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まさか日本でカルチャーショックを!

日本で技術者→中国広東省にて日本語教師→日本で技術者復帰→技術者+?
旧題名:まさか私が日本語教師に!(NO.3)

これぐらいで悲鳴を上げられても・・・

2014-03-19 14:01:33 | 初級授業(日本語)
初級クラス。
本日『みんなの日本語』第5課をほとんど終わらせた。
ほとんどというのは、会話文の暗唱テストと、1~5課までの単語テスト、練習問題の宿題部分は明日行うからである。

単語テストについては教科書に入った時に伝えておいたし、今までも何度も言っておいた。
だが、暗唱確認とそれが重なるとなれば、学生も驚くに違いない。
(クラスの約75%が中国語で)「先生、暗唱は明後日にしていただけませんか・・・」と叫んだ。
それぐらい日本語で言えるぐらいのレベルである学生までもが中国語で言ったところをみると、よほどの衝撃であったのであろう・・・。

しかし私は最初から甘やかすつもりはない。
最初から「5課終了で1~5課までの単語のテストを行う」ことは伝えてあるのである。

学生にしてみれば、クラスメートが少ない利点もあれば、悪い面もあるということ。
少ないからある課が終わった翌日の授業の最初に一人ずつ会話文の暗唱を発表してもらっている。
それが単語のテストと重なったということは当然の流れであるんだが、学生からしてみれば悪い面のひとつとなる。
(教師からしてみれば、当然行うべきことなのだが・・・。)

明日、このクラスの学生たちが「普段真面目に自習時間を過ごしているか否か」がよくわかることになる。

単語試験は80点合格。
それ以下は不合格であり、(冗談で)「蹴るぞ!」と伝えてある暴力教師の私・・・。
80点なければ、点数に応じて何回書くかは違うのだが、1~5課までの単語をノートに記して提出していただこうと思っている。

最初の5課までで合格点が取れずにこの先どうやって勉強していくというのであろうか。

本来最初のうちは5課毎ではなく、3課毎にしたいのだが、時間に追われており・・・。
最初にペースを計算したら、1日に0.6課となった。
しかし、1課からそれでは確実に消化不良を起こす。
というわけで、教科書に入って15日目にして、やっと5課を終わらせた。

文法は上司が教えているのだが、復習を兼ねて、簡単に提示している。
また、状況によっては私の方が上司の進度を追い越すこともあり、その場合は単語のところ該当課の文法について触れることもある。

ただ、私はなるべく『標準日本語』を使っている同僚よりは一歩遅れることを意識している。
それはやはり基本的な文法はしっかり押さえていただきたいからである。
『標準日本語』は第4課で存在文が出てくるが、『みんなの日本語』では11課という違いはあるものの、他はだいたい同じような提出順序となるのである。

しかし当然数字とにらめっこして進めているわけであり、5課までの間にも私の方が先行したことはあった。

そうしないと最後は形だけの授業になってしまうので。
中級や上級であれば、教科書が終わらなくても言い訳は立つ。
しかし、初級では終わらさないとお客様である学生が困るのである。
当然我々教師も困ることになる。

まあ、何にしても、40課ぐらいからはバタバタと慌ただしく教えることになるのはどこの学校でも同じだと思う。
(当然1日1課という学校も経験しているのだが・・・。)

慌ただしい授業で効率を上げるには、やはり暗記してもらわなければならない。
しかし、外教である私の場合はとにかく口を動かす授業の中に、考えさせることも含めている。
それを課さないと、中級になっても話せない学生、外教の授業を聞いてもわからない学生が出てくる。


ちなみに・・・。
私個人の外国語学習はそこまで厳格なことをしていない。

例えば、目標言語だけであろうが、中国語を媒介語であろが、ビデオを見て感覚的に覚えるという勉強も取り入れているのだが、うとうとしてはまた巻き戻して、また同じところでうとうとしてはまた巻き戻して・・・などざらである。

ノートを見直せば、スペルミスどころか媒介語の中国語の漢字の違いも多い・・・。

話せば、急に違う言語の言葉が混ざる・・・。

そんな40を超えた外国語学習。
つらい勉強もなるべく自分に合った方法で楽しく勉強したいものである。

どこかに遊び心がなければ、必ず失敗する。
また、「灯台下暗し」という言葉同様に、美術も建築物も外国語学習も遠くから眺めることをしないと、気が付かないことは多い。

「楽しく」、「遠くから眺めることも行う」この2点は言語教師てある私にとっても常に心がけていることである。



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教え方はその時々によって変わる

2014-03-11 13:39:33 | 初級授業(日本語)
『みんなの日本語 初級』と『中日交流標準日本語初級』。
中国ではこの2冊のうちのどちらか、または両方を用いている学校が多い。
もちろん私はどちらも教えたことがある。

今回久しぶりに初級を担当するに当たって、上司から聞かれたのは「(担当するのは)どちらがいいか」ということ。
(当校では2冊同時に使っても、学習者を混乱させない秘密がある。)

私は日本人教師にとって使いやすいこと、会話がしやすいということで、『みんなの日本語』を選んだ。

しかし、理由はもうひとつある。
それは時間的にきついということ。
この上司たちの下では代講以外初級を教えていなかったのだが、それでも当然観察はしている。
やはり最後は(どこも一緒で)バタバタと駆け足で教えることになる。
(3、4か月で終わらせた経験があるかたはよくわかると思う。)

だが、今までは土曜日が半ドンであったのである。
しかし、今学期から土曜日も丸一日休み。
となると、たった半日分(時間的に2/3)であっても、それがあるのとないのとでは大違い・・・。

それも考えてあるというわけ。
つまり、文法・翻訳書は単語ぐらいしか使わずに進めて行けば、学生は授業中に余分な中国語を見ないということがポイント。
(もちろん上司が導入してある文法についても日本語でそれを軽く提示しているし、例文や練習などの日本語訳中国語訳を聞いて確認を取るということもしている。)

基本はとにかく学生の口を開かせて体に叩き込む。
プラスして合間に考えさせる会話を入れる。
最後に会話は覚えさせて、問題も宿題にし、翌日それをチェックする。

今回の私はこの3点を重点に考えている。
すべて当たり前のことかもしれないが、それをいちいち拾い出すという行為は仕事の基本。

もちろん覚えさせるのは会話だけでなく文型や例文を含めるに越したことはない。
だが、当校では二冊同時使用であることから、当然『標準日本語』を使う教師も同じことを行うわけであり、学生が発狂しないようにそれは除外している。

以前の中国の学生は暗唱など得意であった。
だが、最近の学生はあまり得意ではない方も多い。

(人数が少ないからできるのだが)会話文に触れた翌日の授業の最初にそれを一人一人黒板の前に立たせて暗唱させる。

『標準日本語』の教師は以前は午後の自習時間に事務所に越させてチェックしていたのだが、(学生の人数が少ないので)今はおそらく私と同じことをしているであろう。

また私は教科書に入ってすぐに「5課ごとに単語のテストを行う」と伝えてある。

そんな状況なのであるから、学生も時々本当に「目つきが怪しい」顔つきをしている時がある。

なぜならば、覚えるのは会話文だけではなくいろいろあるのだから・・・。

特に私のように自分の計画を守る人間にとっては、他にやらなければならないことを強制されるとパニックになるわけで・・・。

自分がそういう人間であっても、私は手綱を緩めない。
私が「やりなさい」と命令したことは絶対に守っていただく。
学生は貴重なお金と時間を使っていることを考えれば、当然のこと。
(もちろんそういうことが本当に苦手な学生には一応それなりに評価する部分を若干変えることはある。)

ただ、私の授業にはもっと大切な要素がある。
それは「笑い」。
ある意味これは「日本語教育」の面よりも天性的な素質があると自分でも感じている。

学生が疲れてきたところで、ポンと笑いの爆弾を投げつける。
状況によってはポンポンポンと三連続ということもある。

最初から最後まで厳しい授業を続けたり、本当に日本語教育の面だけを追求していては学生もどこかで爆発してしまう。


いつも偉そうなことばかり記しているのだが、私がまったく問題がない教師だというわけではない。
上司たちはうまく私のいい面を引き出しているだけのこと。

いままでいくつかの学校で教えてきたのだが、2010年の夏からの付き合いのこの上司たちとは教育理念が一緒であり、なおかつ今までの誰よりも一番私の扱い方を知っている。

人材というものはそれを使う方の手腕によって、光ったり、輝きを失ったりするもの。




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ネアカ姉ちゃんアリガトネ~

2014-03-10 15:02:25 | 初級授業(日本語)
初級。
『みんなの日本語』第2課。

この課の会話文ではサントスさんが引っ越しコーヒー(??)を山田さんに差し出す。
(それも私が好きなブラジルコーヒー。)

その会話文の後に息抜きを入れた。
「あげます」は7課であり、まだ勉強していないのだが、授受表現は中国語母語話者にとっては大変なので、徐々に入れていく計画を立ててある。

「○先生に何をあげますか」と質問してみた。
ちなみに○先生というのは私の上司である。

あるネアカの学生がのたまった。
「学費をあげます!」と。
もちろん「学費」の部分だけ中国語であったのだが、実にナイスであった。

続けて「□先生に何をあげますか」と聞いたら、「おかしをあげます!」と。
もちろん「お菓子」の部分だけ中国語であったのだが、やっぱりこのネアカ姉ちゃんは楽しまてくれる。

ただ、別に常に腹が減っている教師は同僚の□先生だけでなく、私も同じ。
私などその先生よりも学生からエサをもらうことが多い。


「じゃあ、日本人の先生には何をあげますか」と訊ねたら、「若い気持ちをあげます」と全部中国語でのたまった。

3つの質問に対する答えのすべてに大笑いした私。

異国で教えており、様々な面で苛立つことは多い。
だが、どのクラスにも必ず存在するネアカ姉ちゃんやネアカ兄ちゃんの学生に救われている。


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学習者のために「情けは禁物」

2014-03-05 20:10:33 | 初級授業(日本語)
日本でボランティア日本語教師をしていた頃、幸運なことにクラス授業を受け持つことができた。
何が幸運かといえば、中国で教えるためにもクラス授業の経験はあったほうがいいので。

最初の半年は土日と二日教えており、土曜日は漢字を教えていたのだが、こちらは人によってレベルが違うので、教えるのが二人以上であっても一対一と変わりはない。

まあそれがクラス授業にせよ、一対一にせよ、当時はボランティア教師を始めたばかりであり、与えられたものを「謙虚」にこなすだけ。
もちろん私以外にも日本語教師としての将来を考えてそこで教えていた方も何人かいた。
それは私の励みにもなった。


さて、本題。
私が教えていたのは初級の五段階中の第一段階。
『みんなの日本語』を使用していた。
それを2クール目に担当している時、途中からあるフィリピン人男性が現れた。
だが、ひらがな、カタカナがわからない・・・。

普通はそんな時、五十音からのクラスに行っていただく。
だが、そこはすでに満杯。

そういうこともあり、私は「私が教えている段階が終わるまでの間に、ひらがな、カタカナを覚えるならば」という条件で受け入れた。

当然私はひらがな、カタカナ、漢字以外にローマ字も板書することになる。
だが、将来を考えれば、これもいい勉強だと感じた。

だが、彼は一向にひらがな、カタカナを覚えようとしない・・・。
「このままであると、次のクラスの先生に受け入れてもらえない」ことを伝えてもダメ・・・。
おそらく彼は彼女がそこに通っているから一緒についてきたのだと思われる。
(ちなみにその彼女は他の国の方であった。)

そのボランティア授業を始めて3クール目。
私は途中で中国に赴任するので、(途中で消えても、誰か彼かが教えやすい)初級の最後の段階のクラスを担当した。

授業後、仲間たちとお茶に出かけた席で初級の二段階目の先生に聞いてみた。
結果はやはり「ひらがな、カタカナがわからないのでは困るので、断った」とのこと。

それは正しい。
ボランティアといえでも、学習者(のほとんどは)真剣なのである。
当然ボランティア教師であっても質が高い授業をしなければならない。
ひらがな、カタカナがわかることが前提のクラスであるので、それに適合しない方にまで対処していたら、いい授業ができないであろう。

今年になって自分の愚かさに気が付いた。
いや、今までも気づいていた。
だが、自分が罪を犯したことを自覚したのはつい最近のこと。

私の親切心が逆に学習者に悪影響を与えることになったのである。
いや、違う。
親切といえば、聞こえがいい。
だが、「それも自分の経験のためになる」という気持ちも強くあったことは言うまでもない事実。

私が2クール目に現れたあるボランティア教師。
自分の勉強のためにボランティア教師をするというのは、私たちと同じであり、問題はない。
真剣に教えてくださるのであれば。

だが、本業の日本語教育の勉強のために急に翌週からの授業を辞退した。
それはともかく、授業後に(人数が多いためクラスを半分ずつにわけて、隣で授業していた」相方の私にだけ伝え、責任者にも、窓口にも何も伝えなかったのである。

我々社会人から見たら、驚きの自己中心的な方であった。

しかし、私の親切心はその自己チュー学生と何ら変わりはないのではなかろうか。

今年の目標のひとつは、「謙虚になる」ということ。
そういうわけで、昨年末から今まで以上に己を観察するようになった。

そうすると、今まで気が付かなかった己の愚かさに少しずつ気づいていくことになる。
初級で犯した罪はそれだけではない。
私がけっこう「学生に(必要以上の)情けをかけない厳しい面がある」理由はこれらの反省からきている。



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人には得手不得手がある

2014-03-05 14:40:33 | 初級授業(日本語)
久しぶりの初級。

やはり予想通りであった。
それは何かといえば、練習Bで「???」状態になった学生が思ったより存在したということ。
(君たち、予習したかい・・・。)

もちろんそれを見越して最初の方は一通り私が読んでみせて、当然学生たちにも復唱していただく。
それを何度か続けて、練習Bの1番、2番を行った。

だが、3番で固まった学生がいた。
私は意地が悪いのでここで指の絵文字で示したマークが上を向いていること(図を参照せよという意味)は何も言っていない。

これはまた今晩か明日に記そうと思っているのだが、わかりやすい授業を心がけながらも、「情けは禁物」だと思っているからである。
学生自身の自発的な気づきや行動が大切。
それをどのように引き出すかが我々教師の仕事。

それでもある学生は3番を2回繰り返しても「???」状態であったので、「仕方がない。(下手な)中国語を使って説明するか・・・」と考えた時、隣のクラスメートが教えだした。

当然指マークだけでなく、その手の代入練習的な問題自体が考えられない学生もいた。

まあ、今の世の中こんなものである。

現在上司や同僚が空き時間に日本語や他の言語のプライベートレッスンをやっているのだが、昨日それを聴いて「なに・・・」と思った。

その若い女性学習者は中国や目標言語を話す国や日本、アメリカなどがどこにあるかはわかるのだが、東南アジア、オセアニアになるとわからないらしい・・・。
(この様子だとフランスの位置もわからない可能性は高い・・・。)
そんな学生たちもいるのである。
(もちろんこんな学生は以前からいる。)
(もっとひどいのになると、中国国内でさえあやふや・・・。)

それはともかく、『みん日』の練習Bで悩むのだから、当然『標日』(標準日本語)の練習でも悩むであろう。

ひどい場合は10課近くや25課が過ぎても、たまに「???」状態の学生が現れる・・・・・・。
(君は今まで何をしていたのかね・・・・・・。)


だが、人間には誰でも得手不得手がある。

私などおちゃらけモード全開の授業をしてはいても、時に学生から「お~、先生、凄い!頭がいいですねえ~」と感心されることがある。
私は数字的なもの、視覚的なものはけっこう記憶力がいい。

だが、トロいところも多い。
昔サッカーをやっていたことがあるのだが、それなのに審判は苦手。
瞬時の判断や区別がつかなくなるのである。
これはサッカーだけでなくバスケットボールやバレーボール、テニスでも同じ。
(もちろん自分がプレイしていたり、傍観している時は区別がつく。)

以前の建設業時代でも、自分が得意な分野と苦手な分野の差が激しかった。
私は数学が苦手だが、それでも瞬時に図形化できることには強かった。
(図形は得意。)
自分が得意な分野はやはりイメージしやすい。
簡単に言えば、瞬時にイメージできるか、できないかの問題。


中国での生活。
私は大都会に住んでいるわけではないので、乗り物の切符を買うのに地下鉄以外は券売機を使用しておらず、直接窓口で買っている。

(何度も記したことだが)2011年夏と2012年夏の一時帰国の時、券売機で悩んだことがある・・・。
もちろん従来の券売機なら問題はない。
だが、タッチパネル式で一つ一つ質問されて、それに答えていく形式(例えば新幹線)だと戸惑う。
それは「何を求めているのかはわかるのだが、それを選択する時の手法の識別ができない」ということ。

今回(2014年春節)の一時帰国は悩まなかったのだが、操作に慣れたのか、それとも習慣の違いに慣れたのか・・・。

それに付け足しておくと、2011年夏に有馬温泉に行った。
その時は私鉄から私鉄の乗り換えで悩んだ。
確かに表示はある。
だが、その”U字”の矢印と某私鉄乗換えの表示をそのまま実践すると、私はどうしても改札口の前に出てしまう・・・。

おかしいなぁ・・・と同じところを何度もうろうろと・・・。

もう一度元に戻り、腕を組んで考えること1分。
やっと乗り換えの通路を発見した・・・。

これらも図示表示に対するイメージ感覚の違い。
ずっと日本に住み、そういう生活をしていれば、すぐにわかる。
だが、現在私は外国に住んでいるのである。
感覚がずれるのは当然のこと。


私など以前は「俺のようなトロイ人間が瞬時にできることなのに、なぜそれがわからんのだ・・・」と苛立つことも多かった。
建設業でも現在の日本語教師の仕事でも。

だが、しつこいようだが人間はみんな得手不得手があるのである。

自分ができるから、他人もできると考えていては教師失格。

自分の常識は他人の常識ではない。
であるから外国語教育もその辺のところはよく考えてゆかねばならないと思っている。



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