珍友*ダイアリー

管理人・珍友の書(描)いた詩や日記、絵や小説をご紹介☆

『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第五十五話

2006-09-30 15:32:36 | 第七章 海に こだまする
7.海に こだまする

「ひどすぎるよ…」
 震える声で、ようやくつぶやいた言葉が、これ。
 なんなんだよ。ひどすぎるよ。
 こんなのってねーだろ…。
 同じ男として、いや、人間として、許せない。
 せいあは、父親から受けた仕打ちについては、これまでサラ婆にしか話していないと、ぽつりと言った。
 ゾッとした。
 こんな目にあわされて、なんでこいつはまだ生きてられるんだ、と思った。
 しばらくして、
 彼女が何度も殺したのは、彼女自身だったのだと、気がついた。
 彼女は話題を変えるように、またぽつりと言った。
「あたし、今日ね…取り調べ室の中で、刑事に襲われそうになったんだ」
 ――!なんだって。
 また、目の前がクラリとした。続きを喋る彼女の声が、遠くなる。
「でもあたし、すごく『嫌だ』って思って、思わず顔、背けちゃったの。おかしいよね、娼婦なのに。今まで一度も、そんなことなかったのに」
 …嗤ってる。
 悲しくなった。
 なんで?
 なんでそこまで、自分を責めるの?
 …。
 顔をあげた。
 そこには、無表情の彼女が、いた。
「サイテー…」
 目を伏せて、吐き捨てるようにつぶやいた。 
 もう一度だけ、口だけ動かす。
『サイテー』。
 嗤った。
 誰に言ってんの、おれ。刑事に?こいつの父親に?それとも…おれ?
 …マジ、サイテー…。
 おれが自分のことを『僕』と呼んでいた、まだ幼い頃に、よく言っていた言葉。
 一番近くにいた大人達に対して。…そして自分に対しても、ちょっとだけ。
 いつからか、それが負け惜しみのような気がして、口にすることはなくなっていた。
 それと同じ頃、同じ理由で、きっと泣けなくなった。
 …もう認める。
 全部ただの強がり。
 自分の無力さ棚に上げて、泣かないようにして生きてきた、だけ。
 …生きてたら、それだけでいいじゃん。
 だってそれに、おれ、やっぱ、
 こいつのこと、好きだもん。
 
 顔をあげた。
 無表情の彼女の瞳の中に、おれがいる。
 彼女だけを見つめている、おれが、いる。
                             ≪つづく≫

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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第五十六話

2006-09-30 15:32:10 | 第七章 海に こだまする
 彼女の左腕のバンダナをちらりと見て、もう1度目を合わせた。
 彼女が小さく、うなずいた。
 彼女に手をのばして、ゆっくりとバンダナをほどいた。
 目の前に、ケロイドのような、赤黒い、無数の傷痕が現れる。
 そっと触れてみると、でこぼこしていて、固かった。
 彼女の体は小さく震えていた。
 その震えを押さえるだけの力で、そっと彼女の両肩に、両手をおいた。
 傷痕に口を近づけて、ぺロッと舐めてみた。瞬間、彼女の体がビクッと動いた。
 顔をあげて、彼女の目を見た。
 ダイジョウブ。
 そう目だけで合図して、再び顔を下ろした。
 腕を掴み、傷痕に口を近づけて、噛み付く。
「……ツッ!」 
 彼女が悲痛の声をあげる。だが、おれは己の牙を抜かない。
 傷痕から血を吸いつくすように、牙と唇を離さない。
 やがて、
 彼女は声をあげなくなった。
 そして、
 感じるはずのない彼女の血の味が、おれの口の中に広がった。
 その瞬間、両目から涙がこぼれた。
 そのまま彼女の両肩をぎゅっと掴んで、左肩に顔をうずめて、咆えるようにして泣いた。
 彼女は何も言わなかった。
 おれはしばらく、自分の体の震えと嗚咽を、止めることができなかった。

 最後にそっと、傷痕に口づけた。
 顔をあげて、彼女の顔を見る。
 ごめんね
 涙で濡れた彼女の頬を、掌で拭った。
 今すぐ抱きしめたいけれど、その前に、云わなきゃいけないことが、ある。
                                ≪つづく≫

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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第五十七話

2006-09-30 15:31:44 | 第七章 海に こだまする
「これ、見て」
 おれは彼女に、自分の左肩を指し示した。
「これ…っ」
 彼女は息を呑んで、おれの左肩を見つめた。
 おれの右の人差し指の先は、かつて、小さな十字架の刺青があった場所。
 今は薄紅色の、薄皮がつっぱったような肌が剥き出しになっていて少しくぼんでる。周りの日に焼けた浅黒い肌の色とは、似ても似つかないピンク色。
 悲しすぎるほどちっぽけで、思わず見落としてしまいそうなほど小さな、空間。

 ―――この場所に昔、刺青を彫ってもらった知り合いの彫師に、また無理を言って、今度は肌を削いでもらった。
 金がなかった。
 バイトをいくつもかけもちした。
 ダチの家を泊まり歩いた。
 公園のベンチで眠った夜も、バイト先でそのまま朝を迎えたこともある。
 ギャンブルの類は一切しなかった。
 酒もタバコも、ほどほどにした。
 ほんの小さな刺青を「消す」ことが、こんなに大変なことだとは思わなかった。
 傷ひとつなく産んでもらった自分の体を、自分で傷つけたことを、初めて悔やんだ。
 『ガーリック』の店長に向かって得意げに笑っていた日の自分を、嗤って、罵った。
 その夜は、酒にすがって気持ちを紛らせた。
 目覚めた朝に後悔した。
 おれのできる限りの超極貧生活。
 …だから、何。
 つまりは

「ずっと、お前を抱きしめたかった…」  
 つまりはそういうこと。

 おれの腕の中で、彼女はつぶやいた。
「お金、いらないから」
 そう言うと、泣きながら笑って、でもやっぱり、泣いて、おれに、抱きついた。
                                ≪つづく≫

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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第五十八話

2006-09-30 15:31:22 | 第七章 海に こだまする
 その夜の寝物語。

 2人とも、服を着たままベッドに入った。
 左腕で彼女に腕枕したまま、聞いてみた。

「なー、せいあー。お前、ラウ拾ってきた時、あいつに、『オメー、あたしの飯が食えないのかー』って言ったらしいな」
「…それ、ビミョーに違う」 
 彼女は呆れた顔をした。
「そうだっけ」
「あたしは、『このくたばり損ないが。死にたくなかったら、食え』って言ったの」
「そうそれ。よく憶えてんな」 
 思い出した。
 すると彼女は、ベッドの下で丸まって、すやすやと眠っているラウを振り向いた。そして、そんな彼をほほえましく見ているような声で言った。
「あたしあの時ね、自分にも言い聞かせるつもりで言ったの。…あの頃あたし、娼婦はじめて一年くらい経ってたけど、なんか疲れてて」
「へー…」 
 こいつにもあったんだ、そんな頃。
 彼女は、おれに振り返って、微笑みながら続けた。
「でね、そんな時、ラウに出会ったんだー。あの子ね、あたしが仕事帰りに雨に降られて、軒下で雨宿りしてたら、隅っこの方にぽつんと座ってたの。同(おんな)じように、雨、見てたんだ…」
 今夜はよく喋るなぁ。
 そんなこと思ってたら、
「…ほんとはあの子、首輪してたの」
 と、彼女がぽつんと言った。
「え」
 聞き逃しそうなほど小さな声。少しうつむいた寂しそうな表情(かお)。過去を見る瞳(め)に、ちょっと似ている。
「ボロボロになって、ちぎれかかってて、それでも首に喰い込んでるの。あたし、気づいたらかけ寄ってて、首輪掴んで外そうとしてたの。警戒されて、何度も手、噛み付かれて。でも、どうしても、外してあげたかったんだ…」
「うん」 
 胸が、少し、痛い。
「やっとのことで外れてね。…ってゆーか、そう、ちぎれたんだ。こー、『ぶちっ』っと」 
 彼女は、自分の握った両の拳を、左右に引っ張るジェスチャーをした。それを見て思わず笑った。彼女も少し笑顔になって、でも、またすぐに、過去を見る。
                              ≪つづく≫

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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第五十九話

2006-09-30 15:30:57 | 第七章 海に こだまする
「ちぎれた首輪見たら、小さなネームプレートが付いてるのに気づいたんだ。錆びたり汚れたりしてて、アルファベットの文字がほとんど見えなかった。だけどその中で、3つだけなんとか読めたの。…なんだか分かる?」
 彼女が試すようにおれの顔を見る。 
 聞くなよ。おれは漢字も弱いけど、アルファベットもめっぽう弱い。つーか、そんな風に見つめられたら、思考回路動かすよりも、ずっと顔見てたいっつの。
「…さあ」
 多分8秒。そんぐらいの間、彼女の顔を見つめてから言った。すると彼女は、まるで最初からおれの答えが分かってたみたいに、ふふっと笑った。…分かってたのかも、ほんと。
「R・A・U」
 彼女は再び、ラウを振り向いて言った。
 …っ、それって。
「ラウ」
 彼女とおれの声が重なった。彼女が振り返って、2人で顔を見合わせて、ちょっと笑う。
「だからあたし、少し迷ったけど、あの子の名前、『ラウ』ってつけたんだ」
「うん」
 めでたし、めでたし。よかったね。 
 だけど、ちょっと“オマケ”があった。
「それってね、あの子がずっと、何か必死に抱えてきた名前のような気がして」
「……っ」
 こじつけかな、と、彼女はうつむいて、少し、笑った。
「そんなことないよ」
 思わずつぶやいていた。
 そんなことない。
 彼女が、おれの顔を見上げた。
「ラウで、いいんだよ」
 はっきり、彼女の目を見てそう言うと、彼女はちょっと、微笑んだ。

 体を起こしてラウを見た。 
 ぐーぐー、鼾をかいて眠ってやがる。
 かっ。ず太い奴。おれの家だぞ、ここ。
 枕にポスンッと、頭を落とした。
 …。
 おれの名前って、誰がつけてくれたんだっけ。
                              ≪つづく≫

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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第六十話

2006-09-30 15:30:35 | 第七章 海に こだまする
 おれの目線が、何故かだいぶ下にあった。
 ―――あれ。
 手ェ、ちっちぇえ。何だ、コレ。
 ふと顔をあげると、そこに、おれによく似た男が立っていた。
 不精ヒゲに、無造作に少しのびた髪。だけど18のおれより、まだデカくて。また更に老けてて。
 息を呑んだ。
「親父…」
 つぶやいて、思わず口に手をやった。
 何だ、この声?高くて、なんか、くすぐったい声。
 見上げると、親父は、無表情でそこに佇んでいた。
 よく見ると、別れた時と同じ年恰好(すがた)。
 ああ。コレ、夢なんだ。
 何故か、冷静にそう思えた。
 自分の右の掌を見つめる。
 おれ、今、ガキになってんだ。
 もう一度、親父を見上げた。同じ表情で、まだそこにいる。
 鼻で嗤った。
「あんたさぁ、何、今ごろ出てきてんの。あんた、おれのこと棄てたんだよ?」
 似合わねー。自分の声じゃねぇ。…自分の声なんだけど。
 咳払いをして、わざとつぶした声で言ってみた。
「あ゛――。お゛れ゛」
 …ダメ。ムリ。
 …。どうせ夢なら。
「僕」
 この方が、この声には似つかわしい。
「棄てられたのは構わないけどさぁ」
 また、こんなこと。違う。…もういいや。夢だっ、夢っ。
「僕、ほんとは嫌だったよ」
 親父を真っすぐ見て、言った。親父は困惑した表情(かお)をしていた。
 おれ今、きっと、同じ表情(かお)。
 もっと何か言いたかったけど、ムリ。
 反射的にそっぽを向くと、そこにもう1人、親父と同じ背丈くらいの男が立っていた。
 左の鎖骨の上に、小さな十字架の刺青。目を見張った。
「テメエ…!」
 つかみかかった。でも、男の腰ほどまでしか背丈のないおれは、いとも簡単に、片手で頭を掴まれてしまった。
 痛え。すげー力…。
 こめかみがキリキリ痛む。
 震えてのけぞりながら、でも、絶対、離さない。
 見上げた顔は、おれを見下して嘲(わら)っていた。
「テメエも、せいあを棄てたんだ…」
 男の顔を睨んで言った。怒りと男の力で、体が震える。腰の辺りの服をぎゅっと掴んで、足を踏んばった。
「どうせ棄てるんなら、余計な傷つくるんじゃねーよ!!」
 棄てられたら、それだけで、こんなにかなしいのに。
 叫んだ瞬間、おれの体が宙に浮いた。かと思うと、粘土の塊を打ちつけるみたいに、地面に思いっきり叩きつけられた。
「………ッ」
 顎と体を激しく打った。うつぶせになったまま、すぐに男を見上げると、男はすでに後ろを向いて、歩き出していた。
「おい、待てよっ!!」
 金切り声をあげた。痛ッ。なんで体、動かねーんだよ。
 男が、おれの親父に何か言った。顔は未だ、嘲(わら)っている。
 情けねぇ…
 涙が滲んだ。
 だけど、その涙を乱暴に拭った腕は、18歳のおれの太さだった。
 立ち上がった
 二人を追いかけた
 男の肩を掴んで、体を振り向かせて
 一度も会ったことのない、せいあの父親の顔を
 渾身の力で
 殴った
                          ≪つづく≫

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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第六十一話

2006-09-30 15:30:10 | 第七章 海に こだまする
「…シ。武蔵!」
 せいあの声と、両肩を揺さぶられている感覚で、ハッと目が覚めた。
 視界に、暗いバスの天井と壁との接点のあたりが飛び込んでくる。
「あ…」
 吐き出す息に溶けた、小さな声がもれた。
 速すぎる胸の鼓動を押さえつけるように息を継いだまま、ゆっくりと傍らの彼女を見ると、彼女は心配そうな悲しい表情(かお)で、おれの顔を見つめていた。
「どうしたの…。うなされてたよ」
 泣き出しそうな声で尋ねられた。
「うそ。笑ってた」
「どっち」
 ウケた。同じ表情と声で、淡々と言うもんだから。
 相変わらず、器用なやつ。だが、
「汗びっしょり」
 そう言うと彼女は、おれのタンクトップの胸元にそっと手をのばした。指先がすぐに、肌に触れる。
 あ…そういえば、おれ、ほんと汗だく。
 彼女の掌は、火照った体には気持ちいい冷たさだった。
 少しだけ、汗がひいた気がした。
 呼吸が穏やかになった。
「なんの夢、見てたの」
 彼女が、おれの汗を拭うように、優しく肌を撫でながら、悲しい表情のままで尋ねてきた。
「ナイショ」
 おれは多分、きっと同じ表情(かお)で、そう答えると、彼女に腕枕していた左腕で、そのまま彼女の肩を抱き寄せた。両腕でぎゅっと抱きしめる。彼女の頭に、顔をすり寄せた。
 彼女は、びっくりするほど小さくて、細くて、柔らかくて。
 だけど、しなやかで、強かで。
 きっと、おれなんか、いなくていいのかもしれないけど、そんなこと、言わせない。
 そばに、いさせて。
「…武蔵?」
 おれが、あまりにも長い間、そうしているもんだから、彼女が不思議そうな顔をあげた。
「恐い夢、見たの?」
 優しい声だった。
 …母ちゃんって、こんな感じだったっけ。
 腕の中の彼女の顔をちゃんと見ると、彼女は、おれの顔を見て、優しく微笑んでいた。
                         ≪つづく≫

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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第六十二話

2006-09-30 15:29:44 | 第七章 海に こだまする
「…おれさあ、お前が先に寝るまで起きてようと思ってたんだよ。お前の寝顔ってさ、マジ、かわいーんだぜ。知らねーだろ」
 笑いながら言ったけど、7:3ぐらいの七三分けで、照れ臭いけど本音。
「あ、でもさ、そーいえば」
 ふと、あることに気がついて聞いた。
「お前、寝てねーの?」
 すると彼女は困った風に、少しだけ笑って答えた。
「寝れないの」
「え」
「男の人に抱かれてるとき、いつも眠れないの」
「…」
 胸がチクリと痛んだ。
“オトコノヒト”。…おれも、そう?
「ねえ、武蔵」
 彼女は、おれの顎に手をのばして言った。不精ヒゲにそっと触れる。
「このヒゲって、いつから生えてんの?」
「へ!?」
 思わずドキッとした。…さっきの夢を、少し見透かされた気がした。
「14の時から」
 正直に答えた。
「は?うそっ!!」
 せいあは驚いて、目を丸くした。
 あれ。この表情(かお)、どっかで見たよーな…。
 ああ。そうか。
「うそじゃねぇよ」
 彼女と初めて出逢った時と、同じセリフを、同じ口調で口にした。
「シンチンタイシャが活発なの」
 …『新陳代謝』が漢字で言えない。外国語みたいな響きになった。
 彼女が、ぷっと吹き出す。
 …我ながら、呆れるほど、バカ。おれ。
 だけど彼女の表情は、今はもう、初めて出逢った夜のそれとは違う。
 今のおれの、一番好きな笑顔。
「…なあ、せいあ」
 今なら、云える。
「ん?」
 彼女が、おれの顔を見上げた。
「おれと、この街出ないか」
 彼女の目を真っすぐに見据えて言った。
                           ≪つづく≫

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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第六十三話

2006-09-30 15:29:22 | 第七章 海に こだまする
「え…」
 彼女が動揺を隠せない瞳でおれを見る。おれは彼女の瞳から、ちょっと目を逸らして続けた。
「おれ、この3年間、いろんな街に行ったの」
 3年間の思い出が、目の前に甦ってきていた。
 だがすぐに、ぶっと吹き出した。
「すげー安くてうまい居酒屋とか、メチャクチャ気前のいい宿屋とかがあったの。ここの夏祭りとは、比べもんになんないほどの人出で賑わってる屋台の通りとかもあってさ」
 なんだよ、おれ。
 思わず笑った。
「いきなり食べ物の話?」
 彼女も呆れたように笑った。
 図星だ。でも、キンチョー解けた。
「ほっとけ。あ、そーそー、夏祭りって言ったらさ、ここの夏祭りよりさぁ、もっとこう、ほら。なんつーんだっけ、あれ。…そう、“浴衣ビジン”っつの?そんなのが、うじゃうじゃいる夏祭りもあってさ。ヘッヘッ。…かわいかったぁ。目の保養になったわ」
「スケベおやじ」
 ついでに、「何、この人」とでもつけ加えたげに、彼女がしらけた表情(かお)と声で言い放つ。
 …ダブルで来たか。スケベとおやじ。
「浴衣、今度着てみせてよ。お前、ぜってー似合いそう」
 機嫌をとるように、そう言ったら、
「気が向いたらね」
 と、あっさり。
 …彼女は相変わらずそっけない。でもこれが、いつもどおり。
 そう思った時、心の中の一番奥に眠っていた景色が、甦った。
「…夕日がすげーキレイに見えて、ヒマワリが目の前にいっぱい咲いてる丘があった」
「…うん」
 彼女が、その丘を想像しているのか、うっとりとした瞳で、おれを見ていた。
 …キレイだった、マジ。
「おれさぁ、そーゆーの、全部一回見ちゃったとこばっかなんだけど」
 その瞳を見つめながら、わざとそっけない声で。だけど。
 ちょっとだけ息を吸った。
 彼女の顔を、真っすぐに見て言った。
「おれ、お前となら、もっかい見たいかも」
「…っ」
 彼女が息を呑んだ表情(かお)をした。…だけどすぐに、くすっと笑って、
「それってプロポーズ?」
 と、聞いた。
「…っ。どう受けとってもらってもいいけど」
 恥ずかしいんだってば。
「うん」
 彼女は、おれの動揺を見透かしたように、笑いながらそう言った。
 そして、おれの唇にそっと、触れるだけのキスをした。
 顔が離れて、少し見つめ合う。
 やがて、互いに強く引き寄せられるような、深い口づけを、した。
 互いの服に手をかけた。
 
 おれたちは
 きっと、永遠に違う4つの心と体で
 だけど、今だけは、それを1つに繋ぎ合わせたくて
 そう、強く願うから
 激しく触れ合い、繋いでいく
 
 繋ぎ目も感じたくないほど
 
 …好きなんて言葉じゃ、足りない。
                            ≪つづく≫

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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第六十四話

2006-09-30 15:29:01 | 第七章 海に こだまする
 彼女が小さな欠伸をした。
「眠ったら?」
 声をかけた。
「…うん」
 彼女が、とろんとした瞳で、おれを見上げて小さくうなずく。
「ゆっくり、休んで」
 びっくりした。泣きそうな顔をしてるはずなのに、自分の声は、びっくりするぐらい優しかった。
「うん」
 おれの様子に気づいたのか、彼女はさきほどと同じ瞳(め)で少し笑うと、やがて、深い眠りにおちていった。

 
 それからだいぶ長い時間が経った。いや、本当はそんなに経っていないのかもしれない。
 でも時間の感覚なんて、今はもう、どうだっていいやぁ…
 彼女は、おれのすぐ傍らで、すーすーと、小さな寝息をたてて眠っている。
 その寝顔はやっぱり。
 かーわーいー。
 えー、も少し見とく?も少し見とく?…って、コレじゃ、おれ、ヘンタイじゃん。
 …。
 寝るか。
 おれの左腕を枕にして眠りつづける彼女の顔を、もう一度見た。
 そのままそっと、左手で梳くようにして、彼女の髪を撫でた。
 生欠伸を噛み殺した時、ふと、彼女の左腕の傷痕が目に入った。
 おれの視界の右端で、周りの暗闇よりも黒い暗闇を、深く、深く、広げている。
 『お前にあの子を癒せるか?』
 不意に、サラ婆の言葉が甦った。
 …なあ、サラ婆。
 おれ、そんなのできねぇよ。
 だって、こいつの心の傷、きっと一生消えねぇもん。
 けどさぁ。それでも。…こんなの、ダメ?
 …おれも、一生、苦しむから。

 彼女の肩を抱き寄せた。
 小さな額にキスをした。
 抱きしめて、目をつぶって、「彼女だけに聞こえるように」と、祈りながら、つぶやいた。
 ――――ずっと いっしょに いてくださいーーーー

 そっと目を開けたら、涙が二筋流れた。
 小さな『部屋』の中に、おれの鼻を啜る音と彼女の規則ただしい小さな寝息がきこえる
 
 遠くの方から、彼女の寝息と同じぐらい静かな波の音が、途切れ途切れにきこえた

 窓を見た。
 外はもう、夜明け前。
*            *            *

                           ≪つづく≫

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