「天狗の中国四方山話」

~中国に関する耳寄りな話~

N0.478 ★ 中国が仕掛ける「法律戦争」、日本人はいつ逮捕されてもおかしくない!超法規的「法治国家」の世界標準化という謀略 外務省は注意喚起していないが、訪中に関しては慎重を期すべき

2024年07月14日 | 日記

JBpress (福島 香織:ジャーナリスト)

2024年7月13日

中国が「法律戦争」を仕掛けている(写真:AP/アフロ)

  • 中国で7月1日から、2つのルールが発効した。いずれも、中国在住の日本人や出張者がいつ逮捕されてもおかしくない内容で、注意喚起したい。
  • 例えば、中国国内で禁止されているSNSにVPNでアクセスしたり、政治的な論評をしたりすると、これまで以上に容易に拘束されるかもしれない。
  • 最近、中国は自国の権威主義的な法律を「武器化」し、それを世界のスタンダードにしようと目論んでいる。その本質は、武力・軍事による戦争よりも恐ろしい。

  7月に入って、日本人を含めた外国人が留意しなければならない中国の新ルールが発効したので、注意喚起したい。

 まず国家安全機関行政執法程序規定と国家安全機関弁理刑事案件程序規定だ。2つ合わせて新国安二規定、と呼ばれている。ルールの中身は4月に明らかにされていたが、7月1日から正式発効となった。

 行政執法程序は国家のインテリジェンス機関である国家安全部としては初めて対外公布されたルールで、全7章140条。国家安全部門がこれまで秘匿していた法律を武器として戦う法治戦線建設の重要な一歩、と位置付けられている。弁理刑事案件程序規定は刑事処分にあたる国家安全を脅かす事件についてのルールをまとめたもので全11章360条からなる。

 この2つの新規定で非常に注目された内容は被疑者(対象者)のスマートフォンやパソコンなど電子ツールを即時に現場で押収して検査できるようになったことだ。現場で検査ができない場合は対象者を国家安全機関の指定する場所まで連行して押収、検査できるようになる。

 さらに、検査後、国家安全危機が拡散されないように電子ツールの使用停止を命令することもできるようになった。この要求を対象者が拒否すると、その電子ツールやプログラムを返却されないことも明記されている。

 特筆すべきは、国家安全当局が微信などのSNSの公式アカウントで、この新規定を広く公布したことだ。

中国で禁止のSNSにVPNアクセスしたら逮捕されるかも!?

 隠密行動が基本の国家安全部の防諜活動だが、今後は白昼堂々と公民も動員して行われるということのシグナルだろう。海外では、このルール公布に伴い、「中国に入国したら、携帯電話の中身が全部調べられるかもしれない!」と話題になったが、そうした主張に対し、国家安全当局自身が「ばかげたデマ、中傷である」と公式に反論した点も興味深い。

「中国は一つの法治国家であり、厳格に公民の通信の自由と通信の秘密は保護されている。中国憲法と法律にそのルールは規定されており法的手続きを経ずに、いかなる組織個人もいかなる公民の通信、自由を侵犯することはしてはならず、十分に国家安全と個人の人権保障の権利のバランスを考慮しているのである」との公式の発表を行った。

 これまで超法規的を当たり前にしていた国家安全当局の活動を、公式に法治の名の下にやるようになった。逆にいえば、中国の法治が超法規的な法治であることを開き直ったということでもある。これは権威主義共産党統治下の「法治」の概念こそ、国際社会のスタンダードである、として拡張していくしぐさといえる。
 
 韓国の国家情報当局は6月27日、中国に渡航する韓国民に対し、「中国のVPNを使ってファイヤーウォールを超えて情報にアクセスする場合、中国当局による関連電子製品の押収や取り調べを受ける可能性がある」と注意喚起を行っている。台湾の国民党寄り新聞・聯合報は「中国が昨年、反スパイ法を改正したのち、スパイ行為の定義が曖昧となり、中国の政治社会の敏感な問題を論評したり、香港、台湾の言動を支持したりすることも、中国国家利益に違反するとみなされたり、ひどい場合は国家安全に危害を加えたとみなされる可能性がある」という内容の社説を掲載している。

 だが、日本の外務省の海外安全情報にはなんら注意喚起はなされていない。

 なので、改めて言う。中国に出張、留学、観光にいく日本人は、中国でVPNを使って中国国内で禁止しているSNSやサイトにアクセスしたり、敏感な政治的な論評をしたり、中国が隠蔽したい社会的事件、言論をほじくり返すようなことをしたり、台湾や香港の自由や民主を応援したりするような言動は中国の国家利益に反し、国家安全を脅かすものとみなされ、ときに取り調べを受けたり拘束されたりするかもしれない。

 中国の法律は、遡及適用され、また中国外での言動にも適用されるかもしれない。心当たりがある人は訪中に関しては慎重を期してほしい。

狙われる台湾人

 さて、中国のターゲットとして、明らかに狙われているのは台湾人だ。台湾人だけで、15人以上が渡中の際に国家分裂罪容疑で逮捕されていると6月末に、台湾国家安全当局がアナウンスしている。

 中国は通称台湾懲罰法22条の内容を6月21日に新華社を通じて公開した。中国の最高人民法院、最高人民検察院、公安部、国家安全部、司法部が合同で5月26日付で通達した「頑固な台湾独立分子による国家分裂および国家分裂煽動犯罪を懲罰することに関する意見」のことである。これは法律、ルールではないが、2005年に制定された反国家分裂法の運用指針として、日本人も留意する必要がある。

 この意見を見るに、どうやら台湾を中国の一部と認めないすべての人を対象としているようで、そうなると台湾人だけでなく自由主義国家のほとんどの人たちが対象ということになる。

 特に、「主権国家に限定された国際組織への台湾加盟を推進したり、外国との公式交流や軍事的連携を行うことで、国際社会に『二つの中国』、『一つの中国、一つの台湾』、『台湾独立』を作り出そうとしたりすること」「職権を利用して、教育、文化、歴史、報道などの分野において、台湾が中国の一部であるという事実を歪曲、改ざんしたり、両岸関係の平和的発展と祖国統一を支持する政党、団体、人物を弾圧したりすること」という具体的な表記をみると、ターゲットとして狙われているのはまっとうなジャーナリスト、メディア関係者、教育関係者、研究者かもしれない。

 そして首謀者とみなされた重大犯罪者に対しては懲役10年以上無期懲役、最悪死刑という刑罰が規定されている。首謀者でなくても「台湾独立」組織の分裂活動に繰り返し参加したり、重要な役割を果たしたり、主体的に積極的に協力したりすると、「積極的に参与」ということで3年から10年の懲役刑罰に処されることがある。

 頑固な台湾独立分子の国家分裂行動や国家分裂煽動行動が、外国組織、個人と結託して行われた場合は刑罰が重くなる。また外国人、外国籍者も対象となり、中国外での行動でも、外国在住者でも対象となるし、過去の言動も問題視されるようだ。

 外国人にとって怖いのは、欠席裁判を認めていることだ。つまり、中国に行かなくても、中国国内で起訴され、中国の決めた代理人によって欠席裁判が行われ有罪判決を言い渡されることがありうる。

 さらにもう一つ、注目すべき新たな法律は海警機構執法程序規定(通称、海警3号令)だ。

日本はもっと危機感を持つべき

 5月15日に発布され、6月15日に発効している。海警法は3年前に施行されたが、以来、この3つ目の運用ルールによって、中国海警局は、自らが管轄だと認定する海域であれば、自由に逮捕状などの司法手続きなしに、外国船に対し臨検し、設備を押収し船員を拘留することができることになった。

 そして中国の領海侵犯容疑の外国人に対しては最長60日拘留して取り調べることができるのだ。

 今年2月、台湾金門島から出発した観光クルーズ船が中国海警局で臨検を受けた事件があったが、中国はこうした海上臨検によって、中国沿岸にある金門島などの台湾実効支配の離島を奪取するプランを検討していると言われている。中国沿岸の台湾実効支配離島への補給船などを臨検して兵糧攻めにすれば、離島はたやすく中国支配下にはいることを選択するのではないか、ということだ。

 この海警3号令が発布されて後の7月、台湾漁船が福建省沿岸で中国海警船に拿捕されている。

中国海警局が台湾漁船を拿捕し、台湾当局が会見=7月3日(写真:AP/アフロ)

 海警3号令のターゲットは台湾だけではない。南シナ海ではフィリピンと中国が主権を争うセカンド・トーマス(仁愛礁、アユンギン)付近で中国海警船とフィリピン軍補給船の「過剰武力衝突」が発効直後の6月17日に発生している。実効支配のためにセカンド・トーマスに座礁させているフィリピン軍艦シエラマドレ号に駐留する海兵隊員への補給物資を運ぶボートを中国海警船がこん棒や斧で襲撃し、乗員を負傷させ物資を収奪した事件だ。

 日本も危機感を持つべきだ。尖閣諸島付近で、日本の漁船や海上保安庁の巡視船が狙われる可能性が上昇し、実際日本の漁船が尖閣付近で、海警船に追い回される事件が発生している。

法律を「武器化」する中国

 この海警3号令は中国が執法の名のもと海洋主権拡張を主張する行為であり、国際法と国際慣例を無視したものだが、中国としては、これを堂々と公表し実行することで、中国の法治概念を対外的に拡張する狙いがあるとみられる。

 ちなみに海洋警察は日本の海上保安庁的な存在だと思う人もいるかもしれないが、中央軍事委員会の命令に従って行動するれっきとした解放軍パワーの一部だ。そして驚くべき人数の海上民兵を動員、指揮し、法的紛争を口実にして、グレーゾーンを突破してくることを主な任務としている。

 今後、台湾周辺、第一列島線周辺を行き来する外国船が中国海警船に臨検され、船が押収されたり乗員を人質のように拘留されたりする事件が増えていくことは必至だ。

 台湾国家安全委員会秘書長の呉釗爕は、6月25日に米国議会の米中経済安全検討委員会訪問団と会見したとき、「中国は国内立法を武器化していき、権威拡張の手段にするだろう」と指摘。中国は新しい戦争の形として「法律戦争」を発動しようとしている、と警戒をよびかけた。

 この「法律戦争」とは、法治の名のもとに、中国が領土や主権を拡大したり、外交圧力に法律を利用したりするだけでなく、国際社会の枠組み、秩序の基準となる法治の概念、ルールを中国が主導していくことを目的にしている。今は欧米の法治の概念である「法の下の平等」がスタンダードだが、権威主義的な「法による統治」を国際秩序のスタンダードにし、その権威のトップに中国共産党習近平が君臨したいということだ。

 そんな法治概念などありえないと私たちが考えても、実際にはこうした権威主義におもねる独裁者追随思考の人間が少なくない。一部発展途上国のリーダーは、むしろこうした権威主義的法治を歓迎している。なぜなら彼らも独裁者だからだ。

軍事戦争より恐ろしい「法律戦争」

 あるいは、すでに中国に財政的、貿易上、あるいは軍事・安全上の様々な支援を受けて中国におもねるしか選択肢のない小国もある。だからこそ、この中国が仕掛けようとしている法律戦争に対して、日本ももっと敏感にならねばならないと思うのだ。

 そしてもう一つ留意すべきは、権威主義的法律戦争の真の狙いは、将来の武力使用の合法性の根拠を作ることだろう。中国が将来、台湾武力統一や、南シナ海の領土紛争、あるいは尖閣の武力奪取などをしようとしたときに、「正義の戦争」を行ったという法的根拠にすることだと、私は思っている。

 まさしく世界のルールメーカー中国が、中国の決めたルールを守らないことへの「懲罰の戦争」、正しい戦争を行ったと言えるようにしたいのだ。

 法治や憲法を語ればいかにも平和主義的な印象を与えるかもしれないが、その本質は、武力軍事戦争よりも恐ろしい。中国法治がスタンダードになれば、我々日本人は間違いなく徹底的に中国の「正義の鉄拳」で「懲罰される側」になるはずだ。

福島 香織(ふくしま・かおり)

ジャーナリスト。大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002~08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。2009年に産経新聞を退社後フリーに。おもに中国の政治経済社会をテーマに取材。主な著書に『なぜ中国は台湾を併合できないのか』(PHP研究所、2023)、『習近平「独裁新時代」崩壊のカウントダウン』(かや書房、2023)など。

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