今年もこの日がやってきました。
今日の日をすっかり忘れていて、先程風邪をひいてる上の娘の所に
おでんを作ったので持って行ったら、娘から、6歳の誕生日おめでとうって・・・。
そっか~もう6年が過ぎたんだって思いました。
帰ってきてパソコンを開いたら、去年の今日のブログが
gooからのお知らせで乗っていて
長かったようで、短かったかもって思いながら
あまり後ろを振り向くことなく、 今日までやって来たけど、
これで良かったんだよねって自分に自問してみます。
ガンはこれからは不治の病ではなく、必ず治すことができる病になりつつあります。
むしろガン細胞の特徴を知ると、他の病気よりも治りやすい病気なのかもって
思います。
さあ、7年目の初めの一歩、歩きだします。
明日からまた
宜しくお願いします。
買いかぶりではないと思っています。
あの闘病記は、吾亦紅さんのご主人に対する深い愛情と先に旅立たせる無念さと寂しさとつらさが感じられるとても貴重なものでした。
私はガンと言う病気は、交通事故のように突然ではないので
その覚悟ができる分、ありがたい病気だと思っています。
私はどちらかと言うといい加減な人間で、神様が自分をもっと深く考えなさい。
と与えてくれた試練ではないかと思っています。(^_^;)
チョット、私のこと、買いかぶり過ぎです。くすぐったい。
人間死ぬまで修行と言われます。
私もバジルさんの生き方を見習い、努力したいと思います。
以前、吾亦紅さんのご主人の闘病記を読ませていただいて
その壮絶な闘病記と奥様としての吾亦紅さんの深い愛情を感じ
とても感動したことがあります。
今自分もその年に達し、私は人に誇れるような、
こんな深く思われるような生活をしてきたんだろうかって 考えます。
何をするにも中途半端で、すぐ物事をあきらめてしまう私が
ガンと言う病気にかかわったおかげで、物事を深く考え
少し慎重になった気がしています。
これからは吾亦白さんのように深く人を愛すること。
周囲の人たちにもっと思いやりの持てるように努力していこうと
そして確実に一歩一歩しっかりと地に足をつけて歩んでいこうと思います。
どう進むかは自分で選んだ道なのですよね?
ガンは、まだまだ未知の世界が多くて、あらゆる方面で研究が続けられています。
ガンになって絶望のどん底にいた時、ある人が、
「再発したら何回も何回も手術を受けると良いよ、そのうち絶対特効薬が発見されるよ」って
私に、諭すように言ったんです。
今思えばずいぶん無茶な話だなって思いますが
その時はその言葉にどん底から浮き上がったような気がします。
ようちゃんも5年を過ぎたのですね。
良かった!おめでとうございます。
ありがとうございます。 確かに新1年生ですよね。(^_^;)
これからもいろんなことを経験しながら楽しんで人生を送って行こうって思っています。
ブログを始めてたくさんの方と知り合え良かったです。
同じ病気の人の先駆者だなんて とてもそこまでは達してはいませんが
医療をあてにせず、ここまできました。
これからも油断せずに、身体をいたわりながら一歩ずつ歩んでいこうって思います。
ありがとうございます。
はい、決して油断はせず、これからも気持ちを引き締めて
さらに一年と一歩ずつ、のんびりと歩んでいこうって思っています。
息子の事、考えると胸が痛みます。
でも彼も後2年したら40歳になります。
彼は彼の人生を全うしてほしいと思いますし、もう私のでる幕ではないのでしょう。
それはそれで、良いかなって、こんな人生もあるんだなって思っています。
その一方で105歳と長寿をまっとうされた方もいらっしゃいます。
高齢でガンが見つかっても進行がとても遅いということがあります。
そういうことだったのでしょうか?
私のガンは、お話すると良く生きてるというくらいの進行状態で骨にまで転移がありました。
手術ではリンパ節郭清術;も行われていますから
抗がん剤は西洋医学では必要なものだったのだと思います。
肝臓にも転移があり、そのせいか時々食べ物や薬で肝機能障害おこしてしまいます(^_^;)
でも今は何も治療をせずに現在に至っています。
末期でも生き残ってる方がたくさんいます。
ガンってその特徴を知れば生き残れる。そういうものなのかも知れません。
息子の事・・・。
初めはやはり夫との確執でした。
私がきちんと中にはいってやるべきでした。
かわいそうなことをしたと今でも思っています。
眠り続けるにもエネルギーがいるって、本当だなって思ってしまいます。
おかげさまで7年目を一歩ずつ歩き始めました。
いま、しみじみとパソコンを初めて開いた日を思いだしています。
何億と言う人類の中のほんの一握りの方と知れあえて
こうしてコメントを交換させていただいている。
7年前には考えもしなかった世界です。
癌になっていなければ知らない世界だったかもと思うと
巡り合わせの不思議に運命を感じています。
今日まで励ましてくださり楽しいお話を一杯してくださりありがとうございました。
去年のコメントに7年目にリコメさせていただきました。
遅くなりすみませんでした。
明るくしていらっしゃるから、細胞はどんどん元気になっていきましょう。。。良かった
ということは、我が夫が、あちらに生まれ変わった年齢と、ほぼ一緒。覚えやすいです。
この先も、楽しいお話を伺うことを、それこそ楽しみにしています。
おおきな分かれ道があるように思います。
右に行っても左に行っても それは与えられた運命ではなく 自分で選んだ道なのですけど。
一生 心を引き締めないといけないけど 良い生き方を 自分で常に選んでいく覚悟ができたことは
がんになって 唯一よかったこと と思います。
わたしも 5年を越えました。
人には話せない壮絶な物語があったことと思います。経験されたことは同じ病気で苦しんでいる人の先駆者として、きっと役立つでしょうね。
しっかりした考えをお持ちのバジルさん もう大丈夫ですよね
でもね くれぐれも気を付けて ご自愛くださいね
息子さんの事 心が痛みますね
全くの音信不通ではなく お嫁さん お孫さんとは交流がでしょ
息子ってそんな者です
近くの長男だって 顔を見るのも声を聞くのも偶にです
だって 息子にはあまり用事がありませんもの
心では気になっておられると思いますよ
どのような癌でいらしたのか?
満6歳の誕生日、おめでとうございます
父は、極初期に見つかった胃がんで
胃を3分の2切除しました
先生は、完璧、転移も無いでしょうと言明され
すっかり安心しておりました
なのに 1年後に手の施しようが、無く
亡くなりました
まさか、何度も入退院するくらいの覚悟は、ありましたから
受け入れられなくて
その一方で勤め先の大先生は、100歳を前に癌が
見つかりましたが、 105歳と長寿をまっとうされました
バジルさんは、お嬢様が、医療や薬学に詳しくていらっしゃるから
心丈夫ですね
息子さんの事、うちの母親も同じような寂しい思いをしております
父と弟に確執が、ありました
今でも、彼なりに母の事は、心配しているのですが
実家には、顔を出しません
母も、直接には、話しません
私と妹が、間に立って、連絡を取り合ておりますのよ
「最近、おかあさん、カメラが、趣味よ」って申しますと
新しいカメラを買って、「渡しといて」なんて
きっと、息子さんも、お気持ちは、そんなかと
これからもっともっと成長して
成人式や還暦も迎えちゃいましょうよ。
いつか息子さんも会いに来てくれることでしょうし。。。