社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

吉田忠「19世紀オランダにおける政治算術と確率論の統合-R.ロバトの年金価値評価論と偶然誤差理論-」『統計学』(経済統計学会)第98号,2010年3月

2016-10-17 15:24:14 | 4-2.統計学史(大陸派)
吉田忠「19世紀オランダにおける政治算術と確率論の統合-R.ロバトの年金価値評価論と偶然誤差理論-」『統計学』(経済統計学会)第98号,2010年3月,(『オランダの確率論と統計学(第7章)』八朔社,2014年)

 統計学説史には「ケトレーにおける三川合流・二川分流説」がある。この説によれば,近代統計学を確立したケトレーは,ドイツの国状学,イギリスの政治算術,フランスの確率論を集大成し,以後ケトレー統計学が分かれてドイツ社会統計学とイギリスの記述的数理統計学へ繋がる見方である。筆者はこの説に疑問をもち,ケトレー統計学の登場に寄与したのはオランダの政治算術と確率論であるとする。確率論はフランスでパスカルとフェルマの往復書簡でその基礎が築かれたが,オランダではそのわずか3年後にC.ホイヘンスが確率論の体系的テキストを書き,そのホイヘンスは弟とグラントの『死亡表に関する自然的及び政治的諸観察』について論じていた。18世紀に入るとストルイクとケルセボームは,政治算術と確率論の融合を推し進めた。すなわち,ストルイクは都市や地方の人口推計を行い,生命表の作成と終身年金現在価値評価で成果をあげた他,ホイヘンスの確率論の問題を解いた。ケルセボームは,人口と年間出生数の安定的比率の推計とそれを利用した人口推計,生命表の作成と終身年金現在価値評価額を研究した。「こう見てくると,別々に独自なコースを歩んで発展してきた政治算術と確率論(及び国状学)がケトレーによって統合された,とする統計学史観は,オランダの統計学史を見る限り否定されざるをえない」(p.2)。

 筆者は本稿で,上記の考え方をさらに進めて,ケトレーと交流のあったオランダの数学者で統計学者のR.ロバト(1797­1866)の業績の紹介をとおし,オランダ統計学史の特質をさらに浮き彫りにし,あわせて統計資料への確率論適用の問題を検討している。

 ロバトは人口動態現象などを掲載した定期刊行物『王国年鑑』を編集し,ケトレーと出会い生涯にわたって交流した。筆者はさらにロバトの業績のなかから生命表を用いた各種年金(終身年金,寡婦年金,結婚年金)の現在価額評価方法とそれらの関係を明らかにし, また生命表の検討をつうじてガウス,ラプラスによって確立された偶然誤差論に接近し, 今日で言う区間推定を考察した(直接,依拠したのはポワソンの業績)。ロバトによる各種年金の現在価額評価,偶然誤差論は,本稿のなかで丁寧に紹介され, 筆者の真摯な研究姿勢はこういうところに感じられる。筆者のまとめを引いておこう,「このロバトの業績を17世紀半ば以来のオランダ統計学の伝統から見ると,その流れに棹差すものであった,と言えよう。そこでは,まず人口変動に関わる政策的問題が課題として取り上げられる。そして複雑な人口集団の中に何らかの秩序を見出し,それを利用しつつ課題への解決策を提示しようとするものであった。課題が主として人口現象に求められたのは,そこで中長期的に利用可能な規則性が得られ易かったからであろう。事実,18世紀初頭のヤコブ・ベルヌーイ以来,確率論を研究した多くの数学者がその適用分野として注目したのは人口現象であった。オランダ統計学の伝統はこの流れとも交わるものであった」(p.9)。

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