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芸能王国 渡辺プロの真実。

2008-03-18 07:08:10 | BOOKS
松下治夫 「芸能王国 渡辺プロの真実。 渡辺晋の軌跡」 青志社 2007.07.18. 

渡辺プロダクションはテレビの草創期に生まれ、テレビとともに育ってきた。渡辺プロダクションが発足した昭和30年当時、メディアの主役は映画で、テレビの地位は低く、芸能にかかわる人間はテレビに期待していなかった。そんななかで渡辺晋だけはいち早くテレビが時代の主役になると予見し、大きなリスクを背負ってまで、積極的にテレビとかかわった。 昭和33年、第1回の日劇ウエスタン・カーニバルで成功をおさめ、芸能プロダクションとしての事業が軌道に乗り、タレント第1号のザ・ピーナッツに社運を賭け、一流の歌い手になるよう英才教育をしていたところ、フジテレビのディレクターすぎやまこういちから新しい番組を作りたいから力を貸してと言ってきた。 番組制作費を渡辺プロが出すことにした。大卒の初任給が1万5千円の時代に、1回の放送につき50万円の持ち出しで、大きなリスクを抱えて、日本初の自社制作番組『ザ・ヒットパレード』が誕生した。番組に起用したザ・ピーナッツは茶の間の人気者となり、最高のデビューを飾ってスター街道をひた走った。 会社が制作費の大半を出している番組だから、好きなように新人を出演させて売りこむことが出来た。人気番組に新人を出演させれば、茶の間に浸透し、新聞や雑誌もとりあげてくれる。おまけに、番組で唄った曲はきまってレコードの売上げが伸びる。 スター創出とヒット曲創出の方程式が、この番組で出来上がり、テレビを通してスターを創造するという渡辺プロダクションの大躍進がはじまった。 日本テレビと組んだ音楽バラエティー番組『シャボン玉ホリデー』では、ユニット番組というシステムをとりいれた。番組の制作費はテレビ局が出し、演出も局の秋元近史ディレクターに任せるが、出演者、構成作家、バンドやダンサーなど音楽スタッフは、すべて渡辺プロダクションが仕切る。安定した収益を確保しながら、自分たちの思いどおりの番組制作ができるシステムだ。蓋を開けてみると、レギュラー出演していたクレージーキャッツの人気が爆発した。 昭和44年にはじまった『8時だヨー・全員集合』は、平均視聴率が30%を記録したお化け番組で、16年間もつづいた。テレビ番組の制作やレコードの原盤制作など制作業務への進出、音楽著作権やタレント肖像権の契約・管理といった権利ビジネスへの進出……と、芸能プロダクションの構造を、一大転換させたのが、渡辺プロダクションだ。 タレントのトラブルで多いのは金銭トラブルだ。新人から売れるまでの過程で、プロダクションはタレントに先行投資し、売れ出してきてやっとペイラインに入ってくるのだが、その段階でギャラの不満から辞めて、すぐ他のプロダクションから復帰する者がいる。そういう勘違いをしているタレントはぜったい使いたくない。



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