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可愛い仔猫がやってきた!

2014-11-25 16:42:28 | 日記

以前、< 巨漢猫 と 高浪池 >で書きましたように、我が家には、
大柄のオス猫ナナ(3才で9kg)が居ます。いつも、外を眺めて寂
しそうにしており(1才くらいの時、半年ほど外に出してしまったのが
失敗でした。凄く出たがっていますが、心を鬼にして出しません)、
可哀想に思い、友達(相棒)を探すことにしました(1匹も2匹も
手間は同じと分かりましたので。流石に3匹以上は無理ですが)。

猫のサイトを見ておりましたら、8月中旬、野良の美猫が4匹の子を
産み、それをレスキュー団体が保護し、「里親募集中」 とあり、早速
1匹を分けて貰いました。10月下旬、1週間のトライアルも無事終
わり、正式に当家の里子となりました。
三毛のメスで900g、名前は「たまみ」です。当初、日本風に「タマ」
にしましたが、タマと呼ぶと、ナナが反応してしまうので(どうも同じAA
母音同士で似ているから?)正式に「たまみ」としました。
先住ナナと一緒にしたところ、ナナは仔猫を毛嫌いし、近寄ると、いつ
も 「フ~ッ! シャ~!」 と威嚇しており(いじめる事はありませんが)、
どうなるかと心配しましたが、最近はずいぶんと慣れてくれました(^o^) 

「たまみ」ですが、これが何というか、とんでもないお転婆娘で、もう、
イタチ以上のすばしっこさ! 向かうところ敵なしの風で、家中を傍若
無人に走り回り、網戸や柱をよじ登っています(*_*) < 「たまみ」 を
見ますと、改めて「ナナ」は本当に温和で優しい猫だと分かりました>。
近頃は、お互い追いかけっこをしたり、組んずほぐれつの格闘戦を演じ
ています(笑) 「たまみ」 は「ナナ」 に一歩も引かず、900gが10倍
の9kgを追いかけ回す姿は、滑稽そのもので、見ていて飽きることはあり
ません(爆笑です!) 
縁あって折角預かった命です。このまま何時までも当家の愛猫として、
仲良く暮らして欲しいと願っています。


<言霊 & 四国・剣山と不思議なコリトリ>

2014-09-07 22:43:01 | 日記

今、スピリチャル系(スピ系)で、大注目されてい
る話題の人物に保江邦夫さんがおります。
氏は、岡山のノートルダム女子大の物理学教授にし
て、キリスト由来の活人術、「冠光寺流柔術」(愛
魂道)の創始者でもあり、全国の道場を飛び回って
います。
ブログ大家の井口和基氏(理博)によれば、保江氏
は大物で、本物中の本物。物理学における世界的業
績も残している、と絶賛しています。
保江氏には沢山の著作があり、私も、以下の4冊を
読みました。
1)愛の宇宙方程式(合気道を追い求めてきた物理
  学者のたどり着いた世界) 2012/9/27刊
2)伯家神道の祝之神事を授かった僕がなぜ(ハト
  ホルの秘儀inギザの大ピラミッド)13/6/30刊
3)予定調和から連鎖調和へ(アセンション後、世
  界はどう変わったか) 13/9/27刊
4)古神道《神降ろしの秘儀》がレムリアとアトラ
  ンティスの魂を蘇らせる時  14/3/31刊

これらの書物で明かされたこととして、氏の故郷は
アンドロメダ銀河。そこの女王より、3隻の宇宙艦
隊統括司令官に任命され、シリウス星系へ。シリウ
スでは、名をアシュターと名のり、宇宙センター司
令官(コマンダー)に。そのまま地球へ人間として
転生する・・・・と、スピ系とは無縁の人が聞いた
ら卒倒する(ブっ飛んでしまう)ような話が、これ
でもか、と綴られています。
そして地球では、矢作という、とても懐かしい感情
を抱く人物と感動的邂逅を果たします。それもその
筈、矢作氏は保江氏の宇宙センター司令官時代の副
官! だったからです(それにしても、シリウスの司
令官、副官ともども、現代の日本人に転生するとは、
やはり、日本には何かがあるのかな?)。
『愛の宇宙方程式』では、矢作直樹氏(実は、東大
医学部教授)は、「この人生で、神意を理解するこ
との素晴らしさ・・・!」との序文を寄せています。
私も、これらを、『私の人生と対比』しながら一気
に読み、ムチャクチャ面白かったとともに、大いに
参考にさせてもらいました。皆様にも、一読をお勧
め致します。

サテ、『愛の宇宙方程式』には、とても気になるこ
とが書かれておりました。
四国・剣山(元の名:鶴亀山=ツルギ山)の直下か
ら徳島へ向かう国道438号上に、約10kmに亘って
『コリトリ ○km』の立派な標識が、何と500m
置きに設置されているそうで、国道上に於ける同一
地点への500m置きの標識などは前代未聞とのこと。
しかもこの標識は、国土交通省ではなく、宮内庁が
設置したとは、またまたビックリです(宮内庁とは
ナンデや~?)。
ドライバーとしては、コリトリには一体何があるの
だろう? と大いに期待が膨らむわけですが、しか
し、現地に到着してみると、そこには公衆トイレが
ポツンとあるだけで、何~んも無 いそうで、ガッ
カリと言うところです。
ただ、何も無いとは、人が集まらない所。故に、何
か重大なものを秘匿するにはピッタリの場所とも言
えそうです。そして、重要な場所なので、目的ある
人にはシッカリと伝えるために(重要さを強調する
意味も含め)、500m置きの立派な標識をワザワ
ザ宮内庁が! とも感じ取れます(主に、外人向け
に作られた気がする~?)。
それと、ここは、昔は(今も)、聖なる山、剣山へ
の登山道入口であり、「コリトリ」とは「古里鳥」
と書き、鳥は鳥居で入口を表し、「古里(フルサト:
故郷)への入口」と言うわけ。
もう一つの説は、「垢離取(コリトリ)」で、垢離
とは、水をかぶって神仏に祈念・祈願する 『水垢離
(水ごり)』の事(そういえば、昔の日本人なら普
通の祈願法でした)。現在も、この登山道を入って
直ぐの所に、昔の水垢離場(行場)があるそうです。

また、同書によれば、イスラエルの新任大使が、ま
ず行う3つの事として、
1)天皇に謁見して信任状を手渡す。
2)総理大臣に挨拶する。
3)そして驚くべきは、剣山に詣でる事(絶句!)  
だそうです。
剣山には言わずと知れたソロモンの秘宝(アーク:
聖櫃)伝説があり、今も多くのユダヤ人が(お忍び
も含め)訪れている事は周知の事実です(諏訪にも)。
『愛の宇宙方程式』紹介の『北イスラエル十部族の
大移動』(大杉博著)によれば、BC700年前頃、
世に言う、「消えたイスラエル十氏族(この末が天
皇家?)」が淡路島に到着し、しばらく定着の後、
四国に入り、吉野川から剣山に登り、頂上部に秘宝
を隠した。その道筋がコリトリだそうです。
現在も、毎年7/17、1955mの山頂へ神輿(アーク)
を担ぎ上げる神事<神輿渡御(みこし とぎょ)>
が盛大に行われています。 7/17はノアの箱舟が、
アララット山に漂着したユダヤの聖なる日であり
(新たな始まりの日)、祇園祭のクライマックスで
ある、山鉾巡行の日でもあります<祇園(ギオン→
シオン)祭は、古代イスラエルのシオン王の祭りが
ルーツ?>。
同じく同書紹介の『空海の暗号と暗示』(大杉博著)
には、唐の皇帝が、この秘宝を狙って日本侵攻を企
て、これを察知した朝廷は空海に防護策を命じ、空
海は、88ケ寺の四国お遍路を造りながらも、そのど
こからも剣山を見えなくして隠した、と書かれてい
ます<大杉博氏は後に、秘宝は頂上では無く、行場
に隠されている、と訂正されたとか?   ムム!? 
コリトリも行場・・・(笑)>。

余談ですが、日本は古来より「言霊の幸(さき)は
ふ国」と言われています<『言霊百神 (小笠原孝次
著)』など参照。長らく絶版でしたが、最近、伯家
神道宗家の七沢賢治氏(小笠原先生のお弟子さん)
が再刊>。
以下は、昨年、仕事仲間からもらったメールですが、
とても有益と思いますので皆様にシェアさせて頂き
ます。

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<言霊について>
アイウエオ50音は言霊で、50音それぞれが神を
表し、例えば、「ヒミツ」なら、ヒ=火の神、ミ=
水の神、ツ=土の神、を表現します。
皆さんの苗字は神様の名前の集合体です。苗字に使
命が宿ります。そして、名前には更にするべき具体
的なメッセージが組み込まれています。
最初の神様が『あ』、最後の神様が『わ』になりま
す(『ん』は特殊なので除く)。
最初の『あ』は伊佐那海(イサナミ)の尊(みこと)。
最後の『わ』は伊邪那岐(イザナギ)の尊です。
日本神話上初めての夫婦です。この二神が作ったも
のが淡路島です。
淡路島の意味は、『あ』から『わ』まで最初から最
後の神様が通る道『路』、即ち 『あわ路』 に由来
します。日本が神の国と言われるのは、神の国から
淡路島を通って降りてきたからと言われています。 
そして、神様が淡路島に降りてきて人間の世界に入
る『扉』を開いたのです。その扉は神様が開いた扉
なので『神戸』となります。
その後に、神様が住んたところが、『住むことを始
める国』です。『始国』でシコクと発音します。
今は4つの県から成るので『四国』と漢字が変わり
ました。四国の4つの県、高知県、徳島県、香川県、
愛媛県。それぞれの県庁所在地は、高知市、徳島市、
高松市、松山市です。
平仮名に書き換えると、『こ』うち、『と』くしま、
『た』かまつ、『ま』つやま、『』だけを並べると、
『こ』『と』『た』『ま』、言霊(ことだま)とな
ります。
世界中で色んな言語が使われていますが、日本語ほ
ど言葉にエネルギーを持つ言語はありません。
一文字一文字が神様の名前なので、言霊(ことだま)
となり、善にも悪にも、無にもなります。
物には全て名前があります。
その名前が決まった時からその名前での役割を果た
します。例えば、服(ふく)はずっと服です。刀
(かたな)はカタナです。
人の名前も同じように、名はその人を表します。
言葉と名前はとても大切な意味を持っています。
この名前を観て判断した人が阿倍晴明です。陰陽師
として有名です。阿倍晴明は、人の名前を観て判断
したのです。
そのために、阿倍晴明の判断はとても重要な情報と
して信頼性が高いものでした。
阿倍晴明の判断の基準は、姓名です。
「晴明」と「姓名」の発音が同じなので、最初は、
阿倍晴明の判断だったものが、阿倍晴明の姓名によ
る判断となり、「姓名判断」となりました。
------------------------------------------------

以上となりますが、昔の人は、当時、最新技術を携
えて渡来した「イスラエル十氏族」を、「神々」と
捉えたのかも知れませんね。また、言霊と淡路島の
話は、吉野川から剣山に赴く、保江氏の本とも重な
りますね。

サ~テ、少しもどって、再び 『コリトリ』 です。
今年の年賀状にも記してしまいましたが、私は2年
ほど前から、毎朝、水シャワーを浴びています<真
冬と違い、唯今はとっても快適です(^o^) >。
それで、フト、これは現代版『水垢離』ではなかろ
うか? と気づきました。
『水垢離』の本来の意味は、神仏への祈願では無く、
自らの、精神・霊魂に付いた、汚れ・穢れを洗浄す
る唯一の方法が水垢離だそうです<水で垢(アカ)
を離す>。
体(肉体)の汚れは石けんやシャンプーで落とせま
すが、霊的、内面的汚れを落とすのは、石けん・シ
ャンプーでは落とせず、落とせるのは水のみとの事。
つまり私は、2年ほど前より、天から命じられて(?)、
精神・霊魂の汚れをセッセと落としていた、とも受
け取れる訳です<自己流の勝手な解釈です(-_-;) >。
幸いと言うか、私は30年ほど前から、肉食を極力
避けています。この点、肉食の害(成長ホルモンや
抗生物質まみれによる健康障害。及び、食われる動
物の悲哀や怨嗟の念=霊障)は少ない筈ですが、に
もかかわらず、未だに水シャワーとは、私の御魂
(ミタマ)に付着している汚れは、可成りのものと
想像されガックリ来ます(*_*) 

何れにせよ、コリトリは大阪から近いこともあり、
近く、一度訪れてみようと思います。
計画として、初日は和歌山からフェリーで徳島へ。
それより、剣山スーパー林道(全長88kmの日本最長
のダート道。88ケ寺と一致しますね。偶然とは思え
ません)を走って、高知県最奥の物部村に1泊(古
神道の「イザナギ流」が唯一残る秘境の村)。
翌日は、国道439号<1車線のクネクネ山道で、別名、
与作(439:ヨサク)酷道>から剣山へ行き(時間
があればリフトで頂上往復)、それより国道438号
に入って、いよいよコリトリへ。周辺散策後、徳島
に戻りフェリーで和歌山経由、帰阪と言うコース。

果たして、「コリトリ」で一体、何が待っているの
か!? 今からワクワクしているところです(^o^) 

写真は山頂への神輿渡御。アーク(聖櫃)。500m
ごとのコリトリ標識。


< 巨漢猫 と 高浪池 >

2014-08-08 17:04:09 | 日記

    

先日の8/5、「mixiニュース」に、
<すごく……大きいです…。4リットルペットボ
トルよりもデカイ猫> の面白い記事が紹介され
ておりましたので、急遽この日記を投稿します。

ニュース
(http://otakei.otakuma.net/archives/2014080501.html)
には、
『スヤスヤスヤ~と気持ちよさげに寝ている猫の
写真が、Twitterで先日話題になっておりました。
一見すると猫が寝ている普通の写真。しかし注目
なのが、右に置かれたペットボトル。こちら500ml
ではなくなんと4リットルのペットボトル! そう、
実はこの猫、撮影当時は10キロの巨漢猫だったの
です。
飼い主のT翼さんによると、写真の猫=レオン君は
以前獣医さんから「肥満ではなくガタイがデカイ」
と言われたそうで、健康過ぎて育ちすぎた結果が
この大きさなのだとか。
ただ、写真の頃は少しぽっちゃり気味だったとか
で、現在は獣医が言うこのサイズ標準の8キロくら
いまで落としているそうです。
ちなみにこの写真の用途ですが、お友達などにレ
オン君のデカさを伝える時用のものなんだそうで
すよ。
協力:T翼さん(Twitter:@Tsubasaya_info)』
と、掲載されておりました。

----------------------------------

サテ、となりますと、記事のレオン君は唯今8キロ
です。私のプロフィール中にある愛猫「ナナ」は、
現在9kgなので(2年前より今日まで変わらず)、
レオン君よりもデカイと言うことになりますね! 
<ナナ! よかったなぁ~! そのうち、君にも
取材がくるぞ!(爆)>。

ナナが巨漢に至った経緯を記しますと・・・・
プロフィール写真に写っているナナは生後4ヶ月
ほど。プロフィールを書いていた時は、生後、半
年程の9月末でした(この時、すでに3.7kg!)。
その2年後は、ナッ何んと! 9kg超に【絶句!】 
(幸い、10kg以上にはなりません。掲載写真は、
2012.8.15撮)。 
健康診断時(4kg台)、病院から、5kg以上には
させないで下さいね! と言われていたにもかか
わらず、巨大化してしまいました(;_;) 
しかし、決して甘やかした訳では無く、だらしな
く育てた記憶もありません。エサも規定量しか与
えず、本人も家中を元気に走り回っており、健康
そのもです。<なのに、ナンデや~?> 

【姫川薬石】 
実は、3年ほど前、新潟の糸魚川で「姫川薬石」
を採取してきました。以降毎日、ナナの水のお皿
に、1ヶを入れ、今日までズ~ッと飲ませていま
すが、このせいとしか考えられないのです。
根拠として、姫川の源流部に「高浪池」と言う、
風光明媚な池があります。周囲を姫川薬石で覆わ
れたこの池には、驚くことに4mもの鯉が生息し
ているのです! 名前も鯉太郎と名付けられ、池
畔には実物大のレプリカも置かれています。
なにか、この姫川薬石には生物を巨大化する作用
が有るみたいなのです(放射能も排出する、と一
部で言われています)。
魚類の鯉、哺乳類の猫・・・・とくれば、当然、
人間の子も大きくなるのではないでしょうか? 
将来、スポーツ選手に育てたい親御さんは、ご検
討してみたら!? ただし自己責任でネ(爆) 
手持ちの薬石も無くなってきましたので(皆にあ
げたので)、涼しくなったら、また採取してこよ
うと思います。

ついでに「高浪池」を紹介しておきましょう。
松本から大糸線沿いに日本海に向け北上し、風光
明媚な白馬岳の麓を通過後、途中より国道を左に
折れて山道に入り、しばらく進むと姫川源流に達
し、 絶景の「高浪池」が現れます。 地元では、
「日本のスイス」と呼んでいるほどです。近くに
は、龍神が住むという、それはそれは立派な、轟
音を発して落下している雄大な「不動滝」もあり
ます(落差70m? この滝も必見です)。
この高浪池の底と周囲が姫川薬石で覆われており、
4mもの鯉が生息しているわけです(私も水面近
くを泳ぐ、大きな魚影を見ました!)。
写真のように絶景地なのですが、にもかかわらず、
余り知られてはおりません。狭隘な山道の上、冬
季は雪で閉鎖されてしまうからでしょうか? 
皆様も、機会があれば、一度訪れてみてください。
感激しますよ!
<大阪から、姫川薬石を拾いに行くときは、途中、
いつも白馬ハイランドホテル(安い!)に一泊し
ます。ここの露天風呂から眺める、白銀に輝く眼
前の白馬三山は、ただただ圧巻のひと言です!>

<写真1枚目はレオン君。2枚目はナナ。3枚目
は高浪池(石取り仲間の写真を拝借しました)>。


< フリーメーソンが好む 『666』 (下)>

2014-08-04 20:37:47 | 日記

   

 

前回の続きです。

「666」は「反キリスト」を表す数字とも言われます。
ここに皆様ご存じの魔法陣(3×3三方陣とも)があります。
縦・横・斜、どちらの列の合計も15となる数字の配置です。
フリーメーソン・イルミナティは色々な儀式や、高次の存在を
召喚する際などに多用します。
この魔法陣に前回のフリーメーソンの紋章を重ねますと、
掲載図のようになります。
すると、定規部分は、3+1+7=11。
コンパス部分は、8+9+6=23、コンパスの足は2本
なので、23×2=46、 となり、前回述べた、『11』と
『46』 の数字が 浮かび上がります(11、22、23、
33、46等はユダヤの聖数です。 また、旧約聖書の
『詩篇第46篇』は「大災害」を語っているそうです)。

真ん中の 『G』 はGod、すなわち 『神』 でフリーメソンの神、
「ルシフェル(光をもたらす者) 」を意味します。「光をもた
らす者」とは言いますが、西洋では「堕天使であり魔王サタ
ン」と呼ばれるのが普通です。 但し、キリスト教では自分
以外の力のある神は全てサタン扱いです(笑)。
『G』は魔法陣の『5』に位置しています。『5』は魔法陣の
中心にして、1~9の数字の真ん中でもあり、神の位置に
相応しいからですが、実は、日本語の 『5(ゴ) 』だから 『G』
(ゴっど)な訳なのです<これ、ホントですよ(笑)>。
この魔法陣ですが、日本では陰陽道の術としても使われて
います。魔法陣の網を張り、魔をくくり、取りさるわけです。
著名な陰陽師、安倍晴明の家紋は写真(パワースポット
として人気のある、京都の安倍晴明神社)のように五芒
星<星満(セーマン紋)>です。この五芒星の符呪を以
って、「式神」を使役し、魔を退治したのは野村萬斎主演
の映画などでお馴染みです。
ここで、アルファベットの数置法を使って安倍晴明を見て
みましょう。アルファベット26文字を、Aから順に数字を付し
ます(A=1、B=2、、、Z=26のように)。
『ABE SEIMEI』は1+2+5+19+5+9+13
+5+9=68=6+8=14=五 よって五芒星の
紋となるわけです<ホンマかいな?(笑)>。

さて、キリスト教(西洋)では、666は反キリスト、獣の
数、悪魔の数字、と散々な言われようです。 実際、戦後、
直ぐ、連合国(白人国)は、2度と有色人種の日本が、
白人に立ち向かわないように、日本中を悪魔の数で霊的に
封印しました。その一例が、前回お話しした、(ごく一部を
除く)全てのラジオ局の666周波数による封印なのです。
それで、結果はどうなったかと言えば、あの、一木一草も無
い一面の焼け野原から、日本は奇跡の復活を遂げ、アレヨ
アレヨという間に、第二の経済大国へと大躍進したのです。
何故かと言えば、日本では「666」は「弥勒(ミロク、三
つの六)」として、実に縁起の良い数として認識されている
ので、至極、当然な訳なのです<因みに、私の本名をアル
ファベット置換してみると、18、即ち、666となります。また、
拙宅は海まで600m程ですが、標高はピッタリ33mで、噂
される東南海地震・津波にも安心です(爆)>。

KKK団<Ku Klux Klan クー・クラックス・クラン。 アメリカ
の白人至上主義を唱える秘密結社>と言う、有名な人種
差別組織が古くからあり、未だに黒人差別に邁進していま
す。この上部団員の可成りが、フリーメーソン員と言われ
ています。トルーマン大統領もその一員だそうで、有色人種
の日本への残酷な原爆投下も躊躇しなかったワケです。
この、KKKのアルファベット置換はK=11なので、11の
3つ。つまり、11.11.11の「スリー11」となり、3/11の
東日本大地震も決して偶然とは思えなくなります(今後も、
311のイベント注意です)。

以上は、書物や、ネットを渉猟すれば、だいたい記されてお
りますが、ここで、666に関する私なりの考えを追加して
みたいと思います。
ヨガでは尾てい骨(ムラダーラ)から頭頂(サハスラーラ)
に至るまでに、7つの霊的センター(チャクラ) があると教えま
す。更に、チャクラに併行して、イダ・ピンガラ・スシュムナー
の見えない3管が走っているとも(病気とは、この霊管の
つまりだそうです)。
フリーメーソン紙幣である1ドル紙幣の裏には、ピラミッドの
中の目(ピラミッドアイ)と言う、万物を見通す目(チベット
僧院や仏像に印字されている「第三の目」に同じ)が描か
れています。この「第三の目」のある位置は、眉間にある六
番目のアジナーチャクラです。ここにも、先ほどの見えない3
管が走っている訳で、つまりは「イダ6・ピンガラ6・スシュム
ナー6」から「666」が生まれたものと推察しています。
と言うことは、彼等フリーメーソンは頭頂のサハスラーラチャ
クラには到達していないと予想でき(達していれば、目立
ちたがり屋の彼等は、必ず誇示する筈)、それも当然でし
ょう。サハスラーラチャクラは、神にして創造の領域だから
です。
この七番目は絶対にして唯一の存在であり、この下の六番
目から相対の世界が生じており、彼等は相対界の頂点に
達し、先は見通せるかも知れませんが、創造は出来ないと
言うことです。このことは弥勒(ミロク 666)にも充当し、
弥勒は頂点にいる如来の、一段下の菩薩の位置づけであ
る事からも明らかです。              (了)

次回は、<四国・剣山と不思議な【コリトリ】 > (仮題)を。

<参照>
・2011/11/25 緊急時の呪文
・2011/11/29 三十三間堂の秘密とクンダリニー
・2011/12/5  ファラオの杖とクンダリニー

<写真はネットから拝借しましたm(_ _)m  >

 


< フリーメーソンが好む 『666』 (上)>

2014-07-01 18:24:28 | 日記

 

「666(6+6+6=18 )」 の数字は、世界を陰から 
動かすと恐れられている秘密結社フリーメーソン(及びその 
上部団体イルミナティ)が好んで多用する数字です。聖書 
の黙示録で、獣の数としても有名です(悪魔の数とも)。  
最近の 『666』 の事例を書き出してみます。 
これからも増えていく事でしょう!  

★911同時多発テロ 2001.9.11(911は映画ター 
 ミネーターで予告された数字) 8:46 
★311同時多発地震(3連発)2011.3.11(ご丁寧 
 に、2+1+1+3+11=18でも) 2:46 
 911と311を比較すると、10年の時をあけて、ピッ 
 タリ6ヶ月と6時間差。 
 311は第二次世界大戦からも66年目。 また、 
 2:46のグリニッジ標準時(+900)は5:46で阪神地 
 震とドンピシャリ!  
★映画「ロサンジェルス決戦」宇宙人攻撃開始日は、  
 2011.4.11 2:46 
★阪神淡路地震 1955.1.17(1+17=18) 5:46 
★ロサンジェルス地震 1994.1.17(18) 5:46 
★スペイン・マドリッドの列車爆破事故 2004.9.11。 
 これは911から丁度911日後(911,911,911)。 
★映画マトリックス(日本公開日は 1999年9月11日) 
 の主人公のID日付が2001年9月11日 
★東京タワー:333m(666÷2) 
★東京スカイツリー:634m+地下部分32m(?)= 
 666m 
★垂直方向は90度。地軸の傾き23.4度。 
 90-23.4=66.6 
★四川地震:5月12日  ・ハイチ地震:1月12日  
 ・チリ 地震: 2月27日 
 縦に読んでも横に読んでも『512112227』  
 しかも 同緯度、同経度。 

パキスタン大地震(2005).10.8=10+8=18 
青海省地震(2010).4.14=4+14=18 
阪神淡路 (1995).1.17=1+17=18 
ロサンジェルス地震(1994).1.17=1+17=18 
湾岸戦争 (1991).1.17=1+17=18  
サンフランシスコ地震(1989).10.17=1+17=18 

★沖縄を除く全ラジオ局周波数が 『666』  
 NHK第一:594khz=5+9+4=18/NHK 
 第二:693/TBS:954/NHK第一大阪: 
 666/文化放送:1134/ニッポン放送:1242 
 /ラジオ日本:1422・・・ 
(1000以上は、真ん中で仕切り、例えば1422→ 
14+2+2=18と読む) 
  
●山本太郎の獲得票:666.684票→666000+6+8 
+4=18→666.666(ダブル666) 更に、666.666 
+18(666)=666.684票なのでトリプル666! 
(偶然では決してあり得ない!) 

●コイン→1+5+10+50+100+500円=666円  
●札→1000+2000+5000+10000円=1.8万=18  

●昨10月発表の総理の消費税8%決断日は1日。 
 →1と8で18。 

●NHK、昨年10月1日 4時14分(4+14=18)の「年 
金の支給額の引き下げ」 WEBニュース。  
国民年金:満額支給の人で月額で666円減 →モロ666。  
厚生年金:標準的な世帯で月額で2349円減→2+3 
+4+9=18 

●【ルーブル美術館玄関口のガラス・ピラミッド 】 のガラス 
の枚数は 666枚 

●アメリカ新ドル発行日:昨年10.8(=18)。  
デフォルト予定日: 昨年10.18(これは回避)→クリン 
トン時代から17 回のデフォルトあり。つまり、有るとする 
なら次回が18回目。 

●最近のマレーシア航空が不思議なことに未だに見つ 
かりませんが、事件発生は2014年3月8日なので、 
3+8=11、及び2+1+4+3+8=18=666 
で、先ずフリーメーソン(&イルミナティ)の確定(しわざ) 
でしょう?(笑) 

★これだけ似た数字が並んで、全て、偶然と捉える方が 
不自然です(必然、つまり仕組まれた?)。 

以上となりますが、一見して、『11』と『46』 の数字が 
多いのに気づきます。これは、フリーメーソンの紋章(コン 
パスと定規)と、魔方陣から導き出された数字でもあるか 
らです。 

 (続く) 

<写真は、フリーメーソンの紋章。東京では、東京タワー直 
下にロッジ(集会所)があり、この紋章が掲げられている>


< 大阪の 『適塾』 で嬉しい発見!>

2014-05-18 16:01:29 | 日記

江戸後期の大阪に、蘭学者:緒方洪庵の作った著
名な『適塾』があります。蘭学講習所で、今日の
大阪大学医学部の前身とも言われています。
塾生は全国より俊英が集い(総計636名)、この中
より、幕末~明治期にかけ大活躍した人物を、多
数輩出しております。
適塾は一般公開されており(私はまだ行ったこと
はありません)、全塾生の名簿(姓名・入門年・
出身地が記載)も閲覧できるそうです。
先日、何気なしに適塾をググっていたところ、何
と、その名簿中に、『木脇文節』の名があるでは
ありませんか! 出身、日向・佐土原藩とあるの
で、私の曾々祖父(高祖)に間違いありません。
幕末激動期にあって、曾々祖父は青春時代を、宮
崎の片田舎から、「花の浪速」で遊学していたわ
けです!! 祖母にも聞いていなかった新たな嬉
しい発見でした(^-^) 

さて、こうなると、私と池田君との不思議な因縁
話に新たな1頁が加わる事となります<2013-03-
17付、『決してあり得ない! 世にも不思議なお
話』 、及び、2014-02-24付、『朽ち果てた先祖
墓所(;_;) 初墓参の記』 参照>。
実は池田謙斎<新潟>も適塾出身であり、つまり
は、木脇文節<宮崎>とは、<大阪>の地におい
て同僚となるわけです。
まとめますと、私の曾々祖父と池田君の曾祖父
(池田謙斎)が適塾での同僚。 私の曾祖父(木脇
良太郎)と池田君の曾祖父が同じドイツ医学留学
組(共に明治3年)、そして、その曽孫どうしが、
<大阪>の私の小っちゃな会社で知らずに机を並
べていた!! 池田君も私も、元は東京の人間。
それがワザワザ <(適塾のある)大阪>で! 
何でや~!? と言う図式です。
何れにせよ近いうちに、適塾を見学してこようと
思います(^o^) 

《追記》
最近、多少時間が取れて来ましたので、気合いを
入れて(笑)ブログを更新していくつもりです。
「理性を持ってスピリチュアルに浸る(爆)」 が
モットーな私としては、精神世界関係も色々と書
いていこうと思います。まずは予告として,<フリ
ーメーソンと666>、次いで、<四国・剣山と
不思議な【コリトリ】 >(共に仮題)を。

(写真は適塾)


『朽ち果てた先祖墓所(;_;) 初墓参の記』

2014-02-24 18:53:45 | 日記

 

『最近、アマゾンで「フィルム スキャナー」な
るものを求めました(送料共5,980円)。面白
いように、古いネガ写真をPCに取り込め、とっ
ても便利です(^-^) 
初めて先祖の墓に詣でた時のネガが見つかりまし
たので、早速、2012年09月07日付け、「陰徳あれ
ば陽報あり」より、木脇の墓に関する部分を抜き
出し、加筆修正のうえ改めてここにアップ致しま
す』。

祖母の話によりますと、代々医系の木脇一族は
『 家訓 』として、とにかく、【 医は仁術 】
を実践し、善行・積善に努めたそうです。
祖母が父の木脇良(つまり、私の曾祖父)に連れ
られ県内を歩くと、文節様(曾々祖父。戒名は
『法雲院文翁道節居士』)の孫が来た、と各地で
大歓迎された事を、つい昨日のように語ってくれ
たものです。木脇文節の墓は何故か、日向市細島
と宮崎市佐土原の2カ所にあります。
大学1年の夏、ひとりで初めて、夢にまで見た母
方の故地・宮崎に赴き、祖母の細々とした記憶を
頼りに、やっとの思いで2つの墓所を探し当てま
した。写真にあるように細島の文節の墓は、墓石
の一部が欠けており、佐土原の墓は草むらの中に
打ち捨てられておりました(*_*) 

昼の細島に続き夕刻は、佐土原の、既に廃寺とな
った墓地に踏み込みましたが、背丈ほどの夏草が
ボ~ボ~と繁り、どこが道やら墓石やら分からず
じまいの荒れようでした。
クモの巣やヤブ蚊と戦い、倒れた墓石を踏み超え
ながら(踏んで初めて墓石と分かる)しばらく進
みますと、一番奥の方、夏草の頭越しに、スック
と起立する大きな石碑が見えて参りました。
これが子供の時から聞かされていた、懐かしい先
祖の墓に違いないと思った瞬間、まるで、「そう
だよ!」 と言わんばかりに、丸く大きな真紅の
夕陽が、この墓石をバァ~! と朱色に照らし始
めたのです(この感動は今でも忘れられません)。
何れも、苔むし倒れ朽ち果て夏草に覆われた、
文節たち祖先の墓石と初めて対面した際は、線香
の煙と共に哀れを催し、般若心経を唱えながらも、
しばしの落涙を留めることは出来ませんでした
<まさに、「夏草やツワモノどもの夢の後」の情
景>。と同時に、俺は木脇の一員なのだ、との強
い自覚が沸々と湧いて来たのも確かです。 

写真1枚目「先祖代々之墓」の左脇にあるのが文
節の墓です。高さは約1m程あるので、「先祖代
々」の石碑は優に3mは超えるでしょうか? と
にかく圧倒されるほどの巨大さでした。
でも、最早、この光景を目にすることはありませ
ん。25年ほど前、遠縁の爺さんが、この有様は
忍びない、と供養のうえ、撤去してしまったから
です。
木脇の偉功の残り香を伝える物は、もう、この写
真しか無い上に、その木脇氏も父系はとうの昔に
絶家し、母系の私を以って、実質、オシマイと相
成ります(*_*) <偉功とはオコガマシイですが、
木脇良は、日本に博士号が制定(明治20年)さ
れる10年前に、ドイツで医学博士号(ライプチ
ヒ医大)を授与されましたので、一応、日本初の
博士と言うことで・・・(汗!)>

2枚目は、細島の文節の墓。
3枚目は、木脇城跡


『冬富士で【九九九死に一生】を得た!』(下)<遺書>

2014-02-23 17:50:53 | 日記
その後の冬富士は、浪人時代に1度、大学1年次に1度。無論、
3度目以降は本格的革製登山靴、ピッケル、8本爪の冬用アイゼ
ンを装備です<でも、日比谷図書館で、操作法を読むだけの相変
わらずの素人ぶりですが(~_~;) >。 しかし、どちらも、悪天
候や高山病に阻まれ登頂できずじまいでした(*_*) 
浪人時代には、早朝、家を出るとき、何時ものように母が見送りの
ため起きており、その際、「机の中に手紙を入れてあるから」と告げ
ますと、一言、「行かないでおくれ」と申しました。しかし、親の言うこ
となど聞かない私の性格を知っており、そのまま黙って送り出してく
れました。
手紙とは、もちろん【遺書】です。「もし、遭難しても、決して救助活
動などしないで欲しい(なぜなら、救援作業に莫大な費用がかか
り、家が破産してしまうから)」 と言うことを書いていたと思います。
私は、何故、こんな事を続けるのかと言えば、子供の時から意志
薄弱で<未だに(*_*) >、その上、ひどいドモリでした。何かの本
で、精神を鍛えれば治ると知り、それやこれやで以降、冬富士始
め、色々な山を単独行したわけです(北岳だけは友人と)。そのお
陰かどうかは分かりませんが、ドモリに関してはすっかり治ってお
りました(^-^)
それどころか、唯今は全くのおしゃべりです(爆)

そして最後の冬富士は、大学3年の3月。この時の私は運動部
(空手部)や鎌倉の禅寺で鍛えられていたためか(汗!)、気力・
体力とも一番充実しており、快晴の中、先頭きって快調に登頂し
ておりました。
あとわずかと言う、頂上直下の本8合目に着いたとき、下の方から
「助けてくださ~い!」と私を呼ぶ声があり、何事かと8合目まで降
りますと、二人ずれの一人が足を骨折して動けない、と言うのです。
やむなく、5年ぶりの頂上を諦め、彼を救助することにし、次々と登
って来る人に声をかけ、15名ほどが救助に協力してくれることに
なりました。
その間、骨折者の友人が、スノーボート(ボードではありません)
を取りに5合目佐藤小屋に向かっておりました。しかし、何時間待
っても音沙汰がなく(便利な携帯なぞ無く)、どうしたのだろうと私も
降りていきますと、その人は6合目でスノーボートを背負いながら
ヘタばっておりました。
そこで私と変わりましが、今のような軽い炭素繊維製ではなく、その
重いこと重いこと! ボートを横にして背負うのですが、強風にあお
られフラフラし、後ろから、「すいません、すいません」の声を聞きなが
ら、空気の薄い8合目に担ぎ上げたときは、私の肉体までもがフラ
フラになりました(苦笑)
スノーボートに骨折者を乗せ、15名程が後ろからロープを引っ張
りながら8合目より直接、吉田大沢を降りることになりました。
下って直ぐに、人が倒れておりました。そこには手足が操り人形のよ
うにバラバラの方を向き、頭はパックリと割れ脳みそが出ておりました。
脈を取ると、無論ありませんでしたが、まだ生暖かでした。と言うこと
は、滑落直後とわかります。そして、顔を見た瞬間、愕然としました。
何と!、前夜、佐藤小屋で隣に寝ていた人で、しばらくオシャベリも
していた人物だったのです! 改めて、冬富士の恐ろしさを確認す
るとともに、人の運命の不思議さも思い知らされました(このときの
富士山も、第2回ほどではありませんが、荒れ気味で、数名は死ん
だはずです)。

先ず、生きている人の救助を優先せねばならず、遺体はそのままに
し(山梨県警により、翌日収容されたそうです)、全員、身を引き
締めて下りました。しかし、氷雪の急斜面でのスノーボートは想像
以上に重く(こんな経験は、全員初めて)、皆、ノケ反りながら歯
を食いしばって頑張り、やっとの思いで、無事、5合目小屋にたどり
着きました。 
その中の一人から「アスカさん大丈夫ですか? 顔色が真っ青です
よ」 と言われましたが、正直、精も根も尽き果てた! とはこのこと
でしょう。 そこで一服後、皆と別れ、又、ひとり疲れた体にむち打ち
ながらトボトボと暗闇の道を富士吉田駅まで歩いて行きました。
その何と言う苦しかったこと! 
後日、骨折者から感謝の手紙が届き、残念ながら骨折した足は凍
傷のため切断、とありました。でも生きられて本当に嬉しい! ともあ
りました(^-^) 

結局、私の冬富士単独登頂は、5度のうち、頂上に着いたのは高
校時代の2度だけとなります。でも目的が、精神力を鍛えるための
登山でしたので、ワタシ的には、これで良しと致します(((^-^)))

以上で、冬富士単独登頂話を全て終わりと致します。
【九死に一生】でなく、【九九九死に一生】と書いた意味をご理解下
されば幸いです。


<3年ほど前、何十年ぶりかで初めての夏富士登山を行いました
(大阪からですので、富士宮ルート)。ご来光にも恵まれ、大変
 快適でした。機会があれば、又、夏富士を登りたいと思います>

 <凜とした明治の祖母>

2014-02-22 15:17:08 | 日記




【 母方の祖母の写真をご披露します^^; 

この際ついでに、2013年03月26日付け『華族女学
校&坊や&小せがれ』の中から祖母に関する部分
を抜き出し、少し加筆のうえアップすることに致
します 】

祖母には11人の孫がいます。その中で、何故か、
ひとり 私だけがとても可愛がられました。又、
ずいぶんと躾けられ、 教え諭してもくれました。
ものごころついてから、祖母が亡くなるまで、私
のことを「坊や!」 と呼んでおりました(汗!)
年に4~5回ほど叔父の家から我が家に来るとき
は(各、1ヶ月ほど滞在)、お土産として、多く
の伝記物や偉人伝を持参してくれました。いつも
一緒に寝ており、私が眠りに入るまで、それはそ
れは沢山の寝物語をしてくれたものです。
熱心な信心家でもあり、春夏秋冬やすむことなく、
毎朝5時になると、私の脇でピタッ! と正座し
(無論、目覚まし時計や冷暖房などありません。
祖母に限らず、明治の女性は本当に意志堅固と思
います)、同じお祈りを30分ほど唱えておりま
した。
内容は 『坊やは神の子ホトケの子、いつもお父
さんお母さんに孝行し、世のため人のため、ムニ
ャムニャムニャ・・・』 と言うもので、子供な
がらに、いつの間にか頭に刷り込まれてしまいま
した(笑)<三つ子の魂 百までも、かな?> 

神の子ウンヌンはおとぎ話としても、この世では
随分と辛い体験(修行?)をさせられてしまった
のは確かです(苦笑)。ただ私が、未だに 『志』
モドキを失わないのは、この祖母の薫陶のお陰と
思っております【おバアちゃん 本当に有り難う!  
何も恩返しできず、ホントにごめんなさい! グシ
ュン (;_;) 】。
昔、祖母に、前回の富士登山で記した 「お守り」
の話をした際は、我がことのように喜んでくれた
のを思い出します。88才で逝った祖母の命日は、
奇しくも私の誕生日でした。何か過去世から続く、
天命のようなものを感じられずにはおれません。
最近、とみに残念に思うことは、この祖母の生き
様を語り継ぐ子供(自分の子に限らず)が、私に
はいないことです(*_*) 

<写真説明:私は、如何にも明治女性に相応しい、
 この凜とした祖母(60代)の写真が大好きで
 す。日頃ダラけている私も、この写真を見るた
 びに、何かシャキッ! とする思いです。
 2枚目は80歳の祖母>


『冬富士で【九九九死に一生】を得た!』 (中) <走馬燈>

2014-02-21 17:22:57 | 日記



突風が容赦なく襲いかかる中、ようやく吉田大沢
を抜け尾根に取り付く事が出来ました。その一瞬
の安堵感による気の緩みか、足を滑らし、ついに
恐れていた滑落を始めてしまいました。それは冬
山 超初心者の私ですら、「ああ、俺の短い人生も
ここで終わるのだ!」 と、直ちに理解できるもの
でした。
と、その瞬間、突如、頭の中を、グルグルぐる!
っと、16年の人生で出会った懐かしい人々、思い
出深い経験などが回り始めたでは有りませんか!? 
これが、世に言う、死に直面した際に起こると言
われる 『走馬燈のように!』 現象なのか、と分
かった時、幸運にも滑落は止まってくれたのです
(知らないうちに、4本爪のアイゼンが、氷の斜
面を必死に蹴っていたようです)。 その際、右
手は無意識にズボンのポケットをシッカリと握り
しめておりました。そこには、 敬愛してやまな
い祖母からもらった「お守り」があったのです。

恐る恐る立ち上がり、その後も氷雪の尾根を慎重
にヘバりつくように一歩一歩登りつめて行きまし
た。途中、オシッコをするときなどは、右手・両
足の3点で斜面を支え、うつ伏しながらしたもの
です。不用意に立ち止まったまますれば、アッと
いう間に大沢に吹き飛ばされてしまう危険がある
からです。また飲食に適した場所なぞあろう筈も
無く、ほとんど飲まず食わずでした。

渦巻き逆巻き荒れ狂う烈風の中、死の恐怖と戦い
ながら、何度も何度も 「もはや生きては帰れな
い、俺はここで死ぬのだろう!?」と、不思議と
覚悟は出来ておりました。
ただ、「天が我を必要とするなら、俺は必ず生き
て帰れる。だが、天が必要としないなら、間違い
なくここで死ぬ!」 とも思っておりました<こ
の項の下書き中、まざまざと当時の厳しい状況を
思い出し、何故か、クックック!と、しばしの嗚
咽を禁ずることは出来ませんでした(*_*) >。
標高が上がるにつれ足元の氷も堅さを増し、いち
いち蹴り込まないとアイゼンが食い込まず、その
ため体力も相当 消耗しておりました。

登頂を始めて6時間ばかり、昼12時頃、フラフラ
になりながらヤットの思いで頂上の白山岳に辿り
着きました。
そこの東屋(あずまや)には、二人の慶大山岳部
の山男がおりました。彼等と目が合ったとき、ま
るで幽霊でも見たかのように、驚きのマナコで暫
し私を見つめておりました。
そして、「君! どこから来たの?」 「ハイ、こ
の尾根を登ってきました」、と応えると、改めて
「え~ホント! この悪天候の中をピッケルも無
く、屏風尾根を!?」 と、再び信じられないもの
を見たかのように、唖然としておりました(私の
知る限り、この日、屏風尾根を登った人は誰もお
りません)。

東屋で、ようやく昼食にありつき、その際、ミカ
ンの缶詰は半分凍ってガサガサと音を立て、水筒
もほとんど氷状態でした(この時、手足の半分も
白くなり、ガチガチの凍傷にかかっておりました。
有り難いことに、後遺症などはありませんが。で
も、危ないところでした)。
下山を始める彼等に同行を願い出ると快諾され、
まずは一安心と言うところです(こんな心強いこ
とはありません)。 吉田口頂上を経由しての下山
中(本来、このコースを往復の予定だった)、彼
等は「あのときは子供が突如、湧いてきたかのよ
うに現れたので、本当にビックリしたよ!」と語
っておりました。私は童顔のせいか、初め小学生
に見られてしまったようです(苦笑) 
8合目で、完全装備の彼等は吉田大沢を下るという
ので、ピッケルのない私は同道できるワケも無く、
ここで別れました。幸い、この頃には悪天候も大
分治まって来ており、怖い目に遭う事もなく、無
事、5合目の森林限界地点まで戻りました<もし、
当時の二人のお方が、縁あってこのブログをお目
にした際は、改めて御礼申し上げますm(_ _)m >。

重いリュックの肩への食い込みに耐えながら、そ
れより、暗闇の中をひとりトボトボと5~6時間歩
き、富士吉田駅(今は富士山駅と改名)に到着し
ました(冬期は当然、バスなど有りませんので。
駅から1合目まで約12km)。 夜遅く、ようよう帰
宅でき、全身をドット疲れが襲ってきたのを、今
さらのように覚えています。

翌朝の新聞を見て、私は卒倒しました! ナント、
安全と言われる、冬富士定番コースである吉田口
ルートで、登山者が3名も死んでいたのです!
(マスコミの大ニュースとなりました)。
軽装備で熟達者コースを登った私が助かり、安全
なコースを取った冬山完全装備の山男が、突風に
飛ばされ3名も滑落死した! 
この、あり得ないほどの現実! 
この時ほど、生かされてしまった運命的自己につ
いて、つくづくと考えさせられたことはありませ
ん。精神世界や不思議現象に興味を持ったのはこ
の時からです。
(続く)


<今月14~15日にかけ、山梨県全域に大雪が
 襲い、富士山でも遭難があり、救援隊が向かっ
 たそうです。その場所とは、何と1合目! 以
 下は、その際ネットから拾った声です>
・冬富士はプロの登山家でも侮れない恐ろしさだ
 と聞いたぞ!
・冬の富士山は死の山 !
・独立峰だから冬の期間は相当厳しい状況になり、
 ヒマラヤのチョモランマとかに登る隊が訓練に
 行くとか聞くよ。強風で吹き飛ばされて亡くな
 った事故とかもあったし。


<添付写真説明 1枚目。コース図(およそこん
 な感じ)>
A:赤丸点→大沢の真ん中で、屏風尾根コースを
  決断した所。黄色丸点は滑落場所。
B:屏風尾根コース
C:白山岳頂上
D:吉田口頂上
E:吉田口ルート
F:吉田大沢

<添付写真説明 2枚目>
当日は、写真のように、山も里も一面の銀世界で
した。