フィリピンの家庭料理
眠っていて突然起こされたので、咄嗟にそこが何処なのか分からなかった。
走った時間から、たぶんアルガオの辺りを少し過ぎたころだろうと思う所でKさんに起こされたのだった。
ホテルを出てから既に5時間が経っていたし、11時になろうかと言う時刻で、Kさんが空腹を訴えたのだ。
しかし、この辺に日本人観光客が安心して食事ができる店は無かった。
メインゲストのKさんの要望に合わせて、若いNさんには我慢してもらい、地元スタイルの食堂に入る事にした。
案の定Nさんはスプライトを飲んだだけで何も食べなかった。
Kさんはと言えば、皮付きの豚肉煮込みが美味い、ニガウリの炒め物が美味い、シニガンスープも美味いと、出てくるもの全てが美味いと絶賛していた。
流石に戦前に鍛えた人は違う。
取りあえず見てくれはさておき、食べてみて判断するのが凄い。
フィリピンの家庭料理や庶民の料理は、見てくれよりも美味いものが多いのである。
フィリピンの食べ物はイメージ先行で決めてしまうと損をする。
もっともKさんは日本でもキワドイ物が平気な人との事だったが。
バコカン売り

食事が終わってくつろいでいると、日本のホームレスよりは数段ファッションセンスの良い「レゲエのおじさん」が現れた。おじさんはバスケットボールを半分に切って作った器に、我々が食べ残した物を入れてくれるように催促していた。
店の人が食べ残しを入れるのかと思ったらそれは別の容器に入れられ、おじさんには違うビニール袋の御飯が渡された。
レゲエのおじさんは体中に空き缶をぶら下げていて、その中にはフィリピンのカブト虫、「バコカン」が入っていた。
腰に下げたボトルにはバコ間の餌のヤシの実のジュースが入っていた。
おじさんは臭かった。
その臭さの元は発酵して酸っぱい匂いを発するカブト虫の餌の匂いだと思う。
けっしておじさん自身が臭いのでは無いと・・・たぶん、そうだと思う。
私はおじさんの妙な匂いの中にカブト虫の集まる樹液の発酵する匂いを思い出していた。
そして、無性にそのバコカンが欲しくなり一匹譲ってくれるように話した。
20ペソで商談が成立して、私は一番元気のよさそうなバコカンをもらった。
それを見ていたKさんが、私も欲しいと言い出して買う事になった。
ここでレゲエのおじさん、日本人はカブト虫が大好き→売れる→値上げする、と考えたかどうか分からないが、とにかく突然値上げした。
私が一匹20ペソで買った物が、一瞬にして100ペソに跳ね上がってしまった。
100ペソ=200円であるが、まあ、日本人にはどうでも良い金額では有る。
しかしKさんは元値の20ペソを知らないので私が騒がなければなんら問題は無かった。
暇だった
お客さんが帰ってしまうと何もする事が無いので毎日暇なのであるが、この日は特別暇を実感した1日だった。
何故なら、この日この界隈のダイビングサービスで客がいないのはMDSだけだったからだ。

まあ、そんな事はどうでも良く、暇に飽かせて昼間から酔っぱらうべく、マラタパイの水曜市に出かけた。
水曜市の日にはレチョンバブォイやティノーライスダやキニラオなどの私の大好物が食べられるのだ。
私はキハダマグロの美味そうな物を見つけそれを買った。
私はキハダマグロの美味そうな物を見つけそれを買った。
キニラオとティノーラのスープに調理してもらった。
ビールのつまみにキニラオを摘み、口直しにスープと、薄い塩味のしみたキハダを食べては知り合いを見つけて馬鹿話しをしていた。

時々フィリピン風流しが廻って来ては演奏して行く。
私は20ペソを払って「スパゲッティー」と言う曲と日本でも20数年前にヒットした「アナック」をリクエストした。
アナックを弾くバンジョウの音色は少し淋し気で、ビールがちょっぴり苦くなった。
・・・では、また。
では また
(2003年 12月 書きました。)