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ビロウな話で恐縮です日記

日常の隙間を埋める試み
と仕事情報

もしもし

2011年08月30日 11時16分26秒 | 日常
先日、夜遅くに携帯が鳴った。
画面を見たら「ユーザー非通知」だったが、いつも「ユーザー非通知」でかけてくる叔母だろうと思い(叔母は自身の携帯の設定がうまくできないらしい)、
「もしもし」
と電話に出た。
すると若めの男性の声が、
「あ、どうもー。一週間ぐらいまえに、ツーショットでつながったものですけど」
と言う。
まったく聞き覚えのない声だったので、十中八九まちがい電話だと気づいたが、知人だという線も百パーセントないわけじゃなかろう。一週間ぐらいまえに会った男性がいなかったか、必死になって脳内検索する。
同時に、「ツーショット」とはなんなのかが気になった。
ショットグラス二杯ぶんてこと? ちがうよな。
なぜかそのとき、稲妻のごとく「ツーショット・プリクラ」という言葉が連想された。たぶん、「アイドルのデビューまえのツーショット・プリクラが流出し……」などという芸能記事を読んだことがあったからだろう。
そこで、一緒にプリクラを撮ったことのある相手からの電話なのかもしれぬと思い、プリクラ絡みの記憶を必死になって脳内検索したのだが、私は生まれてからいままでプリクラを三回ぐらいしか撮ったことがなく、しかも最後に撮ったのは十年以上まえであることが判明した(さらに言えば、むろんのことそれはツーショットではなかった)。
また、最前から検索をつづけていた「一週間ぐらいまえに会った男性がいなかったか」という事案についても、「すみません、どこをどう探しても、そのような記憶は見当たりませんでした」との報告書が、脳内検索隊から提出された。
私は(殺伐としたふたつの検索結果にやや屈辱を覚えつつも)自信をもって、
「どちらにおかけですか? 番号をおまちがえだと思います」
と相手に告げた。
すると若め男性は、
「あれ、おかしいな」
などとひとしきり困惑していたが、
「まあいいや。もしお時間があったら、ちょっとお話ししませんか」
と持ちかけてきた。
自分でもまったくどうかしていると思うが、ここに至ってようやく私は、
「これもしかして、エロ関係ていうか欲望関係のまちがい電話!?」
と事態を正確に認識できた。
あわわしながら、
「いえ、本当にすみませんけど、おかけまちがいですし、お話しできません。あしからず」
と答える。
ふぃー。電話を切った私は、落ち着いて考えをめぐらせてみた。
「ツーショット」って、ツーショットダイヤルのことじゃないか! なんだよ、プリクラって! 
しかしあいかわらず、ツーショットダイヤルの仕組みはいまいちよくわからないままだったし、「いまどき電話で出会いを求めるひとっているのかな」というのも気になったので、ウィ○ペディアにおうかがいを立てることにした。
以下、ウィキ○ディアより引用。

(引用者註:インターネットの普及以降、ツーショットダイヤルは衰退したが)SMやスカトロといった特殊マニア向けのツーショットダイヤルは依然男女ともに、気軽に話せると根強い人気。

……え?

日常

2011年08月28日 01時00分39秒 | 日常
またも日記をさぼっている。いったい私は日々、なにをしてるんだろう。
最近の日常を思い返してみよう。
昨日(正確に言うと一昨日)は火宅二号近辺が豪雨に見舞われ、道路から二号の敷地内に大量の雨水が流れこむ。
二号は二階にあるにもかかわらず、配水管が逆流したのかなんなのか、
トイレに入ったらごぼごぼいっている。
これはさすがにまずいのではないかと思い、
道路と敷地のあいだに板とブロックで堰を作る。
豪雨のさなかでの作業でびしょ濡れになり、
「そういえば私は、チャールズ父さん(大草原の小さな家)のような頼りになる
夫だったり父だったりが欲しかったのに、気がつけばなぜか自分がチャールズ父さんになっている……」
という事実に直面せざるを得なかった。
疲れたので早めに就寝。
本日(正確に言うと昨日)の朝、さわやかに目覚め、台所で力うどんを作っていたら(入れなくてもいい餅など入れるから太る)、
隣家のちびっこ(幼稚園生ぐらいの男子)の、
「うんこ出たー!」
と、全世界に向けて報告するがごとき声が聞こえてきた。
そいつぁよかった、と心で祝福する。
日が暮れてから、友だちにもらった「I♡BL」と大書されたTシャツを着て、
BL猛者たちとの読書会に参加した。
コジャレた店で開催されたうえに、その店まで行くには当然電車に乗らねばならず、
なにか大きなミッションをクリアしたような気持ちになった。

……日々、特になにもしていないことが判明した。

手弁当

2011年08月12日 01時35分10秒 | 日常
身内の恥をさらすことになるが、あまりにも衝撃だったので記す。
先日、弟と話していて、
「手弁当で馳せ参じたそうだよ」
と言ったところ、弟は「手弁当」の意味を「手作り弁当」だと解釈したらしく、
「どんな弁当を食わせたんだよ! 迷惑だろ、そんなの」
と応じてきた。愕然とした私は、「手弁当」の正確な意味を愚弟(と、この際呼んでもかまわないだろう)にこんこんと説明した。
すると愚弟は、
「だったら『ボランティアで』とか『自腹で』とか『好意で』とか言えばいいだろ。なんだよ、『手弁当』って。賭けてもいいけど、そんな言葉、いまの学生は知らないぞ。ま、俺はとっくに学生じゃないけど」
と開き直る。
全国の学生さんに謝れ、愚弟よ……!
己れの語彙の少なさに恥じ入れ、愚弟よ……!
以前も、「琴線に触れる」という言いまわしが通じず唖然としたことがあったが、いったいこの男は大丈夫なんだろうかと、愚弟の行く末が案じられてならぬ。
ここ数ヵ月、愚弟と私は喧嘩をしており、ほとんど口をきいていなかったのだが、衝撃の余波で心の壁が崩れ落ち、「かわいそうだから、仲直りしてあげよう」と思ったほどだ(「べつに仲直りしてくれなくてけっこうだ」と愚弟は思うだろうが)。
手作り弁当って……。あほや。ぷぷぷ。

パンイチ氏三連発

2011年04月18日 23時26分27秒 | 日常
パンイチ氏と住居がやや近所になったため、「引っ越しおつかれさま」の意をこめ、一緒に夕飯を食べにいった。
食後、「まだ時間が早いから、もう一軒どこか行くか。なんかこう、『ほかに飲みにいく相手もいない、さびしい二人なんだな』という、傷の舐めあい感があるが」と言ったところ、
「『きず』の『な』めあい……。いわゆる、『きずな』ですね!」と返された。
「無駄に冴えてるな、パンイチくん!」という賞賛の思いと、
「どこがどう『いわゆる』なんだ、ごるぁ!」という苛立ちとが等分に襲いかかり、
とりあえずその発言は聞かなかったものとしてやりすごすことにした。

ア○さんマーク

2011年04月18日 23時12分16秒 | 日常
そんなパンイチ氏は、最近引っ越しをした。
○リさんマークの引っ越し業者により、すみやかなる転居を実現できたとのことだが、ア○さんたちが新居に運び入れてくれた段ボール箱をいざ自分で開封する段になって、作業はパタリと頓挫したらしい。
だから、荷ほどきまでやってもらえるパックにしろと言うたであろうが。
新居が段ボール箱に占拠されたため、パンイチ氏はしばらく押し入れに布団を敷いて寝てたそうだ。きみはドラ○もんか。
そんなある日、押し入れに横たわり、室内に積みあがった段ボール箱を切ない思いで眺めていたパンイチ氏は、ふと気づいた。
段ボール箱に、「アリがとう」と書いてあることに。
「その瞬間、啓蟄を決意し、猛然と荷ほどきを開始しましたよ」
きみが虫になって這いでてどうするのだ。

きみの名は

2011年04月18日 23時02分18秒 | 日常
パンイチ氏が着々と仕事情報をアップしてくれるので、
「なんにも日記を書かんわけにもいかんなあ」
と、若干プレッシャーを感じる今日このごろだ。
ちなみにパンイチ氏は、「(パ)」という署名に納得いかないらしく、
「パンイチってあだ名、なんとかなりませんか」
と、強訴してきた。
そこで吾輩、ひらめいたよ。英訳したらどうかな、ってね。
「じゃ、今日から『パンワン』ってことにしたまえ。
英語圏どころか中華圏でも通じそうな、グローバルな響きがするではないか」
即座に却下された。なんでかなー。


ネタバレあります

2011年02月18日 10時34分50秒 | 日常
キャシャーン(て呼ぶの、もしやすごく失礼? と思いつつも、あまりにも自身のなかで定着した愛称なので変更しにくい)の力石像に納得のいったあんちゃんと私は、「じゃあ、この映画の続編を作るとしたら、どうするのがベストなのか」を語りあった。
以下、ネタバレありますので、『あしたの○ョー』を全然ご存じないかたはご注意ください。

映画『あしたの○ョー』は力石戦までで終わるが、漫画はそこからの展開がまたすごい、というのは申すまでもない。
しかし、映画版は力石、葉子さん、ジョーの三角関係度合いをやや高めたため、続編で力石死後のジョーの熱戦を描く段になると、ちょっと物語の推進力が落ちてしまうのではないか、という懸念がある(いまのところ続編があるって話は聞いたことないが、勝手に懸念する私たち)。
さらに、続編では絶対に、ホセ・メンドーサ戦後のジョーの脳内を、走馬燈のように力石とのメモリアルが過ぎり、白い半パン(正式名称を知らぬ)、白いグローブをつけた力石が天使のように迎えにくる、という演出になるはずだ。ならんだろ、というご意見は却下だ。
さてそうなると、だ。メモリアル部分は、今回の映画の映像を使えばいいけれども、迎えにくる力石(白パン白グローブ)の映像はどうするんだ。一分にも満たない登場シーンのために、キャシャーンに再度の減量を頼むのか。そりゃ無茶だろう。もしかしたら、迎えにくるシーンも念のため今回撮影済み、という可能性も考えられるが、あえて無視する。
うんうん知恵を絞っていたら、あんちゃんがものすごい名案を思いついた。
それは、続編に登場するカルロス・リベラ役もホセ・メンドーサ役も(なんだったらハリマオ役も)、いっそのこと全部キャシャーンに依頼する、というものだ。すげえ。ジョーの対戦相手、みんなキャシャーン。
アホみたいな案だ、と思うかたもおられるかもしれない。かもしれない、ってレベルじゃねえよというご意見は却下だ。どうか、落ち着いて考えてみていただきたい。対戦相手を全部キャシャーンに演じてもらえば、出演時間が増えるわけだから、再度の減量を頼みやすい。白パン白グローブ姿の力石もスムーズに撮影できる。
さらに、だ。くどいようだが、映画版では三角関係度合いを高めたため、必然的にジョーのなかでの力石の存在が、見ようによっては漫画よりも大きくなっている。そのため、力石がいない続編では、物語の推進力が低下するのではないかと懸念したわけだが、キャシャーンに対戦相手をすべて演じてもらえば、この問題も一挙に解決。「なんか力石の面影があるホセ・メンドーサ(あるいはカルロス、あるいはハリマオ)だな」と観客は思うだろうが(あたりまえだ、全部キャシャーンが演じているのだから)、これはつまり、ジョーが対戦相手すべてに、力石の幻影を見ているからなのだ。映画版の物語の構造からしても、つじつまが合うキャスティングだ!
彫りの深いキャシャーンを力石役に起用したのは、続編でベネズエラとかマレーシア出身の対戦相手をも演じてもらおうという、製作者側の深謀遠慮が働いていたのだなあ。働いてねえよ、というご意見は(以下略)。
続編は、ジョーの力石幻視編になる、という予測。いかがか。今回の映画のラストからしても、この予測は案外いい線いってるのではないか。と、わりと自信を持ってるあんちゃんと私だ。

あしたの○ョー

2011年02月18日 09時34分47秒 | 日常
友人あんちゃんと、映画『あしたの○ョー』を見にいく。
べつに伏せ字にする意味も必要もないのだが、「ジョー」と打ってから「ジ」を消して「○」を加える一手間をかけるのが俺流だ。嘘だ。ただなんとなくだ。
漫画を読んだのが二十年ぐらいまえなので、現段階では漫画と映画の詳しい比較ができないのだが、漫画ファンにも最大限配慮しつつ、二十一世紀の観客にも楽しんでもらえる映画にしよう、という意欲は感じられた。配慮の最たるものは、やはり役者陣の渾身の熱演&肉体改造であろう。二十一世紀の観客向けな部分は、一例を挙げれば葉子さんの「拳」にまつわるセリフであろう(たしか、あんなセリフは漫画にはなかったと思うのだが、あったらすまぬ)。
肉体改造については、「すごい」という前情報がいろいろあったけれど、まじですごい。「人体とは、そんなとこに骨があるものなのか。私の体ではついぞ見かけたことがないが」と、キャシャーンの体を見て思った。あ、ごめん、伊勢谷氏のことをいつもキャシャーンて呼んでるものだから。『キャシャーン』はこれまで見た映画のなかでも、かなり(いろんな意味で)衝撃的な作品だったため、伊勢谷氏は私のなかで、その後もずっとキャシャーンなのである。いや、好きな役者さんですが。出演作、なんだかんだでけっこう見てますが。なのにキャシャーン。
まあいい。『キャシャーン』の話はいまはいい。で、キャシャーンの肉体改造がすごいのは本当なのだけれど、映画『あしたの○ョー』におけるキャシャーンは、力石徹の人物造詣が絶妙にうまい、という点でこそ、もっと「すごい」と言われるべきなのではないか、と思った。
記憶を掘り起こしたところ、漫画版の葉子さんは、力石戦以降、ジョーに心が傾いていく感じだったはずだ。しかし映画版では、心情として微妙に三角関係であり、これは力石戦までしか描かれない映画版の構成からすると、至極もっともな改変であると言えるだろう。ここで微妙な三角関係にしとかないと、葉子さんが「ただいるだけのひと」になってしまう危険性があり、そうなると物語の推進力が弱まってしまうからだ。
では、微妙な三角関係を表すために、映画版でどのような工夫がなされているかだが、力石から葉子さんへのラブの度合いを、絶妙な塩梅で増量させてる気がする。この加減が、キャシャーンは抜群にうまかったと思うのである。あんまりラブすぎても、「てめえは女のためにボクシングすんのか」と思ってしまって興ざめだし、素っ気なさすぎても、「葉子さんは添え物かよ」とモヤモヤしてしまうところだ(何度も言うようだが、話が力石戦までで終わる映画版の場合は、である。力石戦以降も物語がつづく漫画版の場合、ラブの度合いを増さなくても、三者の関係は大変バランスが取れているし、心情の変遷もすごく納得がいった記憶がある)。
キャシャーンが綿密な演技プランを立て、「映画のなかの力石」をすごく考え抜いて表現した結果、絶妙なラブ増量をなしえたのだと思われる。しかしもうひとつ、ラブ増量が成功した要因は、キャシャーンという役者の持ち味のためでもあるのではないか、と感じられた。一言で言うと、「肉食っぽい」のだ。他者(特に女子)に対して、キャシャーンはわりと肉食っぽさ(いい意味で)を醸しだす。
『ハチミツとクローバー』を見たときも、森田先輩役のキャシャーンがすごく肉食っぽくて、「もしかして森田じゃなく、ローマイヤ先輩なのか?」と当初は混乱したぐらいだ。だが、最後まで見るうちに、「こういう森田先輩もアリだ」と納得させられた。作品全体を通して見ると演技のバランスが取れているのだけれど、個々のエピソードにおける振る舞いや表情やセリフまわしなどが、こちらの予想していた演技よりも肉食っぽい。それがキャシャーン。と私は勝手に感じた。
映画『あしたの○ョー』においては、キャシャーンの持ち味としての肉食っぽさが、絶妙なラブ度アップにうまく貢献している、と思うのである。肉体減量、ラブ増量。さすがだ。肉体改造だけでなく、演技の的確さといい塩梅の肉食感をこそ、賞賛したい。

甘煮

2011年02月18日 09時21分00秒 | 日常
「ジャム」もいつのまにか見かけなくなって、「コンフィチュール」たら言うようになったっぽい。
一文字もかぶるところがないため、「ジャム=コンフィチュール」と脳内で咄嗟に結びつけるのが困難なのだよな……。
「若いやり手のひと」を指す横文字も、どこに濁点つければいいのかわからなくて、
「ヤングエグゼグディブ」
と、とりあえずつけられるだけつけて発音してるぐらいなのに。
まあ、日常であまり、ヤングエグゼグディブ(←まちがい)って言う機会がないけれども。
BL読んでて、「おや、またヤングエグゼグディブ(←まちがい)の攻か」と、一人つぶやくぐらいだけれども。

洋服店

2011年01月30日 15時46分59秒 | 日常
父がなんの気なしに、
「あのへんにあるブチックは」
云々と言ったので、生温かく聞き流して「うんうん」と相槌を打ってあげていたところ、生温かいところの微塵もない弟が、
「親父、いま『ブチック』って言ったよな」
と、冷徹な人斬りのごとく話をぶった切った。
わずかに動揺を示す父。
「いや、お父さんはブチ、ブティックって言ったぞ」
「ほら! いま言い直した! やっぱりブチックって言った! ブチック!」
無情にも追及の手をゆるめぬ弟。
もう、もうそのへんにしてあげて。そのひと、すでに事切れておりまする。そんな思いで、
「まあまあ、どちらでもいいではござらんか」
と必死に場を収めた。
そういえば、「ブティック」って最近聞かないな。「ショップ」とか言うよな。ブティックはどこへ行ってしまったのだろう。

災難

2011年01月19日 21時10分41秒 | 日常
ファックス用紙(ロールタイプ。太い)をせっせと交換していたら、棚に置いてあったストックのファックス用紙(ロールタイプ。くどいようだが、太い)が転がり落ちてきて、後頭部を直撃する。
なにが起こったのか、にわかにはわからず、床にうずくまってしばし悶絶した。
人間いたるところに青山あり(この世界のあちこちに、骨を埋めるぐらいの場所はあるぜ)、とはいうものの、よもやファックス用紙が原因であやうく骨をうずめる危機に陥ろうとは。
人間いたるところに災難あり、だ。

陰謀と希望

2011年01月10日 15時56分59秒 | 日常
食材などの買い物をしがてら、とろとろ歩いて四十分ほどのコースを選ぶ。
駅前にたどりついたとたん、猛烈に腹が減り、歩いた以上のカロリーを摂取してしまう。入った店が、喫茶店かと思ったら手作りハンバーガー屋で、メニューの選択肢がハンバーガーかカレーしかなかったのだ。カレーよりはハンバーガーのほうがカロリーが低いのではないかと思い(根拠はない)、ハンバーガーを食す。
なにものかが、俺の減量を阻止すべく陰謀を張りめぐらせている気がする。「なにものか」の正体の第一候補は、食欲に負けがちな自分自身の理性だ。理性め! 加えて、席についてメニューにハンバーガーかカレーしかないことに気づいた時点で、「すみません、まちがえました(←なにを?)」と店を出る度胸がないのも問題だ。度胸め! 理性と度胸を増量したいものだ。
隣のテーブルには、二、三歳ぐらいの女の子と、その両親がいた。母親は女の子のために、ハンバーガーの一部と、つけあわせのフライドポテトを小皿に取りわけてあげていた。
ところが女の子は、フライドポテト(細い)を見て、「こわいー、こわいー」と大泣きしているのだ。いったいぜんたい、フライドポテトのどこがどうこわいのか謎である。横目で様子をうかがっていたら、「ははは、大丈夫だよ。食べてごらん」という父親の勧めを受け、女の子は泣きながらポテトを食べた。直後、女の子はなにかを納得したらしく、猛然とポテトを食べはじめた。
動物も不可解だが、チビッコも不可解也。
可能性として、二つ考えついた。
一、女の子は、「こわい」という言葉の意味を勘違いしている。たとえば、本当は「腹減った」と言いたい状態なのに、「腹減った=こわい」だ、とまちがって覚えており、「こわい」と言ってしまった。
二、女の子は、フライドポテトを虫だと勘違いした。
どちらかというと、「二」のほうが正解に近いのではないか。その店のポテトは、マク○ナルドとかのポテトよりも、さらに細い形状だった。二、三年しか生きていないチビッコが、経験値の低さから極細のポテトをポテトと認識できず、虫の揚げ物だと思って泣いてしまうという事態も、ありえないことではなさそうだ。
しかしそうなると、「食べてごらん」という父親の勧めに従い、虫だと思ってるもんを素直に口にする女の子がすごい。そこまで親を信頼しているのか! その後、ばくばく食べはじめたということは、「あれ? 味は芋みたいだな。虫じゃなく芋なのかな。なんかよくわかんないけど、まあいいか」と思ったってことだろう。そこまでフライドポテトがうまかったのか(虫の揚げ物かもしれなくても、かまわないぐらいに)!
いろんな意味で純なチビッコの魂に打たれた。彼女の目に映る世界は、恐怖と輝きに満ちているのだろう。

あけました

2011年01月05日 11時13分38秒 | 日常
今年もよろしくお願いします。
うさぎ年を機に、うさぎのように敏捷な肉体を入手すべく、歩くことにした。
以下、壮絶なる吾輩の歩く日記。

一月一日
最寄り駅(しかし徒歩二十五分かかる)まで歩く。駅前の店が軒並みやっていない! かろうじて開いていた喫茶店でコーヒーを飲み、排尿し、むなしく帰路につく。途中で小さな酒屋さんが営業していることを発見。ワインを二本購入。夕飯のときに飲み干す。ワイン二本と夕飯ぶんのカロリーで、歩いたことなど帳消しなのではないか? むしろ、歩いたからこそ安心してカロリーを過剰摂取してしまう傾向にあるのではないか? 歩く意義を早くも見失いそうだ。

一月二日
箱根駅伝をテレビで見たあと、近所にある大きめの公園を経て、二駅ぶんを歩くルートを選択する。父(糖尿)も一緒についてくる。公園ではさまざまな犬が楽しそうに遊んでいた。見たことのないような犬種もいっぱいいる。毛が極端に短くて、耳が大きくて、なんか「ぬるり」とした感じの犬だ。かわいい。思わず「かわいいなあ」と言ったら、飼い主の男性に会釈された。その男性がまた、すごくかっこいい。恋の予感? 「なんていう犬種ですか。お名前は」と矢継ぎ早に問いたかったのだが、犬を餌に接近しようとするあさましい性根の女と思われたくなく、男性も異性より犬に夢中といった風情だったので、黙って会釈を返すにとどめる。独身者がペットを飼いはじめるとますます婚期が遠のく、という言説があるが、あながちまちがいではないのかもしれん。とか言いつつ、あのかっこいい男性にはマンションで待ってるパートナーがちゃんといて、「おかえりー。お昼もお雑煮でいいかな。チロル(犬の名)にもクッキーあげるね」なんて、いちゃいちゃしてるのだろうけれどな。けっ。自分の妄想に自分でいらいらする正月だ。
二駅ぶん歩く途中で、「もうお父さんはダメかもしれない」と父(糖尿)が言いだす。低血糖になってしまって、ふらふらするのだそうだ。なんで飴を常備しておかないのだ。しかたがないから、タクシーで帰宅する。歩く意義を早くも見失いそうだ。

一月三日
箱根駅伝をテレビで見たあと、最寄り駅B(しかし徒歩三十分かかる)まで歩く。川べりの道を選んだら、ジョギングしている老若男女がいっぱいいた。意地でも走らない。そういう意気込みで、川に集まってるカモを眺めながらゆるゆる前進する。それほどきれいな川とも思えぬが、カモはしきりに顔を水につっこんでは、小魚かなにかを食べているようだ。ずいぶん巨大な鯉も泳いでいる。カモ数羽で協力して巨大な鯉を捕獲すりゃいいのに、と思うが、カモにはそういう発想はないらしい。にもかかわらず、日向で五羽ぐらいがまったく同じ姿勢で座っていたりもする。不可解。そういえば昨日見た犬も、しきりに互いの尻を嗅ぎあっては、突如として全員で駆けだしたりしていた。動物の行いのほとんどが不可解。
正月も三日となると、いろんな店が営業している。サラダと揚げ物を買い、バスで帰宅。歩く+サラダ<揚げ物+バス。歩く意義を早くも見失いそうだ。

一月四日
三日間も歩きづめだったせいで(誇張表現)、疲労が蓄積してしまったようだ。一日、うとうとする。便所と寝床の往復以外は歩かず。
歩く意義を早くも見失った。

そして今日に至る。
おそるおそる体重計に乗ってみたら、微増傾向にあり。
生きるってなんだろう。

はじめての……

2010年08月11日 04時25分37秒 | 日常
引っ越したのを機に、セミダブルのベッドを購入した。これまではシングルベッドだったのだが、縦半分を漫画に占拠され、ハーフベッドになってしまっていた。セミダブルなら、縦半分を漫画に占拠されてもシングル弱の面積は残るだろうという、深謀遠慮に基づく選択である。
でもやっぱり、大きなベッドを選んだのが正解だったのかしらねえ。お札も、二つ折りの財布より長財布のほうがのびのびできて、より集まってくるというものねえ。
あたしのベッドに、ついに男が載ったのよ! しかも、かなり激しくスプリングを軋ませたのよ! ああん、ワイルド。
というわけで、吾輩のセミダブルがはじめて迎えた男は、友人の息子ゆうきくん(二歳)です。思うぞんぶん飛んだり跳ねたりしてくれました。
わーい……。