。そうだ。…そうなの?…。あー。眠い。 
 そういう間にも、彼女は、ん、と言うように、掌を更に前に出してくる。
「ハイハイ」
 反論の言葉を考えるのも面倒臭くなって、厄介払いをするような気持ちで、サイフから出した一万円札を、彼女の掌の上に、ぽんと置いた。 
 あーあ、おれの当面の生活費…。
「どーも」
 彼女は受けとった金に頬を寄せ、ニッと笑った。出会ってから、一番かわいく笑ったかもしれない。
「じゃあね」
 そう言うと、彼女はベッドを降りて、さっさとバスを出ていった。
 おれは彼女がいなくなるのと同時に、こてん、と床に転がった。
 眠りこむ間際に思った。
 うーん、なるほど。
 悪魔だ、あいつ。

                *            *            *



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