がらんどう 吐毒会

雑感で感じたままに…

浅草公園六区

2009-11-30 13:02:13 | Weblog
国際通り沿い、公園六区入口の信号角から取った写真。後ろはちょうど浅草今半になる。つくばエクスプレスの浅草駅を上がったところである。

その昔、浅草六区と言えば凌雲閣、日本で初めてのエレベーターが着いた、通称「浅草十二階」のあったところである。今では今年ある芸能人で話題になった、浅草ロック座とJRAのウインズ浅草で人気を集めるところになった。時代は変わるものである。

ところが変わらないもの2つを写した。

一つは手前の弁当屋「ぱくぱく」。250円(税込み262円)弁当でボリュームも味も合格点。近くに来ると買いにまわるほどである。

一つは奥に行列の見えるところ。演芸の「浅草演劇ホール(東洋館)」。ここもいつ行ってもお歳召した方々が並んでいる。聞くに萩本欽一やビートたけし、渥美清を輩出したところらしい。

映画館は顕在も他はパチンコ店が軒を連ねる場所になっている。(先の凌雲閣の跡地もパチンコ店)

ただ一筋外れたり、浅草寺寄りに行くとまだまだ歴史を感じられるところである。

是非浅草寺に行ったら立ち寄って欲しい。

仕分け作業と我慢のライン

2009-11-28 13:43:37 | Weblog
小さな子供達、昔も今も例えばおもちゃ屋で駄々をこねる。自己主張の芽生えである。親にはいろいろいる。叱り付ける者、買い与えて泣き止ませる者、他人の迷惑考えずに泣き続けさせる者、代替案で諦めさせる者などなど。

ここで何が正しい子育てかを論じる気は全くない。まあ他人の迷惑省みない教育をする親は最低だと思うが…。

ただ多分、この辺りでどのように育ったかが、大人になっての我慢の一線を引く位置の高低になるような気がする。
例えば皆さんの一線はどこにあるか。次の例を許せるかどうかでわかるのではないだろうか。

(1)ラーメン屋でラーメンを食べたら、人の髪の毛らしきものが入っていた。
(2)ガラガラの電車内で携帯電話で喋っている奴がいた。
(3)ティッシュで鼻糞を人前でほじっている奴がいた。
(4)買った馬券が1馬身差で外れ馬券になった。
(5)安いと思って買った服と全く同じものが、違う店で千円安く売っていた。

例はよくないが許してほしい。皆さんはこれらに関して許容範囲だろうか?

これらの文の一部を振ってみよう。今度はどうだろうか?

(1)ラーメン屋でラーメンを食べたら、死んだ蝿が入っていた。
(2)満員電車の中で携帯電話で喋っている奴がいた。
(3)指で鼻糞を人前でほじっている奴がいた。
(4)買った馬券がハナ差で外れ馬券になった。
(5)安いと思って買った服と全く同じものが、違う店で三千円安く売っていた。

いかがだろう。実はこの辺りに私の一線がある。この幅があるかないかが、女性が好んで何故か使う包容力や度量の大小になるのだろう。

我慢のボーダーラインはこうやって見ると行為そのものにある場合と、自分の経験則から来る場合がある訳である。後者の場合は鈍感になればなるほど広がるものかもしれない。

今、仕分け作業とやらで一線引きしているが、通じる何かがあると私は感じている。

年末ジャンボ宝くじ

2009-11-25 05:52:13 | Weblog
ここの売り場を見るといつも、中島みゆきの「あした天気になれ」を思い出す。西銀座チャンスセンターと双璧と思える烏森。ある意味、西銀座はお祭りだが、こちらは大体が私と同じくらいのサラリーマンしかいないので、悲哀を見てしまう。

恒例年末ジャンボ宝くじ発売日の昨日の風景である。

その昔、押し合いへしあいでケガ人が出て、往復はがきでの予約販売(当時の郵政でこの案出した方は表彰されたとか)になり、その後予約券なるものが発行される(今やその券がマニアで人気になっているとか)ようになったのは、我々くらいからしか知らない出来事になってしまった。今はどういう仕組みになったか詳しく知らないが発売日中は買いたい時に買えるようになった。

私はほとんどこの手の物は買わない。馬券は買ってもである。「夢を買う」という人がたくさんいて間違いではないが、確率論的に期待値が低すぎる。何か憑依された感じ、扇動される感じが堪らなく嫌なのかもしれない。

三千円の倍数買うなら、競馬以外にも確率のいいものが他にもあるのだが…。確かに年末まで楽しみという気持ちもわかるが、まず選ばれた人にはなれない。

「競馬などバクチは嫌。宝くじは違う」という人に言っておこう。先の確率論から言っても、控除率から言っても、宝くじは究極のバクチだと言うことを。

武州鉄道跡地

2009-11-22 10:59:41 | Weblog
武州鉄道は蓮田から川口神根まで走っていた鉄道。昭和13年廃止で、全線走行はわずか1年9ヶ月の短命路線である。詳しくはウィキペディアにあるのでそちらを参照のこと。

廃線跡の本に、この写真あるか確認していないが、ちょうど立ち位置の後ろの企業の方に教えて頂いた。右側の建物は埼玉中古車のオークション会場である。その駐車場を走っていたそうだ。正面左手、小川を挟んだところに直線の道路があり、さらに水を逃がす水路もあり、私はこちら側と考えていたが、もしそうなら先の企業の敷地を走ることになる。とにかくこのアスファルト上か、正面の家付近に笹久保駅があったと思われる。

もしもだが、この路線が残っていたら、きっと都内へ繋げていただろうことは容易に想像できる。

予算含め、世間的には作るより捨てる方が難しく労力を要するのは、離婚や仕事の断りなど考えると理解できるはずだ。ただ改めてそれらを元に戻すのは至難になることを踏まえ、議論の上、行ってほしいと思う。

最近のニュース見て…

2009-11-18 15:05:53 | Weblog
1.仲間由紀江交際?視聴率のための仕掛けか…。

2.メダル1個100万以上?いい勲章だ。私は先日オークションで勲八等の勲章を400円で手にしたが…。

3.仕分け作業とは要不要を分けることと考えると、それをやっている分、評価しよう。ただ他人事と思っていたら我が家の家計にも響く内容あり。甘受せざるを得ない。

4.マグロ漁の件。漁師の方には申し訳ないが、よく見ると普段私達が食べているものは大丈夫なようだ。

5.大分にそんな大金出すの?10億のうちの6億も…。私にはわからない。

6.昔は結婚詐欺といえば男が相場だったが…女の方が命奪う分怖いな。

7.井上陽水が紅白内定か。よかったんだろうな。ただ同じように25年くらい再犯せずに経って紅白出ても、見たくない歌手もいるが…。

8.即位20年記念式典、オバマ大統領来日と先週は都内行ったら、物々しい警備で、私も白い粉の原料持って歩いていたら職務質問で時間を取られた。今週は警官の姿をほとんど見ない。何と言っていいやら。

レンタルボックス

2009-11-15 09:01:55 | Weblog
いつの頃からか、周辺のあちこちにレンタルボックスが出来ている。都会らしい景観である。

私は倉庫内のレンタルボックスを借りているが、だいたいにおいて外に剥き出しの箱が多い。これは、初期のほとんどが国鉄が民営化され、貨車やコンテナが売りに出され、これらがレンタルボックスに転用されたためである。

私は元が倉庫会社のレンタルボックスを高くても、わざと利用させて頂いている。保険も効いているし、温度含め維持管理考えた選択である。

知人は写真のような外箱利用しているが、夏は茹だるほど暑く、冬は下手したら凍るほど寒いので、入庫するものは衣類がメインで選んでいるらしい。

そもそも、小さな家で溢れかえる一番は女性の服類であろうから、それで十分だろう。私は経年劣化を気にしないといけない、中には高額のものを含む商品の保管ゆえ、そのような訳にはいかない。もちろん妻の既に着れなくなった無駄な服も預けているが…。近場の外箱より遠くの内箱を選んでいるゆえんである。

ただ最近、これからも荷物が増えるなら、月1万9千円払っている今、遠くのアパートでも借りる手があることに気づいた。夢の一人暮らしに一歩近づいた気がする。

ところで一ボックス6千円として商売として成立するだろうか。今では有名な物置の上に人が乗る、その製造会社がレンタルボックスを経営する時代である。ちなみに樹脂世界で最近の倉庫代平均、一キロ90銭くらいだ。サイズは米と同じくらいで考えてみるとわかるが、丁度3トンくらいで2700円。これでわかるだろう。

銀行の監視カメラ

2009-11-11 14:06:50 | Weblog
松戸の殺人事件で、CD機から引き出す男の映像が公開されている。これが私の得意先を救った話し。

先々週の金曜日、その営業マンはお金をおろした際、カードと明細書だけ受け取り、お金をCD機に置いたままにしてしまった。ちなみに30秒過ぎると、そのままCD機に戻ってしまうそうだ。10分くらい移動して気づき諦めた。

翌日ゴルフ大会で参加していた銀行員に聞いたところ、引き出した銀行に聞くように言われた。早速月曜電話して聞いたら、明細書で引き出した時間や機械がわかり、持ち逃げされたこともモニターでわかったそうだ。ただ、個人情報の問題で教えられないので、警察に届けてほしいと言われた。本人はその時にもう一度諦めた。

2日後、持ち逃げした女性が銀行に戻しにきたと営業マンに連絡が来た。例の映像を見て、あまりにきれいに映っていて、恐ろしくなって返しに来たらしい。銀行側は警察に事情を説明して渡した。

営業マンは警察でいろいろあったが(ここは書くと長くなる)、返してもらえた。その際、お礼を渡したいと思い尋ねたところ、まずお礼をするなら届けた銀行だが、銀行は拒否を申し出ているので不要。返しに来た女性に対しては、拾って24時間以上経ったものには、お礼をする必要が無いらしく、こちらも不要だったそうだ。

個人情報流出の怖さは今やあちこちにあるが、だからこそ秩序が保たれることもある。

ただ今回の件は、営業マンがバカなだけであるが…。


(写真は湯滝)

滝巡り

2009-11-09 05:10:21 | Weblog
10月中旬、得意先と滝巡りと洒落込んだ。

栃木からスタート。華厳滝→竜頭滝→湯滝→吹割滝を見学して群馬に入るコース。

華厳滝は以前の地震で頂きにあった岩が落ち、一本のきれいな滝が分割されて落ちて来る形に変わった。エレベーターで下まで降りて正面から見学したが、規模は顕在だ。

次に竜頭滝。臨時駐車場からかなり歩かされたが、いい運動で、滝自体は滑り落ちる感じで紅葉の借景と重ねると一番風流だろう。

続いて湯滝。以前ほど硫黄臭が無いのは、こちらも地震で湯量が落ちたせいなのだろうか。とにかく扇形に湯の湖から落ちて来る滝は気持ちがいい。さらに駐車場が満室時はゲートで待つ定数制なので、滝周辺の混雑は少なく、落ち着いて食事しながら眺められるので好きである。

最後に吹割滝。誰が付けたか大層なキャッチフレーズ「東洋のナイアガラ」。今回は上流から歩いたため吸い込まれる錯覚が生じた。毎年何人かは落ちて命なくすようで、注意を喚起していた。それくらい激しい、かつスリリングな滝で私は4つの中で何度見てもいいのはこの滝である。上から落ちて来るのもいいが、写真の如く自分の足元から下に落ちて行く水はやはりすごい。

秋とマイナスイオンを満喫した一日だった。

浦和競馬場

2009-11-05 11:04:03 | Weblog
南関東4競馬場で経営的には一番危ない浦和。写真に見るように他の3競馬場と異なり住宅地の真ん中にある。ただ、昔は周辺にあった厩舎を上野田地区に移し宅地開発されたようで、古くから住む周辺住民は送迎バス無料の利用など含め、恩恵も受けているようだ。

経営も他場販売で改善されているのか、私が訪問した際は古いスタンドの改築工事中であった。

訪れる度に食すものがいくつかある。スタンド2階のカレーうどん。3階のチキンカツ(鷄ももをそのままフライにしたものにウスターソースを着けたもの)。後はおでん。とにかく浦和もしかり、南関東4競馬場の食べ物はおいしいものが多い。私も含めたおっさん相手なら、そこまでいらないだろうが、最近若い女性も増えてきた影響かもしれない。ただおっさんが好む茶色系食品しか私も食べてないが…。

いいか悪いか微妙だが、先の大内宿と同じことが言え、私は他の3場では薄くなった昔の場末鉄火場風情が浦和は残っていて好きなのだが、安全管理面で開催するなら順次改築されていくだろう。

古い物を残す、遺していく方法の難しさを違う側面から見られる場所を紹介した。

大内宿

2009-11-02 10:06:44 | Weblog
会津地方に残る宿場町がそのまま保存されている地区。詳しい成り立ちなどはネットの方が詳しいので書かない。ただ今の茅葺きは後世、保存運動で再度葺かれたもので、一時期はほとんど瓦やステンレスの屋根だったらしい。

北、すなわち若松側から入るとすんなり入れるが、南、日光側から行くと、国道折れてからハイシーズンには3時間かかると言われるところ。とにかく臨時駐車場あるも、バスの観光でも1時間は時間取るところで回転は悪い。

私はすでに茅葺きに戻った12年前に一度訪れており、それからぶりの訪問。すっかり変貌していた。その旧家風情は変わっていないが、当時は素朴さがあったのに、完全に観光地化していて、どの家も土産売るか蕎麦食わせるかになっていた。さすがに場所にそぐわないハンバーガーなどはないものの、福島県内のあらゆるものが高速のサービスエリア以上に揃うのではとさえ感じた。

逆の意味での寂しさを感じたが、当時のままだと時代に埋もれてしまっていたかもしれないと考えると、生き残りとはこういうことかと感じた。それは衰退一途の飯坂温泉に前日泊まっていたせいもあり、際立った対比があったからだ。

正誤善悪はわからないが、生き残る逞しさとは何かは勉強させていただいた。

幸いなことに写真右の本陣跡の資料館には、古い民具や屋根の葺き方等の展示と共に、最初に行った当時の写真が飾られてあり懐かしむことができた。是非立ち寄ることをお勧めする。