珍友*ダイアリー

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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第十七話

2006-09-29 16:43:49 | 第三章 手ぬぐいと明かり
 彼女が、おれの方を振り向いて言った。
「知ってるでしょ?友達って、太一の妹のマナちゃん」
「ああ。…そうか。医者か。…すごいな」
 素直に感心した。自慢じゃないけど、おれは自分の名前でさえ、「武蔵」か「武歳」か時々分からなくなる。いや正直に言えば、むしろ、この世に存在しない漢字を生み出してしまう可能性の方が高い。幼い頃通わされた、その塾のような場所にだって、ロクに通わず、さぼりまくっていたんだから。
 ふと視線を落とすと、彼女の左腕に巻かれているバンダナが目に入った。白いTシャツの袖からはみ出している、鮮やかなオレンジ色。 
 なにげなく見ていると、その視線に気づいた彼女が言った。
「見たでしょ、昨日」 
 軽く、おれを睨んでいる。
「そこの傷痕?…ごめん。やっぱ、気づいた?」
 ちょうちょ結びは、やっぱり失敗だった。
「…別にいいけど」
「その傷痕、どしたの」
「教えない」
 彼女は、おれの左肩の方に少し目を逸らした。
「…それ、ホンモノ?」
「この刺青?うん。おれ今18だけど、2年前に知り合いの彫り師に彫ってもらったの。無理言って。軽い気持ちで彫ったけど、今でも結構気に入ってるよ」
 笑いながらそう言うと、彼女は、
「…ふーん」
 と言って、目を伏せた。そしてすぐに子供たちの方を振り向いて、立ち上がった。
「あたし帰るわ。ラウーー!帰るよーー!」
 子供たちの中のラウを呼んだ。
「えーーっ、もう帰るの?」 
 おれは不服そうに言った。
「あたし、あんたみたいにヒマじゃないの。ちょっとは寝とかなきゃ」
 ああ、夜、仕事行かなきゃいけないもんな。
「ここで寝れば?」
 おれは、にんと笑って、自分の腕をぽんぽんっと叩いた。
「…バカ」 
 彼女が心底呆れたように言った。その時、
「せいあーー!武蔵!みんなも!」
 海沿いの道から、おれ達を呼ぶ、空音の大声がした。
 息をきらして走ってきた彼女は、おれの服を掴み、泣きそうな顔を上げて言った。
「大変なの、マナちゃんが…っ」
「え…!」
 空音の説明を聞くと、おれ達は、病院に向かって一目散に走り出した。

 病院にはすでに、太一、マサキ、樹里、そして京太郎を抱いたリズがいた。
「武蔵さん!」
 病院のロビーにかけ込んできたおれ達の姿を見ると、太一がおれにすがりついてきた。
「マナが…っ、急に発作起こして…もうダメかもって…医者が……」
 声が震えている。
「落ち着け、太一…」
 震える太一の両肩を押さえて、おれはそれしか、言えなかった。

                                         ≪つづく≫


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