Kawolleriaへようこそ

日記・物語・エッセイ・感想その他

風小僧

2007-01-09 06:57:59 | 物語

 夜、吹き荒れる木枯らしほど、ものごころのついて子供にとって恐ろしいものはない。
  木枯らしや 眠れば 暗き夢ばかり (松尾金鈴)
 今でも覚えている、盆地に伝わる伝説がある。だれから聞かされたのか思い出せない。
 昔、一人の男が真夜中峠にさしかかっていた。とめどなく冷たい風が吹きすさび、片手で笠を押さえ、一方で蓑の端を握りながら道を急いでいた。
 煽るような一陣の強風に笠は男の手を振り払って飛んでいった。
 ようやく、峠を越えた頃、男は自分の笠が薮の中に落ちているのを見つけた。道を逸れて薮の中の笠を拾い上げると、かすりの産着にタケノコのようにくるまれた赤子が泣いていた。男は子供を抱き上げた。捨て子にしてはあまりに酷い仕打ちと不憫に思った。
 男と女房は自分の子供として育てた。
 以来、盆地ではにわかに強風に襲われるようになったと噂した。昔はこんなにひどい風が吹き荒れることはなかったと言うのだ。
 いつかこの子は笠小僧、そして風小僧と呼ばれるようになった。
 女房は思い詰めたように男に言うのであった。
 「夜中に風がひゅるひゅると鳴る音は、あの子のほんとうの母親が子供を探して狂って泣いているのです」と。
 風小僧は成長してしっかりとした少年になった。そして、男と女房の間に男の子が生まれた。
 ある冬の、風の強い日、改まった口調で男と女房に告げた。
 「おれはだれかにいつも呼ばれているように思えて仕方がない。そいつを黙らせるために旅に出たい」
 風小僧の決心は固く、両親はひたすら道中の無事を祈るばかりであった。
 風小僧は盆地の峠を越えると、一路、富士山麓の風穴に向かった。すべての風は そこから生まれると村の古老に教えてもらっていたからである。
 彼、風小僧は風穴の中をずんずん進んで行った。盆地の村で吹き荒れる凄まじい強風と比べるとなんともみすぼらしい穴であった。次第に穴はすぼまり最後には縫い針で突いたほどの穴になった。そこをちっぽけな焼き米粒で風小僧はしっかりと塞いだ。母親が道中のお守りにと着物の襟に縫い込んでくれた物である。
 風小僧が故郷の村に帰り着くと、大変な歓迎で迎え入れられた。十数年にわたって吹きすさんだ風がぴたりと止んだのである。
 その翌年の夏になった。突如、浅間山が噴火して盆地の村まで灰が降り注いだ。作物は枯れ、昔から米の取れない村を一層貧しくした。
 冬、ふたたび木枯らしが毎夜村を襲った。風は吹き止まず、草葺きの家を何軒も吹き飛ばし、山の木々をなぎ倒した。
 成人した風小僧は、木枯らしの吹き荒れるある夜、父母にも告げずに盆地の村から姿を消し、それから村に戻ることはなかったと言う。
 今も懐に焼き米粒一つを忍ばせた風小僧が富士山麓で風穴を探し続けていると村人は物語る。
  虎落笛(もがりぶえ) 吹きつつ 天を飛べるもの (丘本風彦)