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コトバヲツグムモノ

「口を噤む」のか「言葉を紡ぐ」のか…さてどちらの転がっていくのか、リスタートしてみましょう。

春期研修会 8回目

2009-07-01 23:40:18 | ミニカウンセリング
いよいよ春のミニカンも終わりが近づいてきました。

逐語録検討は、先週のペアが役割交代。
こちらもカウンセラーさんは始めての逐語録録音でした。
やはり緊張があるのか、序盤はレスが少なめ。
しかし、中盤で一言二言レスが付けられると、あとは結構上手くされてましたね。
クライエントの方も徐々に乗ってきて、話の調子が上がってきているのがわかります。
声の調子、スピード、使われる表現なんかが変化してきます。
一転、ちょっと間があいて落ち着いた感じになる時、その前の段階で言いたいことに思いが到達した瞬間がありますね。
実際にカウンセリングしていると、そうやって次の話題に移ると、その話題についていこうとしてしまいますが、こうやって逐語録で見るとその変わり目の前に「大事なこと」があるのがよくわかります。


後半はペアを組んでのミニカウンセリング。
今回の参加者の中では、経験を積んでおられる方の方です。
先に私がクライエント役で話をします。
最初は今話したいことを探りながら、浮かんでくる思いを意識的に言葉にしていきます。
私の心得として、出来るだけ感情の言葉が出てきたら、それを最優先に表に出そうと。
今回のカウンセラーさんは、うまくそれを拾ってくださいます。
そうすると、あとは井戸の呼び水のごとく(って、いまどきの人は井戸を知らないだろうなぁ…)意識化の作業抜きで言葉が出てきます。
今度は、私自身がその言葉を頼りに、自分の今の気持ちを確認していけるという。
最初は”負の感情”も出していたのですが、その言葉が負のものであっても、言葉がどんどん湧き上がってくるところに楽しみを感じ出します。
話している出来事は”負”であっても、今は話していることを楽しめる…なかなかこういう体験はありません。
「いま・ここ・わたし」で居られるという、とてもよい関係を作ってもらえたんだなと。

交代して私がカウンセラー役になりますが、私が楽しい時間を過ごせたことが伝わって、クラエントさんもリラックスして話が出来たと言ってくださいました。
話の中身にはちょっと”しんどさ”の話題も話されているのですが、表情は穏やかな感じ。
そうすると、「あぁ、今はしんどいことの話だけど、クライエントさんの中には”穏やかになれる”ものにつながっているからこういう表情なんだな」というものを味わっていました。
実際、後半はそういう話題につながっていきました。

そのときは「相手のそこに流れるものを読み取る」ということが出来ているのかな、と思っていましたが…
もしかすると、そこにこちらの「想像」が混じっていたかもしれません。
だとすると、いまここで話されている相手の方を尊重することから逸脱して、「他のものを付け足して聞いている」ということになります。
ちょっと、このあたりは課題として、心に留めておこうと思います。

声のトーンや、表情など、そういうものも含めて「そこにながれるもの」を感じていく。
これができれば、言葉の中に現れる感情を丁寧に拾うことでとどまらず、言葉に現れない感情にも寄り添っていけることになるのか…大事なテーマですね。
あまりこれを試して先走ると、どんどん想像が付きまとい、レスが操作的になってしまうかもしれませんから。

いやぁ、まあまだ奥が深いです。

春期研修会 7回目

2009-06-24 14:07:01 | ミニカウンセリング

毎日蒸し暑くて寝苦しい日が続く中での、わたしにとって一服の清涼剤のような時間。

今回は逐語録検討から。
カウンセラー役の方にとって初めての逐語録録音。
にもかかわらず、とてもはじめてとは思えない、しっかりしたカウンセリング振りにまず驚きました。
もちろん、個人個人の資質や、育ってきた歴史や、そういうものすべてをひっくるめたパーソナリティがあるのだから、「初めてはこの程度」なんてものは存在しないのですが。

ポイントとしては、クライエントが使った言葉そのままで返す。
これが徹底されていると、気持ちよく聞こえてきますね。
これは形だけのことかもしれませんが、こういう形を大事にしていくことからマインドにつながっていくでしょうから。

今期の研修会は参加者が少ないと言うこともあり、実践の時間がいつもより多くとられていますし、やはり回数を重ねていくことでうまくポイントをつかんでおられるんだろうなと思います。


後半は実践の時間です。
私は逐語録でもクラエント役をされていた方とのペア。
録音は数週間前でしたが、そのときの自分の気持ちと逐語録で出会い、それを通した今の気持ち、以前との対比を話してくださいました。
まさに、今のホットな気持ちですので、すごく湧き上がってくるところが聞かせてもらえました。
途中から関連はあるけれど別の話題に代わりましたが、そうすると少し「周囲をなぞる」というか、言葉にはしていても戸惑いがあるような感じを受けました。
もしかすると、その方とわたしの今までの関わりが、今この時間だけではなく歴史として、また印象として持っているものがあるから感じたのかもしれません。
カウンセリングとしてはどうかなって思いもあるのですが、そう感じたのが「今の私」ならば、そこを誤魔化すことなく、そのままの感じで聞いていた気がします。
振り返りで、そのこともお伝えできましたしね。

代わって、クライエントとして話をしました。
「特にこれを話しようというものがない」ということからスタートしたのですが、まぁホットなところで関心のある話題を話し始めました。
しばらくその話題を、二つのエピソードで話していたのですが、急に「もっと話したい」という気持ちが湧き上がってきます。
話題のテーマは同じなんですが、最初は頭の部分での興味で話していたことが、心の何かに触れて「そう、これが話したかったんだ」というものにつながった感じとでもいいましょうか。
面白いもので、最初は正座して(それはそれで私にとっては楽な格好です)ゆったり話していた態度が、「よし腰をすえて話しよう」というか、足を崩して幾分前のめりになって話している自分がいます。

それは意識したことでなく、後で振り返ってみるとそういう変化が勝手にあったと。

カウンセリングをしていますと、クラエントさんが話したいと思っていることを大事に聞かせてもらうことは当然なのでしょう。
しかし、その関係性において、なにかしらの警戒・戸惑いがあれば、いきなり心を開いて話すことは無いでしょうし、また通じるように頭を駆使して整理して話しようと力が入るのも当然でしょうね。
そこに、「話してもいいんだ」「話しよう」というものが生まれてきたならば、むしろ整理されない形で、湧き上がるままに言葉を発し、あとから自分の頭でそれを聞いているということが生まれてきます。

おそらく、それにはカウンセラーさんの力量があり、それがクライエントに受け取っもらえるという関係の成長が必要なんでしょう。
ミニカン研修会の場合は、この時間と空間の設定時点で「大丈夫」というものが出来上がっていますから、カウンセラーさんがその力量で関係を作ることはあまり出来ていなくても成立します。

ちょっと伝わりにくい感じのことを書いていますが、ミニカンの場では開けはしても、普段の関係ではなかなか開けない…そのことは私の中で明確になっていますから、課題としてもハッキリしています。
そういうことを、態度の変化ということで体験した感じですかね。


言葉では説明しにくいことですが、ぜひその身で「関係が出来ている」という感覚を体験してください。
7月に京都でワークショップがあります。
締切は今週末。
迷っている方はぜひどうぞ。

http://dbpca.web.fc2.com/details/20090704.htm


春期研修会 6回目

2009-06-17 23:57:45 | ミニカウンセリング


今期は参加者が少ないので、逐語録検討は5回。
ということで、今週は逐語録検討なしで、実践を2回。

この日は京都の南部で大雨や落雷があったそうで、その影響でお一人が後半からの参加。
なので、人数が奇数の前半は私がタイムキーパー。
皆さんがペアを組んでカウンセリング実践している間、30分強、一人でいろいろ考える時間。
とはいえ、周りでいろんな話がなされている状況でゆっくり自分の内側に浸ることも出来ず、手持ちの資料に目を通すも、文字を目では追ってるが頭には入らず…そんな感じでした。

休憩を挟んで、到着された方も含めて8名で4つの組。
私は、今回参加の中ではベテラン格の方とペアを組み、実践。

クライエントとして話をしているときは、話しているうちに「こういう結論に近づくだろうな」と思っていたものと違う感情が突然湧き上がり、そのことを話しているうちに自分の「今の立ち位置」が表出してくると言う面白い感じ。
話題としてはカウンセリングの話題なんだけど、素晴らしい先達に対して、それを目標にしているのかと言うと、そうではないと言う…やるからには目標を持っているかと思ったんだけど、どうもそうじゃないらしい…(自分のことなのにね)
こんな風に、ちょっと思いも寄らない一面を引き出してもらった、不思議な時間でした。

代わってカウンセラーとして話を聞かせてもらう。
話題は私自身も興味のある話で、出来事の流れがよくわかるし、クライエントさんの気持ちにも共感できる。
と、そのときはそれで問題を感じてなかったし、スムーズに関係を作れていたと思う。
しかし、あとの全体の振り返りの中で違った感じを味わった。
相手の話がわかりやすく、話題も気持ちも共感できるとき…下手するとわかりやすいがために、相手の感情に似た「自分の感情」に摩り替わることがあるかもしれないと。
分かりやすく言うと、話の流れから「困ってるんだろうな」と想像してしまったときに、似たようなことを(あくまで似たようなこと)をクライエントさんが話されたときに、「あぁ、困ってるんだ」と自分の中に起こった感情に置き換えてしまう危険があるなと。

あくまで、相手の気持ちに沿っていくことと、分かるからと言って自分の感情を「相手もきっとそうだろう」と気持ちを想像することはぜんぜん違うなと。

幸い、今回はしっかり感情も話してくださる方だったので、大きく間違ったり、錯覚したりすることは無かったけれど、ひとつ押さえておくべきテーマかなと。

話題がわかりやすかろうがわかりにくかろうが、出来事を追いかけたり捉われたりするのじゃなく、あくまで相手の方の気持ちを大事にしていくこと。

うん、6週目ともなると、ブランクが埋まってきた気がする。

今回は終わった後に逐語の録音。
参加が5人なので、私がクライエントになって録音してもらう。
初めて参加の上に、ご都合で数回休まれていることもあって、これから経験を積んでいかれる方。
その辺のことは、逐語録発表の回のときに書くかもしれない。

春期研修会 5回目

2009-06-10 19:37:53 | ミニカウンセリング

春期研修会も早くも5回目、前半戦の折り返しです。

私は先週の研修会後に愛媛と広島の出張があり、さらには週末に東京へ行くなど、その全部が運転しての移動でしたのでかなり身体を酷使した感がありました。
一方で、東京で参加した法座で聞かせていただいた法話を浴びて、結構気持ちはいい感じでの参加です。
最初のチェックインではそのあたりの出来事を少し話が出来ました。

しばらく休まれてた方も参加され、今期初めて全員参加(1回目も全員でしたが、2回目から参加された方も居られるので、これでフルメンバーになりました)
それぞれの方が、それぞれの思いを抱えて参加されているのが面白いですし、机上じゃなく生身の「関わり」だなとひしと感じます。

前半は蓄語録検討。
前回発表のペアが交代しての逐語です。
クライエントさん、カウンセラーさんともに経験者と言うこともありますが、クライエントさんはどんどん話が進んでいく、カウンセラーさんはうなづき・レスをしつつも話の邪魔にならないスタンス。
実践では見過ごしがちなところも、蓄語を見ながらだといろいろ気づくところがあります。

後半はペアを組んでのミニカン実践。
ペアを組んだ方とは何度か法座でごいっしょさせていただいている方。
最近法座に出られて自分自身のこと、関わりのあった方との関係など、動いているものを話してくださいました。
交代して私がクライエントとして話するときには、ミニカンが始まるまで持っていた「話したいこと」と今カウンセラー役として聞いたところでの「話したいこと」が混在していました。
まぁ、流れのままに終着点を考えずに話していこうと。

で、いろいろ味わったことがあります。
それは、ここ数日いろん形で私の中に渦巻いている思いとリンクするものです。
「相手の尊重」ということ。
このこと自体は改めて書こうと思いますが、今回のミニカンでのところで。

カウンセラー役の方は、この春から初めてミニカンを経験されている方です。
うなづきやレスの”形”はこれから経験されていくところです。
そういう形が未熟だと、「尊重されている感じがしない」かというとそうではないなと。
相手の方の話を受けて言いたかったことを話していましたから、カウンセラーさんは興味のある話題になったんだと思います。
振り返りのときにご本人もおっしゃってましたが、「聞き込んでいた」と。
そのときに外から見た”形”のところでは、この研修会で学んでいることを活かせていなかったと思います。
しかし、「あぁ、話を聞いていてくれる」「興味を持ってくれている」という感覚が話し手の私に伝わってきます。
そのことをして「あぁ、尊重されているな」ということを感じました。

カウンセラーとクライエントの関係において、必ずしも話の中身に興味を持つことばかりじゃないと思います。
そういうときでも、中身でなくクラエントの心の動きを”聞いていく”ことは経験を重ねて出来ることでしょうし、相手を尊重すると言う意味では気持ちを聞いてあげることは基本でしょう。

でも、そういう入り口のところだけでなく、「聞かせてください」というものが伝わってくるときがあります。
そういうときに話するのは気持ち良いんですよね。

で、聞いてもらうと次々と話したいことが湧き上がってくる。
そういう気持ちを持っていることを自分で気づく。
言語化して口に出す。
耳からもう一度聞かせてもらう。

「上手にカウンセリングしてもらう」ということ以上に、「ここにいて聞いてくれる」ということが私にとって大事な時間だったなと。

一見、「相手が誰であろうと、どういう状況だろうと、話したいことがあれば話せるんじゃない?」とも取れるかもしれませんが、やはりこれは「この時間・この場所・この人」という状況と、このわたしが響きあって生まれたものだと思います。

聞きあう…響きあう…育ちあう…

そして、この場を作り上げたもの…
こういう話をしたいと思わせた、相手の方が話してくださった法座の話、私が体験してきた法座の話、それぞれの生まれてからおかれてきた環境や経験、そういう偶然の産物が、ただ偶然ではなく、縁である。
その縁を通して、確かに聞かせてもらう仏願。

真宗カウンセリングが、わかりやすい形で表出した時間でした。


春期研修会 4回目

2009-06-05 00:47:28 | ミニカウンセリング

春期研修会 4回目

今回から逐語録検討が始まります。

あらかじめテープ(最近はボイスレコーダーなどが使われますね)に録音した15分間のミニカウンセリングを、テープ起こししたテキストを見ながら聞いていきます。
このときにカウンセラーの立場になって、クライエントの感情の動きを追っていきながら、自分ならどのようにつぶやくだろうか、ここでレスを返すだろうか、カウンセラーさんのうなづきやレスの具合はどうかなどを書き留めていきます。
次に参加メンバーでそれぞれの感想や着目点を出し合っていき、代表者がそれをまとめて発表。
最後に先生が、押さえた点を教えていただき、自分の抜けているところ、受け取り違いをしているところを確認します。

今回のクライエントさんの話は、テキストで追っていくと心の動きがよく判りました。
話の芯がハッキリしていることと、主張したいことが感情の言葉になって出てきていること。
話題が変わって行っても、そこから元に戻っていくところ…そこに主張の根っこが見えてきます。

おもしろいもので、「あぁ、ここを受け止めて欲しいんだ」というキーになる言葉を、カウンセラーさんがレスしそこなっていると何度も同じ言葉が繰り返されてきます。
何度目かでカウンセラーさんがそのキーワードを拾い上げると、安心したように話題が進んでいきます。
カウンセラーさんの感想によると、そのレスをしたときにクライエントさんの話し方に変化があったそうです。
やはり「これを受け止めて欲しい」というところに注意を向けることは大事ですね。

ともすれば、話題の流れをいっしょう懸命に追いかけていきがちですが、その話題を通じて「聞いて欲しい主張」があるんですね。
それが感情の言葉となって出てきたら、拾い上げていくことで、クライエントさんが再び自分でそこ言葉を受け止めて、味わって、更なる「主張の芯」に近づいていく。
ここを、本人の言葉でなく、カウンセラーの言葉に置き換えてしまうと、クライエントさんは自分の主張と比べてしまったり、悪くするとその言葉に引きずられて「主張」がぶれて、見失ってしまう。
カウンセラーの言葉を刷り込んでしまって、もうそこまで出てきそうになったものが引っ込んじゃうんですね。
これが力のあるカウンセラーさんだったら、そのクライエントとの面談の歴史から、本人の言葉に出来ない感情をも汲み取ってレスしていくこともあるかもしれませんが。
ミニカウンセリングであるならば、やはり「今のクライエント」を大事にしていくうえで、言語化された言葉をそのまま返していくのが大事だと思いました。

たまに話題ばかり飛び出してきて、なかなか感情の言葉が出てこないこともあります。
私がクライエント役をするときにも経験するのですが、それは感情が動かないのじゃなく、感情の言葉を言語化するために、またより正しく受け取ってもらうために、そこまでの流れや状況を説明したいんですね。
ここはカウンセラーは待つ。
変に感情を想像して「それで悲しかったんですか?」などと先走りするとろくなことがありません。


と、今回がそうだったと言うことじゃなく、久しぶりに逐語録検討に参加して、今まで体感してきたことを反芻して味わっていることを書いてみた感じです。

同じ逐語録検討であっても、僅かであっても経験を重ねてきていることで、私の中に積み重なってきているものがあるかもしれません。
もちろん、うぬぼれは厳禁ですが。

後半はペアを組んでのミニカウンセリング実践。
今回は参加者が奇数人数だったので私はタイムキーパーでした。

実践できなかったのは残念ですが、この時間、この空間にいることで、ゆったりと味わっている私がいました。
その味わいの中にはポジティブなものもあれば、関連することから一転ネガティブに陥ることもあります。
でも、その両方が、「今、ここの私」であることがはっきりしていますので、心の落ち着きどころがありますね。

さて、そんな自分とゆったり向き合える時間でもある、真宗カウンセリングワークショップが後1ヶ月と近づいてきました。
まだ定員までは空きがありますので、ぜひお申込ください。
1泊2日、少ない人数でじっくり過ごす時間は、普段の生活では味わえないものがあります。
気軽に、体験してみてください。

第4回真宗カウンセリングワークショップ 京都 7月4・5日


春期研修会 3回目

2009-05-28 00:01:07 | ミニカウンセリング

 

前回(第2回)の報告日記のときに「逐語録検討は来週から」と書いていますが、あれは勘違い。
今週も実践中心です。

まずは分かち合い。
今週は先生がお仕事の都合でお休みだったので、世話役のSさんが進行してくださいます。
分かち合いの順番は、時には「会場に着いた順」であったり、「先生の隣の方から順番」であったりするのですが、今回は「話したい方から自由に」ということでした。
時間に余裕があるときはこの形がいいですね。
だれも口を開かない沈黙の時間も、いろいろ私の中では蠢くものがあって、ゆっくりそいつと向き合ってやることができます。
その上で「言語化してみたいな」という気持ちが現れたら、口にしてみる。
エンカウンターの妙味を味わうことができました。
しかも、それこそミニカンの実践が出来るくらいの話題を話される方もおられ、自然と話し手を大事にして聞かせてもらうところに意識が集中して行った気がします。

一通り口をひらいたら、ペアを決めて12分間交代のミニカウンセリング。
休憩を挟んで、ペアを変えてもう12分間ずつ。

最初に組んだ方から「長く経験しているだけあって、上手に聞いてもらっている」ということを言っていただきました。
私自身はいつまでたっても「上手く聞けているんだろうか」という部分で自信が持てず、さらに2年ほどブランクがあったのでこの言葉にむずがゆさと同時に驚きを感じました。
こうやって、自分では判らないところを相対的に評価していただく(しかも良いように)のはうれしいことです。
そういいながら、まあまだ自信がもてずにいるのも私らしいと言えば私らしいのですが。

前回の報告にも書いたのですが、今回はペアを組んだお二人とも、私の興味をそそられる話題でしたので、出来事を聞いていきたい気持ちもちらほら現れます。
しかし、そういう自分の気持ちを無理に操作しようとする心がなく、浮かんでくる欲望は欲望のままに遊ばせることで、無理なくクライエントさんの気持ちに沿うように聞けていたかなと思います。

逆にクライエントとなって話させてもらうときは、楽に話していました。
以前ですと、「これを話そう」というものを最初に出したら、途中で浮かんできた種々雑多な気持ちがあっても、それらを横において本筋の言葉を搾り出していた気がします。
しかし、最近はそこにこだわらず、その種々雑多なものも捕まえて、「あぁ、いまこんな言葉が浮かんできてます」と言語化することが出来ます。
その上で、最初の話に戻りたかったら戻るし、別の話題に流れていくならそのまま流れていくことが出来る。
これだけで、ずいぶん”楽”に話をしています。
そのためには、こういう”場”と聞いてくださる”相手”が整っていると言う前提でしょうけど。

最後の分かち合いで、別の方が言葉にされていたんですが「せかされない」(急がされない)という感覚がぴったり来ます。
自由に遊ばせてもらっている感じ。
なにを話してもOKな感じ。

こういう感覚で常にあらゆる方とコミュニケーションできれば素敵なんですが…
まぁ、なかなかそうならないと言うところの”葛藤”があるから、逆にミニカンの時の妙味が味わえるのかもしれません。

 

 


春期研修会 2回目

2009-05-20 02:17:36 | ミニカウンセリング

ミニカウンセリングの2回目です。

ちょっと遅れての申し込みで、今回から参加の方が1名。
仲間が増えるのは嬉しいです。

今回も分かち合いから始まり、今の気持ちを話しながら徐々に場の空気に浸っていきます。
逐語録検討は来週からなので、いきなり実践。
初めてミニカウンセリングを体験する方も数名居られるので、10分での実践です。

私はYさんとペアを組んで、前半はカウンセラー、後半はクライエント。
Yさんから「どちらをされます?」とお尋ねがあったとき、特に話すことがなかったので聞き役を選びました。

Yさんのお話はその時々の感情の変化をしっかりと言葉にされるので、とても聞きやすかったですね。
また話題もわたしも興味のある話題でしたから。

逆に、その話題に惹かれている私もいたのですが、以前ですと「いやいや、ここはカウンセラーに徹しなければ」という意識に引きずられて、そのことに気をとられることでかえって話に集中できなかったりしたのですが、今日はそういう「話題に惹かれている私」も感じながら、無理なく話を聞かせてもらえた気がします。
また、そのことを分かち合いのときにすんなりと出すことも出来、味わいの共有が出来た気がします。

そのことがあったので、話してのときにまずその辺のホットな気持ちを口にしていました。
すると、今度はその味わいと逆の気持ちが「いやいや、そういいながらこっちも気にしてるだろ」と現れてきます。
その気持ちも捕まえることが出来ましたから、無理に今までの話題にこだわるのではなく、新たに現れた気持ちに付き合ってそのことを話し出していました。

その過程で、カウンセラーさんがうまく私の気持ちの「押さえどころ」をレスしてくださいました。
それまでは湧き上がるものを「さえぎらないように」どんどん外に出していったのですが、その「押さえ」をしてもらったことで、外に出したものをもう一度受け止めることが出来ました。
結局、そのことを自分で再確認したいがために、いろいろと流れてくる思いがあったんですね。

場面設定してもらうことで障りがなくなり、うなづきを入れてもらうことで気持ちよく思ったことを外に投げ出すことが出来、レスしてもらうことで自分が投げ出したものをもう一度受け止めることができる。
ミニカウンセリングの醍醐味ですね。

それもただのカウンセリングではなく、仏法のところで味わえることを遠慮なく持ち出せる、そういうスピリチュアルなところで通じ合える、安心できる時間・空間。
久しぶりに、感覚がよみがえってきた感じです。

明日は真宗カウンセリング研究会の月例会。
新しいテキストで、またロジャース氏の思いを受け止めさせてもらいます。

先日の法座から、ミニカン、月例会と、とてもいい時間を過ごさせてもらっています。


春期研修会 1回目

2009-05-14 00:45:09 | ミニカウンセリング

春の研修会、ミニカウンセリングが始まりました。
実際に参加するのは久しぶりで、参加しているときは「ミニカウンセリング」のカテゴリーでブログ書いてるはずだから探してみると…2007年の春期研修会が最後ですね。

2007年の7月…いろいろ激動しているときでした。
そのときを最後に、しばらくブログを書くこともなくなってましたし、搾り出すように9月に書いたものを読むと、そのときの気持ちと同じものを今も持っていることがわかります。

さて、2年ぶりの研修会参加です。
ここに至る経緯がまた私らしいのですが、ちょうど研修会の最初の分かち合いで話したことにつながります。

私自身はミニカンに参加しづらい気持ちがあります。
この2年間、いやここ数日だけでも、外に出さずに押さえつけているものが渦巻いています。
ミニカンの場というのは、私には心地よすぎて、ついついフタが緩んでそれらが顔を出してきます。
それらを言語化して、外に出してやるというのはとても心地よい作業です。
そうです、そのことは重々承知しています。
しかし一方で、「知らないふり」している自分自身が揺り動かされて、問題と向き合う作業を強いられます。
「問題に向き合いたくない」「問題をなんとかしたい」二つの相反する思いに悩まされます。
つまりは「問題に向き合うことなく、私のあずかり知らないところで解決している」などという都合のいい事を望みます。
いや、そんなことがあるはずないのですけどね。
でも、そんな満たされるはずのない思いは「先延ばし」という手段で誤魔化しにかかります。

そんな私ですが、自分ではとても起こすことの出来ない”流れ”が現れたとき、そこに乗っかるのは結構抵抗なかったりします。
そういう部分にプライドはなく、求めに応じることはよくあります。
もちろん、頑なに乗っからない”求め”もありますけれど。

今回は、昨年から動き出した「真宗カウンセリング研究会の世話役」という流れの中で、ワークショップや研修会に参加することになりました。
流れが心地よさそうだったので、「参加したら向き合わないといけないかも」ということをすっかり失念して…

いざ始まってから青ざめている私がいます。


今回は参加人数も少なめなので、じっくりと進めていくことになりそうです。
第一回目の今回は、初参加の方も居られるので先生から丁寧に「ミニカウンセリング」の説明が行われました。
その過程で、私ともう一人の世話役の方とで実践して見せることになりました。
おそらく自分から率先して話し出すことはなかったであろう事を、「先生のご指名」という流れにのっかり、クライエント役として話しだしました。
ほんの10分間ですが、2年ぶりの感覚は「あるべきところに帰ってこさせてもらえた」という感じです。

話を聞いてもらいながら、自分の抱えていることが明確化されてくる。
一旦、自分は「問題に触れたくない」という所に帰結する。
でも、自分から出ているはずのその言葉がしっくりこない。
「問題をなんとかしたい」という自分も現れてくる。

ゆったりと、自分の内なる声に向き合うひと時でした。
まぁ、今振り返ると「よう、あんなこと話せたな」という気持ちもありますが、あの時あの場所でこそ結びついたところでしたね。
だから、正確には上で書いた流れも、今はしっくり来ていません。
もっと違う感じで、違う思いもそのときに現れていたはずです。

確かに、あのとき向き合って、言葉にして、明確化していた私がいた。
ということですね。

さて、これから10週間、乗っかってしまったからには、その場に飛び込んでいこうと思います。
何が出てくることやら。

真カ研の公式ホームページも更新しました。
http://dbpca.web.fc2.com/

10月の福岡ワークショップの予定も詳細が決まり、いよいよ7月京都、8月金沢、10月福岡と動きます。
うまく参加者が集まってくれるかの心配がありますが、そこはなるようになった状態で。
(でも、ぜひみなさまのお申込をお待ちしております)

 


春期研修会 8・9回目

2007-07-10 10:54:32 | ミニカウンセリング
すっかりサボってますねぇ…もう今日の研修会が最後の10回目になります。早い…。

で、書いてなかった8回目と9回目ですが、結構私の中で動きがあったんですよ。いっぱい書くことがあるくらい。しかし、そのあとの日々の出来事の中で、その時の気付きが吹き飛ばされたり、違う方向に向いたりして、なんか書けなくなってました。
まぁ気持ちがコロコロ変わるのは当然なんで、だからこそその時の気持ちをブログで綴っておくことに意味があるんでしょうけどね。
書けない事は置いていて、書けることだけでも残しておきましょうか。

8回目の研修会、逐語録は私がクライエントでMさんがカウンセラーのもの。逐語録を録音したときから結構日が経ってるのでちょっと変な(むずがゆいような)感じがあったと思います。後半の実践でもMさんと組んだんですが、その逐語の頃と私の表情やしぐさが変わってることを指摘されました。このときはずいぶん、開放されてきてる頃でしたから、それが伝わったんでしょうね。Mさんの話も楽に聞かせてもらった感じでしたし、いい関係にあったと思います。
残念ながら、このあとからまた気持ちがしんどくなりだしたんですが…(苦笑)

9回目の研修会、今回の参加者は少なめだったので、逐語検討はなし。前半は実践で後半はゆっくり分かち合いをしました。実践はSさんとペア。私が話すときは、なんとなく出てくるものをとめどなく言葉にしていった感じですが、自分の中にある要素をとりあえず並べて見るところで時間が終わってしまいました。料理する前に終わった感じですが、別に整理したいという欲求があったわけでもなく、「あぁ今私はこういうことを抱えてるんだな」と眺めることでOKな感じです。対してSさんは、特に話そうと思っていたことではないことを口にされるんですが、徐々にそれが明確化されてきて、Sさん自身のなかで区切りがついたようでした。ちょっと言葉が途切れたあと違う話題に移ったんですが、私は「どこかで前の話に繋がるのかな」という感じで聞いてました。振り返りのときに聞くと、一段落できたから自然とそのときに話したくなった違う話題に移った、と言うことでした。なんか、自分と対称的で面白い実践でしたね。

さて、その後も大揺れの私の気持ち、今晩の研修会時点ではどうなっているのか、不安でもあり楽しみでも有ります。
研修会で聞いてもらうことがないと、どんどん自分だけの感覚に落ち込んじゃいますからねぇ。
いろいろあっても、この10回の研修会の間は自分を見つめる時間がもらえますから、これは私にとって大きいですね。

春期研修会 7回目

2007-06-22 02:05:20 | ミニカウンセリング

火曜日はミニカン

先週末のワールドワーク、蒲郡まで出かけての法座、その前後の移動時間にMさんとずっと話したことや、蒲郡で仲間と話し合ったことなど、この数日にかなり”放し”した感じがあります。同時に吸収もしてますか。かなりエネルギーを感じた濃い日々を受けてのミニカンです。

この日の逐語録は、私が起こしたもの。クライアントはMさんでした。そのときの感じは「逐語録作成」にて書いたとおりです。そこに書き記した「沈黙では在ったが、表情や息遣いなどを感じていた」ことも発表に添えることが出来ました。
で、私のカウンセラーとしての態度を参加者に聞かせてもらうのですが、一部のレスに余計な箇所があったことを指摘されました。少し前に返していることを、違う部分にもう一度くっつけて返していたんですね。その違和感を表明した人が居り、先生もその箇所を指摘されました。言われてあらためて振り返ると、少し「動かしてみよう」という意思があったやもしれません。こういう指摘を受けだしていくところに、私の次のステップが在るのかもしれませんね。謙虚に受け止めさせてもらいます。クライエントさんは私とペアになってすることを楽しみにされていたことをあらためて聞かせていただき、ちょっと照れる感じもありますが、とてもうれしいですね。

後半の実践はTさんと。なんか、この日に組むべくして組んだ感じです。(ある意味Tさんと組むのは避けていて、一番最後になったんですが…笑)最初はTさんの話を私が聞く役です。この日の出来事をいくつか並べられたのですが、朝一番におおきな出来事があり、そこから気付かされることと、同時にそんな大きな感情の揺れがあっても他の問題が起こるとそのことを忘れていく”自性”の話。この場ではカウンセリングの研修ということで、そう意識した聞き方をしましたが、Tさんとの関係もあるので別の機会にじっくり聞かせてもらいたいと思ってます。交代して私が話する番ですが、最初は今聞いたTさんの話に気持ちが引きずられていること。あとはここ数日の出来事で私がどういう境地にいるかを話しました。最初に書いたようにすでにいろんな方と話していることではありますが、あらためて整理できた感じがあります。Tさんに絶対的な信頼が置けることと、上手に聞いてくださることで、よりいっそう楽に見つめることが出来ましたから。