残照日記

晩節を孤芳に生きる。

黎明ミャンマー

2011-11-23 15:11:15 | 日記
【骨のある政治家】 勝海舟
≪政治家も、理窟ばかり云ふやうになつてはいけない。徳川家康公は、理窟はいはなかつたが、それでも三百年続いたよ。それに、今の内閣は、僅か三十年の間に幾度代ったやら。全体、今の大臣等は、維新の風雨に養成せられたなどと大きな事をいふけれども、実際剣光砲火の下を潜つて、死生の間に出入して、心胆を練り上げた人は少ない、だから一国の危機に処して惑はず、外交の難局に当つて恐れないといふほどの大人物がないのだ。先輩の尻馬に乗つて、そして先輩も及ばないほどの富貴栄華を極めて、独りで天狗になるとは恐れ入つた次第だ。先輩が命がけで成就した仕事を譲り受けて、やれ伯爵だとか、侯爵だとかいふ様な事では仕方がない。世間の人には、もすこし大胆であつて貰ひたいものだ。政治家とか、何んとかいっても、実際骨のあるものは幾らもありはしない。≫(「亡友帖・清譚と逸話」:原書房「海舟全集第十巻」)

≪ミャンマー議長国 民主化を軌道に乗せよ──東南アジア諸国連合(ASEAN)は、ミャンマーが2014年の議長国に就任することに合意した。このところ加速している改革路線を評価しての決定だ。ミャンマーに対しては、米国がクリントン国務長官の来月訪問を発表するなど、経済制裁を科して厳しい対応を取ってきた欧米諸国も政策を見直し始めた。ミャンマー政府は国際社会の期待を裏切ることなく、民主的国家への歩みを軌道に乗せなければならない。…ミャンマーは06年が議長国の順番だったが、国内の人権侵害に対する国際社会の批判を受けて、辞退に追い込まれた。その後、昨年11月の総選挙と今年3月の民政移管によって長年の軍事独裁体制から脱した。政府は8月以降、民主化運動指導者のアウンサンスーチーさんとの対話や政治犯の一部釈放、検閲の大幅緩和などの改革を進めてきた。ASEANは議長国就任決定が改革を後押しすると判断した。…≫(11/19 毎日新聞社説)

∇≪民主化が進んだと言っても、10月の恩赦で釈放された政治犯は約200人に過ぎず、500人以上がまだ牢獄につながれている。対立が続く少数民族との和解交渉は始まってもいない。 なにより国会議席の8割は軍人と元軍人が占め、軍制定の憲法を事実上改定できない仕組みはそのままだ。軍が国家を支配する構造に変化がないことに、留意を続ける必要がある。≫(11/19 朝日社説) 国会議席の4分の1が軍人に割り当てられ、非常時に国軍司令官が全権を掌握できると定めた現行憲法も「改憲」されなければならない。現に、新憲法に軍の権益を維持する原則を導入しようとしたことに対するエジプトの抗議デモは22日、若者グループなどの呼びかけによって首都・カイロで10万人規模に達し、来週の議会選挙を前に混乱が拡大している。それでも、ミャンマーの場合は、こゝ10年間で少しずつ民主化してきた。先月、恩赦により釈放された政治犯の一人だったミャンマーの人気コメディアン・ザガナさんが、今月15日、朝日新聞のインタビューに応じた以下の内容に明らかである。(ザガナさんは民主化運動に参加し、1988年~08年に、4回逮捕され、計7年間以上を獄中で過ごした)。

∇≪ 最初の投獄では、殴るけるの暴行に加え、首まで地中に埋められた状態で頭上に牛を歩かせる拷問も受けた。だが、08年にサイクロン被害への政府の対応の遅れを批判して投獄された刑務所では、受刑者にスポーツの自由や新聞が与えられ、食事で肉も週2回出たという。「他の刑務所では、夜にテレビを見ることを許された政治犯もいる。刑務所を統括する高官が07年から、軍出身ながら高い人権意識を持つ人に代わったためだ」と指摘した。 今年3月の「民政移管」で大統領となったテイン・セイン氏にも「誠実に民主化を望んでいる」と期待する。10月12日の釈放後に閣僚の一人と会った。テイン・セイン氏らと同様に軍人出身のその閣僚は「自分も一党独裁や軍政は良くないと思い続けてきた」と打ち明けたという。…≫  軍人が政権を握る国家に、近代民主主義が進展する可能性は低い。尚、アウン・サン・スー・チーさん率いる国民民主連盟(NLD)が国会補選に参加することや、同国のASEAN議長国就任については文字通り「ミャンマーの夜明け」だ。ミャンマーの今後を大いに期待したい。

∇余談ながら──スーチーさんは不当な権力に毫も屈しなかった“鉄の女”だ。マザー・テレサとアウンサンスーチー女史は老生が尊敬おく能わざる女傑たちである。こんな女性たちが国を、世界を変えた。勝海舟の言う“骨のある政治家”とは、スーチーさんの如き人物を指す。かつて当ブログにも次のように書いた。──現代にも孔子に負けない強い政治理念を持って民主主義獲得の道を訴え続けている政治家がいる。アウンサン・スーチー女史だ。スーチー女史は周知のとおり、ノーベル平和賞を受賞されたミャンマー民主化運動の指導者として知られる政治家。ガンジーの非暴力主義思想を受け継ぎ、「ミャンマー独立の父」と称され国民に慕われた父親アウンサンの遺志を実践する国民民主連盟(NLD)の総書記でもある。何度も軍事政権に対する「権力への反抗」を野外集会で行い、積極的な遊説活動を展開して度々自宅軟禁された。彼女は演説を通して、民主主義を勝ち取るためには為政者は勿論のこと国民の高い見識が欠かせない、と真摯で情熱的かつ格調高い言葉で迫った。

≪人は全て死にます。死を恐れるということは、自然なことです。しかし考えてみると、いつか人は皆死にます。死にたくないといってもどうしようもありません。ですから生きている間に多くの人々のために行動したとするならば、死んでも死に甲斐があります。(中略)だからこそ、私達は全て、死ぬ前に、後世の人々のためになることを考えなければなりません。(現状を)修復していくといっても、急にできるものではありません。まず、そこなわれた品行から正していかなければなりません≫(「アウンサン・スーチー演説集」みすず書房版)──「死に甲斐=生き甲斐」、「人々のために働く」、「品行から正す」。女史は演説で繰り返し繰り返しこれらの言葉を使い、皆が道徳的にレベルの高い国民になって、「良き指導者を選び、本当に良き指導者であるかをチェックし、彼が変節したらすみやかに解任する」ことが国民の責任だと訴えた。そして、特にリーダーたる「ルージー(為政者)」に対しては「論語」でいうところの聖人君子たれと絶叫している。国民に国政を信託された為政者や、企業・官庁をはじめとする組織のリーダーたちには、「ノーブレス・オブリージ(高貴な者には責任が伴う)」の自覚と実践を願いたいものである。