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読書の森

おかしなストーカー 最終章 

それっきり雪は黙り込んだ。
晴夫も言葉を発さない。デスクの上の依頼カードを凝視していた。そしてハッとした表情になった。

沈黙の後、晴夫はうって変わって明るく話かけた。
「水谷さんの依頼の主旨はよく理解できました。それで、、、
私の提案なのですが、先にそのストーカーの父親、つまり好きだった同級生の方とお話ししてみて事実確認したらいかがでしょう」
「まさか!私がですか?第一息子と言っても成人ですよ。ご存知ない事で言いがかりつけるのイヤなんです」
(つまり全然音信不通という訳だ、と晴夫は思った)

「そこなんです」晴夫は優しい笑顔で言った。
「私があなたの知り合いという事で失礼ながらと聞いてみるのです。探偵業務の一環としてね」
「、、」
「その方とコミュニケーションを全くとってないのですね。勿論ストーカーらしき息子さんとも話してない。事実を全く確認してないでしょう?」
雪は頷いた。
「あなたの中でお話を作っている、と疑われるのは嫌でしょう?」
「勿論ですわ!」

「子供というものは親世代の恋愛に非常に残酷です。たとえ純愛だろうと不潔感を持ちって傷つけられたと感じる。さらに親に財産が有ればそれは当然自分に与えると思い込んでる」
「、、、」
「実は私がそうでした」
目を丸くして雪は晴夫を見つめた。
「ともあれ、私はあなたの依頼をお受けます。ただしあなたの仰るようにはしません。無駄な家賃を払うより効果的にこの問題の解決をします。
その為にその方の住所氏名を教えていただけますか?」

その言葉で緊張し切っていた雪の顔が解けた。もはや何の演技もない頼りない子供のような表情になった。
「そうでしたね。その方がずっとカドが立ちませんもの。ただ」その後の言葉を呑んで
「お願いします」と彼女は素直に頼んだのである。

それから半年後、その町で岡探偵事務所の看板を見る事はない。
岡晴夫は小規模であるが貿易関係の会社の人事担当として採用され、見違えるようにイキイキとして働いている。

彼がした事は、水谷雪の窮状を彼女の言葉通りに伝えただけである。
極めてスムーズに事が運んだ理由は、、実は彼がそのストーカー本人だったからである!

岡は、今どきの若い男にありがちな己の欲望を率直に出せない男で、隣の女を仮想恋人にしていたのである。
その女性の事は全然知らなかったが、悪友から「婆さんの癖に自分がモテると思い込んでる。欲求不満のメスみたいで相手になってやると喜ぶから揶揄ってやれよ」
隣の物干しに若い娘のようなピンクの湯上がりタオルが干してあったのがさらに悪戯心を誘ったのである。彼も隣人の姿をはっきり確認していない。ベランダで干しものをする女性はもっと若く見えていたからだ。

つまりお互いに隣人の顔などしっかり確かめもしていないのに妄想を膨らませただけである。

さらに、けしからぬ勧めをした悪友、園部仁が、水谷雪が言うニートの息子だった。
ただしとっくにニートではない。
岡は某デパートに勤める園部に雪の話をそのまま伝えた。
「可哀想だよ。このままだと色ボケ老女として病院か施設行きじゃないか?」

「変なことしたのお前だろう。お前が悪いんだろう」と逃げ腰だった園部は岡が耳元で囁いた言葉に渋々頷いた。

そして、、極めて円満に事件(?)は解決して、岡は勤め先近くの賃貸マンションで付き合ってる彼女と共に住んでいる。
このまま順調にいけば家庭を持つことも出来るだろう。

「水谷雪のお陰だ」と岡は思う。
男と女の違いはあるが、プライドが強くて他人の思惑にとらわれない、我儘で世渡りの下手な人間、その見本のような彼女の生い立ちは彼と良く似ている気がした。
ただし水谷雪は彼よりずっとお人好しの女だ。目の前の男が自分を悩ます犯人とも気づかずに、敏感で察しが早いと思い込んでる彼女と話す内に、何故かだんだん癒されてしまったのである。

悪友、園部は優秀過ぎる父親に相当な反感を持っていて、その憎しみを可哀想な雪に悪戯を仕掛けてぶつけていたらしい。
淫乱女という噂を流して、それを信じた若い男が雪に悪さをしたのである。



「あの時はコートが要ったけど、今は梅雨。月日の経つのはあっという間だわ」
心の中で雪は呟いた。

栗色に染めて形良くカットした髪、プレーンなグレーのワンピース、焦茶色のショダー。
都会でよく見かける若作りの元気な高齢者のファッションは雪によく似合っていた。

かって嵌めていた大きなダイヤモンド(?)の指輪はない。岡晴夫の口利きで買い取りに出したら、それが相当な高額で売れたのである。
さらにストーカーらしき謎の人物は知らない間に移転していた。それが昔の恋人の息子と思い込んだ自分はどうかしてると今の雪は思う。

岡晴夫はさらに(何故これほど世話を焼くのかさっぱり分からないが)有利な利殖方法まで教えてくれた。
いかにも貧乏そうな彼の言葉で信じがたかったが、雪は彼の言葉に真実みがあると信じてその通りにした。

結果、彼女の暮らしはかなり楽になった。「たまに友人とお茶できて、ショッピングもできて、幸せだ」ふっくらとした頬にエクボを浮かべて雪が町を行く。

ダイヤモンドは紛い物で、それを承知で買い取ったのも、専門家しか知らない利殖法を教えたのも、かって好きだった男である事を彼女は知らない。
どのような手段でどのようなプロセスでそれが行われていたかも彼女は知らない。

彼女はただ今を生きるのに必死だったから。

追記:創作blogを作る事はとても楽しいです♪子供の頃から空想の物語作るのは好きでした。それの延長で私の60代からの楽しみです。体験に基づくと言うより妄想が膨らんで作ったものが多いので現実の自分とは違いますよ。

読んでいただきありがとうございました。

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