題重訂本艸綱目後
『本艸』葢肇于炎皇、而陶・蘓・陳・寇諸賢相繼漸次増廣、論選品物益精、終至李東壁集古今之大成著作『綱目』一書、取材至富増物甚多、區別部類六十條・収載藥品一千八百九十二種、可謂備矣。此書一出、舊説悉廢、永爲青嚢秘簶・枕中鴻寶・必用不可闕之具。天下之談名物論藥性者皆於斯取法焉。及本邦傳播既廣刻愈多、而字畫訓點率多差訛、藥物倭名往々出於杜撰無稽之説、其遺害於人不少。
此本乃係最初第一刻、中間西峯松下翁曾較訂之、爾来模印年?、復就漫漶焉。頃書肆某請稻若水先生曾點竄塗抹之本重梓之。舊圖誤寫失其眞者、一一命而改圖之、參攷以諸家『本艸』及稗官小説、又表出『綱目』不収而關于世用者数十種、以附其後。倭名謬呼文字舛差、悉加是正、於是又得一新、比較前諸刻燦然爽眼。
先生者、當代博物君子也。明察物性旌別眞贋、逈出于東壁諸子之右。嘗病『綱目』書遺漏尚多、未免有承襲之謬、以脩經餘暇、寓意於昆蟲艸木之學、以平章群品爲己任、兀兀不倦纂輯多年累稿成堆、殆盈千巻、網羅古今籠架品彙、勒成一家之言。
他日、就緒則群言之得失有所定、而庶物之眞贋者有所攷也。其舊所著『炮炙全書』二巻、既?行于世。其餘如『採藥獨斷』・『食物傳信』、猶未脱稿。予素有本艸癖、曾從受説、喜此刻之新成、遂述数語。
夫格物・正名、聖學之所先也。而學者往々高談性理、而於名物之一事、則視以爲微事末技、未嘗注心於此。故偶舉『毛詩』名物一二以試問之、茫然不辨如夢如痴。既雖眼前至近者猶且不能通暁、何問其餘。
此書非獨爲醫家一經、實格物究理之一端、不可不讀焉。或曰、
「夫子言多識於鳥獸艸木之名、未嘗言研究其實也。」
予以爲不然。聖人之言、従容不迫、非言讀詩者但止於多識其名而不要必究其實也。近讀清江汪鈍翁集作蘭室記云、
「家藝蘭数本、何必辨其孰眞蘭孰贋蘭。」
以予論之汪説與不辨菽麥者相去幾希矣。皆是掩拙飾辭耳。韓子爲儒宗、猶曰、
「『爾雅』注蠱魚、定非磊落人。」
其所著『原道』舉『大學』八條目、而遺格致一項、先儒已議其失聖經之旨、則其貶『爾雅』不亦宜乎。
夫子不云乎、「必也正名乎。」名不正、則言不順、事不成。苟名實乖戻、則玉石混淆美悪無辨、人莫知所適從焉。其爲害也非細、故豈格物云乎哉、豈正名云乎哉。若夫誇無用之辨、務不急之察、遺實學而騖空文、無益於天下後生者、則固君子所戒也。予非阿所好、讀者勿以小技視而可也。
?正徳葵巳閏五月既望
平安後学松岡玄達成章甫謹題
【訳】
『本草』は、神農の時に始まり、陶弘景・蘇敬・陳蔵器・寇宗奭ら諸賢らが、引き続きますます対象を増し広げ論じ選び精しくなり、遂に明の李東壁(李時珍)までになると、古今の大成を集め『本草綱目』という一書を著し、取った材・増した物の量はとても豊富で、六十条に分類され薬物一千八百九十二種が収載されており、整ったものと言っていい。この書が出ると、旧説はみな廃されて、ながく医者にとって貴重な書物で必ず用いて欠かすことができないものとされた。天下で物の名とかたちを語り薬性を論ずる者は、みな手本にするものである。本邦で広く伝播され翻刻がいよいよ多くなってくると、字画・訓点がたくさん誤ってきて、薬物の和名がいい加減な考えから記され、人へ及ぶ弊害が少なくなくなってきた。
この本はというと、最初の第一刻で、その間に松下西峯がかつて校訂したものであり、それ以降、刻版が久しくなって、また文字が判別しにくくなっていた。ちかごろ書店の某が稻若水先生のかつて訂正・書き込みした本を請うて重梓した。旧図の誤写・本物の姿を逸したものを、それぞれ描き改めさせ、諸家の『本艸』やら稗官小説やらを参考にして、さらに『綱目』に収録してなくて世で用いられているものを数十種を項目に入れ、後に付した。和名で名前がおかしいもの・文字の誤りは、すべて是正され、かくて一新されて、以前の刻本に比して燦然たるさまで見るのに快適になったのである。
先生は、現代の「博物君子」であり、物の本性を明察し真贋を識別し、東壁(李時珍)や諸子をはるかに上回っている。かつて『綱目』の書の遺漏がなお多く、いまだに受け継いだ誤りがあることをまぬかれなかったのを気にかけていたが、経学のひまに昆虫草木の学問に意を注ぎ、(本草関連の)多くの物を評定することを自分の任務とし、倦まずせっせと編集し長い間に、たまった原稿が山のようになり、ほぼ千巻に満ちて、古今を網羅し種類を整理し、まとめて一家の言説を成したのである。
かつて、段取りがついて多くの言葉・物品についての得失・真贋が校定された。旧著の『炮炙全書』二巻は、すでに世に出て久しい。その他の『採藥獨斷』・『食物傳信』は、なおもまだ脱稿していない。私は、根っから本草について嗜好が強く、かねてから(若水先生)にしたがって説を承っていたが、この刻本があらたに成ることを喜んで、そのまま数語を述べる。
そもそも、格物・正名とは、聖學がまっさきに手がけるものである。が、学者は往々にして性理を高談して、物の名や形のことについては、些細なこと・とるに足りないわざと思ってみている。そこで、たまに『詩経』の一二の物の名・かたちをあげて訊くと、茫然として判別できず朦朧とした様子になってしまう。目の前のとても間近なものでさえ、もはや分かり切っていないので、その他は問うまでもなかろう。
この書は医家のためだけの一經典ではなく、まことに格物究理の端緒であり、読まないわけにはいかない。ある人は、
「孔子は、(『詩経』によって)鳥獣草木の名を多く知るとは言ったが、その実際を研究するとはかつて言ったことはない。」
と言う。が、私は、そうは思わない。聖人の言葉は、落ち着いていてせかせかしていないもので、詩を読む者ははただ名を多く知るだけで、その実際を研究しなくてよいと言っているのではない。近ごろ、清代の江蘇にいた汪琬が文集(『堯峯文鈔』)で「蘭室記」というのを書いていたのを読んだが、こう言っていた。
「家で蘭を数本植えていたが、どれが本当の蘭か偽物の蘭かを弁別するまでもなかろう。」
と。私から論じれば、汪琬の説と(豆と麦を区別できない)愚か者とはほとんど違いがない。みな、拙さを覆い隠し言葉を飾っているだけである。韓愈は儒家の宗師でありながらも、なお、
「『爾雅』の虫魚に注を施したのは、きっと志が大きくて些末にこだわらない人ではない。」
と言っている。彼の著した『原道』では『大學』の八条目を挙げようとしていながら、(大切な)格物・致知という条目を言い漏らしており、先儒は聖典の趣旨を逸していると既に議論しているわけであるので、韓愈が『爾雅』を貶しているのももっともなことではある。
孔子は、
「是非とも名を正そうではないか。」
と言っていなかったか。名が正しくなければ、言葉も順当ではなく、物事もうまくいかない。名と実とが一致していなければ、玉石混淆で美悪も分からなくなって、人は往き従うところが分からなくなってしまう。その害は、微細ではないから、格物だけ、正名だけを言うわけにはいかない(両方とも大事なのである)。もし無用の弁舌を誇り、不急の考察に務め、実学をおろそかにして中身のない文にかけずりまわるのは、天下の後生に無益であり、それはもともと君子のいましめるところである。私は、自分の好み(である本草)をひいき目にしているわけではないが、読者が些末な技能として見るのでなければ、それでよい。
時、正徳葵巳(1713)閏五月16日
京都の後学・松岡玄達成章甫謹題
【語釈】
○陶・蘓・陳・寇 南北朝の梁の陶弘景(『集注本草』)・唐の蘇敬(『新修本草』)・唐の陳蔵器(『本草拾遺』)・北宋の寇宗奭(『本草衍義』)。
○枕中鴻寶 貴重で軽々しく人に見せるものではない書物。漢書・卷三十六・楚元王劉交傳
○漫漶 刻された文字が判別できない状態になること。
○點竄 文章の字句をあらためること。
○博物君子 万物に通じている人。『左傳』昭公元年にみえる語。
○旌別 識別する。明らかに記す。
○平章 公平に品評する。弁別し組み込む。
○兀兀 「兀」音:wù。動じないさま。たえずつとめるさま。
○他日 「かつて・将来」どちらかの意味にとるか迷うが、稲生若水は『庶物類纂』千巻のうち三割ほどしか手がけていないので、前文にある「千巻」とは他の書物をあわせていったものと考え、「かつて」と訳した。。
○炮炙全書 稲生若水著。1692刊。
○採薬独断 稲生若水著。
○食物傳信 稲生若水著。
○名物 ものの名とかたち。
○如夢如痴 意識が不明瞭なさま。「如醉如痴」・「如痴如夢」などと熟して用いられる。
○夫子言多識…… 『論語』陽貨による。
「詩、可以興、可以觀、可以羣、可以怨。邇之事父、遠之事君。多識於鳥獸草木之名。」
○従容不迫 落ち着いてせかせかしない。
○江汪鈍翁 江蘇・呉県の汪琬(1624~1691)のこと。号は、「鈍庵・鈍翁」。堯峰先生と称された。『鈍翁類稿』『堯峰文抄(堯峯文鈔とも書かれる)』の著あり。
○家藝蘭数本…… 欽定四庫全書『堯峯文鈔』卷二十三に見える。ここでの引用は、汪琬が自宅の蘭を自慢したら、それは先人の言う蘭ではないと言われ、汪琬が本物の蘭か偽物の蘭かの区別は必要ないと言ったという内容の一部分の文句を記している。
○不辨菽麥 愚者をいう。『左傳』成公十八年
○『爾雅』注蟲魚定非磊落人 「讀皇甫湜公安園池詩書其後二首」による。『爾雅』注は、郭璞による。皇甫湜は、韓愈の高弟。
晉人目二子、其猶吹一?、區區自其下、顧肯掛牙舌、
春秋書王法、不誅其人身、爾雅注蟲魚、定非磊落人、……。
(『荘子』則陽に見える戴晋人が堯舜を見るのは、剣の穴に息を吹きかけた時の音のように面白くなく思っていた。こせこせと堯舜の下に甘んじるようでは、結局歯牙にかけるにも足りぬ人物となってしまう。『春秋』は、王法を記して褒貶したもので、人を誅殺するためではない。『爾雅』の蟲魚に注したのは、きっと磊落の士ではなかろうー筆者訳ー。
【参考】この詩は、「皇甫湜の詩を読むと『爾雅』注のようで『春秋』の王法には遠い」という趣旨ー久保天隋『韓退之全詩集』より摘要ー)
○磊落 志が大きくて細事にこだわらない。
○『原道』…… 「傳曰、古之欲明明德於天下者、先治其國。欲治其國者、先齊其家。欲齊其家者、先修其身。欲修其身者、先正其心。欲正其心者、先誠其意。然則古之所謂正心而誠意者、將以有為也。今也欲治其心、而外天下國家、滅其天常。子焉而不父其父、臣焉而不君其君、民焉而不事其事。」とあるのを指す。
○先儒 朱子その他を意識して言っていると思われる。
『朱子語類』卷第十八・近世大儒有爲格物致知之?一段に、「這箇道理、自孔孟既沒、便無人理會得。只有韓文公曾?來、又只?到正心、誠意、而遺了格物、致知。及至程子、始推廣其説、工夫精密、無復遺憾。」
○必也正名乎 『論語』子路篇による。
子曰、「必也正名乎。」
子路曰、「有是哉。子之迂也。奚其正。」
子曰、「野哉、由也。君子於其所不知、葢闕如也。名不正、則言不順。言不順、則事不成。事不成、則禮樂不興。禮樂不興、則刑罰不中。
○「也」字についての補足 「必也」のような副詞の後の「也」は、一旦語気を止めて下に続ける働きを持つ。
「此類「也」字、是用在「必」「今「郷」等副詞和「過」「更」等動詞作起詞的後面、使語気略作停頓、而有強化語勢和引起下文的作用。」倪志僩『論孟虚字集釋』台湾商務印書館より。
○云乎哉 『論語』陽貨篇にも見える反語的な言い方。
子曰、「禮云禮云。玉帛云乎哉。樂云樂云。鐘鼓云乎哉。」
○無用之辨・不急之察 『荀子』天論篇にもとづく。
○既望 16日。
○平安 京都の美称。
○松岡玄達 稲生若水の弟子。
【評】
この序文は、他の序文がそうであるように、幾多の先輩・同輩の目を経たあとで脱稿されたはずであり、すべて松岡玄達一人により成ったものとは考えにくいが、古典からの引用が多く、また、自己主張のつよい点でも目を引く。
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