sakurako62(さこ)さんが発掘してくれた読者0人だった過去ログです。
初恋、一声、戸隠の山
今から70年近く前のお話です。
高校2年生の夏、学校登山で信州の戸隠山に登った。男女共学になってまだ三年目の我が高校は(ちなみに、このときの校長先生は、雅子皇后さまの尊祖父、小和田毅夫おわだたけお氏である)、2年生300名のうち女子はたった25名だった。
私は同級生の和枝に淡い恋心を抱いていたが、当時は異性と話すことなど皆無(ご法度)だった。
戸隠山の最難所『蟻の塔渡り』に出る『胸突き岩』の岩壁を、4~5名ずつのパーティーで鎖を頼りに登っていく。
女子のパーティーの最後尾に和枝がいた。彼女は岩場の真下にいる私の10メートルほど上をのろのろ登っていた。
「お~い、早く登れよ!」思いとは逆に、乱暴な口調になった。
「ゆ~くんこそ、ぐずぐず言ってないで、早くおいでよ~」
・・・確かに和枝の声だった。
嬉しかった。僕の名前を知っていてくれたこと。声をかけてくれたこと。
・・・しかも、あの甲高い声。
ただそれだけだった。そんな時代だった。
そして、次に彼女と声を交わしたのは、30年後の同期会の席だった。