2年前の今頃。
日本帰国に際しての部屋の片付けの最終段階突入。
この日はタンスや冷蔵庫、(脱水槽の壊れた)二槽式洗濯機、脱水機などを買い取ってもらおうと、あちこち出かけている。
「今日こそは!」という意気込みで。
(タダでもよかったの。)
結局は無理であった・・・。
力を落として帰宅した。
そして大家さんに連絡。
帰国の2日前、結果的にそれらの処分は大家さんに任せることとなった。
(元々1か月前から「最悪の場合はヨロシク」と言ってあったが・・・)
この帰国に関しては飛行機チケットの予約以外は誰の力も借りるつもりはなかった。
チケットについては「最後にこれぐらいは経営者である上司の手を借りる方が、逆にエチケットになる」と思ってのこと。
中国に来てから、8回引っ越していた。
最後の2回は自費での引っ越しではあったものの、なんだかんだで様々な方の力を借りている。
それがいけないことだとは思わない。
逆にお願いしない方が水くさい。
だが、中国生活の締めとしてはすべてを個人で片づけたかった。
途中住んでいた市で仕事をしている卒業生たちの手を借りようかと思ったことも何度かあった。
当たり前だが、学校を挟んで隣の村に住んでいた上司の手を借りようと思ったこともそれ以上にあった。
それ以前に住んでいた村の顔見知りの方々にお願いする方法もあった。
ただこれこそ、彼らに悲しい思いをさせるので、避けたかった。
私は村に残っていた最後の日本人であった。
私はひっそりと住み慣れた村を出てゆきたかった。
手を借りたことは上述の上司にお願いしたEチケットの手配、大家さんに任せることとなった家具の処分、そして大家さんにバスターミナル近くのホテルまで荷物ごと私を運んでもらったことの3つ。
私は帰国の前の夕方、幹線道路に面した村の入り口まで(10kgのショルダーバッグとパソコンバッグ、小さなショルダーバッグを肩にかけて)スーツケース2つを押していくつもりであった。
そこからバス停までは遠くない。
または村の入り口で日本の1BOX軽自動車ぐらいの大きさの白タクをチャーターする手もあった。
それでもできれば、市バスで行きたかった。
(その市では一度も大荷物追加料金を取られたことがないが、さすがにスーツケース2つだと取られたであろうが・・・。)
どのみち空港バスは私の住んでいた村を通るのだが、この市に7年住み、そのうちの6年をその村で過ごした私にとって、村の前を通る市バス6路線には相当の思い出がある。
他の路線を含めて、私はこの市バス及び隣の市のバスを駆使して生活してきた。
だが、新築のアパートに4年もお世話になった私は大家さんの親切を無にするわけにもいかない。
大家さんはずっと「当日の朝にアパートからバスターミナルに行けばいいじゃないか。俺が送るよ」と言ってくれていた。
それでも私は常に危険回避、安全策選択で生きている。
ぎりぎりでの行動は避けたかった。
私が言いたいこと、それは「人は一人では生きてゆけない」ということ。
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日本帰国に際しての部屋の片付けの最終段階突入。
この日はタンスや冷蔵庫、(脱水槽の壊れた)二槽式洗濯機、脱水機などを買い取ってもらおうと、あちこち出かけている。
「今日こそは!」という意気込みで。
(タダでもよかったの。)
結局は無理であった・・・。
力を落として帰宅した。
そして大家さんに連絡。
帰国の2日前、結果的にそれらの処分は大家さんに任せることとなった。
(元々1か月前から「最悪の場合はヨロシク」と言ってあったが・・・)
この帰国に関しては飛行機チケットの予約以外は誰の力も借りるつもりはなかった。
チケットについては「最後にこれぐらいは経営者である上司の手を借りる方が、逆にエチケットになる」と思ってのこと。
中国に来てから、8回引っ越していた。
最後の2回は自費での引っ越しではあったものの、なんだかんだで様々な方の力を借りている。
それがいけないことだとは思わない。
逆にお願いしない方が水くさい。
だが、中国生活の締めとしてはすべてを個人で片づけたかった。
途中住んでいた市で仕事をしている卒業生たちの手を借りようかと思ったことも何度かあった。
当たり前だが、学校を挟んで隣の村に住んでいた上司の手を借りようと思ったこともそれ以上にあった。
それ以前に住んでいた村の顔見知りの方々にお願いする方法もあった。
ただこれこそ、彼らに悲しい思いをさせるので、避けたかった。
私は村に残っていた最後の日本人であった。
私はひっそりと住み慣れた村を出てゆきたかった。
手を借りたことは上述の上司にお願いしたEチケットの手配、大家さんに任せることとなった家具の処分、そして大家さんにバスターミナル近くのホテルまで荷物ごと私を運んでもらったことの3つ。
私は帰国の前の夕方、幹線道路に面した村の入り口まで(10kgのショルダーバッグとパソコンバッグ、小さなショルダーバッグを肩にかけて)スーツケース2つを押していくつもりであった。
そこからバス停までは遠くない。
または村の入り口で日本の1BOX軽自動車ぐらいの大きさの白タクをチャーターする手もあった。
それでもできれば、市バスで行きたかった。
(その市では一度も大荷物追加料金を取られたことがないが、さすがにスーツケース2つだと取られたであろうが・・・。)
どのみち空港バスは私の住んでいた村を通るのだが、この市に7年住み、そのうちの6年をその村で過ごした私にとって、村の前を通る市バス6路線には相当の思い出がある。
他の路線を含めて、私はこの市バス及び隣の市のバスを駆使して生活してきた。
だが、新築のアパートに4年もお世話になった私は大家さんの親切を無にするわけにもいかない。
大家さんはずっと「当日の朝にアパートからバスターミナルに行けばいいじゃないか。俺が送るよ」と言ってくれていた。
それでも私は常に危険回避、安全策選択で生きている。
ぎりぎりでの行動は避けたかった。
私が言いたいこと、それは「人は一人では生きてゆけない」ということ。
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