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假面劇場 その⑭

2007-01-26 05:55:25 | 物語

 目の辺りにオルトカーブの面影をうかがわせる娘は、封の切られた封筒に入った一通の手紙を中年の美しい女の前に差し出した。
 「この手紙はお返ししておきます。父は結局意味のあることを一言もしゃべらず、口には水もの以外一切受け付けずに死にましたが、こうすることをきっと望んでいたと思うのです」
 女は手あかに汚れた封筒に手を触れるでもなくしばらく放心した風であったが、かつての官能をとどめる、形の良いくっきりとした唇をひらいた。やや低くはあるが豊かな声量をしのばせる艶のある声であった。
 「ずいぶん、ひどい女と思っているでしょうね。まるで私が殺したのも同然ですものね。あなたに話しても仕方がないかも知れませんが、やはり聞いていただきたいのです」と行って一息つき、娘の反応を窺う様子を見せてから一気に語った。
 「私は若い頃からスキュモレの女でした。それを知りながらオルトカーブはなにかと私に近づき、きっとそれが演劇界で認められる近道と心得ていたのでしょうね。実際、私も彼が成功するように尽力もし、スキュモレさえも彼の才能を高く評価するようになりました。そのころから、彼のわがまま増長ふせりは目に余るものになり、とりわけ女とお金にはだらしなく若い女優とみればやたらとちょっかいを出しました。彼は簡単に女を捨て躊躇なくまたよりを戻し、それを誠実と心得ていて、人の心を弄ぶのを無上の快楽としていた男なのです。この手紙にもある指定の場所へ行かなかったのにはどこかに復讐の気持があったのも事実ですが、私を試すための口実であり、あのような亡霊でも漂っていそうなところへ本当に行くはずないと思ったのです」