ゆっくりと世界が沈む水辺で

きしの字間漫遊記。読んでも読んでも、まだ読みたい。

佐野 眞一【甘粕正彦 乱心の曠野】

2010-11-23 | 新潮社
 
同じ著者の『阿片王 満州の夜と霧』を以前読んでいるので、目についた1冊。

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 甘粕正彦 乱心の曠野

 著者:佐野 眞一
 発行:新潮社
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甘粕正彦といえば、無政府主義者・大杉栄を殺害した人。
そして、のちには満州の夜の帝王と呼ばれ、昭和史に怪しい光を放った巨星です。
愛新覚羅溥儀の逃亡に同行していたのもこの人物。
映画『ラスト・エンペラー』では坂本龍一が演じていました。
とても有名なのに、謎の多い人物。
そもそもの大杉事件も、当時から甘粕大尉実行犯説が怪しまれていたものだそうです。

著者はこの大杉事件の真相、そして甘粕正彦という人間の実像に迫るべく、各方面に残された情報の収集、関係者への取材などを進めていきます。
国家のためとの主義に凝り固まり、大杉栄とその妻、そして一緒にいた子供、三人もろともを殺害した上、遺体を井戸に投げ込み、隠匿しようとまでした冷酷無比な男。
それが実像なのか、否か。
疑いようもなくはっきりしている事実は、甘粕大尉がこの事件の犯人として投獄されたこと、そして、最後には満州で自死していること。
 
事件の犯人であることを肯定する人、否定する人。子供殺しは否定する人。
甘粕大尉に近く接していた方たちには、彼の無実を直感的に信じている方が多いようです。
ただ、その彼らですら、心づかいの細やかな優しい人であったと思い出す反面、一様に、甘粕に対して底知れない怖さを感じてもいます。

実際の関係者の多くは世を去り、今もお元気な方たちも高齢者。
満州の夜の帝王を生み出した時代は、遠いようで近く、近いようで遠い。
当事者たちの口から語られることのなかった事件は、彼らのそば近くで生きた方たちにとっても謎であり続けます。
当事者がこぞって口をつぐんだままの事件の実像が明らかになり、それが裏付けられることを、実はあまり期待していませんでした。
真偽に関わらず主義者殺しの男として生きるよりほかなかったひとりの人間の足跡をたどることで浮かび上がってくる時代と生きた人たち。
それを、今生きてある人たちがどのようにとらえているのかを知ることが、こういった本を読む面白さだと思うからです。
けれども、本の最後の数十頁。
予想に反して、甘粕大尉が無実であるか否かについてのはっきりとした言及がありました。
それをどう受けとるかは、この本の中に現れた(著者が描こうとした)甘粕という人物をどのように思いながら読んできたかによるだろうと思います。

そういえば、『阿片王 満州の夜と霧』とこの本は、『満州国演義』をきっかけに読み始めたようなものでした。
最新刊は5巻。
うーん。置いて行かれてる。






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