今日は主人のおばあちゃんのお葬式だったのだ。
普通ならちょっと避けたい話題だがなにしろ101才の大往生なのだ。
お坊さんもこれほどの長寿の方のお葬式は
参列するだけでも徳がいただけると話すほどだったのだ。
で、みなさんはご存知だろうか?
100才の誕生日を迎えると、敬老の日に
内閣総理大臣様からなにやら表彰状(?)のようなものが届くのだ。
お留守番を仰せつかったその隙にパチリとやってきたのでUPしよう。
普通ならちょっと避けたい話題だがなにしろ101才の大往生なのだ。
お坊さんもこれほどの長寿の方のお葬式は
参列するだけでも徳がいただけると話すほどだったのだ。
で、みなさんはご存知だろうか?
100才の誕生日を迎えると、敬老の日に
内閣総理大臣様からなにやら表彰状(?)のようなものが届くのだ。
お留守番を仰せつかったその隙にパチリとやってきたのでUPしよう。
ねっねっ「小泉純一郎」って入ってるでしょ?
皆様もぜひこいつをゲットできるまで頑張って欲しいのである。
ちなみにこいつにも書かれているが記念品も届くのだ。
なにが届くかはもらってからのお楽しみにしておこう。
そうそうあまりの大往生に施主様からご厚意により
「祝」と書かれた封筒入りの記念品がが振る舞われたのである。
葬式に「祝」とは。。
ここでもご長寿がいかにすごいかがよくわかるってものなのだ。
さてさて実は今日のお葬式。。式には参列したものの
外孫の嫁という赤の他人的立場もあったし
近所で仲良くしているってこともあったので
私は裏方に徹したのだ。
火葬場にも行かず、納骨にも立ち会わず
果てはきっちょ祓いとかいう飲み食いの席にも出席せず
ひたすらお手伝いしていたのだ。
正直知らない人ばかりだったので気が楽でよかった。
だが普段動かないやつがめずらしく動いてしまったため
。。しかも見栄を張ってテキパキと動いてしまった。。
情けない私の体はそこら中で悲鳴をあげているのだ。
すでに下半身には筋肉痛にも似た(っていうかそのもの)鈍痛がある。
んなわけで、今日のところはこの辺でお開きにしたいと思う。
あ、でも先日いただいた大ブリの栗の実を
何気に自慢することも忘れちゃぁいけないw
秋の気配を楽しんでいただこう。。。
それに「祝」の記念品が振る舞われたとは!!!
くまたん、裏方に徹されて随分とお疲れでしょうね、また明日よみがえって、バンバン頼みます♪
自分がどうにかなってしまいそうで怖いんです。
人とは最終的に合えなくなってしまう、
と変な言い訳をつけたくありません。
だからといって、それまでに楽しむ、
という理想主義の思想も腑に落ちないんです。
今、特にそれを感じるのが、我が家の愛犬パピです。
いくら人では無いとはいえ、大切な一人に違いはありません。
おそらく、後10年。
そう考えると、どうしていいのか全然検討もつきません。
ましてや、これが友達や親だったら、
自分はどうなるんだろう。
死についての概念は、自分の中では固まっていません。
心の中にある限り、その人は生きている
という考えは、一番大嫌いです。
くまたんはどう思いますか?
すいません、ここで変な質問ばかりして。
さすが101歳だと「祝い」まで・・・・。
裏方ご苦労様。
きっと、くまたんの「いい嫁」評価もアップしたことでしょう。
でも、お葬式って、田舎に行くとびっくりする風習がいっぱいありますよね。
私は岡山のお葬式で見た、ぐるぐる渦を巻いたお線香(一晩もつらしい)が珍しかったです。
元気で長生きされたおばあちゃん「おしあわせ」でしたね。そうありたいですよね~。
大往生でも、ご愁傷さま・・・。
くまたんさん、よくやりましたねえ・・・。
おつかれさま!
私の同居人、明治生まれなんですよ。
だいたいのことは自分でできます。
ずっと元気でいて欲しいものですが・・・。
みたいな不思議な雰囲気がありましたねぇ。。
で、気付いたらテレビの前で寝てましたぁ~
あはははは~
明日には完全復活させてもらいまぁす!!
思いもよらず向き合うことになっちゃったね。
で、実は私もまだ大切な人が先立たれるっていう経験、してないから、あんまり説得力のない話になるけどいい?
まず、生者必滅といって生きているモノはすべて死から逃れられないという事実は、悲しいけど受け入れなければいけないんだよね。
どんなに離れたくない相手でも。
そして人間って多分唯一死を知って生きてる動物だと思う。
つまりそれっていつか来るその日のために心の準備だって出来るし、その時に後悔しないように行動することだってできるはずなんだよな。
結局、元気でいる人はみぃんな死ってことを忘れちゃうんだけどさ。
だからさ、別れるその時のショックを和らげるために。。。といっても悲しみから逃れられるわけではないけど、心の準備をしておこう。
そしてその日に後悔しないように出来ることはやっておこう。
死はこの世でのお別れであって、自分があちらに行った時はまた会えるから。(風人くんには否定されそうだけど)
それまでに楽しむっていうのは理想主義なんじゃなくて真実だと思うよ。
私はいつ来るかわからない最後の時を迎える時に「いい人生だった」と思いたいね。
さて、納得がいってもいかなくても私の意見はこんなところだ。
こんなんでよければいつでも語るから、なんでも聞いてくれたまえ!
誰かのために働くっていうのも悪くなかったですよ(^∀^)
さっきも少し寝ちゃいましたがまた爆睡に入りたいと思いまぁす!
「いい嫁」評価アップのために働いたと言っても過言ではないかもぉ。。
で、そういえば今日始めてみたのが「黒飯」。
お持ち帰りいただく荷物にいれたんだけど
これってどこでもあるもんなんですかねぇ???
あとは天台宗の唄うようなお経にもちょっとびっくりしましたぁ。。。
嫁として、なかなか勉強になりましたよ。