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オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

10/29(土)第85回日本音楽コンクール本選会《バイオリン部門》優勝は戸澤采紀、2位は森山まひる

2016年10月29日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
第85回 日本音楽コンクール 本選会《バイオリン部門》
THE 85th MUSIC COMPETITION OF JAPAN "VIOLIN"


2016年10月29日(土)16:00~ 東京オペラシティコンサートホール S席 1階 3列(1列目)16番 3,500円
指 揮:田中祐子
管弦楽: 日本フィルハーモニー交響楽団

 「第85回日本音楽コンクール本選会」の《バイオリン部門》を聴く。最近はバイオリン部門だけは本選会を聴き続けている。一昨年は予選会から聴いたりもしたが、今年はスケジュールが合わず、取り敢えず本選会のみとなってしまった。このコンクールでは、本選会はファイナリストがそれぞれ協奏曲を1曲演奏するというもので、今日の演奏だけで審査されるわけではなく、予選会でのリサイタル形式の審査と評価点を合算して総合的な最終審査結果となる。したがって、本選会を聴いただけで順位予想をするなどはおこがましい行為だといえるが、単に聴きに来るだけの門外漢である私たちには、その順位予想もまた楽しみのひとつなのである。もちろん、参加されている方々はその後の人生を左右する可能性が高い大イベントであるから真剣そのものであるのは十分以上に承知しているので、私たちも決して冷やかし半分ではない。聴く方も真剣に聴くから、許して欲しい。

 今回は4名のファイナリストの選んだ課題曲が全部違った。何故だかいつも同じ曲が選ばれて聴く方としてはいささかウンザリさせられたりもするのだが、今回はキレイに分かれた。しかも、メンデルスゾーン、チャイコフスキー、シベリウスといった3大ヴァイオリン協奏曲に加えてプロコフィエフの第1番という、単純にコンサート・プログラムとしてもヴァイオリン協奏曲好きには堪らない、魅力的な曲が並んだものだ。全部が違う曲と言うことは、単純な聴き比べはできないし、評価も難しくなるのかもしれない。

 それでは本選会の様子を、演奏順に見ていこう。

●福田ひろみ(1993年生まれ/東京音楽大学大学院修士過程1年在学中/特別特待奨学生)
【曲目】メンデルスゾーン: ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64
 福田ひろみさんは4名のファイナリストの中では最年長というだけでなく、すでに演奏活動も相当数行っているセミプロといえるクラスである。コンサート会場で配布されるチラシなどで見かけるので名前とお顔は知っているが聴いたことはまだなかった。
 演奏が始まってまず感じたのは、福田さんのヴァイオリンは、完成度が高くまとまっていること。トップバッターということで多少の緊張感はあったのかもしれないが、すでに経験豊富なところから来る落ち着きがあり、平均的にクオリティの高い演奏になっている。とくに際立つ個性のようなアクの強さは感じられないが、自然体で穏やかな演奏スタイル、柔らかめで艶やかな音色、安定した技巧、スタンダードな解釈など、この名曲中の名曲に対して正面から向き合った演奏だ。全体の感じは尖ったところがなく癒し系のイメージなので聴いていても心が安まる感じがする。逆の見方をすれば個性的ではない分だけ、福田さんのカラーは何処にあるのかが際立たない。評価の難しいところであろう。

●福田俊一郎(1994年生まれ/東京音楽大学音楽学部4年在学中/特別特待奨学生)
【曲目】チャイコフスキー: ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35
 福田俊一郎さんは第11回東京音楽コンクール(2013年)の弦楽部門で第3位に入賞したときに一度聴いたことがある。骨太の男性的な演奏であったと記憶している。
 こちらの福田さんの演奏は、男性的なアグレッシブな面が強く出ていた。けっこう緊張していたようで、演奏全体に固さが見られ、とくに弓を持つ右手首が固そう。大きい音を出そうとしているのか、あるいは思いを強く乗せようとしていたのかは分からないが、右手にしなやかさが不足しているためか音が全体的に尖っている。音程もちょっと甘いか。もちろん好みにもよるところだが、私には神経に障るほうのタイプの音色としかいえない。音量もppからffまでがなだらかな階調になっていなく、段階がハッキリしてしまい、その点でもしなやかさ不足。とくに高音部の特定の音域だけがやけに強くて尖っている。リズム感も固くてぎごちなさが残り、オーケストラとの親和性もいまひとつの様子。
 本来はもっと巧いはずだと思われるが、どうも今日は実力を発揮できていないような気がした。

●戸澤采紀(2001年生まれ/東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校1年在学中)
【曲目】シベリウス:ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 作品47
 戸澤采紀(さき)さんは現在高校1年生という若さ! 何と21世紀の生まれでまだ15歳。この年代の子たちは、演奏会用のドレスを纏っていてもまだお化粧もしていない。そんな戸澤さんだが、小さな身体から繰り出す演奏の方は・・・ものすごくパワフルで、聴いていても強烈なインパクトを感じるものだった。まずは技巧的に見ても抜群の音程の良さがあり、装飾的な速いパッセージでも重音でも、正確な音程で、すべての音符を正確に、均等に弾くチカラを持っている。さらに音量が豊か。大きいのではなく、豊かに鳴っているのである。第1楽章や第3楽章はともかく、緩徐楽章である第2楽章でも豊かな音量で堂々と旋律を歌わせている。オーケストラと1対1で向き合う協奏曲としての、ひとつのポリシーが感じられる。今日も例によって最前列のセンター、つまりソリストの目の前で聴いていたわけだが、4名の中では戸澤さんが色々な意味で最も音にチカラがあったと思う。
 技巧、音質、音量ともに申し分なく、あとは解釈や表現力ということになるが、これがまた泣かせるくらい素晴らしいのである。何と言ったら良いのだろう。ひたむきさ。あるいは真っ直ぐ。3つの楽章、つまり全曲を通して、ひたすに真っ直ぐでブレない。技巧、音質、音量、解釈、表現がひとつの方向に向かっている感じがするのである。若干、一本調子と言えなくもないが、何と言ってもまだ15歳なのだから、将来は無限大の広がりを持っているはずだ。
 そして高校1年生の彼女が描き出す音楽世界は、本人が意図しているのなら大したものだが、冷たい空気感の中で煮えたぎる熱い魂、というようなシベリウスの世界観を見事に表しているように思えたのである。聴いていて痺れるような感動を得たのも事実。素晴らしい新星が登場したものだ。
 
●森山まひる(2000年生まれ/桐朋女子高等学校音楽科1年在学中)
【曲目】プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲 第1番 ニ長調 作品19
 森山まひるさんも高校1年生。明らかに世代交代の気配がする。音楽愛好家の知人たちの間では抜群の前評判であった。他の3名が王道を行く名曲を選んでいるのに対して、森山さんはプロコフィエフの1番を選んだ。単に好きだと言うだけではないだろう。この手の曲を選ぶ以上は、それなりの自信があるからに違いない。
 そして演奏を聴いてみて、本当に驚かされた。何しろ千変万化という形容がピッタリのプロコフィエフに対して、これでもかというくらいに多彩な音色、それも鮮やかな色彩感で、フレーズや主題が変わる度にパッと切り替わるように色が変わるのである。これほど多彩な音色を持つヴァイオリニストにはなかなか巡り会えるものではない。そう思ってしまうほどの、鮮やかさであった。もちろん技巧的にも素晴らしく、様々な特殊奏法がつぎつぎと出てくるのに、超絶技巧であろうが何であろうが、実に楽しそうに、表情豊かに弾いている。演奏中は小さな身体を大きく使い、リズムに乗せて、あるいは音量を出したりもしているが、基本的には指揮者をよく見ていて、変化するリズムにもピタリと合わせ、旋律を大きく歌わせもする。
 このように多彩な音色を駆使しての素晴らしいプロコフィエフであったが、この多彩さが森山さんの個性なのか、その辺がちょっと気になるところで、自分自身の音が固まった上での多彩さであるなら素晴らしいのだが、あまり器用になりすぎるのも・・・・もっとも森山さんの将来にも無限大の可能性があることは間違いないので、今の年齢で完成を目指す必要はないだろう。こちらもスター誕生の瞬間である。

 4名のファイナリストの演奏が、一人ずつ終わる度に、それなりに優劣が感じられて、順位予想をすることになる。今回は敢えてその経緯は書かないことにする。前述したように、予選会をまったく聴いていないので、本選会の協奏曲だけでの評価は望ましくないと考えたからだ。実際のところ、会場で顔を合わせた音楽愛好家の皆さん、今日の本選会のみを聴いた人が多かったが、ことごとく同じ順位予想をしていた。

 さて、本選会が終わり、最終的な選考結果は以下の通りとなった(予想が的中したかどうかはノーコメント)。

【第85回 日本音楽コンクール《バイオリン部門》最終選考結果】
  ●第1位・・・・戸澤采紀
  ●第2位・・・・森山まひる
  ●第3位・・・・福田ひろみ
  ●入 選・・・・福田俊一郎
   ※岩谷賞・・・・森山まひる

 結果としてはナルホドネというものとなった。繰り返すが、私が納得しようがしまいが、大勢に影響はない。しかし、少なくともヴァイオリンに関しては、音大生のサロンコンサートから世界の第一線で活躍するトップ・フレーヤーの演奏まで、けっこう幅広く聴いていると思うので、演奏自体の良し悪し・・・・というよりは演奏家による個性の違いを聴き分けるくらいの能力は持っているつもりだ。
 そんな私から見ても、戸澤さんの演奏は心にグッと迫るものがあった。作曲家の曲に対する思いと、演奏家の演奏に対する思いがひとつになって、聴く者の心を揺さぶる。15歳の少女の弾くヴァイオリンから、そういう思いが伝わって来たことがとても嬉しい。
 また森山さんの演奏は万雷の喝采を浴び、見事聴衆賞を獲得した。天才肌とも思える多彩・多様な演奏もまた、聴く者の心を揺さぶったのである。
 この若いふたりの演奏が、何よりもコンクール云々という以前に、音楽を豊かに歌わせ、聴く者の共感を呼ぶことができるものであったことも嬉しい。もちろんこれからも研鑽の日々が続くには違いないだろうが、これをきっかけに演奏機会も増えることも間違いない。やはり音楽は人に聴いてもらってナンボのものだと思うので、大勢の人の耳に届くことも演奏を育てる大切な要素のひとつになる。今後の活動に大いに期待したいと思う。


本選会終了後、審査結果が発表される前の戸澤采紀さん(上)と森山まひるさん(下)

 ところで、コンクールだから順位は付けられるが、技術的な違いはともかくとして、音楽に対する思いは皆変わらないのではないだろうか。今日の演奏はあくまでコンクールに勝つための演奏(審査員の先生方に強く訴求する/評価の得点を得るための・・・)だったわけだが、明日からの演奏では、聴いている大勢の人たちの心に訴えかけ、音楽の楽しさや美しさ、あるいは人生を変えるような感動や生きるチカラを与えてくれるような、あるいは大勢の人たちと心豊かな時間や空間を共有できるような、コンクール向けでない本来の演奏を聴かせていただきたいと思う。

【お知らせ】
 本日の「第85回 日本音楽コンクール 本選会《バイオリン部門》」の様子はNHKで下記の通り放送される予定です。
 ●2016年11月10日(木)19:30〜21:10・・・・NHK-FM「第85回日本音楽コンクール本選《バイオリン部門》」
 ●2016年12月16日(金)5:00〜5:55・・・・NHK-BSプレミアム「クラシック倶楽部」
 ●2016年12月10日(土)15:00〜16:00・・・・NHK Eテレ「第85回日本音楽コンクールドキュメント」


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2 コメント

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Unknown (Unknown)
2016-12-18 01:34:15
森山まひるさんのほうが圧倒的にセンスある感じだったので2位で驚きました
でも減点方式だとこういうことも起こり得ますよね
 (芸術を減点方式で評価するのはナンセンスだと思うんですが)

今までの聴衆賞14回のうち7回は1位以外の人が獲ってますが
毎年、1位より聴衆賞の人の演奏のほうがしっくりします
返信する
順位については・・・ (ぶらあぼ)
2016-12-18 02:34:01
Unknown様
コメントをお寄せいただきありがとうございます。
同じような感想を持たれた方が多かったようですね。
採点は25点満点で、全審査員の採点結果のうち最高・最低点(各1人ずつ)をカットしたものを合計します。本選会の得点に、第3次予選の得点の60%を合算して総得点としますので、本選会を聴いただけのイメージとは異なる結果になる場合もあるようです。聴衆賞も本選会だけの投票ですしね。
私は本選会しか聴かなかったので、今回は順位に関する自分の感想は敢えて書きませんでした。
テレビの放送を観ましたが、戸澤采紀さんも森山まひるさんも素晴らしい才能の持ち主であることを再認識できました。
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