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読書の森

見えない鎖 最終章

最初の強い揺れが襲った瞬間、麻友はそばにあった大木に身体ごと縋った。その大木が命を救ってくれたと言っていい。
信じられない揺れは何度も襲いかかって来たが麻友は不思議に平静でいられた。
数時間前に衝撃的な出生の秘密を打ち明けられて天地がひっくり返る思いをしたからかも知れない。
視界に広がる無残な情景に立ちすくむ麻友を安全な場所に誘導してくれる人がいて、その晩は大勢でテント内で休んだ。

麻友の家は無残に潰れて眠剤が効いて身動き出来ぬ家族は圧死していた。会社も大きな被害を受けて再建の見通しがつかない。
それだけでなく、彼女は悪夢が甦ってきそうな故郷を離れたくて仕方なかった。

知己の多い東京で何とか生きる道を探していた。が、なまじ学歴のある30歳を過ぎた女は使い難いと敬遠されていた。アルバイト遍歴をして貯金を使い果たした麻友がようやっと得た職場が悟の勤める大学病院の仕事だった。看護師の補助を必死に勤める麻友は非常に初心に見えてモテた。
「たいそうな歳のくせに、あの人相当やるわね」世間ずれした看護師はそんな噂をして面白おかしく噂を流した。
正看護師たちの冷たい視線に心が弱り切った麻友は耐えられず自殺を図ったのである。

未遂に終わって同じ病院に入院する事になった時、虐めた看護師はいかにも迷惑そうな顔をしていた。
ある晩、麻友は夜更けに病院内を大声を出して歩き回った。
「出してください。嫌だ。もうここから出してください!」
即鎮静剤を打たれて精神科病棟に隔離されたのである。


気がついた時、統合失調症の「被害妄想」と診断された麻友を悟は持ち前の穏やかな笑顔で見守っていた。
「よく我慢したね。これからは私が主治医だ。ずっと見守ってあげるよ。安心して下さいね」
麻友はその落ち着いた言葉で救われる気がした。一気に悟に心が傾いたのである。

その後彼女の病名が「非定型精神病」と変えられたのは、どんな症状を呈しても又全く正常に戻っても有りで素人に説明しやすいからである。
単なる心因反応だったのを誤診したと誰かに漏らされては困るからではないか、と麻友は考える。
麻友が治療も受けず何年も普通の状態でいるのを説明するのに、便利な病名だと。
ただし、当事者が言うから受け入れてもらえないだろうが。

、、、、、

文江は再び市内の職場に戻って今晩帰れないと言っていた。
簡単に夕食を済ませて麻友はぼんやりと過去の思い出に浸っていた。
気がつくと日はとっぷりと暮れて、蒼い夜空に月が冴え冴えと出ていた。
麻友はひどく懐かしい世界にいる気がした。

文江には家庭の大事な秘密は一切打ち明けてはいない。
文江の人柄は大好きだし、大切な友人だと思っている。
しかしこの心の内は誰にも打ち明けられない。

その時、ブルっと携帯が作動して慌てて麻友は取り上げた。
「麻友、黙ってて悪いけど、あなたが来る前にご主人から電話があったのよ。お仕事の都合をつけて明日午後迎えに行くって」
「分かった。それで」
「あなたそれで良いの」
「もう仕方ないわね」
「えっ?」
「だって経済的にあなたに頼る訳にいかないし」
「そう言う意味じゃない。私としては当分いてもらうくらいの余裕あるわ。ただね」
「それがわかってるのよ。何せこちらでも有名な医大の後ろ盾がある人だもんね。あなたも困ると思うし」
「ごめん、ね我慢しなよ。好きなもん買って好きなことして貰うもの貰って」
「いい、いい。私ももう歳だから。大事な友達に迷惑かけたくないし」
「、、、」
麻友はゆっくりと電話を切った。


親友の文江のこの住まいを見るために麻友はここまで来たのだ。
生まれ故郷よりも懐かしいここが見たかった。
もう思い残す事はない。
何故ならこれ以上文江に迷惑をかけると大変な事態になる事を知っているからだった。戸籍上彼女は早峯悟の妻でないからだ。事情を知る人物を集め、人数合わせして豪華な結婚式をあげた最初からである。

早峯悟は専門知識は非常に豊富な医師であるし、いかにも品のある穏やかな外見を持つ男である。世間の評判はそれで通る。智能も学識も家柄も申し分ない。しかし恐ろしい二面性を持つ男だった。その負の面を満足させないと生活できない男だったのである。

彼は眠っている状態の女しか興味がない、実は麻友と男女の関係を持つのは彼女に強力な眠剤を与えた後である。全く自分に抵抗しない言うがままになる女でないと肉体を愛せないからだった。昼間の自分を保つ為に眠り人形が必要だった。

ごく幼い頃に実母に死なれた生い立ちから来た異常性癖かも知れない?同じ医師でありながら世間体を気にして治療出来ぬ状態にあった。恐らくすっかり治療すると魂の抜け殻となったのかも知れない。
これは父親である病院長と側近しか知らない恐ろしい性癖であった。

悟の子を孕んだと言った女はもちろんそれを知らなかった。実は悟のなりすましに騙されていた。彼女の存在が目につく事で男として正常であると印象づける意味もあった。
二重人格を隠蔽する為に、天涯孤独、お人好しで暗示に罹りやすい麻友は格好の相手だった。
お気に入りの人形をやっと見つけたと、実に優しく麻友を扱った。そして夜は麻友と言う人形相手に放恣な振る舞いに興じた。

取り巻きが、入籍したと言う形や特殊な個室を設けた新居を用意していた。
それが大切なお坊ちゃんを一人前にする儀式だったから。
当初は悟の父親は麻友を診察していない。医師としての悟が正確な病名をつけたと思い込んでいた。
精神疾患のある人間は大病院の後継の妻にできないないからだった。
その女と常に性生活を持つ事で満たされて結果的に息子の異常な性癖が改まるかも知れない、と期待していた。
ところが20年あまりの年月が流れてから、彼らは大変な人権侵害をしていた事をようやっと気づいたのである。

病室のような麻友の部屋は二重に監視されていた。
ごく短期間で済むつもりのテスト期間があまりに長かったのは、息子の異常性が明らかに分かって、それを世間に知られたくないからだ。
気づいた麻友が抗精神薬を服用する振りをしてこっそりそれを廃棄して1年経つ。
つまり正常人かも知れぬ不幸な女を陵辱し続けた上に不当に眠らせ心身の自由を奪ったと言う事になる。勿論病気の人間にしたとすれば虐待に当たる。
その犯罪を大病院が承知で犯しているのだ。
この事実は麻友に同情したお手伝いの口から若手の医師に伝えられる事になった。

病院側で善後策が考えられた。先ず悟は休養をとる必要性あると言う事で某所で治療を受ける事になった。
麻友を明日迎えに行くのはお手伝いのミヨで、ミヨはかなりの金額の慰謝料を持参してくる筈である。当面それで我慢してくれ、と言われている。実にご都合主義である。

麻友は一息つく。「長い長い事、よくそんな勝手な真似をさせてたわね!」
と呟く。

そんな事情はとっくの昔に美代と若い医師から事情を告げられていた。そして明日届く予定の生活資金は今手元にある。事前に打ち明けられて全て用意してる。
浜松行き自体が向こうに目を欺く行動だった。
パスポートもVISAも入手した事だし、明日飛ぶ便も予約してある。懐かしすぎる故国を離れて、私は某国に行く。
そのあとは、、。

麻友は思った。随分と遅れたけどこの後が私の本当の人生だ。ただし死ぬ迄の。
微かに笑みを浮かべた顔は泣き顔にも見えた。


追記:やっと作品を仕上げてホッとしてます。あまりに乱暴な展開でお許しください。
なんとかメンタルを保ち、きれいに整理してエンタメ的要素を前面に出して、ネット環境が許せば、なんとか文学新人賞に応募したいですね❣️
それともネットで流しちゃおうか?

今や現実の方が狂った感じの世の中、レトロな狂気(?)の世界を書きたいわあ。










読んでいただき心から感謝です。ポツンと押してもらえばもっと感謝です❣️

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