その意味は「修理屋」だという書名につられて手にした1冊。
実は著者のポール・ハーディングを、『イエメンで鮭釣りを』、『ウィルバーフォース氏のヴィンテージ・ワイン』のポール・トーディと勘違いもしていました。
訳した方も一緒。
ティンカーズ
著者:ポール・ハーディング
訳者:小竹由美子
発行:白水社
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死ぬ八日まえから、ジョージ・ワシントン・クロスビーは幻覚を起こすようになった。
そういう書き出しで始まるこの作品は、老いて病床にあるジョージのいよいよ死へと向かう時間の流れの中に、浮かんでは消え、消えてはまた浮かぶものを追って進みます。
いくつもの幻覚や彼自身の思い出。
古いノートに書かれた文章。
古い時計について語った本の一節。
そして、ジョージが少年の頃に行方をくらました父・ハワードのエピソードと、彼の父の記憶。
たくさんの時計がそれぞれに時を刻みながら立てている小さな音たちのひとつだけが、ふいに明瞭に聴こえたあと、また他に紛れてしまうことを繰り返すように、短い区切りが配置され、つながっていきます。
それはジョージが脳裏に生じさせたものなのか、本当にあったことなのかも、次第に定かではなくなるなかに浮かび上がるのは父子の物語。
細く、なかば断ち切られたようなものであったのに、それでも残っていた父子三代のつながりです。
本の中は終始静か。
鋭敏な感覚で世界に触れていたハワードや、死を目前にして澄んでゆくジョージの内面に降りていく物思いを語るのが静謐な印象の文章であることに加えて、ジョージの家族、家全体がやってくる死を受け容れるために、息をひそめ見守っているようだからでしょうか。
作品の中で、ジョージの息子が、家の屋根裏部屋で見つけた古いノートをジョージに読んで聞かせる場面がありました。
なんだか、自分もそんなふうにして読んでいる気分になる作品。
その書き出しからこの上ないほどはっきりと死に向かっているというのに穏やかな気分で読了できるのは、ふと明るい陽の射したような思い出が、ジョージの顔にわずかながらも笑みを浮かべさせただろうと思えるからかもしれません。
この作品が著者の初めての本だそうです。
ジャンルとすれば純文学でありながら、てんかんの発作についての記述があることから、医学関連の出版社から世に出たのだとか。
『ジュールさんとの白い一日』の時も思いましたが、出る本ってどこからでも出てくるものなのですね。
[読了:2012-06-27]
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