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ひまわりさんの日々の信仰日記と再臨信仰のエッセンスについてご紹介しています

日曜休業令の切迫16

2013年02月20日 | 日記


   ひまわりさんより(2月20日)

今日は、若いヘルパーさんの仕事ぶりがあまり良くないので、あらためて指導することになり、利用者様の家の掃除道具一式を渡して、どことどこをどのように掃除したらいいかを教えて送り出しました。しばらくして、気になったので利用者さんの家に行ってみると、言ったところが全然きれいになっていません。やったあとはあるのですが、手抜きでしかやっていないのは一目瞭然でした。この家は遠いので、私が見に来るとは思っていなかったのかもしれません。明日、このことを注意しなければならないのですが、「介護の仕事というのは、人生の先輩の方たちを相手にする仕事だから,裏表のない姿勢かどうかは相手にすぐ伝わってしまう。誠意のない仕事はお年寄りの方たちをかえって疲れさせてしまう。だから、本当に良い仕事をしたいと思ったら、裏表のない誠実な姿勢を持っていなければならない」ということを話そうと思っています。私たちは、人が見ているかどうかではなく、天の神様が見ておられるということを意識して生活できるということは、すごくありがたいことだと思いました。

   カトリック教会の真の目的 16

1866年にイエズス会の司祭が、このようなことを書きました。『自由主義の幻覚』 この本の中で、第7日安息日を守る人たちは、自由主義派と呼ばれているんです。カトリック教会の律法に彼らが従わないから、自由主義としているんです。ルイ・ベルーイという人が書いた本です。145年前(2011年から)に書かれたものなんですけれども、興味深いことに、この本は私たちの時代のために書かれたようなものなのですね。この本の92ページに、興味深いことが書かれています。「真理が普及し、社会的構造物が、永遠の規則に従って再構築される時がくるならば、カトリック教会は、自分たちのためにやるようにして、すべての事柄を統合するであろう。彼らは、社会全体の利益のために、宗教上の日曜遵守を強要するであろう」。日曜休業令の事を述べていますね。ローマ・カトリック教会の目的は何でしょう.彼らの目的は、全世界の教会を自分たちの教会とすることです。アウグスチヌスという人は、『神の都』という分厚い本を書きました。彼はその本の中で、神権政治のもとでは、全世界は一つの国、一つの都になる、という構想を描いています。カトリックの律法が、全世界を納めるわけです。これが、ローマ・カトリック教会の目的です。そして、その目的を、今にも果たそうとしているわけです。「この律法に従わない者たちは咎められ、創造主への尊敬や、被造物への休息が拒まれることは、もはやなくなり、幾人かの狂信者と戦うことが、唯一の目的となる。狂信者らの熱狂が、民衆全体を愚かで不遜な罪へといざなうのである。要するに、社会全体がカトリック化するであろう」。

  市原の民話紙芝居 市兵衛の願い 第6回



市兵衛はまず、妻おのぶと相談して、8歳になる自分の娘を隣村の金持ちの農家に10年間の奉公に出しました。そして、その前払金で田畑を買い、そこへ小屋を建ててご主人家族を住まわせ、自分たちはその小屋の土間に藁をしいて暮らすようにしました。それからずっと、市兵衛はご主人家族のために一生懸命働き続けました。
そればかりではなく、市兵衛は、時間ができると五井の代官所へ出かけていき、ご主人家族の困った様子を伝え、ご主人が許されるよう訴えたのです。しかし、何度行っても代官所では軽く扱われ、すぐに追い返されてしまいました。
翌年の元禄9年春、市兵衛は、思い切ってこのことを江戸の奉行所へ訴え出ることにしました。姉崎から江戸までは約60キロ、今なら電車で1時間ほどで行ける距離ですが、当時は1日がかりで歩くしかありません。朝まだ太陽が昇るよほど前に姉崎を出発し、夜遅くに江戸に着くのです。江戸では、以前から知り合いの、姉崎出身の米問屋、姉崎屋四郎右衛門の家に世話になりました。四郎右衛門は市兵衛の話を聞くと、深く心を動かされ、涙を流しながら、できる限りの協力を約束したのでした。







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