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珍友*ダイアリー

管理人・珍友の書(描)いた詩や日記、絵や小説をご紹介☆

『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第二十七話

2006-09-30 15:20:49 | 第五章 きまぐれは気のせい
5.きまぐれは気のせい

 次の日。おれ達はマナを見送るために、病院を訪れていた。
「本当に、みんなありがとう。花火すっごくきれいだった」
 マナが、ニコニコしながら言った。
 マナの花火のすぐ後に、茂さんに電話をした時、彼が電話口で、『あれは俺たちからのはなむけだ』と、照れ臭そうに言っていた8番目の花火のことや、おれ達が花火を準備したことについては、太一がマナに説明していた。
「茂さんたちにもよろしく伝えておいてね」
「ああ」 
 うなずいた。
「マナちゃん、早く元気になってね」
「マナ、お見舞い行くからね」 
 子供たちが口々に、マナに声をかけた。その時、ちょっと怒ったような、ピンと張りつめた声がした。
「お前、死んだらゆるさねーからな」
 その声の中の『死』という言葉に、その場の空気が、シン、と静まりかえった。 声の主の鉄平は、真剣なまなざしで、マナを見つめている。すると、
「死なないよ」
 同じくらい真剣な声が、その静寂を破った。マナだった。彼女の瞳には、力強い光が宿っている。
「絶対。私、がんばるから」
 同じ声でそう言うと、マナはふふっと笑って、鉄平に向かって言った。
「鉄平も昨日、花火の準備してくれたんだよね。ありがとー」
「べ、別に…」
 その瞬間、誰もが、あ、と思った。マナが突然、鉄平の頬にキスしたのだ。
「マッ…」
 鉄平と太一の声が、キレイに重なった。
「ありがとね」
 マナは少しだけ寂しそうに、でもニッコリと笑った。
 とてもかわいかった。

「またね!」
 マナがタクシーの窓から顔を出して、手を振った。横には、太一と彼らの母親も乗っている。
 おれたちは走り出したタクシーが、見えなくなるまで見送っていた。
                             
                                ≪つづく≫

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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第二十八話

2006-09-30 15:20:21 | 第五章 きまぐれは気のせい
 病院からの帰り道、話題は昨夜の少女の話になった。
「で?その子、ヒトデちゃん?…ぶっ。スゲー、あやしー。そいつ、鎖骨の上に刺青彫ったりしてなかった?」
「マサキ、殺すぞテメェ…」
「そんなんじゃないよ。なんか、そんな感じじゃなかった」 
 樹里が口を挟んだ。


「………っ、あぶねー」
 腕がビシッと突っ張ったけど、なんとか少女の右手首を掴むことができた。せいあに手伝ってもらって、橋の上に引き上げる。
「こんなとこで何してんの」
「…………」
 少女はうつむいたまま、何も答えなかった。よく見ると、肩を小刻みに震わせて泣いていた。
「家、入ろ。とりあえず」
 せいあに促されて、おれ達はその少女を連れてサラ婆の家に入った。

 少女は、自分の名前を『ヒトデ』と言った。年は13歳。年齢より少し幼く見える、小柄な少女だった。
「何してたの、あんなとこで」
 もう一度聞くと、彼女は、ポツリ、ポツリと、自分のことを話しはじめた。
 そのうち、空音と樹里が帰ってきた。

 一昨日、両親が事故で死んだ、らしい。
 自分はこの街の東の方に住んでいて、その日は家で1人、買い物に行った両親の帰りを待っていた。
 他に身寄りのないヒトデは、近所の人たちと葬式を終わらせると、フラフラと家を出た。ぼんやりと歩いていて、気がついたら、ここの橋の上に立っていたという。下の川をのぞき込んで、落ちたら死んじゃうかな、死にたいな。そう思って欄干の上に立った、と言った。でも、
「…どうしても、飛び降りれなかった…」
 欄干の上を行ったり来たりしているところを、おれ達が見つけたようだった。

「マジかよ、それ…」
 京太郎を抱いた京一が、気の毒そうとも怪訝そうともとれる表情をした。
「う~ん…。多分、マジ」 
 多分ね。
「それでその子、今、どうしてるの」 
 リズが心配そうに聞いた。
「あたしたちの家にいますよ」 
 せいあが答えた。
「どうするんだろうなぁ、これから」 
 刃がつぶやく。
「さあ…」
 おれたちには分からない。

 その日の午後。『ガーリック』に仕事に行く途中、サラ婆の家の前を通りかかると、小さな歌声が聞こえてきた。 
その声があまりにもキレイだったので、おれは思わず足を止めて、そっと家の方をのぞいてみた。
 せいあだった。彼女は縁側に腰かけて、少し寂しそうな顔で、おれの知らない歌を歌っていた。でも、いい歌だ、と思った。
「あ」
 その時、ヒトデが廊下を歩いてきて、せいあの少し後ろにそっと立った。虚ろな瞳で、せいあを見つめている。
                             ≪つづく≫

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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第二十九話

2006-09-30 15:19:52 | 第五章 きまぐれは気のせい
 せいあがその気配に気づいて、歌うのをやめて振り向いた。
「こっち、おいでよ」
 突っ立ったままのヒトデに、優しく声をかけて手招きした。 
 ヒトデは黙って歩いてきて、せいあの隣に腰かけると、うつむいてしまった。
 せいあがどこを見るともなく見ながら、つぶやくように話しはじめた。
「この歌ね、昔、あたしのママがよく歌ってたんだ。あたしのママも、もう死んじゃったんだけどね」
「どうして…」
「あたしが9歳のときに、病気で死んだんだ」
「お父さんは…?」
「いないよ」
 冷たい声だった。 
 嫌い、だったのかな、親父のこと。
 少しの沈黙の後、せいあはヒトデに尋ねた。
「ヒトデ、お父さんとお母さんのこと、好き?」
 ヒトデは黙って、こくんとうなずいた。
 せいあは微笑んで、ヒトデの頭を優しく撫でた。
「あたしもママのこと大好きだった。悲しいけど、好きなら、いつかきっと笑えるよ。笑えなくても、生きてかなきゃいけないんだ」
 ヒトデは小さくうなずいた。 
 やがて顔をあげると、涙声でせいあに尋ねた。
「あたし、ずっとここにいてもいい…?」
「うん」
 せいあが答えると、ヒトデはちょっとだけ笑顔をつくった。

「ああんっ、おれ、歌、つくりたいぃっ」
「キモチワルッ。何、突然。あんた、どーしたの」 
 ぶりっこのおれに、顔をしかめた凛花(りんか)が、テーブルにつくなり言った。つけ加えて、「なんかヘンなモンでも拾って食ったのか」と、真剣な顔で聞いてくる。
 多分食ってないけど、どうしたんだろうなぁ、たしかに。
 ちょっと考えて、
「昼間、せいあが歌ってた歌がステキで」
 と、凛花が側に置いていたギターを、ギターケースごと抱えて弾くまねをした。
「ステキって」
 凛花の向かいに座って酒を飲んでいる凪(なぎ)が、『似合わねー』とでも言いたげに吹き出した。
 凛花と凪は、自分たちで曲をつくって、路上で歌っている2人組だ。
「なぁ、ちょっと、ギター教えてくれよ」
「いいけど、あんた今、仕事中でしょ?」
 おれはカウンターの向こうの店長や、まばらに座っているまわりの客たちをチラッと見やって、凛花たちに向かって声をひそめた。
「ちょっとだけ」
                              ≪つづく≫

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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第三十話

2006-09-30 15:19:23 | 第五章 きまぐれは気のせい
 だが、彼女たちの心配は無用だった。 
『ド』のコードを教えてもらって、なんとか音を出せたものの、次の『レ』で、もうちゃんとコードを押さえられない。
「だーーー、もうっ」
 おれはイラついて、ギターをむちゃくちゃにかき鳴らした。
「ちょっとやめてよ」
 凛花が怒って、おれの手からギターを奪い取った。
「大体、なんで『ド』が『C』なんだよ。わけわかんねぇ」
 しまいには、そんな負け惜しみまで言う始末。
「ええい、先に歌詞だ、歌詞っ。凪、紙、貸せ」
 歌詞担当の凪から、紙とペンを借りて歌詞を考える。
「うーーーん…」
 何も浮かばない。 
 凪が助け船を出してくれた。
「好きなものとかテキトーに書いてみなよ。あと、韻踏んでみたらそれっぽくなるよ」
「インって何」
「歌詞の行の終わりを、同じ種類の音で終わらせるんだよ。たとえば、『アイ』とか『カイ』とか。どっちもaiの音で終わってるでしょ」
「へー」
「せいあのこと、書いたら」 
 凛花がニヤリと笑って言う。
「黙れ」
 好きなもの…?イン?
 ない頭をふりしぼって、思いついた言葉を紙に並べても、少ししたら手が止まった。 
 完全にギブ・アップ。
 凪がおれの腕の下から、紙を抜きとって読みあげた。
「『酒、鮭、カケ、負け、ミケ、むけ、』…。武蔵、あんたこれ、ウケ狙ってんの?なんか破滅的に違う」
「やっぱし?」 
 うん。我ながら、なんかそんな気する。でも『鮭』は漢字で書けるようになったぞ。…って、レベル低ぅ、おれのおつむ。この先、生きていけるんだろーか。
 深刻に悩んでいたら、凛花が、
「あ、せいあだ」
 と、おれの後ろの方を指差した。
「へ」
 思わず後ろを振り向くと、本当にちょうど、せいあが店に入ってきたところだった。仕事前にちょっとみんなのたまり場に、といった感じで立ち寄ったみたいだ。すると凪が、
「せいあー。ちょっと来てみー。コレ、武蔵があんたのために書いたんだってさー」
 と、紙をヒラヒラさせながら、せいあを呼んだ。
「やーめーろーよぉ」
 わざとらしい声と身振りで言った。なんかもう、全てがいろんな意味で恥ずかしい。

 紙を読んだせいあは、平べったい声で言った。
「あんた、ヤケになってんね。これね」
「あ、お前、うまい」
 や行があったネ、まだ。あ、よく考えると、凪が言った「ウケ」もそうじゃん。
「…」
 あれ、返す言葉なし?せっかく誉めてやったのに。
 やれやれ。昼間のお前は、一体どこにいったのか。
                                   ≪つづく≫

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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第三十一話

2006-09-30 15:18:59 | 第五章 きまぐれは気のせい
 翌日。おれは『ガーリック』の奥で、服を着替えていた。 
 店長に言われた通り、不精ヒゲを剃る。そして、無造作に少しのびた髪を後ろで縛って、一応、全体の格好を鏡で確認する。 
 『コスプレだ』と、みんなにさんざん笑われた、おれのバーテン姿。似合わないのは、はなっから分かっている。恥ずかしくは…今はもうないけど。 
 傍らには、店長愛用のポマードが置いてあった。 
 数日前、はじめてこの格好をしたとき、店長は必死に笑いをこらえながらこう言った。
「お前も前髪あげてみっか?」
“それはカンベン。”即答。マジ、カンベン。だってポマードって。ねぇ。

 店に出ようとしてドアに手をかけると、男の声が聞こえた。
「この店ガラ悪いね、店長さん。あんなの雇っちゃって」
 十中八九、おれのこと。
 手をとめて、ドアについてる丸い窓から店の様子をのぞいた。 
 カウンターに座った2人の男が、店長と話している。このバーの客にしては珍しく、2人とも背広のスーツを着ていた。
「そうそう。昨日だってあの子、客の女の子たちとギター弾いて、チャラチャラ騒いでたでしょ」 
 もう1人の男が鼻で嗤った。
 うわお、100パー、おれ。 
 店長は黙ってグラスを拭いている。
「せっかくいい雰囲気の店なのに、あんなのいたら台無しだよ。早いとこやめさせた」
 男が言い終わらないうちに、店長は男の前のグラスを掴んで、中の酒を男の顔にぶっかけた。
「冷てっ。何すんだよ!」 
 男が怒鳴った。
 他の客はもちろん、おれも驚いて、店長達を見ていた。
「何も知らないあんたらが、“あんなの”なんて言うな」
 店長は、男たちよりも恐い顔で、彼らを睨みつけて言った。
 店内が、シンと静まりかえる。男達はたじろいで、周りをチラチラ見た。
「信じらんねぇ、客に向かって」
「こんな店、二度と来るか!」
 お決まりのセリフを口々に吐き捨てて、立ち上がった。
「どうぞご勝手に。あんた方引きとめるより、あいつ雇ってた方が、よっぽどよく働いてくれるんで」
 店長は平然と言い放った。 
 男たちは舌打ちをして、店を出ていこうとした。
「待ってください」
 出口に向かって歩き出した彼らを呼びとめて、店長はニッコリ笑って言った。
「お勘定」
「はあ!?払うわけねーだろ、んなの」
「何杯か飲んだでしょ」
 男達は言葉に詰まった。
「お勘定」
 店長の笑顔が、恐い。
 男達は、もう逆らえない、と判断したのか、渋々金を払ってそそくさと出ていった。
 気ぃ弱い奴ら。
                            ≪つづく≫

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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第三十二話

2006-09-30 15:18:37 | 第五章 きまぐれは気のせい
 彼らが出ていってすぐ店に出ると、金をしまいかけていた店長が、おれの顔を見て驚いた。
「武蔵。お前、聞いてたのか」
「うん」
「そうか…。ま、お前雇ってた方が、よく働いてくれるっていうのはうそだけど」
 いつものようにぶっきら棒に言った。
 うそが、うそ。分かる。店長って、そーゆー人だ。
 照れくさくなって、礼が言えないかわりに、
「あいつらなんなの」 
 と、聞いてみた。
 確かに昨日もいた。見かけないスーツ姿だったからよく憶えてる。
「ああ…役所と警察の人間らしい」
「え、警察ってなんかあったの」
 思わず聞いていた。 
 中央とこの街の境にある警察は、昔から中央の警備にばかり目を向けて、この街を放ったらかしにしていた。今更、何の用があるんだろう。
「なんかなぁ、役所の方で今、この街と中央とを完全に切り離したいってうるさいらしいのよ。街の名前や地図の記載も変えたいらしい」
「ふーん。でもなんで、警察まで来んの。それになんで今更、そんな面倒くさいことするわけ?」
 店長は、さあな、と首をすくめた。
「中央がだいぶ発展したから、いよいよ本気でこの街が邪魔になったんじゃねぇの。『こんな街と一緒だったら、外交のときこれから何て言われるか分かんない』。ま、そんなトコだろ」
 彼は、自分の中の『お偉いさんイメージ』の口ぶりを真似て言った。ちょっとウケた。
「ふーん」 
 別にどーでもいいけど。
「ただな、今警察が、この街の治安をよくしようと動きはじめてるらしいんだ。あいつらが言ってた。徹底してるよなー。どうせ独立すんならほっといてくれりゃいいのに」
 その通りだ。ほっといてくれりゃいい。つーか、この街って、そんなチアン悪いの?いいヤツばっかじゃん。そんなによその街の奴らに見られたくないわけ? あいつらが言う“チアン”って、何。
「お前、パクられんなよ」
 店長がからかった。
「なんでおれが」
 おれも笑った。ふと、今は服の下に隠れている刺青を、もしあいつらが見たら、どんな顔すんだろ、と思ったけど、バカらしくなって考えるのをやめた。
「おれより、せいあたちのがヤバいんじゃねぇの?」
 警察が動いてるんなら、娼婦をしている彼女たちの方が心配である。そんぐらいのことで、ビビって仕事をやめるような奴らじゃないけど。ただ、捕まったらちょっと面倒くさいだろってことは分かる。
「そうなんだよな。俺からもサラ婆とかに言っとくけど。お前もみんなに会ったら言っといてやれよ」
「ああ、そうする」
 …この街の何かが変わろうとしている。いや、変えられようとしている。いや、そんなこたねーだろ。 
 この街は、あいつらが思ってるような街じゃない。 
 変えられねぇし、関係ない。
                             ≪つづく≫

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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第三十三話

2006-09-30 15:18:13 | 第五章 きまぐれは気のせい
「おばーーあちゃん」
 おれはふざけて、サラ婆の後ろからピトッと抱きついた。
「うわっ。武蔵か。気色悪いな、お前」
 サラ婆は、驚いて振り向くと、本当に気色の悪そうな顔をした。そばには同じような顔でおれを見ているラウが座っている。
「何見てんの。アルバム?」
 手を離して、ひょいっとサラ婆の手元をのぞきこんだ。 
 サラ婆は座敷で1人、古ぼけたアルバムを見ていた。
「え、これ、せいあ?」
 その中の写真の1枚に目が釘づけになって、思わず指を差した。 
 せいあが見知らぬ少女と2人で、楽しそうに笑っている写真だった。
 なんでこんな古い写真に、あいつが写ってんだ?
「違うよ。これはアザミだ。15の時の…せいあの母親だ」
「え」
 ちょっと、ヤベーよ。似すぎだろ、コレ。 
 写真の中の少女は、見れば見るほど、せいあに似ている。うりふたつだ。 
 ただ1つ、違っているところを挙げるとしたら、おれは、あいつのこんな楽しそうな笑顔をまだ見たことがない。それくらいだ。
 ん?ちょっと待てよ。
「なんであいつの母ちゃんの写真がここにあるんだよ」
 おれの問いに、サラ婆はつぶやくように答えた。
「アザミは昔、この家に住んで娼婦をしていた。今のせいあと同じようにな。無論それは、せいあが生まれる前の話だが。アザミは…この街に住むある男と結婚して、中央に行ったんだ。…今はもう、死んじまったがな」
「うん。知ってる」
「せいあが話したのか?」
 サラ婆は怪訝そうに、おれを見た。
「あ、違う。こないだ、せいあがヒトデに『母ちゃん、死んだ』って話してんの偶然聞いたんだよ」
「盗み聞きしたのか。しょーがねぇ奴だな」
「なんで分かんの、サラさん」
「お前がやりそうなことぐらい分かるよ。何年、お前とつき合ってきたと思ってる」
 彼女は笑った。 
 15年。間に3年のブランクを挟んで、数日。
「なあ、サラ婆。あいつの親父は?“ある男”って、あいつの親父だろ。この前あいつ、親父のことは、ただ『いない』って言ってただけなんだ。なんでいないんだよ」
 この際だから聞いてしまえ。
 するとサラ婆は、ため息をついて答えた。
「死んだよ。せいあが12の時に。ちょうど今頃だ。…3年前の今日、あの子はここに来たんだ」
「え、そうなんだ」
 ふーん…。
 …両親がいない、というのは、おれと同じだと思った。おれには育ててくれた父方の祖父母がいたが。
 おれの母親も、おれが4歳(つ)の時に病気で死んだ。親父は、確か6歳の頃に、女をつくって、おれを棄てて家を出ていった。酒飲みだったが、酔っぱらっていてもシラフの時でも、ちょっとしたことですぐにカッとなって、人を殴る男だった。 
 おれの一番古い記憶は、そんな親父の暴力に怯える母親と、すぐ側で何もできなかった自分の姿。 
 おれは、母方の祖父母には昔から疎まれていたし、彼らや親父が、今、生きているのか死んでいるのか、知ったこっちゃない。 
 父方の祖父母は、おれが今のヒトデと同じくらいの年の頃までに、2人とも死んでしまった。
 自分を待っててくれる家族なんて、もうどこにもいない。
 でも、いーけどね。ダチ、いるから。
「ところで武蔵。お前、何しにここへ来た」
 サラ婆が顔をあげて、尋ねてきた。
「あ、そうそう。せいあ、いる?」
 思い出して聞いた。
「ああ、2階にいるよ」
「そっか」
 2階につづく階段を振り向いて、立ち上がった。
 今日は夏祭りの日だ。
                          ≪つづく≫

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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第三十四話

2006-09-30 15:17:48 | 第五章 きまぐれは気のせい
 2階に上がると、すぐ前の部屋に、せいあがいた。広い畳の部屋で、引き戸の扉は最初から開け放たれていた。彼女は奥にある窓の前に座り、少し遠くに見える海を見つめていた。窓から入り込んできた潮風に、かすかに彼女の前髪が揺れている。小さな声で、この前の歌を歌っていた。この前と同じ、少し寂しそうな顔をして。
 おれは部屋の入り口に立ったまま、しばらく彼女の横顔を見ていた。
「その歌、いい歌だな」
「わ、ビックリした。武蔵。あんたいたの?」
 話しかけると、彼女は驚いて振り向き、おれを見上げた。
「なんて歌?」
「分かんない。ママが昔、よく歌ってた歌なの。…タイトル分かんないけど、あたしの大好きな歌」
 そう言うと、彼女は少しだけ笑った。
「へぇ。…も少し歌ってよ」
「嫌」
 いつもの無愛想な顔に戻る。
「…あんた何しに来たの。何か用?」
「うん。今日、夏祭りでしょ。一緒、行かない?」
「え…」
 彼女は少し迷っているようだった。
 よし、押せ、おれ。
「何でも好きなもん買ってやるから」
「行く」 
 彼女は、にんまりと笑った。
 …おじーちゃんか、おれは。

 おれは外に出て、せいあの支度が終わるのを待っていた。日が暮れかけていて涼しい。祭りの音が、かすかに聞こえてくる。
 …まだ?
 
 あまりにも暇だったので、サラ婆の家の隣にある小さな本屋をのぞいてみた。 
軒先の台の上に、何種類かの本が平積みになっている。そのかたまりのうちの1つの、1番上の本の表紙の上に、小さなスタンドが乗っかっていた。先っぽのクリップに、“オススメ”と、大きな文字で印刷された、小さな色画用紙が挟んである。更にその下に、女性従業員が書いたものであろう、ちょっとギャルっぽい小さな字で、
『大ベストセラー!「そんなのウソでしょ?」と思いながら読んでみたけど、思わず涙がこぼれました。何か、たいせつなことを思い出させてくれる、宝物のような1冊です。』
 と、書いてあった。
 うそくせー。キライなんだよね、おれ。こーゆーの。 
 そんなおれでも、見覚えのある表紙。小さくて薄っぺらいその本は、最近どこに行っても、いろんな媒介を通して宣伝されていた。 
 普段だったら、絶対見向きもしないとこだけど、今日はなんとなくスタンドをのけて、1番上の1冊を手にとってみた。 
 1ページ目をパラッとめくる。見開きのページの左に風景写真。右の、白いページの真ん中に、詩のような短い言葉がポツンと、2行だけ。
 やっぱし。
 ウンザリした気持ちになって、同じようなページが続くその本を、パラパラめくってすぐに閉じた。こんな本が千円以上もするなんて、はっきり言ってサギだと思う。
「武蔵、お待たせ」
「せいあ」
 声をかけられて顔をあげると、そこに、せいあが立っていた。
「あんたでもこーゆーの読むんだ」
 おれの手元をのぞきこんで、さも意外そうに言う。
「読もーとしたけどやめた」
 おれは本を元の場所に置いて、上にスタンドをのせた。
「それより早く行こ。もう、祭りはじまってるみたいだし」
「うん」
 声をかけると彼女もうなずいて、おれ達は並んで歩き出した。
                                              ≪つづく≫

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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第三十五話

2006-09-30 15:17:21 | 第五章 きまぐれは気のせい
 少しずつ、出店も人も増えてきた。 
 横断歩道の向こうに、歩行者天国になってる賑やかな商店街の通りが続いている。
 横断歩道を渡ると、とにかく人、人、人。時々、犬。更に、猫。前を歩く人達や、すれ違う人々は、皆、楽しそうだ。

「あ、これやろ。これ」
 射的の出店を見つけて、せいあに振り向いて言った。
「あたしいい。見てるから」
「そ?じゃ、おれだけやるよ」
 出店のおやじに1人分の金を払って、鉄砲と弾を受けとった。台の上で弾を込めて、少し離れた台を見る。どれを狙おーか…。
「あんまおっきーの獲らないでよ。持って帰るの面倒臭いから」
「分かった。じゃー、アレ獲るから」
 そう言って、おれは上から2段目の台の、左から3番目にある、小さな犬のぬいぐるみを指差した。
 おれ、何故かこーゆーのだけは、昔から得意なんだよ。マジ。 
片目をつぶって、狙いを定める。ポンッという軽い音とともに弾が飛び、景品に当たる。
 ほら、狙い通り。
「すごーい」
 倒れた犬のぬいぐるみを見て、意外にも、せいあは両手を叩いて喜んだ。 
 こいつに誉められたのって初めてだ。
「じゃー、次アレね」 
 おれはちょっと得意げになって、次の景品を指差した。
「えー、あっちんがいい」 
 せいあが別の景品を指差す。
「じゃー、お前やれよ」 
 ムッとして、鉄砲を彼女に差し出した。
「いいよ、あたし下手だもん」
「そんなら見てな。おれ、ドラえもん欲しーんだよ」 
 鉄砲を構えて、すでに目は獲物を追っている。
「…何に使うの」
 摂氏0度の冷たい声。
「うっせ」
 けっ、と思いながら、狙いを定めて、さっき彼女が指差した、小さいカエルの貯金箱を撃ち倒した。
「ちっ、はずした」
 くやしそうにつぶやいて、でもその演技がバレないうちに、すぐに『ハイ、次』と、テキトーに別の景品を鉄砲の先で指し示して、弾を込めて、撃ち倒した。
 残りの2発は、おれも彼女も特に気に入った景品がなかったので、適当な物を撃ち倒した。犬とカエルは彼女にあげて、他の3つは側で見ていた子供たちにあげた。
 …ドラえもんなんて、別に最初から欲しくなかった。

「あー、あれ。空音と太一じゃない?」
 綿菓子を食べながら歩いていると、せいあが金魚すくいの出店の方を指差した。
「ほんとだ」
 彼女の指差す先を見ると、確かに何人かの人に混じって、太一と空音が金魚すくいをしていた。空音は浴衣を着ていて、袖が水に浸かないように気をつけながら金魚を追っていた。 
 彼女の傍らの太一が金魚をすくおうとして、タモに大穴を開けた。あーあー、といった感じで自分のタモを見つめている太一を空音が茶化したら、太一がちょっとふてくされた感じで何かを言い返した。 
 だけどほどなく、空音も太一と同じようにタモに大きな穴を開けると、彼らは2人で笑った。
「あいつらんとこ行こうか」
 と、傍らのせいあを振り向いて言ったら、彼女は、
「やめとこうよ。邪魔しちゃ悪いし」
 と、太一たちの方を微笑んで見つめたまま、答えた。
「それもそうだな」
 納得して、もう一度太一たちの方を見て、おれも笑った。
 おれ達はそのまま、金魚すくいの出店の前を通り過ぎた。
                                     ≪つづく≫

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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第三十六話

2006-09-30 15:16:52 | 第五章 きまぐれは気のせい
 ちょっとした空き地の前を通ると、せいあが空き地の中を指差して声をあげた。
「あっ、あたしあれやりたい」
「えー、あれやんのー」 
 思わず不満げな声が出た。
 毎年同じ、この場所でやっているダイスゲームである。2つのサイコロを同時に振って、出た目の数の合計分だけ、台に書かれた数字の上に(台に、格子状に区切ったマスが9つ書かれていて、左上のマスから順に、1~9の数字が1つずつ割り振ってある)、ボール紙を置いて数字を隠す。例えば合計が5だったら『5』のマスに1つだけボール紙を置いてもいいし、2つのサイコロのそれぞれの目の数に関係なく、『1』と『4』、『2』と『3』という風に2つの数字の上にボール紙を置いてもいい。合計が例えば『12』なら、同じように『8』と『4』とか、または『3』と『4』と『5』と、3つの数字の上にボール紙を置くこともできる。基本的に3回までサイコロを振ることができて、ゾロ目が出たら、ボール紙を置けるだけでなく、サイコロを振れる回数が1回増える。そうして隠れた数字のラインが、ビンゴみたいに1本揃ったら缶ジュースが1本もらえ、揃うラインの数が多いほど、もらえるジュースの数も増えていく。もし9つのマス全てにボール紙を置くことができたら、2リットル入りのペットボトルのジュースがもらえる。一度置いた数字には、もう一度ボール紙を置くことができないので、全てのマスにボール紙を置けるか、ボール紙をどこにも置けなくなった時点でゲーム終了。
 と、まあルールは大体こんな感じなんだけど。
 …おれは射的とは逆に、こーゆーの苦手。一種の博打みたいなもんだし、頭も使うし。本格的なギャンブルだって、弱っちぃからたまにしかやんないのに。
 一回だけ渋々やってみたら、案の定1本もジュースがとれなかった。逆に彼女は、さすがというか、やっぱりね、というか、一回で見事、2リットルのペットボトルをゲットした。しかし、
「重っ。どーすんの、これ」
 まさに持って帰るの、めんどー。
「武蔵、飲んでよ」 
 せいあは、まるでそれが当たり前のことであるかのような口調と表情で言い放った。
「はぁ?ここで?」
 素っ頓狂な声を出すと、彼女は表情を変えずにうなずいた。 
 マジかよ、と思いつつペットボトルのふたを開け、一気に上を向いて飲みはじめた。
 喉が鳴る。ダイスゲームの兄ちゃんや周りにいた客たちが、「一気、一気」と、おもしろそうにあおる。 
 なんとか一気に飲み干すと、オーーーッという歓声と拍手が沸きおこった。
 おれはその歓声を得意げに「どーも、どーも」と手で制しながら、ゲフーーッ。
 …やっぱ、コーラの一気飲みはキツイわ。

 かき氷をシャクシャクいわせながら食べる。
「やっぱ、かき氷はイチゴに限るね」 
 と、おれがしたり顔で物申すと、傍らの彼女は、
「いや、レモンでしょ」 
 と、あっさり否定して、自分のかき氷を口に運ぶ。
 おれはかき氷の中じゃ、イチゴがいっとう好き。ミルクをかけるのは嫌だけど。幼い頃、一回、かき氷屋の全てのシロップを一度にかけてもらったことがあるけど、おれはあの味、嫌いだったな。イチゴレモンメロン抹茶ブルーハワイ味。って、そのまんま。さらにそこに、ミルクもかけたチャレンジャー。ミルクイチゴメロンレモン…いや、もういいや。
                           ≪つづく≫

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