弁当日記

ADACHIの行動記録です。 
青年海外協力隊で2006年4月からバングラデシュに2年間住んでました。

バングラデシュのニュース(2022/10/10)

2022年10月11日 | バングラデシュのニュース

■見出し(2022年10月10日) No2022-20
〇実家は不登校児童の居場所。バングラデシュのサイレンで覆った日常
〇バングラ、ほぼ全土で停電 送電網の故障か
〇【ミャンマー】FB、ロヒンギャ迫害を助長=人権団体
〇【ミャンマー】日本、ロヒンギャ難民支援に350万米ドル
〇サメ映画ブームを超えるのはゴリラ映画ブームだ
〇バングラ邦人殺害、4被告に死刑 高裁判決、1人は無罪
〇ロヒンギャ難民キャンプ 各国の援助額が激減 バングラデシュのNGO
 「医療や教育支援は限界」〈dot.〉
〇国境なき医師団看護師、高校生に経験談 津高で田岡知明さん車座トーク 三重
〇業界唯一 自社混載によるバングラデシュ発日本向けダイレクト海上貨物輸送サービスを
開始
〇バングラデシュPPP庁との協力覚書の更新署名式を開催
 ~質の高いインフラの投資促進に向けて、バングラデシュPPP庁との協力覚書を更新~
〇日・バングラデシュ外相会談
〇バングラデシュ人民共和国に対する無償資金協力
 「バシャンチャール島におけるミャンマーからの避難民に対する食糧・栄養支援及び
 コックスバザール県におけるホストコミュニティのための農業インフラ改善支援計画
 (WFP連携)」に関する書簡の交換
〇バングラデシュに対する無償資金協力
 「バシャンチャール島におけるミャンマーからの避難民に対する医療・保護支援及び
 コックスバザール県における治安対策強化計画(UNHCR連携)」に関する書簡の交換


■実家は不登校児童の居場所。バングラデシュのサイレンで覆った日常
 【WELgee・渡部カンコロンゴ清花3】
 https://www.businessinsider.jp/post-259370
 (2022年9月28日 BUSINESS INSIDER JAPAN)

NPO法人WELgee(ウェルジー)代表、渡部カンコロンゴ清花(31)を「ソーシャルグッドネ
イティブ」へと導いた原点は、中学時代にさかのぼる。公務員だった父親が退職し、不登校
の子どもなどを支援するNPOを立ち上げたのだ。

【全画像をみる】実家は不登校児童の居場所。バングラデシュのサイレンで覆った日常【
WELgee・渡部カンコロンゴ清花3】

静岡県にあった事務所兼自宅には、子どもたちだけでなく自主保育をする母親や、就労支援
施設で働く障がい者、福祉を学ぶ学生らが始終出入りし「ダイニングテーブル代わりに置い
た卓球台や、室内の駄菓子コーナーに集まっていました」。渡部自身、親から暴力を受けて
いた親友を3カ月ほど自室に匿い、自転車の2人乗りで登校していた時期もある。

設立当初は家計も楽ではなく、近所から分けてもらった野菜や米を食べていたほど。このた
め渡部は、進路を決める際も、学校案内は常に学費から読むようになった。

特待生として学費免除で入学した私立高校にも、ヤンキーや貧困家庭の子など、さまざまな
生徒がいた。朝食抜きで登校する子がいると「校長室にカップ麺があるんですよね~」とつ
ぶやく校長や、図書室で手相を見ながら相談に乗ってくれる現代文の教師らが、さりげなく
生徒を支えていた。

渡部は10代を通じて「社会の用意したカテゴリーに当てはまらない人たち」と、彼らを受け
入れる大人たちに囲まれて育った。「人間はここまでが普通、と線引きできるような存在で
はなく、自分も含めてみんな同じグラデーションの中にいることが分かった。それは人生に
大きな影響を与えたと思います」と振り返る。

国家が守らない国民がいることに衝撃
大学は、県内在住者は入学金が格安だった静岡文化芸術大に進学。同大教授で国際協力論を
教える下澤嶽に出会った。大学3年の時、下澤が長く支援に関わるバングラデシュ南東部の
チッタゴン丘陵地帯を訪ねたことが、人生の大きな転換点となった。

チッタゴン丘陵地帯にはもともと仏教徒などの先住民族が暮らしていたが、1970年代に国の
多数派であるベンガル人が入植し、紛争の末、和平協定が結ばれた。しかし先住民族への迫
害は続き、政府の検閲によって情報も外に出づらい「隠れた紛争地域」だった。

2週間の滞在最終日、先住民族とベンガル人の衝突が起きた。前日まで穏やかに暮らしてい
るように見えた村人が斧を持ち、銃を持つ政府軍が出動して道路も封鎖された。先住民族は
日本人と顔が似ているため、渡部は「外に出ると危ない」と言われて帰るに帰れなくなった
。困った挙げ句、非戦闘員である僧侶に先導してもらい、何とか首都ダッカへたどり着いた

去り際、僧侶は言った。

「This is our Life.」

渡部はそれを聞いて「それでいいのか」と怒りに近い感情に駆られたという。

「小学生がサイレンの音で家の中に逃げ込み、近くの村で10代の女の子が性暴力を受けたと
いう話が伝わり、人々は家を焼かれている。国の軍隊は、国民であるはずの先住数民族を守
るどころか、彼らに銃を向ける。それを『人生』と諦めていいのか」

それは大学で勉強してきた「JICA(国際協力機構)や国連が、援助国と連携して行う国際協
力」では、全く読み解けない世界だった。

「国際協力を学んでいるなんて、過去の自分はよく言えたものだ。これを理解しないまま日
本で勉強を続けて、国際機関に就職するなんてできないぞ、と思いました」

国連機関で2年インターン。ぶつかった壁
渡部は休学し、NGO駐在員やUNDP(国連開発計画)のインターンを務めながら計2年、チッタ
ゴン丘陵地帯に滞在する。現地から日本の新聞へ、先住民族の現状を訴える文章を連載し、
後述するオンラインでの募金集めなども実施した。

下澤は渡部の発信力を「僕らの数百倍強かった」と評する。

「彼女は単に多くの情報を伝えただけでなく、現地の人とのやり取りから生まれた感動や驚
き、生活感を素直に表現することに長けていた。国際法や政治情勢といった難解さのない、
実感のこもった語りが多くの人をひきつけたのです」

渡部がUNDPでインターンを始めて間もなく、オフィスから30分ほど離れた先住民族の村が焼
き討ちに遭った。しかし中立を守るUNDPでは、話題にもされなかった。

渡部はFacebookの呼びかけで資金を集め、被害者に毛布などを配った。しかしそれを知った
上司から「内政干渉になる。感情的に動くな」と厳しく言い渡されたという。

上司は先住民族の出身だった。国連職員になれるのは、先住民族でも一握りのエリートだけ
だ。にもかかわらず、当事者であるはずの彼が問題解決に取り組めないことに、渡部は深く
失望する。

国連機関は、活動を展開する国の政府に退去を命じられると、活動継続が難しくなってしま
う。上司には政府と折り合いをつけつつ現地に留まることで、将来的な人権救済の余地を残
すという大局的な判断もあっただろう。しかし当時24歳の渡部には、眼前の矛盾に対する疑
問の方が強かった。

渡部はインターンが終わるとJICAのプロジェクトに参加し、チッタゴン丘陵地帯に留まろう
とした。しかし日本に帰国中にダッカで大規模テロが起き、渡航自体が難しくなってしまう

難民を送り出す側から、受け入れる側へ
進路が宙に浮いた渡部は、東大大学院へ進学すると同時に、NPO法人ETIC.の学生起業家育成
プログラム「MAKERS UNIVERSITY」に参加した。そこで選んだテーマが「難民」だ。

繁華街で外国人とおぼしき人に声を掛け、難民申請者たちから話を聞く。すると「ガザやア
フガニスタンから来た人に、この国では難民になることすら大変だと聞いて、衝撃を受けま
した」。

渡部にとって、チッタゴン丘陵地帯の先住民族と日本に来た難民申請者たちは、地続きの関
係にある。チッタゴン丘陵地帯は難民を生み出す側であり、現地で渡部が知り合った友人や
知人にも、希望を求めてアメリカやカナダ、オーストラリアに渡った若者たちがいた。

日本で出会った申請者の、言葉も分からない国で必死に生活再建に挑む姿が、そんな友人た
ちに重なった。渡部は「認定申請者たちと話していると、昔から知っている仲間と話してい
るような、不思議な感覚に陥りました」と話す。

「難民認定されない人たちは、祖国と日本という国家の狭間にこぼれ落ちた存在。チッタゴ
ン丘陵地帯の人たちも日本の難民申請者も、国家の庇護を受けられない点では同じです」

しかし渡部の語る難民支援は、日本の友人にはなかなか理解されなかった。「MAKERS 
UNIVERSITY」のプレゼンテーションでも、他の発表者に拍手喝采を送っていた同期生が、渡
部の話には静まり返った。

それどころか「難民を無制限に受け入れたら、治安が悪くなるのでは」「日本にも困ってい
る人はたくさんいるのに、なぜあえて外国人を支援するのか」といった意見すら出た。渡部
は「既存の枠にとらわれず、社会課題の解決を目指すイノベーターですら、こういう反応な
んだ」と当時はがっかりした。

しかし渡部はめげなかった。その後も同期生に難民問題を語り、入管の面会に誘ったり
WELgeeの事務所に連れて行ったりした。すると、事務所に出入りしていたコンゴ民主共和国
(DRC)出身の元医師にアルバイトを頼む同期生や「寝る場所がないなら、うちに泊まれば
」と、短期の宿泊場所として自宅を貸してくれる仲間が現れた。

「未知の存在に恐れを抱くのは、人間の防衛本能でもあり否定しても仕方がない。でも身近
に接して一緒に食事をすれば、概念的な『難民』が『アフガニスタンから来た○○さん』に
なる。私たちは企業や個人に、そういう接点をたくさん作っていきたいんです」

下澤は、彼女の突破力と発信力を高く評価する一方、こんな話もした。

「直感的な正義に向かって迷いなく行動する力は素晴らしいですが、内部調整やチームビル
ディング、目標に向かう際の時間配分などは苦手。目の前の人を助けたいあまり突っ走り、
所属する組織で『異端児』扱いされることもしばしばでした」

下澤の指摘は正しかった。2020年、渡部はある日突然、WELgeeから逃げ出したのだ。


□ミライノツクリテ -渡部カンコロンゴ清花
 https://www.businessinsider.jp/series/mirainotsukurite/watanabe-kanakolongo-sayaka/


■バングラ、ほぼ全土で停電 送電網の故障か
 https://www.jiji.com/sp/article?k=2022100401181&g=int
 (時事通信 2022年10月4日)

 バングラデシュで4日、国土の大半に及ぶ大規模な停電が発生した。
 地元メディアが伝えた。送電網の故障が原因とみられ、復旧作業が進んでいる。

 停電は午後2時(日本時間午後5時)ごろ発生。AFP通信によると、首都ダッカを含め国土
の80%以上で電気が消えた。電源開発公社の担当者はAFPに対し、北西部の一部を除き「残
りの国土が停電している」と語った。インターネットや携帯電話もつながりにくい状況にな
った。 

 

■【ミャンマー】FB、ロヒンギャ迫害を助長=人権団体
 https://nordot.app/949713385673965568?c=39546741839462401
 (NNA 2022年10月4日)

 国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは9月29日、交流サイト(SNS)大手
の米フェイスブック(FB、現メタ・プラットフォームズ)がミャンマーのイスラム教徒少
数民族ロヒンギャへの国軍などによる迫害を助長したとの見解を示した。フェイスブックが
ロヒンギャに対する悪意ある投稿に適切に対処しなかったとしている。

 アムネスティは報告書で、フェイスブックは2017年に国軍によるロヒンギャ迫害が始まる
までの数年にわたり、ロヒンギャへの差別や憎悪をあおる投稿を放置したと批判。フェイス
ブックが偽情報の拡散を防がなかったことが、ロヒンギャへの暴力につながったと述べた。

 具体的には、国軍や急進派僧侶らが、ロヒンギャに関する大量の偽情報を「組織的に」投
稿していたと説明。アムネスティのカラマール事務局長は、「国軍による人道犯罪に乗じ、
フェイスブックはロヒンギャへの憎悪に満ちた投稿や広告を放置することで利益を得た」と
指摘。「フェイスブックは、(ミャンマーから流出した)ロヒンギャに賠償する責任がある
」と強調した。

 国軍による迫害を受け、17年以降に70万人以上のロヒンギャが隣国バングラデシュに避難
した。現在も多くが難民キャンプでの生活を続けている。

 

■【ミャンマー】日本、ロヒンギャ難民支援に350万米ドル
 https://nordot.app/947176692416544768?c=39546741839462401
 (NNA 2022年9月27日)

 日本政府は21日、ミャンマーからバングラデシュに避難しているイスラム教徒少数民族ロ
ヒンギャ難民への支援として国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に350万米ドル(約
5億500万円)の無償資金協力を実施すると発表した。日本による国際連合と非政府組織(
NGO)へのロヒンギャ難民支援額は2017年8月以降で、1億7,000万米ドル以上となって
いる。

 今回の無償資金協力は、特にバングラデシュ南東部のコックスバザールとバシャンチャー
ル島のロヒンギャ難民の支援に充てられる見通し。非食料援助物資を配布するとともに、水
と衛生の確保を目指す。

 ミャンマー西部ラカイン州では17年8月、国軍と武装組織の戦闘が発生。国軍による虐殺
があったとされ、米国務省によると74万人以上がバングラデシュ南東部コックスバザールに
逃れた。現在は100万人超のロヒンギャがコックスバザールの難民キャンプで暮らしている。

 

■サメ映画ブームを超えるのはゴリラ映画ブームだ
 https://rollingstonejapan.com/articles/detail/38425
 (Rolling Stone Japan 2022年9月27日)

山﨑智之の軽気球夢譚(Tomoyuki Yamazaki presents The Balloon Hoax)」連載第4回……
ということになると思う。サメ映画ブームを超えるゴリラ映画ブームへの予兆を検証する。

2022年、世界的なサメ映画ブームが訪れている。このジャンルの金字塔である『ジョーズ』
(1975)を頂点に幾多の作品が作られてきたが、現在のブームは『メガ・シャークVSジャイ
アント・オクトパス』(2009)『ダブルヘッド・ジョーズ』(2012)『シャークネード』(
2013)とそのシリーズに代表される、志の低さとまぎらわしさでおなじみ“アサイラム”社
による低予算映画を軸としたもの。ダメダメさを鼻で笑いながら見る風潮は、ガチなサメ映
画ファンからすると痛し痒しだろう。とはいえ、本家の続編『ジョーズ2』(1978)『ジョ
ーズ3』(1983)『ジョーズ87復讐編』(1987)からして正編の名を汚しかねない出来映え
だったし、便乗公開された『シャーク・トレジャー』(1975)、サメをクマに置き換えた『
グリズリー』(1976)、タコに置き換えた『テンタクルズ』(1977)、シャチに置き換えた
『オルカ』(1977)など、決して作品に恵まれたムーヴメントでなかったことも事実だ。

もちろんサメ映画だからといってダメな内容とは限らない。『ディープ・ブルー』(1999)
や『海底47m』(2017)、『MEGザ・モンスター』(2018)、『マンイーター』(2022)など
は真っ正面から評価されるべき作品だろう。ただ、どうしても色眼鏡で見られてしまう傾向
があり、『海上48hours 悪夢のバカンス』(2022)などは“ちゃんとした”サメ映画である
にも拘わらず斜め目線を誇張した宣伝をされたりしていた。

そんな不遇な扱いを受けてきたサメ映画に対して、コンスタントに名作を生んできたのがゴ
リラ映画である。

その嚆矢であり頂点といえる『キング・コング』(1933)は巨大猿が美女に恋に落ち、死へ
と至るという普遍的なドラマ性、当時の最高峰の視覚効果、フル・オーケストラで映像とシ
ンクロした史上初の本格“映画音楽”などにより映画史に残る名作として、公開から90年近
く経つ今日でも愛され続ける作品だ。その影響は強く、1976年・2005年にリメイクされてい
るのに加えて、正編と同じ1933年には続編『コングの復讐』が公開されているし、姉妹作『
猿人ジョー・ヤング』(1949)も作られるなど、“コング系”がひとつの潮流として確立さ
れた。1976年版の続編『キングコング2』(1986)はかなり批判の多い作品ではあるものの
、好き者のマニアからは人気が高く、『ビッグ・ヒット』(1998)でネタに使われたりもし
ている。

実は“コング系”大国なのが日本だったりする。オリジナル『キング・コング』公開から間
もなく『和製キング・コング』(1933)『江戸に現れたキングコング』(1938)が作られて
いるし、東宝の『キングコング対ゴジラ』(1962)『キングコングの逆襲』(1967)、“ウ
ッホ、ウホウホ、ウッホッホ♪”という主題歌がカラオケで歌い継がれる日米合作TVアニメ
・シリーズ『キングコング』(1967)などがある。手塚治虫の漫画『キングコング』(1950
)は現在封印状態だが、TVシリーズ『ウルトラQ』(1966)のゴローなども含め、その影響
の大きさを窺わせる。

イギリスの『巨大猿怪獣(コンガ)』(1961)『クイーンコング』(1976)、イタリアのマ
リオ・バーヴァ監督による『ベビーコング』(1976/未完成)などは伝説的作品となってい
るし、女ターザン・サマンサが登場する香港の『北京原人の逆襲』(1977)、韓流+キング
コング+サメ、とコストパフォーマンスが高く、巨大ゴリラがヘリコプターをぶち壊して中
指を突きつけるシーンが有名な韓国製の『A*P*E』(1976)、秘境の原住民が歌って踊るバ
ングラデシュの『バングラ・キングコング』(2010)など、“コング系”映画はグローバル
な現象となっているのだ。

さらにもうひとつの大きなフランチャイズとなったのが『猿の惑星』である。ピエール・ブ
ールの小説を原作とした映画は1968年・2001年・2011年に映画化、SFに社会風刺を盛り込ん
で人気シリーズとなり、1974年にはTVシリーズ化もされた。日本では似たような設定のTVシ
リーズ『猿の軍団』(1974)も作られており、この番組の主題歌で“何するものぞ”という
フレーズを覚えたちびっ子も多かったのではなかろうか。

 

■バングラ邦人殺害、4被告に死刑 高裁判決、1人は無罪
 https://www.jiji.com/jc/article?k=2022092200771
 (時事通信 2022年09月22日)

 【ニューデリー共同】バングラデシュ高裁は21日、岩手県出身の星邦男さん=当時(66)
=が2015年に同国北部で射殺された事件を巡り、5被告のうち4人に死刑判決を言い渡した。
一審は全員を死刑としていたが、高裁は1人を無罪とした。地元メディアが報じた。

 星さんは農業支援に取り組むためバングラデシュを訪問。北部ランプル近郊の農村で15年
10月、畑に向かっていた際にバイクに乗った男らに撃たれて死亡した。被告らは地元過激派
組織「新ジャマトゥル・ムジャヒディン・バングラデシュ(新JMB)」のメンバーだったと
いう。1人が無罪となった理由は報じられていない。

 

■ロヒンギャ難民キャンプ 各国の援助額が激減 バングラデシュのNGO
 「医療や教育支援は限界」〈dot.〉
 https://dot.asahi.com/dot/2022091600101.html
 (Aera.dot 2022年9月16日)

バックパッカーの神様とも呼ばれる旅行作家が、世界を歩き、見て悩む連載「「下川裕治の
ちょっとニュースな悩み旅」。今回はバングラデシュの難民キャンプの現場から。

「バングラデシュのロヒンギャ難民キャンプにいたはずの人が続々帰ってきています。もと
もと市内で商店を営んでいた人たち。難民キャンプでなにかあったんですか」(小学校教諭
のRさん/45歳)

 こんな話が、バングラデシュとの国境に近いミャンマー側のマウンドーから届いた。

 難民キャンプはバングラデシュ南部にある。その中心都市コックスバザールで話を聞いた
。この街には、難民に関わる政府系オフィスや支援NGO団体のオフィスが集まっている。誰
もが口にするのは、世界各国から寄せられる援助額の減少だった。

あるNGO団体の現地責任者はこういう。

「支援物資の配給まではできるが、援助額が少なく、医療や教育といった支援は限界にきて
いる」

 ミャンマーからバングラデシュへのロヒンギャ難民の流入は1970年代の後半からはじまっ
ていた。2012年以降は、ミャンマー内での仏教系住民との衝突が相次ぎ、17年にはさらに対
立が深まり、大量の難民が国境を越えた。

 バングラデシュ政府の難民救済・帰還委員会事務局によると、現在、バングラデシュ南部
の難民キャンプは7カ所。隣国ミャンマーから逃れてきたロヒンギャ難民が収容されている
。その数は、最大規模のクトゥパロンキャンプを含め100万人以上といわれている。

 新型コロナウイルスにも見舞われ、ミャンマー国内では軍によるクーデター。難民の帰還
はますます難しくなってきたといわれていたのだが……。

 そんな状況が続くなかでの援助額の減少。17年当時に比べると半減しているという。

 ヨーロッパのある国のNGO団体で働くKさん(38)はリストラの波を受けている。

「17年には100人以上いたスタッフは、昨年は37人に減らされた。そしていまは13人になっ
た。僕もいつ失職するかわからない。支援が減り、僕らへの給料が払えないんです」


 支援事業の多くが滞っているという。この現状は、キャンプ内の治安の悪化を招く。窃盗
事件が頻繁に起き、ドラッグもはびこりはじめている。NGOのスタッフもできるだけキャン
プ内に留まらないよう指示が出ている。

 キャンプ内の様子を見てみたかった。許可は出たが、クトゥパロンキャンプに入る当日の
朝、難民救済・帰還委員会事務局から連絡が入った。「前日、待遇改善を要求する集会がキ
ャンプ内であり、その後、警察や軍と衝突。今日は難民キャンプに入ることはできない」と
いう内容だった。

 キャンプの近くまで行ってみることにした。周辺にはキャンプ内で販売する食料品、衣類
などを扱う問屋が集まっている。その数約100軒。野菜を売るIさん(45)はこういった。

「景気がよかった時代はもう終わり。店を閉めようかと思っている」

 前出のNGO団体で働くKさんは、降りつづく重い雨を眺めながら不安げに語った。

「ミャンマー内に店や土地があるロヒンギャは続々帰っています。ミャンマーは危ないけど
、キャンプ内よりはいいってことです。たぶんいま、キャンプにいる難民はいちばん多かっ
た時期の6割ぐらいに減っている気がする。バングラデシュ政府は100万人といっています。
数が減ると援助が減ってしまいますから。キャンプに残るのは、ミャンマーに資産がなにも
ない本当に貧しい難民。キャンプは今後、もっと悲惨な状態になっていく気がします」

下川裕治(しもかわ・ゆうじ) 1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配
信の連載は「クリックディープ旅」(毎週)、「たそがれ色のオデッセイ」(週)、「沖縄
の離島旅」(毎月)、「タビノート」(毎月)。

 


■国境なき医師団看護師、高校生に経験談 津高で田岡知明さん車座トーク 三重
 https://nordot.app/942948875776114688?c=39546741839462401
 (伊勢新聞 2022年9月15日)

 【津】人道援助団体「国境なき医師団」看護師で県立津高出身の田岡知明氏(54)=南伊
勢町=の講話が13日、津市新町の同校であった。田岡氏は同団体に参加した経緯や派遣先で
の経験を話し、1―3年の有志20人が参加した。

 若い世代に人道援助を知ってもらおうと同団体が実施する卒業校講演。同校では生徒と講
師が気軽に話す図書館の「車座トーク」として放課後に開いた。

 田岡氏はボート部に所属した高校時代や登山に明け暮れた大学時代、海外に拠点を置いた
20代を紹介。現在の活動の原点としてインドのマザー・テレサ修道院でのボランティア経験
を挙げ「『医療技術があればもっと多くの人を助けられる』と思い帰国して看護学校に入っ
た」と語った。

 同団体の看護師として計7カ国に出向いた中からスーダンでの栄養失調児の治療とバング
ラデシュでのロヒンギャ難民の援助の様子を写真と共に紹介。現地で重要なのは「実際の治
療より現地の人たちが自分たちの手で国をよくするサポートをすること」と述べた。

 生徒からは次々に質問が飛び出し「どんな能力が必要か」の問いに「リーダーシップやマ
ネジメント能力。いろんな役割を嫌がらずやることでまとめる力が付く」、「どうしたら田
岡さんのようになれるか」の問いに「何事にも興味を持つこと」と助言した。

 2年の余明香里さん(16)は「一人一人に向き合い誰かの命を助けようとするところに感
動した」、1年の南牟礼健心さん(16)は「国境なき医師団を目標にしていたので身近な先
輩の話が聞けてよかった。将来小児科医になって子どもを助けたい」と感想を話した。

 

■業界唯一 自社混載によるバングラデシュ発日本向けダイレクト海上貨物輸送サービスを
開始
 https://www.yusen-logistics.com/jp_ja/insights-news/press-releases/16501
 (郵船ロジスティクス 2022年10月04日)

 郵船ロジスティクス株式会社(社長:神山亨)は10月からバングラデシュ・チッタゴン港
発東京・神戸港向けに自社混載によるダイレクト⁽*⁾海上貨物輸送サービスの提供を開始し
ます。
 従来、バングラデシュ発LCL(混載貨物)サービスは、CO-LOADによるシンガポール港やマ
レーシア・ポートケラン港からのリコンソリデーションが主流でしたが、貨物紛失やダメー
ジなどの恐れがあるほか、スケジュールの把握が困難であるという問題を抱えていました。
そこで、当社はアパレル貨物を中心とする輸送需要の高まりを受け、自社混載によるバング
ラデシュ発日本向けのダイレクト海上貨物輸送サービスの提供を開始します。

 今回の自社混載でのサービスによって、船社のトラッキングシステムからスケジュールを
確認できるようになります。また、経由地におけるリコンソリデーションはなく、コンテナ
ごとに積み替えを行うため、盗難やダメージなどのリスク低減につながるほか、リードタイ
ムを大幅に短縮することができます。

 さらに、当サービスにおいては港湾地区特有のCFSではなく、チッタゴン港に隣接した当
社契約倉庫をCFSとして使用します。当倉庫にはお客様の大切な貨物を24時間監視するCCTV
カメラが90台以上設置されているほか、併設された当社事務所に専任スタッフが常駐するこ
とで品質強化を図り、より高品質なサービスを提供します。

 当社は今後もグローバルネットワークを生かし、お客様のニーズにお応えするサプライチ
ェーン・ロジスティクスサービスを提供していきます。

⁽*⁾チッタゴン港~シンガポール・ポートケラン港間はフィーダー輸送となります。

掲載されている情報は、発表日現在のものです。
その後、予告なしに変更される場合がございますので、あらかじめご了承ください。

 

■バングラデシュPPP庁との協力覚書の更新署名式を開催
 ~質の高いインフラの投資促進に向けて、バングラデシュPPP庁との協力覚書を更新~
 https://www.jpubb.com/press/3252564/
 (国土交通省 2022年09月30日)

 国土交通省は、バングラデシュ人民共和国におけるPPPプロジェクトへの我が国企業の更
なる参画を促進し、我が国企業の強みである「質の高いインフラ」を提供するため、同国
PPP庁との協力覚書の更新署名式を開催します。

 国土交通省では、平成29年6月にバングラデシュPPP庁と協力覚書を締結し、我が国企業
の参画の下で、バングラデシュにおける都市開発等のPPPプロジェクトの形成、実現に向け
て取り組んでいるところです。

今般、国土交通省は、我が国企業の更なる参画を促進するため、バングラデシュPPP庁との
協力覚書の期限を更新することとしました。

協力覚書の署名式はフルオープンで行いますが、新型コロナウイルス感染症対策のため事前
申込制とし、申込人数によっては調整を行いますのでご了承ください。取材をご希望の報道
機関の方は10月3日(月)15時までに下記問合せ先までご連絡ください。

【更新署名式の概要】(逐次通訳(日・英))
(1)日時・場所
日時:令和4年10月5日(水)10:00~12:00
会場:在日バングラデシュ大使館(千代田区紀尾井町3-29)

(2)主な参加予定者
1.日本側
石井国土交通副大臣、林国土交通審議官(署名者)、長橋不動産・建設経済局長 等

2.バングラデシュ側
アフマド・カイカウス首席首相補佐官、シャハブッディン・アーメド駐日バングラデシュ大
使閣下、ムハメド・イブラヒムPPP庁長官(署名者) 等


(3)スケジュール(前後する可能性あり)
10:00~10:30 石井国土交通副大臣挨拶、カイカウス首席首相補佐官挨拶、アーメド駐日バ
ングラデシュ大使閣下挨拶
10:30~10:40 更新署名式
10:40~10:50 写真撮影
10:50~11:50 イブラヒムPPP庁長官プレゼンテーション(質問時間を含む。)
11:50~12:00 林国土交通審議官閉会挨拶

 

■日・バングラデシュ外相会談
 https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press6_001281.html
 (外務省 2022年09月26日)

 冒頭、林大臣から、モメン大臣の国葬儀参列に謝意を述べた上で、故安倍元総理大臣とハ
シナ首相が立ち上げた「包括的パートナーシップ」を引き継ぎ、更なる高みへと発展させて
いきたい旨述べました。これに対して、モメン大臣から、安倍元総理大臣の逝去に際し、閣
議において弔意が表明され、議会で追悼動議が採択されるなど、国全体で喪に服した旨説明
しつつ、心からの哀悼の意を表しました。
 両大臣は、本年の日・バングラデシュ外交関係樹立50周年は両国関係を新たなステージへ
と引き上げる重要な機会であることを確認しました。林大臣から、「自由で開かれたインド
太平洋」の実現に向けて協力を深めたい、防衛交流をはじめとする安全保障分野や投資環境
改善を含む経済・貿易分野において両国関係を強化していきたい旨述べ、モメン大臣から、
長年の日本からの支援に対する謝意を述べつつ、更なる二国間関係の発展に向けて、引き続
き林大臣と協力していきたい旨述べました。
 両大臣は、透明で公平な開発金融の重要性についての認識を共有した他、ミャンマー・ラ
カイン州からの避難民問題についても意見交換を行い、国際場裡においても引き続き協力し
ていくことを確認しました。

 

■バングラデシュ人民共和国に対する無償資金協力
 「バシャンチャール島におけるミャンマーからの避難民に対する食糧・栄養支援及び
 コックスバザール県におけるホストコミュニティのための農業インフラ改善支援計画
 (WFP連携)」に関する書簡の交換
 https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press6_001277.html
 (外務省 2022年09月26日)

 バングラデシュ南東部コックスバザール県は、2017年以降、ミャンマー・ラカイン州から
多くの避難民を受け入れていますが、長期化する避難民の受け入れにより、ホストコミュニ
ティは深刻な影響を受けています。特に農業が主な産業の一つである同県において、農業生
産環境の改善が喫緊の課題となっています。また、コックスバザール県から移住する避難民
が増え続けているバシャンチャール島では、食糧が恒常的に不足し、食糧・栄養面での支援
が喫緊の課題となっています。
 本計画は、WFPとの連携の下、コックスバザール県のホストコミュニティにおいて、農業
インフラ(用水路、農業用道路、灌漑施設、貯水池等)の整備を行うと共に、バシャンチャ
ール島において、避難民に対する食糧配布や乳幼児に対する栄養補助食品の配布を行うもの
です。この協力により、避難民とホストコミュニティそれぞれの生活環境の改善が図られ、
もって同国の社会脆弱性の克服に寄与することが期待されます。
(参考)バングラデシュ人民共和国基礎データ

 バングラデシュ人民共和国は、面積約14.7万平方キロメートル(日本の約4割)、人口1億
6,630万人(2021年、世界銀行)、人口1人当たりの国民総所得(GNI)2,620米ドル(2021年
、世界銀行)。

 

■バングラデシュに対する無償資金協力
 「バシャンチャール島におけるミャンマーからの避難民に対する医療・保護支援及び
 コックスバザール県における治安対策強化計画(UNHCR連携)」に関する書簡の交換
 https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press6_001264.html
 (外務省 2022年09月21日)

 バングラデシュ南東部コックスバザール県には、2017年にミャンマー・ラカイン州から多
くの避難民が流入し、避難民キャンプに居住していますが、治安の悪化が懸念されています
。また、キャンプの人口過密等によりバシャンチャール島に移住した避難民は、医療施設や
安全な水の不足に直面し、劣悪な生活・衛生環境に晒されています。
 本計画は、UNHCRとの連携の下、バシャンチャール島において、医療施設の改修、水・衛
生施設(トイレ、シャワー、水道等)の整備、生活必需品の提供等を、ウキア郡の避難民キ
ャンプにおいて、警察駐在所の整備をそれぞれ行うものです。この協力により、避難民の生
活環境改善と両コミュニティの治安対策強化が図られ、もって同国の社会脆弱性の克服に寄
与することが期待されます。
(参考)バングラデシュ人民共和国基礎データ

 バングラデシュ人民共和国は、面積約14.7万平方キロメートル(日本の約4割)、人口1億
6,630万人(2021年、世界銀行)、人口1人当たりの国民総所得(GNI)2,620米ドル(2021年
、世界銀行)。

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