BBの覚醒記録 

無知から覚醒に至る一つの記録です。「是々非々」がモットーで必要なら、
支持する政治家や弥栄を願う皇室への批判も厭わず。

天皇陛下ご発言は、やはり皇后陛下の作文なのか?( 転載ご自由に)

2019-02-25 | 皇室問題

 ▼飛んだおことば、皇后さまが気づく 涙声で感謝の8分半

 24日の在位30年の記念式典で、天皇陛下のおことばは8分半に及んだ。退位当日の4月30日、皇居・宮殿での「退位の礼」で最後のおことばが予定されるが、皇居外では今回が最後となる見通し。涙声で国民への感謝の思いを語った。

「自分はつなぎの天皇」 陛下は友人に、そう語った

 おことばは象徴天皇の歩みを振り返る集大成とも言える内容だった。平成の30年間を「国民の平和を希求する強い意志」によって「近現代において初めて戦争を経験せぬ時代」と総括しつつ、決して平坦(へいたん)な時代ではなかった、とも述べた。震災などを念頭に「多くの予想せぬ困難に直面した時代」だったとし、「日々国の安寧と人々の幸せを祈り、象徴としていかにあるべきかを考えつつ過ごしてきました」と振り返った。

 陛下は天皇の務めを人々の助けを得て行えたことを「幸せなこと」と振り返り、「この国の持つ民度のお陰でした」とも述べた。

 ともどもに平(たひ)らけき代(よ)を築かむと諸人(もろひと)のことば国うちに充(み)つ

 おことばの中で、天皇陛下は平成が始まって間もない時期に皇后さまが詠んだ歌を紹介した。当時、全国各地から「私たちも皇室と共に平和な日本をつくっていく」との「決意に満ちた言葉」が寄せられたと明かし、「私どもは今も大切に心にとどめています」と声を詰まらせながら語った。

 途中、天皇陛下が用意した原稿を読み間違えてしまう場面があった。天皇陛下は昨年5月にもベトナムの国家主席夫妻を歓迎した宮中晩餐(ばんさん)会で、おことばの原稿を1枚分飛ばしたことがあった。今回はかたわらにいた皇后さまがすぐに気付いて伝え、陛下は安堵(あんど)した様子で再び読み始めた。宮内庁関係者によると、皇后さまはおことばの作成を支え、内容を理解して式典に臨んでいたという。

 式典が終わり、天皇陛下は会場内を見渡しながら手を振った。そばには笑みをうかべる皇后さま。お二人に大きな拍手が送られた。

 式典には安倍晋三首相や衆参両院議長、外国大使ら約1100人が出席。安倍首相は式辞で「30年の長きにわたって、国民に常に寄り添ってこられた両陛下のお姿を、私たちは決して忘れることはありません」と述べた。福島県の内堀雅雄知事は国民代表として「明日に向けて歩みを進める勇気をいただきました」と東日本大震災での激励に感謝を伝えた。(緒方雄大、島康彦)

朝日新聞社

 

・・・・・・・・・・・・・・ここまで

 見出しの「飛んだ」を(漢字が使われているにもかかわらず)一瞬「とんだ出来事」や「とんだ失態」という時に使われる、連体詞かと勘違いしてしまいました。

が、中身の一部はやはり「とんだ」内容であったと思われます。

平和憲法護持と直接にはおっしゃっていませんが、戦争のなかった73年間を称えるのは、改憲反対の左翼の常套手段です。
誕生日談話におけるもっと直接な平和憲法護持発言と合わせると、この期に及んでなお憲法改正反対の意志を述べられたものと推察されます。改憲を主張する安倍総理の前で。

それに、平和、平和と言いながらそれがアメリカの持つ軍事力と核によって守られたものであり、決して憲法によって平和が保たれたのではないこと。竹島という領土を奪われ、拉致被害者を出したのは平和憲法という無力憲法で日本の国防ががんじがらめになっていて、朝鮮になめられた結果であることに触れないのも、左翼コメントの典型です。領土を奪われ、少女を含めた国民が拉致されて何の平和ですか!!

震災について述べていらっしゃいますが、ひょっとして祭祀との関連をお考えにはならなかったのでしょうか。平成を代表する言葉として、「災害」をどここかの寺が墨書で掲げ物議をかもしましたが、事実でした。端的に平成を約めるなら「災害」はその代表的言葉の一つでしょう。
皇后陛下の入内の年が、伊勢湾台風で明治維新以来最大級の災害でした。太陽である天照大神を皇祖神とする皇室に皇太子妃を迎えた年に、これでもかと海が荒れ大雨だったのです。それから平成と御代が改まり異常気象と津波、災害の連打。これを皇室のありようと結びつける何の客観的証拠もありませんが、それを祭祀の希薄さと皇室の伝統壊しと結びつけられても仕方がない面があるかと思われます。

もともと祭祀に科学的根拠などありません。しかし、ないものを古代より延々と形を変えながらでも引き継がれてきたのかを考えると結局、皇室とは何かという命題に突き当たり、それは命を懸けての祈りでしかありません。皇室の存在自体が科学的に証明できるものではありません。
「象徴」であることに全身全霊をとおっしゃいますが、全身全霊でなさるべきは祭祀しかないではありませんか。

国家と民の安穏を身を贄にして祈るのが天皇です。災害が起こってから莫大なお金を投じて、お供を引き連れての被災地訪問が悪いとは言いませんが、まず祭祀ありきであり、それをなおざりになさっての被災地訪問は順序が逆、本末転倒と言わざるを得ません。
しかも、被災地訪問の様子を写真集やDVDにまとめ、皇居内にその組織がある版元から売りに出すとは。その収益は何に使われているのでしょうね。

そして、わが国最大の巡視船「あきつしま」を手術室付きのホテルに改造、「慰霊」と銘打ったその実、GHQ植え付けの自虐史観ベースの懺悔旅。日本の巡視船はただでさえその数が足りません。その最大の船で自虐史観旅をなさっている間、日本の海の守りが手薄になりました。
船の改造費、そしてホテルから巡視船へと修復する莫大な費用についての公表がいっさいなされていません。
仮住まいに「節約を」とおっしゃりつつ、その仮住まい自体が本来不要な住居であり、体育室の建築を天皇陛下のご意向により削って節約とは、一体それは何でしょうか。おまけに本来は秋篠宮殿下がお入りになるべき東宮御所を、従来の職員数のまま引退後の住まい仙洞御所にご希望などと。そのために皇嗣秋篠宮御一家のための住まいを建設せねばならず、それが秋篠宮殿下の浪費であるかのように伝える者たち。引退とはそれまでの責務からの開放であると同時に、それまで手にしていたものを手放すことです。

祭祀の否定は皇室否定です。祈りなき皇室は単なる既得特権階級です。

被災地に赴くことが「国民に寄り添う」ことなら、なぜ鬼怒川の氾濫の時、ダッカで邦人が複数惨殺された時、お遊びにお出かけだったのでしょうか。

 

それにしても、企業を去る社長・会長が社員を前にした挨拶に、「女房の詠んだ歌」など披露して涙声になったら、いい笑いものです。
まして、天皇陛下。人前で感情を露わにするなどと、これほどの醜態をさらした天皇が歴代あったでしょうか。
終始、望洋とした表情とお言葉を保たれていた昭和天皇、そしてその脇から社会問題、国際問題を賢しらげに語ることなどなくただ黙って、昭和天皇から半歩下がり、「お上」が語られている間は低頭なさっていた香淳皇后こそは本来の皇后でいらっしゃいました。社会情勢についてなど、一言も発言なさっていません。

https://blog.goo.ne.jp/chaos1024/e/6ba81eebc18f9cc7f4c72278baaac1cc

どうかすると、天皇陛下の先に立って歩き、天皇より手を高く掲げ、しかもその手はコンスもどきという皇后が君臨したのが平成という時代でした。この異様な時代は後の時代が検証するでしょう。天皇陛下が折りに触れ発表される「皇后への感謝と賛美」の文章を皇后陛下が「検閲」作成に協力したいらしたということに失笑を禁じえません。

男女同権なと、皇室には不要です。そもそも皇后は「象徴」ですらありません。それが五日市憲法にことよせて平和憲法を論じ、元GHQの女メンバーを賛美、強制された慰安婦がいたことを前提にしての言動、辺りはばからぬ親韓言動、九条の会との親交。果ては「A級戦犯」と英霊を犯罪者呼ばわり。

天皇皇后が社会にまつわる事象に口を挟めば、それは必ず国民間で意見の割れていることのいずれかに加担することだということもお解りになってない。

本当に情けない御代になってしまい、次代はその劣化版登場です。早速「憲法」を引き合いに象徴を模索なさるむねのご発言がありました。

皇后陛下はお言葉の作成にも携わられた、とここに来てついに内情が明らかになりました。これまでにも、皇后の天皇に及ぼす影響力の甚大なことは「女帝」と実質皇室を仕切る最高権力者として囁かれては来ましたが、案の定これまでの天皇陛下のお言葉にも、皇后の意志と推敲が入っていたこと、勘ぐれば全文が作文の得意な皇后陛下作だったのか、とも疑われます。天皇による皇后褒め称え文にも皇后陛下が関与と思えば笑わざるを得ません。

憲法で規定された皇室典範無視の「生前退位」にわたくしは何も関与していない、として皇后陛下が雑誌媒体を使ってのアリバイ作りの時期がありましたが、今回の報道を見ると天皇陛下が公共放送を私物化なさっての「お気持ち」表明も皇后陛下作だった可能性を考えずにはいられません。

「象徴としていかにあるべきかを考えつつ」とおっしゃいますが、考えるほどのことはありません。余計なことは言わない、しない。黙々と祭祀を行い、後は最小限の国事行為とそれに準じることをなさっていらっしゃればよいだけのことです。天皇とは国旗です。ただそこに翻っているだけでよい。

年間数十回に及ぶ厳しい祭祀をまっとうにお務めになっていれば、海外への慰霊の旅など出来る時間と体力のゆとりなどないはずです。

皇后陛下はかつて、一人の生きた人間が象徴としてあり得るか、というごとき問を投げかけられましたが、これも小賢しく浅薄だと言わざるを得ません。象徴というのはGHQ押し付けの憲法が「言葉」として定義しただけのことであり、天皇とは古来より祭祀を通じ皇祖神とつながり、身を贄にしても国家と民の安寧を祈ること、これに尽き本質は憲法がどうあろうと変わってはいません。祭祀は天皇の私的行為として、これもGHQに格下げされましたが、それも言葉の規定だけのことで、祭祀が天皇と皇室の本質であることに何の変わりもありません。

両陛下はその基礎中の基礎がお解りではなく、これもGHQ癒着の異教徒一家から嫁いだ皇后陛下の、しょせん神道とは相容れぬ思考と感性から来る勘違いであり、今上陛下はGHQから少年期に受けた恫喝と相まって皇后陛下の影響下にあると思われます。

陛下の「飛んだ」発言報道に対して、ヤフーに寄せられるコメントは賛美賛嘆美化の嵐。実態を把握しているのは、国民の5%からよくて10%と、この数字はずっと変わっていませんね。

50年後にはせめて、40%程度の国民がGHQ施策がいかに皇室弱体化に巧みであったか、また皇后陛下がいかに皇室内の伝統をそのカトリック的感受性、そしてGHQ由来の自虐史観をベースに壊されてきたか、そのことに覚醒するようにとの願いを込めて今まで綴って来ました。かつて歴史がその真実を示すには途方もない時間がかかっていましたが、ネット社会により真相が日の本に顕になるまでの時間が著しく短縮されました。

GHQが目論んだ日本国民の精神支柱である皇室破壊は、祭祀の天皇親修が絶える次代でひとまずの完成形を見ると思われます。そこにもし、愛子天皇が擁立されたら皇室は決定的に終焉の時を迎えます。

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▼「自分はつなぎの天皇。皇太子の代に明るい皇室となれば」

 1993年1月。天皇陛下は友人の織田和雄さん(83)との電話で、そう語った。

 織田さんは学生時代から陛下のテニス仲間。結婚前の天皇、皇后両陛下が出会った軽井沢のテニスコートに居合わせ、その後、お二人の電話を取り次ぐキューピッド役も担った間柄だ。

 冒頭の電話は普段より長かった。織田さんは「大切なことを話している」と受けとめ、ペンをとった。そのときのメモが残っている。数日前に皇太子さまと雅子さまの婚約が内定、世間に祝福ムードが広がっていた時期だった。

織田和雄さんが1993年1月に、天皇陛下と電話で話しながら書き取ったメモの一部。天皇陛下が語ったとされる「皇太子の代に明るい皇室となれば」という言葉がメモされている(画像の一部を加工しています、織田さん提供)

写真・図版

・・・・・・・・ここまで

学友の口を通してご自分の考えを国民に長々と訴えるのは、皇太子時代からの今上陛下のやり方だったのですね。

受けた電話の主は、陛下のお気持ちを忖度「ああ、これは政府にも対抗して国民に広報しろ」ということだなと受け止めて、メモを取ることは今回に限ったことではありません。
また、陛下の意志が広報せよとの陛下のご意志だと察知しなければ、一庶民が陛下の「私的電話」の内容をべらべらと、マスコミにさらすものですか!

NHKの退位報道も、たかが一局の思惑だけでやれることではないです。皇室のトップクラスとパイプがなければ、こわくてやれません。

つなぎの天皇」とはいったい何でしょう。そこにあるのはただ皇后陛下溺愛の皇太子への慮りであり、国家も国民も不在ではありませんか。私どもが仰ぎ、お支えしてきた平成の天皇は「つなぎ」だったのでございますか。挙げ句、摂政を立てれば民と政府に要らざる負担と混乱を強いることもないのに、皇室典範を無視なさっての「生前退位」。天皇の要請を無碍に退けかねた政府の苦肉の策「特措法」でこれ以降、憲法に規定された皇室典範がいつでも時の天皇の都合で変えられることになる、そんな先例を作ってしまいました。典範無視は憲法無視です。平和憲法護持をおっしゃりつつ、天皇自ら違背。

拙ブログの皇室記事に対して、外野で批判があるむねコメント欄にレポートを頂きましたが、記事の一部を切り取っての批判などおよそ内容は想像がつき見てはいませんが、コメント欄を開放しているのに卑怯で怯懦なことをするものです。

BBはブログ内容に疑義がある時は、そこに行って意見を述べます。つい最近も発言は削除された上、ブロックされてしまい失笑したばかりです。そして、BB罵倒のコメントだけは麗々しく残しているという卑小ぶり。本人に来られて反駁できないような軟弱な発信ですか。

 

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