Vanteyのアース線(もしくは枯れた資料帳)

怠け者のウィキメディアン・Vanteyの、脳内が帯電してきた時のはけ口。非百科事典的。過度な期待はしないでください。

「痛船」の歴史(前史編)

2010-10-22 17:08:15 | Nice boat
ファンアートとして二次元の萌えるキャラなどが筐体いっぱいに描画された物品は、痛車に倣って近年では「痛モノ」「痛○○」などと呼ばれたりします。

中でも世間的に目立つものは輸送機器類であり、これまでに自家用車をはじめとして様々なものが(模型やコラも含め) "痛化" されてきました。これらは必ずしも痛車の派生というわけではなく、寧ろ従前から存在したアート・カーやアート・エアクラフトの延長上と位置付けたほうがよい場合も多々あります。
そういえば今週放映された『そらのおとしものフォルテ』第3話の前提供ベースには機体に作品ロゴが描き込まれた Boeing 787 のCGが出ていました。これなどはすごくおとなしい、というか実在しても変とは感じないと言ってもいいデザインですね。



しかし最後まで "痛化" が及ぶのが遅かった輸送機器が、船舶です。
これには主に以下のような幾つかの理由が考えられます。
 ▼主船体はほとんど水没するので描画スペースが少なく、目立つものが作りにくい。舷側に描画するなら高い乾舷がほしい。
 ▼平滑で広い描画面を持つものが少ない。大ぶりな上構を持つクルーズ客船(の模型)でも、側面の多くは客室のベランダであって平滑ではない。
 ▼実物を個人所有するには一般にハードルが高いとみられている。
 ▼自動車や航空機ほど身近な存在ではなく、見物できる場所が限られる。

それでも最近漸く、 "痛船" ないしそれに類するものが世に出てくるようになりました。
そこでこれからこの "痛船" の歴史を概観してみます。
が、その登場までの前史だけで1エントリ分となってしまいました。
(※お断り: 本稿の内容は独自研究かつ日本中心です)


■前史1――舷側ロゴ略史
汽船の舷側に運航船社が自社名の文字を大書する例は20世紀前半よりみられ、さして珍しいものではありませんでした。「NYK Line」「MOL」とかの類です。

1960年代ごろより特殊貨物の専用船化が進み、特定荷主との長期の積荷保証契約等による専属的配船(特定荷主専用船)とする例が出てくると、船社名に代わり真荷主の社名を大書したものが現れました。「OJI PAPER」「HONDA」とかの類です。

この舷側スペースを企業広告ロゴの掲出空間として売り出した例は世界的にも意外に実現が遅く、おそらくここ10年くらいのことで、主に欧州などのフェリーにみられます。


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写真上は希ヘレニック・シーウェイズ Hellenic Seaways 社の「Highspeed 5」(2005年進水、総トン数: 4,913 GT、載貨重量: 470 DWT、全長: 85.00 m、型幅: 21.2 m)、濠オースタル Austal 社製 Auto Express 85 型双胴高速フェリー。
写真下は英レッド・ファンネル Red Funnel 社の両頭型フェリー「Red Osprey」(1994年進水、総トン数: 3,953 GT、載貨重量: 771 DWT、全長: 93.22 m、型幅: 17.5 m)で、2009年1月から2010年1月まで広告塗粧となっていた時のもの。


■前史2――アート・シップの系譜
文字ではなく絵を、船体の大部をキャンバスに見立てて大きく描画した例は、痛船ではなくとも上記した理由がそのまま当てはまるため、これも20世紀末近くまで出現しませんでした。主に日本で実現したそれらは、現在でも世界的に稀少例のままです。

商業運航されたアート・シップとして特記すべき実例には、たこフェリー(明石淡路フェリー、2010年11月15日限り航路休止予定)(*1)、「アルバトロス」(東海汽船、2000年就航、2003年海外売船)、「LNG Dream」(NYK Bulkship (Europe) Ltd.、真荷主: 大阪ガス、2006年就航)、「ナッチャンRera」「ナッチャンWorld」(東日本フェリー、2007年・2008年就航、2008年休航・係船)、「Sea Friend III」(トライアングル、2009年4月~10月特別塗粧で運航)といった辺りが挙げられます。

特にたこフェリーの航路愛称(*2)の元になった「あさしお丸」(2代。1989年8月進水、国内総トン数: 1,295 GRT、満載排水量: 1,500.05 t、載貨重量: 452.83 DWT、全長: 65.02 m、登録長: 60.51 m、垂線間長: 59.00 m、型幅: 14.00 m、型深: 4.30 m、夏季満載吃水: 2.95 m、軽荷吃水: 2.30 m。2010年10月3日終航、同月タイに売船され「R9」に改称)(*3, 4)は、その大胆な描画形態において、のちの痛船に通じる重要先例と評価してよい存在です。蛸の絵をキャラや歌手に、キャンバスを自動車に置き換えれば、まるきり痛車の描き方そのものです。


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ついでに触れておきますと、他に絵画未満のアート・シップとして著名なものに、大胆な塗粧パターンによって個性を表現した東海汽船ジェットフォイル船隊(デザイン: 柳原良平、2002年就航)があります。
日本エアシステム(→日本航空)の MD-90-30 旅客機のカラーデザイン(デザイン: 黒澤明、通称「黒澤レインボー」。1996年就航、2006年までに塗装変更により消滅)は、それの先例といえます。


■前史3――「海星」のドラえもん帆
日本セイルトレーニング協会(末期の法人格は特定非営利活動法人、2004年解散)という日本の民間団体が1991年から2003年まで、「海星」という練習帆船(帆装形式: ブリガンティン、1987年進水、総トン数: 180 GT、全長: 46.00 m、型幅: 7.6 m、型深: 4.0 m)を運航していたことがありました。
本船は2004年に米国のNPO法人 Ocean Voyages Institute (カリフォルニア州サウサリート)に承継されてアンティグア船籍(便宜置籍)となり、現在も「Kaisei」の船名のまま運航されています。


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本船は日本籍時代、寄港地での展帆イベントにおいて使用するフォアトゲンスル(fore-topgallantsail、前部マスト最上部の横帆)に、ドラえもんの顔面上部が弩アップになったデザインの帆を用いることがありました。
今風に言えば、差し詰め "痛帆" でしょうか。


■前史4――漫画劇中船に擬した実船「ゴーイングメリー号」
フジテレビジョン主催の夏季のリアルイベント『お台場冒険王』の企画の一つとして、2003年~2005年の3シーズン、同局でテレビアニメ化されている漫画『ONE PIECE』(原作: 尾田栄一郎)の劇中登場船「ゴーイングメリー号」に擬した実船が製作・運航されたことがあります。
この写真は2003年時と2004年時のもの。


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本船は東京都観光汽船の遊覧船「遊」(1988年5月進水。総トン数: 313 GRT、全長: 34.51 m、登録長: 29.01 m、垂線間長: 28.00 m、型幅: 12.00 m、型深: 2.60 m、夏季満載吃水: 1.48 m = 要目は2005年復原後)を改造のうえ就航させたもので、イベント期間が終了すると復原改造が行われ、次の夏にまた再改造が行われていました。

改造で要目に変更が生じて管海官庁(国土交通省関東運輸局東京運輸支局)に届け出る際に、船名も都度改称しています。つまり、書類上の船名は「遊」のままで一時の通称として「ゴーイングメリー号」を名乗っていたわけではなく、正式な船名までもなりきっていたのです。
2003年(写真左)の船名は「ゴーイングメリー号」、2004年(写真右)と2005年は「Going Merry」となっていました。


この後採り上げる「痛船」は外装に描画のみ行われた船であり、このような本格的改造による "なりきり船" ではないのですが、コンテンツ・リレーテッドな(しかも日本の漫画作品に因んだ)船という点では、痛船の先祖の一つとして押さえておくべき歴史の一齣であるといえましょう。


痛船登場編に続く)

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(*1) = 明石・岩屋航路の運航休止日時につきまして (PDF) - 明石淡路フェリー株式会社、2010年10月15日
(*2) = 航路愛称は2000年の現運航会社設立時に公募で決定。
(*3) = 旅立ち2th - 「こちらフェリー事業部です」、2010年10月8日
(*4) = たこフェリー永遠なれ タイに売却、年内に運航停止 高速道割引響く - MSN産経ニュース、2010年10月15日

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Summary of images:
Description = 『そらのおとしものフォルテ』第3話「煩悩ある戦い」 前提供ベース
Date = 2010-10
Source of picture = アイキャッチ原画: 植田洋一・渡邊義弘・鷲北恭太、フィギュア原型師: 紅月 一
Author = (c) 2010 水無月すう・角川書店・新大陸発見部フォルテ
Permission = 日本国著作権法32条1項に基づく引用

Description = ヘレニック・シーウェイズ社船「Highspeed 5」 (SYDM / IMO 9329095) ピレウス港にて
Date = 2007-07-16
Source/Author = K. Krallis, SV1XV
Full resolution = http://commons.wikimedia.org/wiki/File:20070716-Piraeus-Highspeed_5.jpg
License = CC-BY-SA-3.0, Trademarked

Description = レッド・ファンネル社船「Red Osprey」 (MTRL5 / IMO 9064059)
Date = 2009-02-02
Source/Author = Editor5807
Full resolution = http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Red_Osprey_in_IKEA_livery.JPG
License = PD-user, Trademarked

Description = 明石淡路フェリー社船「あさしお丸」(2代)Asashio Maru (JJ3661 / Off.No. 129243 / IMO 8904238) 明石港にて
Date = 2008-05-11
Source/Author = Pinqui
Full resolution = http://commons.wikimedia.org/wiki/File:TAKO_Ferry_01.JPG
License = GFDL, CC-BY-SA-3.0,2.5,2.0,1.0

Description = 練習帆船「Kaisei」 (V2YJ9 / IMO 8859366) サンディエゴ港にて
Date = 2008-08-20
Source/Author = Port of San Diego
Source of image = http://www.flickr.com/photos/portofsandiego/2782734230/
License = CC-BY-2.0

Description = 東京都観光汽船社船「ゴーイングメリー号」/「Going Merry」 (JG4802 / Off.No. 131121 / IMO 8720620)
Date of #6,8 = 2003-07-12
Source/Author of #6,8 = Morio
Full resolution of #6 = http://commons.wikimedia.org/wiki/File:20030712_12_July_2003_One_Piece_The_Going_Merry_rear_Odaiba_Tokyo_Japan.jpg
Full resolution of #8 = http://commons.wikimedia.org/wiki/File:20030712_12_July_2003_One_Piece_The_Going_Merry_front_3_Odaiba_Tokyo_Japan.jpg
License of #6,8 = GFDL, CC-BY-SA-3.0
Date of #7,9 = 2004-07-11
Source/Author of #7,9 = Stéfan
Full resolution of #7,9 = http://www.flickr.com/photos/49462908@N00/130912236/
License of #7,9 = CC-BY-SA-2.0


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