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ひまわりさんの日々の信仰日記と再臨信仰のエッセンスについてご紹介しています

生ける神の印 デビット・カン講演33

2013年01月30日 | 日記


    ひまわりさんより(1月30日)
 昨日の日課の言葉をご紹介します。「キリストは人間が天から力を受けてはじめて、けがれのない生涯が送られるのだということを示すために、この世においでになったのである。そして不屈の忍耐と同情をもって人々を助け、彼らの必要を満たされた。彼は優しい手をもって人の心から不安や疑惑を一掃し、敵意を愛に、不信を信頼にお変えになった。・・・
 彼のみ声が発せられると、この世の魅力は打ち破られ、貪欲と野心的な精神は彼らの心から逃げ去った。こうして人々は自由の身となり、救い主に従うために立ち上がった」(ミニストリーオブ・ヒーリングより)
 ここで言われている、「人間が天から力を受けて、敵意を愛に、不信を信頼に」変えられる、という経験を、デビット・カン先生は、外庭の経験だとはっきり教えておられます。私が今まで教会で学んできたことでは、このような経験は、遠い将来の経験とか、聖化の終わり近くの経験、至聖所のあたりで経験するようなことと、何となく考えてきたように思います。しかし、この経験は、信仰の最終目標ではなくて、スタートなのだということを、感じさせられました。

   神様に従う(デビット・カン講演33)
私たちが、お互いに接するとき、そして、いろんなことを語ったり、行ったりするとき、私たちは、イエス・キリストを反映すべきであります。それをする時、私たちは本当の意味での安息日遵守者となるのです。これこそが、「生ける神の印」なのです。
私たちは、なぜ第7日安息日に、教会にやってくるのでしょうか。神様がそうしなさいと言われたからです。私たちは、神様の云われるとおりに生きる者なのです。時にはその理由がわからないこともあるでしょう。しかし、神様に自らをあけ渡すとき、神様の言われることが何であれ、それに従うべきです。




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