ゆっくりと世界が沈む水辺で

きしの字間漫遊記。読んでも読んでも、まだ読みたい。

ドキュメンタリー【修験 羽黒山秋の峰】

2014-10-05 | 観るものにまつわる日々のあれこれ

山形では「山形国際ドキュメンタリー映画祭」が隔年で開催されます。
次の開催は2015年。そのプレイイベントとして、「山の恵みの映画たち」という企画がありました。
山をテーマにした作品を上映するというもの。一般的に有名な作品でいえば「剱岳」などがありましたが、観てきましたのはその中の1本。『修験 羽黒山秋の峰』です。

【修験 羽黒山秋の峰】clickでヴィジュアルフォークロアのサイトへ。
 修験 羽黒山秋の峰
 監督:北村皆雄


作品解説は以下の通り。
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人は、死んで山に入り、山を胎内として再生する。このような古代的感覚を色濃く残す羽黒修験は、中世から密教的色彩に彩られ複雑に儀礼を発達させた。古代から山岳信仰に、仏教や民間習俗が融合して生まれた日本固有の山岳宗教<修験道>は、明治の廃仏毀釈による仏教排斥、破壊の波にのまれて多くが消えたり神道化して本質を変えてしまった。唯一、羽黒山荒澤寺だけがその根幹を今に伝えている。修行の舞台となる出羽三山(羽黒山、月山、湯殿山)で、生きながらに<死と再生><生まれ清まり>を体験する修行者の秘密の儀礼を通して、日本人が山に対して抱いてきた精神世界が見えてくる。この作品はこれまで部外者の立入を禁じ、門外不出とされた九日間にわたる羽黒修験・秋の峰の修行の全容を後世のために記録保存するという目的で初めて撮影が許可され、実現したものである
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他に「第19回国際宗教学宗教史会議世界大会」で上映された際の解説ページもありました。。
→ 記録映画「修験 羽黒山秋の峰」(2005年度作品)について

羽黒山の秋の峰入りで有名なのは出羽三山神社主催で行われるものと、今回のドキュメンタリーで記録された荒澤寺主催のもののようです。
おそらくは、一生に一度も体験せずに終わるだろうこの行事をみっちりと観ることが出来たのは有意義だったと思います。
他言を禁じられる修行の内容を観ることができたのですから。
修験道の思想がわかりやすくまとめられ、なるほどと思いながら約2時間見入ってきましたが、体験しなければ本当のところはわからないのだろうということも、頭でわかろうとすることではないのだろうということもひしひしと伝わります。

昨年末からのこの1年は何かと羽黒山と縁のあった日々でした。
修験道という言葉は知っていても、「秋の峰入り」という言葉は初めて知った私は、年間予定の中に峰入りがあるという方たちが普通にいることに驚いてしまいましたが、山伏さんって思う以上に数が多いのかもしれません。
1年に1度「死と再生」を体験して、それを積み重ねていく人たち。
到底気軽に試してみようと思えない内容です。
山に入り、修行に臨む方たちは、どういうきっかけで、どういう気持ちをもって行うことなのでしょう。
それが何より訊いてみたいことですが、その機会があるかどうか。
先にこの映画を観ていれば、機会を逃さず訊くことができたのに、今となっては後の祭りです。






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