Bravo! オペラ & クラシック音楽

オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

9/8(水)ロイヤル・オペラ「マノン」ゲネプロでネトレプコの圧倒的な存在感とパッパーノの鋭いキレ味

2010年09月10日 01時49分47秒 | 劇場でオペラ鑑賞
英国ロイヤル・オペラ/「マノン」ゲネプロ鑑賞会

2010年9月8日(水)17:00~ 東京文化会館・大ホール 3階 R3列 4番(ゲネプロ招待席)
指 揮: アントニオ・パッパーノ
管弦楽: ロイヤル・オペラハウス管弦楽団
合 唱: ロイヤル・オペラハウス合唱団
演 出: ローラン・ペリー
美 術: シャンタル・トーマス
照 明: ジョエル・アダムス
出 演: マノン・レスコー: アンナ・ネトレプコ
    騎士デ・グリュー: マシュー・ポレンザーニ
    レスコー: ラッセル・ブラウン
    伯爵デ・グリュー: ニコラ・クルジャル
    ギヨー・ド・モルフォンテーヌ: クリストフ・モルターニュ
    ド・ブレティニ: ウィリアム・シメル
    プセット: シモナ・ミハイ
    ジャヴォット: ルイーゼ・イネス
    ロゼット: カイ・リューテル
    宿屋の主人: リントン・ブラック

 いろいろと物議を醸しているロイヤル・オペラの来日公演は、9月11日(土)の『マノン』が初日である(翌12日が『椿姫』の初日)。今日は公演に先だって、『マノン』のゲネプロだ。NBSのファンド・レイジングに寄付をしてゲネプロ鑑賞会への招待状を手にしたのである。今回のロイヤル・オペラの公演にはいろいろと問題提起をしてきたが、今日は純粋にゲネプロを楽しみたい。実はゲネプロ見学ということ自体が初めての体験なので、興味津々である。初日を前にしてルール違反かもしれないが、「いろいろ~」の代償として、早々とレビューしてしまおう。以下、新演出の『マノン』を会場で初体験して新鮮さを味わいたいと思われる方は、読まない方がいいかも(^_-)-☆

 まず、ゲネプロの様子を簡単に。今回のゲネプロ鑑賞会は、NBSのファンドレイジングに一定以上の金額の寄付をした故人・団体に対する見学会招待と、東京文化会館による「青少年のための舞台体験プログラム」の招待者および関係者によるものだ。東京文化会館の2~4階席を使用して、7~8割入っていた。1階はスタッフのみで観客は入れていない。それでも割り振られた3階R3列4番という席は、公演時はB席40,000円に相当すると思われ、非常に贅沢かつ貴重な体験となった。本番と違っていたのは、オーケストラのメンバーが私服だったことと、1階にスタッフがウロウロしていたことくらい。出演者の衣装もメイクも本番通り(だと思われる)。第1幕と第2幕の間は休憩無しで幕を下ろし、舞台装置の転換なども本場通りピタリとこなす。まさにゲネプロである。結局、最後までノン・ストップの通し稽古となり、カーテン・コールまで…。歌手たちもフル・ヴォイスで歌わないこともある…と注意書きにはあったが、聴いた限りでは、90%以上は出していたと思う。ゲネプロとはいえ、本格的なオペラ1本まるごと堪能できた。
 さて、本プロダクションの『マノン』は、英国ロイヤル・オペラが今年2010年の6月に初演した新プロダクションで、実に16年ぶりのことなのだという(一方の『椿姫』は16年前の新プロダクションだった定番を今回持ってきた)。歌手陣に入れ替わりはあるものの、タイトルロールのアンナ・ネトレプコさんと指揮のアントニオ・パッパーノさんというふたりの「主役」のロンドンでの公演と同じ。この大好評だったというプロダクションを3ヶ月後に東京で観ることができるのは嬉しい限りである。

 何といっても今回の『マノン』はネトレプコさんに尽きるといって良い。こちらもキャンセルするのではないかというウワサが流れていて、心配されていたのだが、とりあえず今日、ゲネプロには元気に登場してくれたので一安心(もちろんゲネプロだけでなく9月17日の本番にも行く予定なので)。
 今やオペラ界のスーパースターとなったネトレプコさんだが、2006年のメトロポリタン歌劇場の来日公演のとき『ドン・ジョヴァンニ』のドンナ・アンナを2回聴いた。あの時すでにスターの一人ではあったが、まだまだ売り出し中の若手というポジションだった。その美貌は別としても、歌は天才肌、別格の巧さだった。ちなみに、その時のドンナ・アンナの相手役ドン・オッターヴィオをうたっていたのは、今回の相手役、騎士デ・グリュー役のマシュー・ポレンザーニさんだった(この人はいつも女性に振り回される役でかわいそう…)。
 本プロダクションは、ネトレプコさんのタイトルロールを想定して創られていると言っても過言ではない。それくらい彼女の魅力に溢れているのである。第1幕、宿屋の中庭の場で合唱の群衆が去り、マノンが登場するろ。16歳の小娘役で元気に跳ね回って歌う最初のアリア「わたしはまだ夢見心地で」が始まると、もう会場は全員の目が彼女に釘付けになってしまう。地味な衣装にもかかわらず、その存在感の大きさ。そして、叙情的な美しい旋律に乗せる、ちょっと鼻にかかったような独特の美声によるコケティッシュな魅力。普通に歌っているのに、文化会館の隅々まで響き渡る声量の豊かさ。騎士デ・グリューのポレンザーニさんが登場し、一目で恋に落ちる。う~む、わかるなァ、その気持ち。二重唱「パリで暮らそう」はフランス・オペラらしいロマンティシズムが小粋に表現されていた。
 第2幕のパリのアパルトマンは後述するようなあっと驚くセットを効果的に使って、まず「手紙の二重唱」で恋のシーンをねっとり、クネクネと歌う。台詞のフランス語がチャーミング。後半からマノンの魔性の性格が表れ始めて、女王のような暮らしに憧れ、男をあっさりと(いや、迷いながら)捨ててしまう。アリア「さようなら、小さなテーブルよ」は二人のこれまでの愛の生活を捨てる決意を、悲しげに、せつせつと歌う。対して、純真なデ・グリューのポレンザーニさんがかわいそうになるほど甘く優しい歌声で歌う「夢の歌」、こちらも雰囲気ピッタリである。

 第3幕第1場のパリの散歩道クール・ラ・レーヌの場では、街の群衆を退かせるように、女王の暮らしを手に入れたマノンが登場するシーンでは、美しく着飾ってネトレプコさんの魅力爆発!! マノンのガヴォット「どこの道を歩いても」は、『ラ・ボエーム』の『ムゼッタのワルツ」と同じようなシチュエーションで、マノンのライト・モチーフが魅力いっぱいに歌われる。彼女は、こういうゴージャスな役柄が実にステキ。基本的には悪女なのに、美しすぎて、男性諸氏はすべてを許してしまうのだ。音楽的、オペラ的にはそういう物語でも、なかなか舞台で表現できるとはかぎらない。やはりネトレプコさんのようなスターがいないと成立しないのだ。
 マノンの気を引こうとギヨーがバレエ団を連れてきて踊りのシーンとなる。5幕もののフランス式グランド・オペラに欠かせないバレエ・シーン。ほとんど物語に関係なく、無意味にバレエが挿入されるのが、フランス的というか、洒脱であり、理屈抜きで楽しめる。
 第2場のサン・シュルピス修道院の場では、マノンへの思いを無理矢理断ち切って神父となったデ・グリューが歌う「消え去れ、面影よ」のアリアは、美しい女性に振り回された結果、苦悩に満ちた思いをポレンザーニさんの清潔に歌声が涙もの。けっこう良いシーンだ。そこに訪れたマノンに再会し、マノンに復縁を迫られて、初めは拒んでいるのに…やがて、陥落。耐えられずにマノンを抱きしめてしまうシーンでは、男性観客たちから、ハァ~というタメ息が漏れる。男性たる者、マノンのような女性に(というよりはネトレプコさんに)、一度はこのように迫られてみたいものだ。未来に悲劇が待ち構えていようと、すべてを投げ出してしてしまいたい。きっと、後悔はしないだろう…(^◇^;) 二重唱「あなたが握る手は、私の手じゃないの」マノンの、ネトレプコさんの一番の聴かせ所だ。この歌唱と演技はまさに魔性の女…スゴイ。
 第4幕のオテル・ド・トランシルヴァニの賭博場の場では、我が儘いっぱいのマノンが濃いピンクのドレスで登場する。その立ち振る舞いは貫禄十分。大女優ともいえる抜群の存在感で、他の人々を圧倒する。気弱なポレンザーニさんも良い味を出している。結局、男どもは皆、マノンに振り回されてしまうのだ。デ・グリューはマノンを巡って父親との確執もあり、最後には男を翻弄し続けた恨みを買って、逮捕されてしまうマノン。登場人物が全員揃って大合唱となるが、ここでもネトレプコさんの高い声が合唱から突き抜けてきて、スゴイ。


 第5幕、ル・アーヴルへ向かう街道の場では、死に瀕したマノンとデ・グリューの「死別の二重唱」は、悲しくも美しく、もちろんこのオペラの一番の泣かせ所。それにしても美しい音楽に、涙…涙…。オペラのヒロインは最後には死んでしまうことが多いが、良く通る完璧なオペラ歌唱で、今にも死にそうな弱々しさで歌わなければならない。演技者としても、歌手としても、ネトレプコさんに脱帽。この人、なんでもできちゃうのである。やっぱり、すべてを投げ出しても、こんな人に振り回されてみたい…(涙)。
 今回のロイヤル・オペラ来日公演の『マノン』は成功間違いなし!! 完璧に仕上がっている、素晴らしいゲネプロだった。

 そして、注目のローラン・ペリーさんの新演出。お国ものである。『マノン』は、アベ・プレヴォーの小説『騎士デ・グリューとマノン・レスコーの物語』を原作にジュール・マスネがオペラ作品として初演したのが1884年。今回のペリーさんの演出では、衣装その他のヴィジュアル面の設定をおよそ100年後の19世紀末に移し替え、登場するたくさんの人物像に華麗かつ退廃的な雰囲気を与えている。一方の舞台装置は、縦横斜めの直線的なモチーフで舞台を切った演劇空間を創り出している。極端に抽象化した簡潔なセットはややもすると安っぽくも見えるのだが、人物の衣装は19世紀末的な豪奢なものにしているので、そのコントラストが鮮やかになり、それぞれの人物像をくっきりと浮き上がらせる効果をもたらしていた。ただし、第2幕のパリのアパルトマンの場だけは、骨組みとと階段だけの2階の部屋が造られ、マノンと騎士デ・グリューの愛の暮らしにリアリティを描いていた。このデザインは事前のスケッチやロンドン公演のニュースなどでも公開されていなかったので、幕が上がったときは、オオッという驚きを感じた。
 今年(2010年)7月のトリノ王立歌劇場の来日公演の『椿姫』に続いてのペリーさんの演出だが、一見して抽象的な舞台空間を描きながら、登場する人物には細やかな人格が与えられていて、オペラを一種の人間ドラマとして描き出すのに成功している。だから観ていてものすごく分かりやすい。オペラ演出を音楽の付随物に落とすこともなく、かといって音楽を凌駕しようというような野心も見られない。オペラをよーく知っているからこそできる、キレの鋭い演出である。

 特筆すべきこと、もっとも強調しておきたいのは、もちろんネトレプコさんの存在は別として、パッパーノさんの音楽作りとオーケストラの演奏の見事さだ。さすがに世界の5大歌劇場などと呼ばれるだけあって、このクラスの劇場付きのオーケストラは「普通に巧い」。このオペラのオーケストラ編成には低音域の管楽器がなく、軽快な音楽構成となっているのだが、ロイヤル・オペラハウス管弦楽団は、とくに管楽器群の音色が艶やかで美しく響く。各パートとも素晴らしい(とくにホルンが繊細な良い音を聴かせてくれた)。オーケストラ自体のキャパシティが大きいのだろう。ピットに入る小編成でありながら、ピアニッシモからフォルテッシモまでのダイナミックレンジが非常に広く、オペラ的なドラマティックな音楽表現にピッタリのオーケストラである。
 そしてパッパーノさんの指揮。直接聴いたのは始めてだが、もちろんこの人はオペラの人。アリア部分などでは歌手の調子にまかせて伸び伸びと歌わせてくれるし、合唱部分は高揚していくような臨場感があり、管弦楽的にはやや早めのテンポとキレ味の鋭いリズム感で、聴く者を音楽の世界にグイグイと引っ張っていく力をもっている指揮者だ。どこかの国の国立のオペラ劇場にいつも入っている何とかフィルとは雲泥の差。オペラの音楽は、やはり交響曲などの純粋な管弦楽曲とはまったく異なった分野であり、人間の息遣いにあった「歌謡」なのである。このあたりが身体に染み着いている指揮者とオーケストラでないと、オペラがドロドロと重たくなってしまうのだ。その点、パッパーノさんの音楽はオペラそのもの。オーケストラ自体が歌っているのが聴いていて涙もの。嬉しくもあり、ロンドンの人がうらやましくもあった。ただ、極めて贅沢な望みを言わせていただくことが許されるなら、『マノン』なのだから、パリ・オペラ座管のような視覚的に感じられるような色彩感があったら、最高なんだけどなァ…。

 それにしても、『マノン』って、こんなにステキなオペラだったっけ? 再認識させられました。9月17日にもう一度本番を観に行く予定なのだが、これは何度でも観たくなる素晴らしい公演になると思う。

人気ブログランキングへ ←読み終わりましたら、クリックお願いします。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 間もなくロイヤル・オペラ来... | トップ | 9/11(土)「響きの森」コバケ... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

劇場でオペラ鑑賞」カテゴリの最新記事