じじい日記

日々の雑感と戯言を綴っております

山に行った写真(木の芽と焚き火)

2013-05-07 13:27:17 | ツーリングと山と温泉

山に行って来たのであります!!
マイルドだぜぇ~?



ネギ・鍋・スコップを背負ってぇ~ しゅっぱぁ~っ


他の五人は大部屋テント おっさんは独房


ネバネバする木の芽 名前は知らない


熊の出た穴!!!(大嘘) ただの雪解け


黄色い花の様なモノ 名前は知らない


落ちていた朽ち木 撮った意味は無い


バルタン星人の卵(大嘘)名前は知らない


木の芽です 名前は知らない


雪の上の焚き火 千葉流 川の字形


雪上焚き火は割と簡単に熾せる 人に因るが


夜の焚き火 おっさん流 


在りし日の朝飯 見た目より相当美味い


ここ4~5年、GWはこの場所で寝泊まりしている訳です・・・昨年は大雨に当っちまって避難小屋に逃げ込みましたけど。

で、ここでの趣旨は・・・ボーッとする事でありまして、おっさんは一泊二日の時間で、延べ10時間以上も焚き火をして過ごしました。

いや、他にする事がなかったと言うのは否めないんでありますが・・・アレです、ここまで辿り着くのがおっさんの今の足では精一杯と言う感じで、他の衆が一寸あそこの峰までと言う時にもおっさんは鋭意焚き火に励んでいたと言う事であります。

焚き火は面白いです。
ずーっと見ていたらまるっきり社会の縮図そのままであるな、と、思いました。

まず、燃え方も様々でありました。
火が着くと一気に燃え盛って熱と光を放ち、威勢が良いなぁ~と感心させたと思ったらあっという間に衰えて、アレはナンだったんだろう?と言う焚き木。

そうかと思えば中々火が着かずに燻りつづけ煙ばかりを出す焚き木。

もう消えたのかなぁ?と思っていると、燻っていた消し炭の様な木がいつの間にかまた炎を上げて燃え盛ってみたり。

ナンだかなぁ~焚き木は皆して人間の一生みたいだな。
そして、焚き火は社会そのものだな・・・薪がたくさん有っても簡単には燃えない。
燻ってばかりでちっとも火の勢いが上がらないでドーしたのかと思っていると、少し強い風が吹いただけで一気に燃え上がる。

そう言う事なんだなぁ~・・・薪があって火種があっても空気が無ければ燃え上がらないんだなぁ、と。
風当たりが強いとか、風向きの悪い時ってあるもんなぁ~。

ナンだか社会そのままだよなぁ~・・・風が吹かないと燃えないんだな。
そう言う奴いたな・・・逸材と目されながらいつの間にやら消えて行った。

早いうちに燃え上がった奴も居たな。
若いうちから羽振りが良くて目立っていたけれど、今はどうしているモノやら。

結局は、適当に燃えてはくすぶり、忘れた頃にバチバチと火の気を上げて、消えちゃいないよとアピールするのが長持ちなんだな。

しかし、遅かれ早かれ、皆して燃え尽きるのは間違いない訳だが。
いいや、燃え残り残して消えた焚き木も有るから、灰になった木は良しとするべきか?

ナンにしても、焚き火は、まるで社会の縮図だ。

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ヤバイ・・・ヤヴァイわ!!!

2013-05-07 12:00:03 | 日々の雑感
いや、今日も暇なんでネタ探しにネット無いをうろついていた訳ですが・・・最近、このブログの仕組みが少し解って来て、ヤプミーと言う制度がドー言うモノか、理解した訳で、なので、少なからずヤプミーになった人方のブログを幾つか廻って来た訳です。

参りました はっきり言って私の負けです!!!
いや、おっさんみたいに有る事無い事意味も無くダダ漏れ的に文章を垂れ流す者は少なく、とても真面目と言いますか、ひたすら深い所を彷徨っていると言いますか・・・そんなブログにばかり行き当たっちまった訳です。

ナンと申しましょうか・・・人生を舐め切って、斜め上どころか遥天空から社会全般に罵声を浴びせている様なおっさんのブログは、ヒョットすると・・・嫌、間違いなく社会のゴミと・・・嫌、害悪と言うのが正しいか? まっ、犯罪とまでは行かないとは思いますけれども。

まっ、ナンであれ、世の中には様々な思いを綴る人が居るのであるな、と、感じ入った次第であります。

いや、辿った系図と申しましょうか、やっぱし理解し合えそうな、似た様な宗旨の人達がヤプミー繋がりになると言うのは必然でありましょうから、それらの蔓を辿って掘って行けば、出て来る話しの系統は自然と似て当たり前でありますが・・・。

まっ、おっさんがヤプミーにならにれると困っちまう人の方が圧倒的に多い訳で、迷惑かけるよなぁ~、と、気が引けるんですけれどもね。
いや、ほら、思い付きで書きなぐる日々の雑文にはかなり刺激的な文言が多々含まれちまったりする訳で・・・自覚してますけれども止める気もないし。

で、とあるブログでは、自分の娘のあの頃を見ている様な気にさせられるブログに行き当たりまして、そこの掲示板に一言書き込みたい衝動に駆られちまったんでありますが・・・止めました。

いつも身近に居た娘の気持ちさえ解らなかったおっさんが、短い文章を読んだだけでナニが解るか? うん・・・余計な事は黙っとこう、と、呑み込んじまいました。

しかし、心が大事だな、と、他の皆様のブログを拝見してしみじみ思いました・・・ホントに、何かに縋って何とかなるんなら、釈迦でもキリストでもムハマドでもサイババでもダライラマでもお縋りして心が安らかになれば良いんだけれども、そうも行かないようでありますから・・・。

で、やっぱし、おっさんのように強者の論理を斜め大上段に振りかざして世間を舐めて生きられるタイプには、本当の心の痛みと言うのは解らないんだろうな、と・・・ほんの少しですが、思ってみた次第であります。

で、こう言ってはナニですし、ナンダこの野郎、と、罵声が飛びそうですが、おっさんはラッキーな生き様を貰った、不幸じゃない方の人間なんであるな・・・はっきり言って、幸せなんであるなと、人様のブログを読んで思っちまいました。

しかし、でも、一つだけ言わせてもらえば・・・この生き様はおっさんが望んだからこうなったのではなくて、仏様が、お前にはこれが良かろう、と、宛てがわれたのでこのようになっている訳です。

まっ、その伝手で行けば、今苦しんでいる人には、何故にそのような人生を仏様はお下げ渡しになったのか? なんてぇ~容赦のない非道な仏様であるか? と、恨んじまうかもしれませんが・・・まっ、恨んで良いのですけど。

ええ、まぁ、仏様話しのおいしい所はここでは書き切れませんし、その力量も無いので止めますけれども・・・だったら始めるな!!! か?

ホントに・・・おっさんが遊びの道具、暇つぶしにと捉えていたものが、人に因っては心の支えにさえなっているのかと思うと、なんだかなぁ~・・・と、思っちまいました。

間っ、支離滅裂なんですけれども・・・生きて行くって大変だよねぇ~ 皆して、大変なんだよねぇ~、と言う事で・・・他人の不幸を物差しにして自分の幸運を噛み絞めちまった馬鹿オヤジでありました。

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