ゆっくりと世界が沈む水辺で

きしの字間漫遊記。読んでも読んでも、まだ読みたい。

梶村啓二【野いばら】

2014-02-04 | and others

『音楽と花は似ている。流れ着いた旅先で美しく蘇る。』などという帯を目にしてしまったら、手にしてみたくなるというものです。

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 野いばら

 著者:梶村 啓二
 発行:日本経済新聞出版社
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第3回日経小説大賞受賞作。
ちなみにこの賞の第1回受賞は武谷牧子『テムズのあぶく』、第2回受賞は萩耿介 『松林図屏風』。
第3回の大賞受賞作であるこの本は『選考委員満場一致の最高点を獲得し、第3回日経小説大賞した処女作にして傑作が、早くも待望の文庫化!』だそうで、その時の選考委員は阿刀田高さん、川村湊さん、津本陽さん、辻原登さん、縄田一男さん。

まずは、2009年。醸造メーカーのバイオ事業部に所属して、フラワービジネスの業界に12年という男性、縣(あがた)が、異国の空港に佇む場面から始まる物語。
やがては、イギリスはコッツウォルズで、美しい庭の女主人から皮装の古いノートを託されます。
できることならば日本人に読んでほしいと遺されていたそのノートの中には、生麦事件直後の1862年、日本に渡った英国軍人エヴァンズの体験した日々が描かれていました。
おそらく、英国軍人の中では変わり種であったろう彼の眼に映じたのは、人々が独特の美意識をもって暮らし、美しい花々を育てる国、日本。
彼は、日本と、そしてひとりの女性、ユキを愛します。

随所に花々と音楽が織り込まれるこの作品が、処女作だということにしみじみしてしまいました。
きっと、自分が美しいと思うものを自分が美しいと思う文章で美しい物語としてつくりあげようと心に決めたのだろうなと思えてしまいます。
その結果できあがったものがいかなる評価を受けようとも。
例えばありがちな悲恋ものだなとか、物足りないとか、蛇足という言葉を思い出させるとか。
でも、それ以上に、エヴァンズが身勝手なほどに美しい面をみつめ、彼を虜にしたその美だけを心に留めつづけた物語であることのほうに惹かれます。
書かれずとも、世の中も人も、もちろんユキさん、その人も綺麗事だけで成り立っているわけではなく、当の彼の恋ですらいわば道ならぬものに他ならないのだけれども、それでも、愛しい人、美しい人、美しい日々として思い続けたエヴァンズ。
エヴァンズはさぞや甘く、せつない思いと共にその花が咲き乱れる様を眺めたのでしょう。
花の姿に人を想うそのシンプルな恋の偲び方を、登場人物のひとりと同じく「身勝手」だと、でも、やはり美しい物語だと思ってしまいながら、本を閉じたのでした。




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