Gomaler's~神社仏閣巡り~癒しを求めてⅢ

主に関西の神社仏閣巡りと御朱印が趣味です。
生きた証として好き勝手に書いております。(笑)

倭文神社(2019年9月16日参拝)

2020年04月07日 | 一宮
三佛寺から続いて伯耆国一宮である倭文神社へ。

神社の近くには東郷湖があって、
はわい温泉が有名な地です。

しかし、時間の都合上、温泉を楽しんでいる暇は無く、
倭文神社へまっしぐらです。(^^

ちなみに伯耆国って未だに読めません。(苦笑
難しい。


所在地:鳥取県東伯郡湯梨浜町大字宮内754
御祭神:建葉槌命
創建:不明
社格:式内社、伯耆国一宮、国幣小社、別表神社


【由緒】
伯耆国の一ノ宮として御冠山の中腹に位置し、広く安産の神として信仰されている。

創立年代は不明であるが、出雲大社御祭神大国主命の娘下照姫命が、
出雲から当地に移住され、安産の普及に努力された。

創立当時、当地方の主産業が倭文の織物であったので、
倭文部の祖神建葉槌命に当地と関係の深い下照姫命を加えて祭神としたもので、
その後倭文の織物が姿を消し、安産信仰だけが残り、安産守護として崇敬され、
参道横には安産岩も伝えられている。

平安時代 延喜式神名帳(922)には当神社の名がみえ、
神階は度々昇進し、天慶3年(940)には従三位から正三位に進んでいる。

住古の社殿広大で千石の御朱印地を有したと伝えられ、
鎌倉時代の東郷荘絵図には、東郷湖附近に点々と一ノ宮領の文字がみえている。

然し戦国時代荒廃、天文23年(1554)尼子晴久社殿を造営神領70石寄進。
元亀元年(1570)羽衣石城主南条宗勝これを復旧した。

天正年間羽柴秀吉を迎え討つべく、吉川元春橋津の馬の山に在陣するや、
当神も兵営とせんとしたが、元春の子元長は霊夢を感じて兵を馬の山に引いている。
その後御冠に入った秀吉との対陣は有名である。

徳川時代は池田藩主の祈願所となり、
天正年間の戦乱で中絶した神輿渡御を延享2年(1754)再興し、
藩老和田氏から境内警備のため鉄砲6人を附されている。

明治以降県社であったが昭和14年国幣小社となった。


【石段】


無料駐車場は石段の手前にありますが、
数台停めれるだけのスペースしかありませんでした。

一宮なのに。


【鳥居】



【神門】


渋い神門です。


【狛犬】



【参道】




雨の影響もあるけど、
どことなく寂しい雰囲気があります。


【手水舎】



【境内】



【狛犬】



【拝殿】




なかなかの大きさではあるが、
格の高さは余り感じない。


【御朱印】


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