珍友*ダイアリー

管理人・珍友の書(描)いた詩や日記、絵や小説をご紹介☆

『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第十五話

2006-09-29 16:46:43 | 第三章 手ぬぐいと明かり
3.手ぬぐいと明かり

 翌日。昨日の家づくりと、昨夜の疲れのせいで、おれは昼すぎまでぐっすり眠っていた。 
 床に転がったまま眠りこんでいたので、起きたとき、体が痛かった。
 のそのそと起き上がって、バスの窓を開けると、潮風が入り込んできた。汗ばんだ体には気持ちよく、目を細めて海を見る。 
 今日も日差しは暑そうだけど、いい天気だ。 
 ふと、昨夜の出来事を思い出し、サイフを開けてみた。 
 小銭しかなかった。 
 どうしよう。バイトでも探そーかな…。
 
 とりあえず昼食を済ませ、海沿いの道を歩いていると、波打ち際の方で何かしている、4,5人の子供たちが見えた。その中に1人、少し年上の少女がいる。ストレートの長い髪。おれは彼女達に近づいていった。

「何やってんの」
 その集団に声をかけると、皆、一斉におれを見上げた。子供たちはみんな、手に小枝の棒きれを持っている。
「武蔵」
 少女がちょっと驚いたように言った。せいあだ。ストレートの髪が潮風に揺れる。
「漢字の練習してるの」
「せいあちゃんに教えてもらってんだ」 
 子供たちが口々に言う。
「へ?」
 彼らの足元をよく見ると、確かに、砂の上にいくつかの漢字が書かれていた。
「武蔵、ちょうどよかった。ちょっと待って」
 せいあはそう言うと、砂の上に置いてあるバッグの側にしゃがみこんだ。サイフから千円札を1枚取り出すと立ち上がって、「ハイ」と、おれに向かって差し出した。
「え…なに?コレ」
 ちょっと戸惑った。すると彼女は、
「昨日のお金。後でよく見たら、1万円札の下にもう1枚コレがくっついてたの」
 と、さらりと言った。
「え!?…なに、お前、そんなんわざわざ返してくれんの?」
 驚いた。変わったやつ。
 昨夜の彼女のふるまいとのギャップに、思わずぷっと吹き出した。 
 彼女は不思議そうな顔をしている。
「いらないんだったらいーわよ」
 少しツンとして、サイフに札を戻そうとする。まだ笑っていたおれは、
「わーっ、いりますいります」
 と、慌てて彼女の手を止めた。
「ラッキー、おれ今、超金欠でさぁ。助かったわ」
 千円札を受けとって笑う。 
 あー、昨日ぼーっとしてたから、二枚くっついてんの気づかなかったんだ。
「別に。もともとあんたのだし」
 彼女は、相変わらず無愛想。
「せいあ…」
 話しかけようとすると、いきなり背後から何かがどんっとぶつかってきて、思わず前につんのめってしまった。
「ぶっ、何だコレ!?」
 振り向くと、腰に、白くて長い毛のかたまりが吸いついていた。よく見ると…犬?
「ラウ!」 
 せいあが声をあげた。
「ワンッ!」 
 その犬がおれの腰にぶら下がったまま、彼女の顔を見て元気よく吠えた。
「これ、あんたの犬?」
 長い毛に、青い、きれいな色の首輪が見え隠れしている。
「うん」
 彼女は答えて、ラウを抱え上げようとした。だが、ラウはおれの腰にしがみついたまま離れない。
「ちょっとラウ、どーしたの?」
 彼女がラウをひっぱった。
「イデデデデデデ」
 まじ、いてーよ。
 子供たちが、ざわざわしはじめた。その時、
「わっ!」
「ぶっ!」
 急にラウが腰からはがれた。その反動で、おれは砂に足をとられて、不様(ぶざま)に前にこけてしまう。子供たちが笑った。
「ごめん、大丈夫!?」 
 頭の上で、せいあの慌てた声がする。
「…」
 温(ぬく)い砂の上にうつぶせになったまま思う。 
 おれ、こいつに痛い目にあわされてばっか。
 釈然としないまま、顎についた砂を手で払って起き上がった。
「あ」
 振り向いて、見上げて、小さな声をあげた。せいあの腕に抱かれたラウが、タバコの箱をくわえて、こちらを見ている。おれが、ジーンズの後ろのポケットに入れていたやつだ。    
 目が合うと、ヤツは、せいあの腕をすりぬけて砂浜に飛び降りた。
「あっ、待てコラ、返せっ」
 おれは子供たちを掻き分けて、ラウを追いかけた。
 だが、波打ち際で、はねるようにして走るラウは、すばしっこくてなかなか捕まえられない。
「くあ、このやろっ」
 ようやくラウの体を捕まえた。ラウはおれの手から逃れようとして、ジタバタ暴れた。
「タバコ返せ、コラっ、…あ``――――っ!」
 隙をつかれて、タバコが、ぺっと吐き捨てられた。
 タバコの箱は、ぽちゃん、と海に落ちて、波打ち際で漂った。
「あーあー、テメー、何すんだよ」
 おれはラウを砂浜に放り投げて、水浸しになった箱をつまみ上げた。 
 中身もぐしょぐしょ。使いもんにならない。 
 うぅ。ねぇ、今日、厄日?
 恨めしそうにラウを見ると、ラウはブルブルッと体を振るわせ、おれを見て、へっへっと笑った。 
 かっ、ムカつく犬。
「オメー、べんしょーしろよ」
 ラウの傍らに立つせいあを、軽く睨んで言った。
「は!?なんであたしが」
「お前、飼い主だろ」
「ラウ、男の子だからヤキモチやいてんだー」 
 子供の1人が茶化すように言った。
 オスか、あいつ。
「おにーちゃん」 
 別の子供が、恐る恐る、声をかけてきた。
                                           《つづく》



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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第十六話

2006-09-29 16:46:17 | 第三章 手ぬぐいと明かり
「あ?」
「ひどいよ。おれ達、まだ練習途中だったのにー」 
 ふてくされて、おれの足元を指差す。
「あ」
 見ると、たくさんの靴の跡が、砂の上の漢字を踏み荒らして、消してしまっていた。ラウを追いかけるのに夢中で、気がつかなかった。
「悪(ワリ)ィ、悪ィ。…あ。おれのとっておきのやつ教えてやるから許してくれよ」 
 ピン、と思いついて言った。
「なになにっ?どんなの?」 
 子供たちが目を輝かせて見上げる。
「ちょっと貸して」
 おれは彼らの1人から小枝を借りて、砂の上に漢字を1つ書いた。
「ほら、これ。何て読むか分かるか?」
「えー。分かんなーい」
「何、鮫(サメ)、とか?」
 おれの手元をのぞきこんでいた子供たちが、口々に言った。
「ふっ、これはなー、『鮭』って読むんだぞ」
 ちょっと得意げに言った。
「へーーっ」 
 子供たちが感心する。が、
「そんな漢字、ないわよ」
 と、頭上から、せいあの冷ややかな声が降りかかった。
「へ?んなことねーだろ」
「ちょっと貸して」
 せいあは、おれのすぐ側にしゃがんで、手から小枝を取ると、鮭と書いた。
「みんな、こっちが本当の『鮭』だからね」
「あー、そうなんだぁ」
「どこが違うんだよ。…あ」
 二つの字を見比べて、違いに気づいた。おれの字は、鮭ではなく、『魚王』と書いてある。ヤベ、恥ず。
「バカじゃないの、あんた」 
 せいあがからかう。
「…」
 本当(ホント)、バカ、おれ。

 漢字の練習をおひらきにして、おれ達は波打ち際に座った。
「お前、いつもここであいつらに漢字教えてんの?…あ、昨日、樹里が言ってた用事ってこれか」
「そうだよ、いつもってわけじゃないけど」 
 傍らで、せいあが答えた。
「漢字、どこで習ったんだ?」
「…小さい頃、学校に通った」
「え。じゃ、お前、中央から来たの?」
 中央とは、この街の真ん中にある都市である。周りを川に囲まれ、中洲のように孤立して存在しているため、おれたちは、そう呼んでいる。地図上では、同じ1つの街として記されるのだが、実質的には、別の街も同然である。高層ビルやマンションが立ち並び、役所もある、その「街」は、会社員や政治家の家庭が暮らしていて、この「街」とは、全体的に雰囲気が違う。だが、この街に、夜毎(よごと)、娼婦を求めてやってくる人間のほとんどが、その街に住む男達だ。
 この街には学校がない。いや、正確に言えば、個人が開いている、小さな塾のような、簡単な読み書きや計算を教える場所が、あるにはあるが。
「…うん」
 せいあは、ぎこちなく答えた。その様子に、おれはなんだか、聞いてはいけないことを聞いてしまった気になった。
 黙っていると、彼女は気を取り直すように言った。
「あの子ね、将来、医者になりたいんだって。友達がずっと病気で苦しんでるから、自分が治してあげたいって」
 少し離れた場所で、ラウと遊んでいる子供たちのうちの1人を見て、彼女は微笑んだ。髪が少し、潮風に揺れる。
 なんだ、こいつ、結構カワイーとこあんじゃん。 
 おれも彼らの方を見た。その子は、皆の中で、ひときわ元気にはしゃぐ、悪ガキっぽい少年だった。



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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第十七話

2006-09-29 16:43:49 | 第三章 手ぬぐいと明かり
 彼女が、おれの方を振り向いて言った。
「知ってるでしょ?友達って、太一の妹のマナちゃん」
「ああ。…そうか。医者か。…すごいな」
 素直に感心した。自慢じゃないけど、おれは自分の名前でさえ、「武蔵」か「武歳」か時々分からなくなる。いや正直に言えば、むしろ、この世に存在しない漢字を生み出してしまう可能性の方が高い。幼い頃通わされた、その塾のような場所にだって、ロクに通わず、さぼりまくっていたんだから。
 ふと視線を落とすと、彼女の左腕に巻かれているバンダナが目に入った。白いTシャツの袖からはみ出している、鮮やかなオレンジ色。 
 なにげなく見ていると、その視線に気づいた彼女が言った。
「見たでしょ、昨日」 
 軽く、おれを睨んでいる。
「そこの傷痕?…ごめん。やっぱ、気づいた?」
 ちょうちょ結びは、やっぱり失敗だった。
「…別にいいけど」
「その傷痕、どしたの」
「教えない」
 彼女は、おれの左肩の方に少し目を逸らした。
「…それ、ホンモノ?」
「この刺青?うん。おれ今18だけど、2年前に知り合いの彫り師に彫ってもらったの。無理言って。軽い気持ちで彫ったけど、今でも結構気に入ってるよ」
 笑いながらそう言うと、彼女は、
「…ふーん」
 と言って、目を伏せた。そしてすぐに子供たちの方を振り向いて、立ち上がった。
「あたし帰るわ。ラウーー!帰るよーー!」
 子供たちの中のラウを呼んだ。
「えーーっ、もう帰るの?」 
 おれは不服そうに言った。
「あたし、あんたみたいにヒマじゃないの。ちょっとは寝とかなきゃ」
 ああ、夜、仕事行かなきゃいけないもんな。
「ここで寝れば?」
 おれは、にんと笑って、自分の腕をぽんぽんっと叩いた。
「…バカ」 
 彼女が心底呆れたように言った。その時、
「せいあーー!武蔵!みんなも!」
 海沿いの道から、おれ達を呼ぶ、空音の大声がした。
 息をきらして走ってきた彼女は、おれの服を掴み、泣きそうな顔を上げて言った。
「大変なの、マナちゃんが…っ」
「え…!」
 空音の説明を聞くと、おれ達は、病院に向かって一目散に走り出した。

 病院にはすでに、太一、マサキ、樹里、そして京太郎を抱いたリズがいた。
「武蔵さん!」
 病院のロビーにかけ込んできたおれ達の姿を見ると、太一がおれにすがりついてきた。
「マナが…っ、急に発作起こして…もうダメかもって…医者が……」
 声が震えている。
「落ち着け、太一…」
 震える太一の両肩を押さえて、おれはそれしか、言えなかった。

                                         ≪つづく≫


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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第十八話

2006-09-29 16:43:19 | 第三章 手ぬぐいと明かり
 だいぶ長い時間が経った。 
 3時すぎから始まったマナの手術は、まだ終わらない。 
 太一と、あの後ほどなくかけつけた太一の母親は、手術室の側で待ち、おれたちは、病院のロビーで待った。 
 張りつめた空気の中で、皆、無言で、祈る。
 すると突然、おれの目の前に、タバコの箱が差し出された。顔をあげると、そこに、せいあが立っていた。
「こーゆー時って、普通コーヒーかなんかじゃない?」
 おれは力なく、少しだけ頬をゆるめた。 
 なんだよ、こいつ。こんな時に。 
 でも、おれだって、なんか、どっかズレている。
「分かってるけど、これ、さっきの…」
「ああ…」
 タバコを受けとった。 
 みんな、どうしたらいいか分からないんだ。
 その時、手術室のドアが開き、ストレッチャーが運び出される音がした。ロビーにいた者は皆、その音の方にかけ寄った。 
 目の前を、マナが通り過ぎる。 
 長い手術を終え、麻酔で眠っている顔を、確かに見た。 
 ほっとした。
 母親と子供たちは、マナに付き添うようにしてストレッチャーについていった。 
 太一が手術室の前で、床に膝をついて座っていた。
「太一…」
 おれたちは太一にかけ寄って声をかけた。 
 彼は下を向いたまま、擦れた声でつぶやいた。
「よかった…」
 太一は泣いていた。

 
 それから数日後。おれとヨースケと京一は、3人でマナの見舞いに行った。
「よぉ」
 おれ達が病室のドアを開けると、ベッドから身を起こしていたマナの顔が、ぱっと輝いた。太一もすぐ側にいる。
「ヨーちゃんっ、京ちゃん、武蔵ちゃんもっ。うわぁ、久しぶりー」
 嬉しそうに、コロコロ笑う。 
 3年ぶりにちゃんと会ったマナは、それなりに大人びて見え、髪が少しのびていた。明るい表情が時々つり合わなくなるほどの、澄き透った白い肌の色は、昔のままだったけれど、思ったより元気そうだ。
「お前…“ちゃん”付けはやめろって、いつも言ってるだろ」
 太一がマナに向かって少し怒ったように言う。すると京一が、
「いーって。オレら、そんな風に呼ばれること他にないし」
 と、ニカッと笑って言った。そんな彼に言ってやった。
「お前、リズに呼ばれてっだろ」
 すると、即、 
「だってこんな若い娘(コ)に呼ばれたら、なんか嬉しーじゃん。新鮮っつーか」 
 デレデレ、とまではいかないけれど、笑顔。マナも笑う。
 おれら、18ね、まだ。一応。
「マナちゃん、これ、お見舞い」 
 ヨースケがマナに、りんごの入ったかごを差し出した。
「ありがとう」 
「ありがとうございます」 
 太一も椅子から立ち上がり、おれ達に礼を言った。
「食べるだろ?マナちゃん。オレが剥くよ」
 そう言って京一は、マナの膝の上のかごからナイフを取り出した。レストランでコック見習いとして働く彼が、あらかじめかごに入れてたマイ・ナイフ。
「かわいく剥いてやるから~」
 彼は鼻歌混じりにりんごを剥きだした。
 マナが、京一がりんごを剥き終わるのを待ちながら、おれに話しかけてきた。
「お兄ちゃんから聞いてたけど、武蔵ちゃん、ホントに帰ってきたんだね。3年間もどこ行ってたの?」
 本当に懐かしそうに目を細める。
「おう、いろんな街に行ってきたぞ」
「いいなぁ、私も、行ってみたいな…」 
 ちょっと寂しそうに笑った。
「お土産、買ってくればよかったな」
 ちょっとしまったと、思いながら言った。その時、3曲目に突入していた京一が、
「できた」 
 と、嬉しそうな声をあげた。
「白鳥―っ」 
 と言って、掌に乗せておれ達に見せたのは、白鳥…ではなく、カモ?つーか、もはや鳥ではない。
「…ふつーに、ウサギとかでいーよ」 
 マナが冷たく言った。
「なっ!なんでっ、なんでっ!」
「言われてら」 
 ヨースケが、ギャハハと笑った。

「武蔵さん、ちょっといーっすか?」
 笑っていると、太一に声をかけられた。
「何?」
 おれと太一は病室を出た。
                               ≪つづく≫


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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第十九話

2006-09-29 16:42:54 | 第三章 手ぬぐいと明かり
 おれ達は少し歩いて、角を曲がったところで立ち止まった。
「…何?」
 言いにくそうにしている太一を少し促した。すると太一は、堰を切ったように喋り出した。
「あいつね、元気そうに見えるでしょ?実際、だいぶ元気になってきてんすよ。医者も、おれらも驚くぐらい。だけど…。また…いつ、どーなるか、分かんねーから…今度、中央のでかい病院に移ることになったんすよ。体力が回復してきてる、今のうちに」
「…そうか」
 確かに中央の病院は、ここより設備がしっかりしている。だけど…その分、入院治療費もかかる。太一も同じことを考えていたらしく、
「今まで、おれとおふくろとで、なんとかやってきたんスけどね。今度ばかりはちょっと…。で、親父から金借りよーと思って」
 つとめて明るく喋った。
 太一とマナの父親は、マナが生まれて、すぐにこの街を出ていった。彼はどこか遠い街で、新しい家庭をつくったらしい。そんな父親の、養育費の支払いの申し出すら断り続け、彼らの母親は、太一とマナのために、ずっと必死で働いてきた。太一も、働けるほど成長すると、はじめはバイトで母親を助け、今は就職していた。
 おれが太一の口から、親父という言葉を聞くのは、本当に久々のことだった。その明るい口調とはうらはらに、彼と彼らの母親は、相当な決意でこの決断をくだしたに違いない。悔しかったに、違いない。
「ま、そんなことはどーでもいーんスけど」
 疲れのせいか少し痩せた顔をあげて、太一が笑顔をつくった。
「それより、マナが中央の病院に移る日って、ちょうど…この街の花火大会の2日前なんすよ」 
 笑顔はもう、しぼんでいた。
「あいつ、それ知った時一言、『今年は、花火見れないね』って…。それから一度もそんなこと言わねーけど、時々すごい寂しそーなんすよ」
「マナちゃん、花火、好きだもんな」
 毎年、夏祭りのときに、海から打ち上げられる花火は、この街にいれば病院からでも見られるが、中央に行けば、高層ビルに邪魔されて、見ることができないのだ。
「そう…。で、おれ、どーしてもあいつに花火見せてやりたくて。でも、そんなのどうやって用意したらいいか分かんなくて…。武蔵さん、昔、花火大会のバイトやってたことありますよね?そん時のツテとかなんかありません?」
「うーん…」
 確かに昔、この街の花火大会の筒運びのバイトは、何回かしたことがある。その時のツテが、ないことはないが、ここ3年は、そのバイトもやってないし、ましてや1人の少女のために、花火をあげてもらうとなると、
「難しーかもしんない」
「ですよね…」
「でも、なんとかしてみる」 
 なんとか、したい。
「おねがいします」 
 太一は申し訳なさそうに頭を下げた。
 おれにできることは、それぐらいしかない。
 おれたちは、悲しいぐらい、無力なんだ。

                                        ≪つづく≫

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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第二十話

2006-09-29 16:42:25 | 第三章 手ぬぐいと明かり
「はっきり言って、ムチャクチャだ。そんなの」
「そこをなんとか!本当、おねがいします。茂(しげ)さん」
 おれは、昔のバイト先である、この街の花火職人の事務所を訪れていた。茂さんは、ここの親方である。当時から、おれによくしてくれていた、ここの花火職人の深夜(みや)さんという人に頼んで、茂さんと会う段取りをつけてもらったのだ。
「マナちゃん、本当に花火、好きだから。おれたち、手伝えることなんでもしますから」 
 おねがいします、と頭を下げつづける。
「…その子、そんなに花火、好きなのか」
「はい」
「そうか…」
 茂さんは、考えこんでいるようだった。
 しばらくして、言った。
「大会の3日前に、うちのやつ等と島に筒運べ。バイトじゃねーから、もちろん金は出さねーぞ。それなら、あげてやる」
「ほんとっスか!?」
「けど、武蔵。玉代だけは払ってもらうぜ」
「はい。…何円?」
「尺玉1つで、46000円」
「げっ!そんなにするんスか!?…つか尺玉って、こー、花火開いた時、どんぐらいの大きさなんすか」 
 おれは両手を広げて、花火が開いたときのジェスチャーをした。
「尺玉は、330m上空で直径300mちょっとの花を咲かせる。俺たちが花火大会であげんのは、7号玉から2尺玉がほとんどだな。ラストに3尺玉をあげたりすんが。ちなみに尺玉っつーのは、10号玉のことだ」
 なんて言われても、さっぱり分からない。ただ分かるのは、
「もーちょっと安いのありませんかねぇ?」 
 値段の高さ。
「7号玉で2万ちょっと。それより小さい玉だと、3号玉で1つ3600円。間に4,5,6号玉があるが」
「…3号玉って、どれぐらいの大きさになるんですか」
 数字で大きさを言われても、ちょっと想像しにくいが、とにかくマナには、できるだけ大きな花火を見せてやりたい。値段のこともあるが、あんまりしょぼすぎるのも嫌だ。
「直径60~70mの花火だ。島は海岸から約1km(キロ)離れた所にある。病院は海のすぐ側にあるから、まあ、大体同じ距離だと考えていいだろう。そこに上空120mに、3号玉の花火があがる。どんな風に見えるかちょっと計算してみろ」
「いや、ムリ」
 ますます、分からない。
「だろーな。俺も見たことねぇから、ちょっと分かんねーけど。まぁ、そんなにしょぼいっつーことはないと思うぞ」
「ちょっと考えさせてください」
 おれはそう言って、事務所を後にした。おれの頭は、たくさんの数字でパニック寸前だった。最初から、花火を打ち上げてもらう約束ができたら、あとはみんなと相談しようと思ってたけど。何においても、まずは、花火をあげてもらえることになってよかった。

 数で勝負か、でかさで勝負か。 
 みんなで相談した結果、3号玉1コ、4号玉3コ、5号玉1コ、7号玉2コの、合計7発の花火をあげてもらうことになった。値段の内訳は、太一の家が2万円、せいあ、空音、樹里から1万円ずつ、京一とリズから、共同で8000円、バイト暮らしのヨースケとマサキから5000円ずつ、大工見習いの刃から4000円、プーのおれから3000円。残りの2000円を、せいあが海辺で漢字を教えている子供たちから共同で。
「みなさん、本当にすみません」
 と言う、太一と母親が、マナの入院治療費もあるのに、2万円出して、
「いいよ、あたしたち、けっこー貯金あるし」
 と言う、せいあたちが、快く1万円ずつ出すのに対し、肩身が狭い他の男ども。つーか、むしろ、おれ。
 そんなわけで、おれは手っ取り早く、『ガーリック』で働いて金をつくることにした。(給料の前借り、言い出しやすいしね。)だが、さすがの店長も、おれの一言目が、『3000円、ちょーだい』だったから、始めは目を丸くして、
「ふざけんじゃねぇよ、こんガキャぁ」
 と、言っていた。
 だけど、事情を聞くと納得してくれた。
                                     ≪つづく≫


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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第二十一話

2006-09-29 16:42:00 | 第三章 手ぬぐいと明かり
 花火大会3日前。マナの花火をあげる当日がやってきた。朝早くから、茂さんたちと一緒に、海岸から1km沖にある小さな無人島に、舟で渡る。おれ達サイドのメンバーは、おれとヨースケ、太一にマサキ、それと…
「だいじょーぶか、鉄平(てっぺい)」
「…うっす」
 舟酔いで、ぐったりしているマナの友達、鉄平。例の、将来、医者になりたいという少年だ。おれ達が島に筒を運びに行くという話をしたら、『自分も行く』と言ってついてきた。
「お前、舟、乗ったことねーの?」 
 と、おれが聞くと、
「あるけど、オレ、昔から舟弱くて」 
 と、声変わりの途中の声で、弱々しく答える。
「だっせー。だって、1kmだぜ、1km」
 マサキが鉄平をからかって、「ねえ、ヨースケさん」と、傍らのヨースケを見やった。
「………」
 ヨースケも酔っていた。

 そのうち舟は小島についた。茂さんたちは、毎年この島から花火大会の花火をあげている。今日は、3日後に迫った、夏祭りの花火大会の時に使う筒も、一緒に設置するのだ。おれ達はそれも手伝う。

 大玉用の筒を固定するための“やぐら”を組んでいたら、汗が噴き出してきた。今日も、相変わらずいい天気で、気温は、どんどん上がっていく。
 やぐらを組んだり、筒を運んだり、小さな筒を固定して、取っ手を作る作業を分担してやっていたら、昼になった。
「よし。休憩」
 茂さんのかけ声で、おれたちはそれぞれ、昼食を兼ねた休憩をとるために、日陰に入った。

「あーーー、疲れたっ」
 マサキがクーラーボックスから取ってきたジュースを片手に、ドサッと地面に転がった。
「想像以上にキツイっすね、これ」
 鉄平もジュースを飲んで、一息ついて言った。
「ああ」
 おれは頭に巻いていたタオルを取って、汗を拭いた。
 打ち上げ花火の準備は、やはり、かなりの肉体労働だ。
「メシ、メシ」
 太一が嬉しそうに、コンビニのビニール袋の中を探る。おれ達も、それぞれの袋から、自分の昼食を取り出した。
「パン」
「おにぎり」
「弁当」
 …。どれもみんな、コンビニ製。
「…もっと、いーモン食いてーよなー」
 チロリと隣を見やると、茂さんや他の花火師の何人かが、愛妻弁当を食っていた。…おいしそうである。やっぱ、アイだよ、アイ。若僧5人がため息をつきかけた、その時、
「ワン!」
 元気な犬の鳴き声が聞こえた。見ると、ラウがおれ達のすぐ側に、ちょこんと座っている。
「ラウ!お前、なんでこんなとこにいんだよ!?」
 おれ達は驚いて、口々に声をあげた。すると、
「もーーっ、ラウ、はやーい」
「あっ、いたいた。おーい、みんなー!」
 遠くから、おれ達の所に向かって歩いてくる、空音、樹里、せいあの姿が見えた。
「お前ら、なんで…」
「深夜さんに連れてきてもらったの」 
 せいあが答える。見ると、舟を泊めおわった深夜さんが、少し遅れてついてきていた。
「お弁当、つくってきたんだよ」 
 空音がニコッと笑って、ふろしきに包んだ弁当箱を掲げる。
「みなさんもドウゾ」 
 樹里が花火師たちに声をかけた。
「おおーーーーっ!」
 男たちの歓喜に満ちた野太い声が、晴れ渡った空に響く。天の助け。神の恵み。深夜さん、神様。あんたら、女神。
   
                               ≪つづく≫


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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第二十二話

2006-09-29 16:41:31 | 第三章 手ぬぐいと明かり
「うめーーーーっ」
 おれたちは、我を忘れてガツガツ弁当を食っていた。ヤベェ、マジうめぇ。生き返る。
「お茶も飲んだら?」
 おれたちの勢いに気圧されて、半ば呆れたように樹里が言った。
「らっへ、マヒ、ふへぇほん、ほへ」
(だって、マジ、うめぇもん、これ)
 太一が口をもごもごさせながら言った。
「ちゃんと食べ終わってから言いなさいね。ちゃんと」
 そばで空音が笑っている。
「武蔵、はい。食べる?」
 せいあが紙皿におにぎりとおかずをとって、おれに差し出した。
「おう。食う」
 一気に口に入れすぎて、詰まりかけていたおかずを、お茶で流しこんでから、せいあから皿を受けとった。
 いーヤツじゃん、コイツ。 
 おにぎりにかぶりつく。途端、ブーーーッ!と、米粒を吹き出した。
「うわっ!?武蔵っ、きたねっ」
 米粒は、前にいたヨースケにまるまるかかった。
「だ…っ、だって、これ…辛っ。何コレ!?」
 せっかく拭き取った汗が、また噴き出していた。何が何だかわけが分からず、涙目で、手に残ったおにぎりを割ってみた。
「わさび…?」
 中にどっさり。もはや緑色のおにぎり。
 げろーん、となった。汗の温度が一気に5度ぐらい下がった気分。
「テメェ…」
 傍らのせいあを睨む。 
 わざとだ。絶対わざとだ。
 するとヤツは、
「そっちのレモンを食べたら、疲れがとれるかと」
 と、鶏のから揚げの間にあるレモンの輪切りを指差して、しれっと言い放った。
「これっ」 
 口を押さえつつ、声をあげた。 
 やっぱ、とんでもねー女。
 太一、オメー、別れて正解だよ。
 つき合ってたときどんな目にあわされたか、想像するだけで胸が痛むね。
 みんなが笑った。

「あ゛―――、あいつ、とんでもねーことすんなー」
 口直しにお茶を飲みながらつぶやいた。まだ口の中がジンジンする。心なしか声がヘン。
「武蔵――、大丈夫―?」 
 さすがに少し心配になったのか、空音が聞いてきた。
「あ゛あ゛…。ラウ、食う?」
 側にいたラウに、おにぎりの残りを差し出すと、ラウはちょっと臭いをかいで、すぐに鼻をフンッと鳴らした。
「けっ、このバカ犬」
 にくいっ。ペットは飼い主に似るって、あれ、ほんとだ。
「逆じゃねーの?お前と違って、頭いいんだよ、ラウは」
 ヨースケが言うと、ラウはワンッと吠えて答えた。尻尾まで振っている。
 何故か、おれ以外の人間にはとても愛想がいい。

                            ≪つづく≫


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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第二十三話

2006-09-29 16:41:02 | 第三章 手ぬぐいと明かり
「でもラウ、本当、元気になったよねー」
 空音が目を細めて、ラウの背中を優しく撫でながら言った。すると樹里が、
「ほんと。せいあが拾ってきた時には、まさかこんなに元気になるとは思わなかった」 
 と、答えた。
「え、こいつ、捨て犬だったの?」
 思わず聞いていた。だって今、目の前にいるラウは、真っ白な毛並みがメチャクチャキレイだし、憎らしいほど元気だし、とても元・捨て犬だったとは思えない。
「うん。ラウはねー、2年ぐらい前のすごい雨の日に、せいあが連れて帰ってきたの。泥だらけで、真っ黒で、痩せこけてて。ヨロヨロなのに、なかなかあたしたちがあげるご飯、食べなくて」 
 空音が答えた。すると、
「あたし、噛み付かれたなー」 
 と、樹里がちょっと恨めしそうに笑って、ラウを見た。
「そうそう。でも、そしたらね、せいあが言ったの。『このくたばり損ないが。死にたくなかったら、食え』-って」
 オーバーな身振りで、空音が言う。
「なんかスゲーな」 
 マサキが苦笑した。 
 でも、なんとなく想像できる。
「でもね、そしたらラウ、少しずつだけど、ご飯食べはじめたんだよ」
 空音が興奮気味に語った。
「だんだん元気になって、ウチらにもなついてきたよね」 
 と、樹里。
「うん。それからは、ずっと一緒」 
 空音お得意ニッコリスマイル0円。
「へー」
 おれはあらためてラウを見た。 
 こいつにそんな過去があったとは。
 そして次に、せいあに目を向けた。彼女は今、花火師たちの所に弁当箱を持っていっている。ラウにハッパをかけた時のせいあの様子をもう一度想像して、ふっ、と笑った。なんか、せいあらしいと思った。
「オメー、なーにニヤついてんのよ。仕事すっぞ。仕事」
 いきなり後ろから頭をどつかれて、思わず振り返った。
「イッテ。茂さん、何すんのっ」
「何、じゃねぇよ。やぐら、お前が作ったとこ筒が曲がってんだよ。ちゃんと直せっ」 
 茂さんが、おれを睨んだ。
「はーい…」
「お前らも行くぞ。あとねーちゃんたち、犬は近づけんじゃねぇぞ。チョロチョロされっと、メーワクだから。あと少しで終わるから、ねーちゃんたちはここで待ってな」
「はーい」
 頭にタオルを巻きなおした。
 おれたち5人は、再び日なたに出た。

 夕方頃、全ての筒の設置が終わった。
「少しじゃないじゃーん」 
 日陰に戻ると、空音がぶーぶー、文句を言った。
「でも、まぁ、お疲れ」 
 樹里が、おれたちを労う。
「これから火薬いれっから、お前らもう帰っていいよ。おい、深夜、慎吾。こいつら連れていってやれ」
 茂さんが若手の花火師のうちの2人に声をかけた。
「今夜八時に花火あげはじめるからな。マナちゃんだっけ。その子と一緒に待ってろよ」
「はい。お疲れさまでした」
「おう。お疲れ」
 茂さんや他の花火師たちに別れを告げて、おれたちは二艘の舟に分かれて乗った。 
 舟が出るとき、後ろを振り返ると、花火師たちが筒の中を確認して、玉を慎重に入れているところだった。 
 おれたちはもうクタクタだったけれど、花火師たちの準備は、まだ終わらない。花火を打ち上げ終わったら、後片づけもある。クロダマがどうとか言って、素人には危険だからと、後片づけは全部、茂さんたちがやってくれることになっている。つくづく大変な仕事だ、と思った。

      
*            *            *
 ≪つづく≫

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