外気に当たった瞬間、「さぶっ」と声が出た。半袖を着ていることをプチ後悔。
昨日の名古屋はほぼ終日曇り空から時折雨粒が落ちてくる天気。吹く風もひんやりとしていて、10月になった途端に「遅れてごめんね~」と急ぎ足で秋がやってきたような感じでした。
涼しくなるのはうれしいものの、気候が穏やかになると困るのが体重増加。
つくづく夏や冬は生きていくことが困難な季節なのだなと思ってしまいます。
先月の半ばあたりは、いくら同じくらい食べていても少しずつ体重が落ちていて、痩せるのはうれしいもののもしかしてどこかに何か潜んでいないか?と心配になるのがシニアの習い。
でも昨日一昨日と体重がまた戻る、というより増加しているので、そっちのほうはほぼ心配なさそうです。
昨日の午後、ようやく義母の葬儀関係の記録をまとめました。
これまでノートに書いてきましたが、紙の入れ替えが出来るルーズリーフに変更。ルーズリーフは留め具があるのが書きづらいような気がして使ってこなかったのですが、今は進化して
私が選んだものはプラスチック製の、それも2か所留めるだけのもの。A4サイズのものがあったらそれにしたかったけれど、近くでは手に入りませんでした。
左側のページは書きづらいので、右側だけに記入することにしています。
支払った金額を書き留めていて思う。葬式って本当に短期間で大きくお金が動くな、と。
義父の葬儀のときより祭壇を小さくしたのでその分費用は少なくなりましたが、我が家のように相続税がかかるかかからないか、微妙だな・・・と思っているのなら、葬儀をちょっと
派手?にするのもひとつの手。葬儀代金は遺産から差し引くことが出来るから。我が家も派手にしたわけではなかったものの、葬儀代金を引くことによって、なんとか課税を回避
出来ました。
その記録をまとめて本棚に戻したとき、近くにあったノートにふと目がとまりました。
本を読んだとき、気に入った言葉を書き留めていたノート。一番古いものは’08年で、それから約10年ほどの間に読んだ本から書き留めたもの。
タイトルを見ると読んだことはほぼ覚えていました。何を書き留めたんだろうかと見ていましたが、途中で自分の書き文字を読むのが面倒になり、著者とタイトルだけざっと見て。
ほとんどが暮らしや生き方についてのもので、小説は見事に1冊もなし。そしてどの本も既に処分済でした。
書き留めた最後にちょっとした感想と、その後本の処分についてひとこと書いてあり、しばらく手元に置いておくことにした本もその後処分済になっています。
この読書ノートと言えるもの、今も1冊現在進行形のものがありはしますが、最近はあまり書き留めていません。読書量自体がかなり減っていることが原因。
そしてこの古いノートを見て、書き記すことに意味があるのかと自分に問い直しているところです。
このところずっと目を通していなかったのなら、書いても意味ないじゃん?まあでも、書くことは脳の刺激にはなるとは思うので。
たまにはそうした過去の記録などを振り返る時間も必要なのかな、と感じました。そしてそうした記録を今後残しておくのか処分するのか。親やきょうだいの遺品整理をしていると
今年は特に生前整理の必要性を改めて認識している一年だなと思います。夏物の片づけもしなくちゃならないけれど、片づけ作業をするにはうってつけの気候になってきたんだもの。
パソコンの前に座っていたり数独に没頭してばかりじゃいけませんね。