ゆっくりと世界が沈む水辺で

きしの字間漫遊記。読んでも読んでも、まだ読みたい。

銀髪のふたごの物語。 いしいしんじ【プラネタリウムのふたご】

2008-03-02 | 講談社
 
私とて、たまには泣きそうになることがあります。
この本を読み終わったとき、もし周囲に人目がなかったら、私は泣いていたかもしれません。
読んでいる最中も何度も危なくなっていたので。


 プラネタリウムのふたご
 著者:いしい しんじ
 発行:講談社
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厚い雲と、工場から出る煙にいつも曇っている山村。
星も見えない空の代わりに、村にはプラネタリウムがありました。
日に何度か行われる上映の真っ最中、場違いにも響いた泣き声。
銀色の髪をしたふたごの赤ん坊でした。
「鳥かごのなかに冷たくなった小鳥のからだをみつけた老人のような顔つき」をした泣き男と呼ばれるプラネタリウムの解説員は、どこの誰とも知れぬ赤ん坊を育てることになります。
銀色の髪のふたごの男の子たちは、泣き声をあげたちょうどその時説明されていた彗星の名前にちなんで、「テンペル」、「タットル」と名づけられ、小さな村で成長していきます。
そして、泣き男に真摯に心を傾けられ、見守られながら、銀髪のふたごが赤ん坊から少年になる頃、大きな転機が。
離れ離れになったふたごたちの、そのひとりは村で郵便配達に、もうひとりは手品師になり、それぞれに得難い日々を過ごすことになります。

暗い森の山の危機。
手品師の一団の旅。
盲目の老婆との別れ。
人を信じない目をした少年との出会い。
タットルが蒔き、そして刈り取ることになる大きな災いの種。

坪田譲治文学賞を受賞している著者の作家としての基盤は児童文学にあるということなのでしょうか。
単行本の発行も講談社。どういうカテゴリで出版されたのかちょっと気になります。
文庫で500強ページですから短いものではありませんが、物語は丁寧な言葉で、丁寧に紡がれていきます。
読む速度も私にしてはだいぶゆっくり。
頭の中では、誰かの朗読を聴いている気分でした。
ちょうど、泣き男の解説を聴くプラネタリウムの観客のようだったり、遠い国から届く手紙を読んだり、盲いた老婆のしわがれた声で神託めいた言葉を聴いたりするふたごのようだったかもしれません。

ゆっくりと進む物語は世界中のどことも言えないような不思議な雰囲気を漂わせています。
誰一人として名前を持たない登場人物たち。
泣き男。うみがめ氏、兄貴、妹、栓抜き。工場長、ベテランの郵便配達夫、巡査部長。
あだ名や役職ばかりです。
固有名詞らしいテオ座長にしても芸名ですし、テンペル、タットルも拾い子ですから、あったかもしれない本当の名前は知るすべがありません。
もちろん、彼らにとっても、読んでいる私にとっても、テンペル、タットルというやはりどこか不思議な感じのする名前が本当の名前なのですが。

裏表紙の説明はこうです。
『だまされる才覚がひとにないと、この世はかさっかさの世界になってしまう。ーー星の見えない村のプラネタリウムで拾われ、彗星にちなんで名付けられたふたご。ひとりは手品師に、ひとりは星の語り部になった。おのおのの運命に従い彼らが果たした役割とは? こころの救済と絶望を巧まず描いた長編小説。』
騙すこと。騙されること。
騙されたい人を騙してあげること。騙したい人に騙されてあげること。
老婆は言うのです。
呪いもまじないも効くのは村の人間にだけ。違うもので出来ている町の人間にはだまされようという気がかけらもない。
「嘘も方便」が成立するのは、きっと理解と思いやりの上でだけなのでしょう。

で、こちらが、坪田譲治文学賞の受賞作。


 麦ふみクーツェ
 著者:いしい しんじ
 発行:新潮社
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そして、こちらがデビュー作。
「たいへんな物語作家が現われた」と話題になったのだそうです。
この「物語作家」という言葉に心から納得。


 ぶらんこ乗り
 著者:いしい しんじ
 発行:新潮社
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ただ、こういう優しくて切なくてという物語ばかりに浸ってしまうことに、かなりの抵抗を感じてしまうのは、やはり天邪鬼だからでしょうか。
そういうのはちょっと怖い気がするのですよね。






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