ゆっくりと世界が沈む水辺で

きしの字間漫遊記。読んでも読んでも、まだ読みたい。

柳 広司【新世界】

2011-01-30 | 角川書店
 
本の小山から発掘の1冊。
著者名だけをみて『百万のマルコ』あたりを連想して、「一番薄いし」と思って選びましたのに、がっつりした内容でした。
軽くて楽しいものが読みたかったのに。

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 新世界

 著者:柳 広司
 発行:角川書店
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舞台は、ヒロシマに原子爆弾が投下された直後のロスアラモス。
祝賀パーティーの夜に起こった殺人事件を発端に、原子爆弾をめぐる出来事が描かれていきます。
登場するのは、トリニティ計画の主導者オッペンハイマーをはじめとする研究者たち、原子爆弾投下を実行した軍人たち。

登場人物と時代設定だけでもう、軽いものが読みたい気分には合わないわけですが、読み始めたら中途半端にすることもできませんでした。
歴史上の登場人物をとりあげるシリーズを持っている著者とはいえ、この設定を選んだからには、よほど書きたいという気持ちがあったのだろうと思わずにいられませんから。(これは解説で少し触れられていました。)

実体験を持たない世代は、先の大戦について考えることしかできません。
理の部分も情の部分も、自分の中にあるもの全部を使って考える。
考える、思う、想う、想像する、感じる、そういう区別もつかなくなるほどのめりこんで考えて、考えて、その中から生まれた殺人事件とその理由。
彼らはヒロシマに原子爆弾を投下したことを正当化しうるか。

どれほど考えたとしても、それは考えたものでしかないことをわかっていて、それでも作品として作り上げたことにため息が出ます。
著者のもとに持ち込まれた怪しげな秘文書という外枠や、別人の視点を借りてオッペンハイマー自身が書いた小説だとかいう回りくどくてめんどくさい設定をつけて、残る資料とつじつまが合わないことを説明してまで。

なんの葛藤も狂気もなく、原子爆弾を製造し投下することが、人にできたと思いたくない。
せめて。

これが著者と同じ思いかどうかはわかりませんし、感傷的だとは思いますけれど。



 

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