花咲く丘の高校生

平成時代の高校の授業風景を紹介したり、演歌の歌詞などを英語にしてみたり。

ショートショート 桂子

2024-08-01 | 思い出
桂子
 1960(昭和35)年6月15日、全学連による『安保反対』のデモ行進が大々的に行われた。翌日の新聞は「国会議事堂正門前で機動隊がデモ隊と衝突し、デモにい参加していた東大生の樺美智子さんが圧死した」と報じていた。
 
 5月のその日、粛々と講義が行われているはずの文学部40番教室は、「安保反対!」のプラカードを持った学生でごった返していた。顔見知りの自治会役員にガリ版刷りの情宣ビラを手渡されて、森本は抗議集会に出てみる気になった。
 4人掛けの長椅子を連ねたこの大教室もほぼ満杯になっていた。一番後ろに座っていた女子学生が席を詰めてくれたので、「あっ、どうも有難う」と言って隣に座りかけると、彼女は上目使いに森本を見て、
「あら、森本先輩?」
「えっ、あっ、里見さん?」
里見桂子は国文学専攻の二年生だった。文学部でも女子学生は数名しかいなかったので、森本は彼女が二年後輩であることは知っていた。
自治会の委員長が演壇に立って、アジ演説を始めた。

「自治会の連中って、大げさだなあ。あれじゃ、ついていけないよ」
「そうじゃないわ。彼は真剣に訴えているのよ。彼の立場を分かってあげるべきだわ」

 デモ隊はプラカードを先頭に二列になって営所通を下っていった。白いブラウスの上に羽織っている里見桂子の淡いクリーム色のカーディガンが、初夏の向かい風を柔らかく受け止めていた。街路樹のライラックの香りを孕んだ桂子のカーディガンが甘酢っぱく匂っていた。
 青空色の花房をつけたライラックの下をデモ隊は、静かに整然と行進していた。
メインストリートに出ると、デモ隊は四列になってスクラムを組んだ。森本の左腕と桂子の右腕もスクラムを組んだ。
 先導隊が、「アンポ ハンタイ」と叫んだ。桂子に合わせて森本も叫んだ。
二人は、午後5時の太陽に向かって叫び続けた。
「アンポ ハンタイ アンポ ハンタイ」
機動隊との小競り合いを繰り返しながら、デモ隊はジグザグ行進を続けた。
「アンポ ハンタイ アンポ ハンタイ」
・・・県庁前で最後のシュプレヒコールを上げて、デモ隊は解散した。

桂子と森本は海岸の方へ向かっていた。ワルツ坂を上って、護国神社を抜けて、海岸線に沿ったアカシアの小径に出た。日本海に沈もうとしている夕日の木漏れ日を浴びて、長く伸びた二人の影法師が、アカシアの白い花びらを踏みしめながら歩いていた。

『砂山の碑』がある小高い塚で、二人は腰を下ろした。
「素敵だわ。夕日があんなに大きくなって、海があんなにキラキラして」
 眼下の砂浜では、テトラポッドの上で子供たちが魚を釣っていた。
「何がつれるのかしら?」
「『あぶらこ』だよ」
「あぶらこ?食べるのかしら?」
「食べたりはしないよ。釣るのが面白いだけさ」
「それでは魚がかわいそうだわ」
 水平線をみつめたまま、桂子は自分に言い聞かせるように一語一語ゆっくりと続けた。

「積み木遊びのように、子どもたちにとって、あの魚も、玩具にすぎないのね。遊び終えてしまえば、あとは、捨てられてしまうのだわ」
「楽しませてくれるだけで十分さ 」
「男の人って、はじめから失うものは何もないでしょう?」
 桂子は森本をじっと見上げた。つぶらで優しい瞳だった。水平線の上で雲がいくつもの金色の条を作っていた。

釣りをしていた子どもたちは、いつの間にかいなくなっていた。蝙蝠が一直線に飛んできて、テトラポッドの上で急に方向を変えると、バタバタと松林の中にに消えた。
「あら、子どもたちは皆お家へ帰ったのかしら」
「そうだろうね。まさかテトラポッドから落ちていたりしていて、、、」
「悪い冗談だわ。でも、あのような場所で遊ぶなんて、危険だわ」
「危険じゃない遊びなんて面白くないよ。女の子なら人形遊びで結構楽しいんだろうけど」
「そんなことないわ。女の子だって、いつか突然、、、」
「いつか突然どうするの?」
「変わったりするわ」「
「変わる?成長するってこと?」
「息苦しくなるの。お人形で遊んでいた自分が嫌いになって、お人形しか与えてくれなかった親を嫌いになって、、、」
「反抗期ってやつだね」
「反抗さえ出来なかった自分が嫌いになって、いっそ死んでしまいたいんなんて思うのよ」
「究極の反抗が自殺だなんて、考えたくないよ」
「ええ、そうだわ。だから誰かが手を差し伸べてあげないと・・・」
「しかし、優しいと思っていたその手が釣り糸だったりして・・・」
「そうなの。あの『あぶらこ』のように釣り糸に弄ばれて、日干しになってしまうなんて・・・だから、なおさらしにたくなるの」
「でも、生きてさえいれば、本当の手を差し伸べてくれる人って必ずいると思うけど」
「そうなの。だから私は教師になるの。中学校の先生になるの」
 肩を並べたまま、桂子と森本は黄昏てゆく水平線を眺めていた。
6月15日には、日本中で大々的なデモがあって、デモに参加していた女子学生が圧死したと新聞が報じていた。

あのテトラポッドに押し寄せている波を、森本は飽きもせず眺めていた。
日本海の波は、いろいろな物を運んできては、また攫(さら)っていった。
過去や未来、希望や絶望、愛も嫉妬も。そして、あの匂いさえも。ただ思い出だけを残して。「文芸妙高第39号」(令和3年2月発行)『青色のスプレイ』より 
 
「文芸妙高」では皆様からの作品を募集しています。
応募資格は、「妙高市民の他に、妙高市及び『文芸妙高』に心を寄せている高市以外の人」となっています。
 例えば、妙高市に「ふるさと納税」された人や「文芸妙高」(@1200円)を購読してくださる方は大歓迎です。
応募締め切りは、毎年9月末日、発行は翌年2月末です。
・募集作品:小説・随筆・短歌・俳句・川柳で、ペンネーム可
・応募作品は、未発表・他紙への既発表を問いません。
・応募などの詳細については、下記へお問い合わせください。
〒944-0046 妙高市上町9-2 
妙高市図書館内 文芸妙妙高編集委員会
電話 0255-72-9415 メール myoko_lib@extra.ocn.ne.jp 
  ご応募お待ちしております。
 ご訪問、ありがとうございました。 次回もよろしくお願いします。(ゆ~)

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ナナ子(ショートショート)

2024-07-19 | 思い出
ナナ子(ショートショート)

「あのセミでっかいぞ。シゲちゃん、登って捕ってこねか」
仲間に煽てられて、シゲルはその大きなカラマツの木に飛びついた。真上から照り付けてくる太陽の光線は、カラマツの枝で多少は遮られてはいたが、その熱気は下生えまで達して、ムンムンと子供たちの周りを囲んでいた。
「シゲちゃん、逃がさねとうに、そっと登れや」
  仲間たちは、真夏の昼下がりのギラギラした耀っぽい日差しを小手で遮りながら、シゲルの一挙一動を見上げていた。
 こっくりと頷いて、シゲルは丈夫そうな枝に手を掛けながら、抜き足差し足でアブラゼミに近づいていく。セミは、鳴いている間は逃げないものだ。息を止めて右手をヒョイと伸ばした。
おーい、捕ったぞ」
「でっかいか。気いつけて下りてこい来いや」
仲間たちも、皆、自分がそのセミを捕った気分になって、はしゃぎながらカラマツの林の藪から出てきた。意気揚々と、ダラダラ坂の野道を下りていく。道端のミヤコグサや立葵、そして・・・ヒナゲシの花。
 あれ、れ、ヒナゲシのお花畑に女の子が・・・。女の子、田舎の子には珍しい麦わら帽子の下に長く垂らしたおさげ髪。白いドレスの両肩が膨らんでいて、西洋のお人形のようだ。赤いソックスに、白いズックのスニーカー。
シゲルは慌ててセミを掴んでいる右手を後ろへ隠した。
「なあに?」
「ほら、アブラゼミだ。俺が捕ったんだぞ」
「あら、翅をバタバタさせているわ。かわいそうだわ」
 シゲルは女の子の顔をじっと見た。まん丸い顔に黒い瞳。日焼けのしていない薄紅色の頬。なんだか悪いことをしているような気になって、つき出していた右手を引っ込めて、きまり悪そうに、仲間の方を見た。 
 微かに吹いて来た風にヒナゲシが揺れて、女の子のドレスも揺れた。
あのね、セミって七日鳴いたら死ぬのだって。お母さまがそう言ってたわ」
 セミが七日しか生きていないなんて、シゲルは知らなかった。というよりもセミの命なんて考えたこともなかったのだ。
 「ねえ、逃してあげなよ。そのセミ放してあげてよ、ねえ」
 シゲルはぶっきらぼうに「嫌だい」と言った。
 「なら、あたいにちょうだいな」
 もし、周りに仲間の視線がなかったなら、素直にセミを渡していただろう。
 「ねえ、そのセミちょうだい。ナナコにちょうだい。ねえ」と言って、女の子はシゲルの手を掴んだ。柔らかな手だった。
 「嫌だい!」
 女の子の手を振り払うと、シゲルはアブラゼミを道端に投げつけた。セミは裏返しになって、「ジジジ ジジジ」と悲鳴をあげて、バタバタと両翅を地面に打ちつけながら、お腹を見せたまま独楽のようにぐるぐるスピンしていたが、やがて動かなくなってしまった。
「意地悪!」麦わら帽子の下で長い眉が「ぴくっ」と動いて、まん丸の瞳が「きっ」とシゲルを睨みつけた。
 誰かが「わあい」と言った。すると、皆が「わあい」と叫んだ。シゲルは黙っていた。
 女の子が「わっ」と泣き出した。その白い指から涙が落ちた。
 辺りが急に暗くなった。西の空を見上げると、妙高山の方から、夕立が迫っていた。
 「夕立が来るぞ、早くに逃げろっ!」
 仲間たちが我先に走り出したので、しかたなくシゲルも全速力で坂道を下って、神明社の軒下に駆け込んだ。(続く)

これは、妙高市図書館が年1回発行している「文芸妙高」に投稿した短編小説『蝉しぐれ』の一部です。次回もよろしくお願いします😍 (ゆ~)
 


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バレンタインデーの思い出

2023-02-13 | 思い出
これは、walk-seasonさんから発掘してもらった10年前の過去ログです。

       
    A Valentine Surprise
 
 平成20年2月14日の一年生の授業でのことです。
 二限目のチャイムが鳴って教室に入ると、生徒は相変わらずストーブの周りでガヤガヤしている。
 「騒々しいぞ。早く席に着け!」と言って、教卓に行くと、大きなハートマークのケーキが置いてあるではないか。
 「おお、この手作りのチョコは誰の作品?」と聞くと、女子生徒が全員手を挙げて、「ハーイ。わたし、わたし、わたし」と競い合っている。
 振り返ると、男子生徒が黒板にメッセージを書いていた。
「この世でたった一人だけ。出会って、オレがオレらしく変われて、嬉しくて。かけがえのないOnly one. We Love Mr. ゆ~」

 素敵な贈物だった。照れくさくて、ろくにお礼も言わずに授業に入ってしまったけど。素敵な生徒たちだったなあ。あれから15年以上も経ってしまったけれど、皆どうしているだろうか。30歳になった彼ら彼女ら、全員がそれぞれ幸せになっていて欲しいなあ。
 みんなの幸せを願って、幸福を呼ぶ黄色い福寿草を贈ります。
今日は令和5年2月13日

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初恋、一声、戸隠の山

2023-01-06 | 思い出
sakurako62(さこ)さんが発掘してくれた読者0人だった過去ログです。

初恋、一声、戸隠の山

 今から70年近く前のお話です。
 高校2年生の夏、学校登山で信州の戸隠山に登った。男女共学になってまだ三年目の我が高校は(ちなみに、このときの校長先生は、雅子皇后さまの尊祖父、小和田毅夫おわだたけお氏である)、2年生300名のうち女子はたった25名だった。
 私は同級生の和枝に淡い恋心を抱いていたが、当時は異性と話すことなど皆無(ご法度)だった。

 戸隠山の最難所『蟻の塔渡り』に出る『胸突き岩』の岩壁を、4~5名ずつのパーティーで鎖を頼りに登っていく。
 女子のパーティーの最後尾に和枝がいた。彼女は岩場の真下にいる私の10メートルほど上をのろのろ登っていた。
 「お~い、早く登れよ!」思いとは逆に、乱暴な口調になった。
 「ゆ~くんこそ、ぐずぐず言ってないで、早くおいでよ~」
  ・・・確かに和枝の声だった。
 嬉しかった。僕の名前を知っていてくれたこと。声をかけてくれたこと。
  ・・・しかも、あの甲高い声。
 ただそれだけだった。そんな時代だった。
そして、次に彼女と声を交わしたのは、30年後の同期会の席だった。

コメント (10)
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