Biting Angle

アニメ・マンガ・ホビーのゆるい話題と、SFとか美術のすこしマジメな感想など。

クリストファー・プリースト「否定」感想(SFマガジン2014年4月号所収)

2014年03月06日 | SF・FT
「SFが読みたい!2014年版」で『夢幻諸島から』が海外篇第1位を獲得した記念として、
かつてサンリオSF文庫のアンソロジーに収録されていた夢幻諸島ものの短編「拒絶」が、
「否定」と改題され、SFマガジン2014年4月号に掲載されました。
今回は第1稿から数えて4度目の改稿を経たバージョンを『夢幻諸島から』も手がけた古沢嘉通氏が
新たに訳しおこしたものなので、実質的にはほとんど新作と言ってよいかも。

舞台は夢幻諸島より北に広がる大陸に位置し、隣国と戦争状態にあるファイアンドランド。
国境沿いの寒い街で警備にあたる志願兵の青年は、戦地視察に訪れる作家の到着を待っていた。
その作家の名はモイリータ・ケイン。千ページを越える大部の作品『肯定』でデビューしたものの、
名声を得るにはほど遠いケインだったが、青年兵士は彼女の作品と才能に絶対的な敬意を抱き、
従軍前は自分も作家を目指すほどの多大な影響を受けていた。
首尾よくケインとの面会にこぎつけた青年は、彼女と『肯定』に隠された象徴について語り合い、
作品への理解と作家への思慕をさらに募らせていく。
しかし彼女には、軍部協力のための戯曲を書くという裏に隠された目的があった…。

第1稿の発表された1978年は、東西冷戦が真っただ中のころ。
その当時に読んでいれば、作中で繰り返し出てくる「壁」や、凍りつくようなファイアンドランドの土地柄、
そして特権市民という存在から、特定の場所や国家の姿を連想するのはたやすかったでしょう。
むしろ鉄のカーテンやベルリンの壁といった言葉が風化しつつある2014年にはじめて読む読者のほうが、
具体的なイメージが浮かびにくいかもしれません。
しかし見方を変えれば、世界各地に宗教対立と民族紛争が蔓延した現在のほうが、ケインの言う「壁」が
より身近な存在として、あらゆる土地のあらゆる人々の心の中に立ちはだかっているようにも感じます。

しかし「否定」という作品の魅力は、現実の投影という狭い視野に限られるものではありません。
むしろそれ以外の部分、特に「物語について語る物語」であるという構造、さらには物語で現実を語り、
語られた物語がいつしか現実になっていくという相互作用こそ、現実感覚のあいまいさを書き続けてきた
プリーストならではの個性と筆力が、最も発揮されている部分だと思います。

作中人物が架空の物語について架空の会話を繰り広げることで世界が内側に畳まれていき、
最後には架空の物語が現実とひとつに溶け合って、静かなクライマックスへと到達する。
その畳み方も見事ですが、畳むまでの過程に仕掛けられたいくつもの伏線の配置が見えてくると
この作品全体の巧妙な組み立て方に、改めて驚かされます。

さらっと読むと難解だったり意味が読み取れなかったりするかもしれませんが、何度か再読して
細部をしっかりと拾っていくと、やがて何が書かれているかがすっきり見通せると思います。
そうした再読の中で前に読み飛ばした部分を見つけたとき、はめそこなっていたパズルのピースが
ピタリとはまったような気持ちよさが感じられるのも、この作品を読む楽しみのひとつですね。

このように短編としての完成度も高い作品ですが、『夢幻諸島から』に収録された関連エピソードと
あわせて読めば、さらに大きな満足と感動が得られると思います。
そのうちひとつはモイリータ・ケインが作家になるまでの過程を書簡形式で綴った「フェレディ環礁」。
これについては、訳者の古沢嘉通氏がSFマガジンに寄せた解説にも書かれています。

もうひとつの重要な章については、古沢氏もタイトルを伏せていますので、あえてここにも書きません。
既に『夢幻諸島から』を読んだ人ならば、どの話なのかはもう知っているはずですし(笑)。

もしも「否定」を読んだ後に『夢幻諸島から』へと進むなら、どれがその話なのかを探してみてください。
きっと「ああ、そうだったのか!」と改めて驚き、そしてなんともやるせない気持ちになると思います。
コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« クリストファー・プリースト... | トップ | クリストファー・プリースト... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿