かくも悲しむことなかれ。たとえ、私が死んでも悲しむことはない。故郷、心のふるさとに帰るだけなのだから。っと言っても、自身に置き換えるから誰しもびびるわけですよね。70台を無事に乗り越えることはできるのか?80台は、寿命とか言われているし、もう人生は砂時計のように残り時間は少ないのではないか?と。キリスト教は、神の手、見えざるヘルプの宗教だから、いつまで生きられる、つまり死ぬのはいつかは、教えてくれません。その時が訪れても悔いがないように生きよ。とゆう具合。それに引き替え、禅宗なんかは、84になっても、教えは何なのかわからない。こんなに心理を見極めようと生きてきたら、ここまで来たよ。あんたも、頑張れみたいな。あくせく考えず、励めとゆうことでしょうか。さ、あくせく悩まず、頑張りますか。